午後の部Result
【実況】ユニーク称号持ちエキシビジョン-午後の部-【UPOイベント】
● Thank you for the Stream Tsumi!
「ふう……」
1つ大きな息を吐いて、作業用BGM代わりにしていた動画を停止しヘッドホンを外した。携帯で流していた動画は、大神さんのチャンネルに投稿されている午後の部の映像。パソコンの方でしていた作業は名シーン特集の編集だ。
午前の部の編集なし版はこちらのチャンネルに。名シーン集は大神さんのチャンネルに。
午後の部の編集なし版は大神さんのチャンネルに。名シーン集はこちらのチャンネルに。
「後はエンコード待ちっと。にしてもリアルで作業するの、久し振り過ぎて疲れたぁ……」
だがそもそも、
いやぁしかし、それにしても午後の部も凄かった。
【傀儡師】シドさん vs 【牧場主】しぐれの第1回戦は、シドさんはいつも通り機皇帝(ただしパーツが全て3)の完全体で参戦していたのに対し、しぐれさんはペット8体全投入によるミスティニウム解放戦で見た……端的に言って悪夢の形態。
そんな2人の戦闘は、開始直後から蟲による色がステージに溢れていた。上空には鱗粉振りまく黒アゲハと、音を掻き鳴らす蝉の群れが。黒と銀の2色からなる蝗の大軍勢が縦横無尽に吹き荒び、地面には悪意が滲み出るように増殖するGとうねる百足の群れが、更に中空には蜜蜂型と雀蜂型の2種の蜂が暴れ回る。
観客席からは絶え間なく悲鳴が鳴り響き、蜂の踊りがどうこう言ってられないレベルでシドさんは追い詰められる。しかし遂には下半身のバイクがパンク。動きが鈍ったところにしぐれさんと、率いるメタルなクラスタな蝗が集結。ライジングでHigh Qualityなキックをブチかまし、シドさんをいつも通りシ/ドに分割する荒技をやってのけた。
続く第2回戦【ラッキー7】シルカシェン vs 【初死貫徹】Chaffee戦も、別の意味でド派手な戦いだった。
何せケッテンクラートに乗り、鹿撃ち帽とインバネスコートを纏い、マスケット銃を担ぎパイプを咥えたプレイヤーなんちゃって紳士と、近未来的な戦車がステージ上を走り回る近代戦(大嘘)だ。その戦闘は最初のうちはマトモだった。Chaffeeさんの駆る近未来型戦車が機銃と主砲を乱れ狙い撃ち、シルカシェンさん側が銃撃と打撃を織り交ぜながら反撃する。
戦闘の流れが変わったのは、シルカシェンさんの加えたパイプから上がる煙の色が
いつも通り爆散するパンジャン。奏でられるバグパイプ。最後に、鶏の鳴き声が爆発音の地雷によって、近未来戦車ごとChaffeeさんは爆散した。しかし途中で履帯が千切れたのに走り回ってたあたり、近未来フィンランド型だったのかもしれない。ともかく勝者は、いつの間にか英国面へ堕ちてしまっていたシルカシェンさん。ついこの前会った時とはまるで別人となったその姿には空いた口が塞がらなかった。
そして来たる最終戦。【蟲の王】と【英国面】の戦いは、予想外の行動から始まった。
最初から紅茶ガンギマリのシルカシェンさんに対し、しぐれさんは代名詞になりつつあった蟲を1匹も連れずに登場したのだ。その代わりに、その腰にはPCのグラボにも似た形のベルトが巻かれていた。
戦闘開始直前、しぐれさんの手元に現れる……ぶっちゃけてしまえばプログライズキー。そうして変身したのはメタルクラスタ。着実にUPOに増えていくライダー人口に感動している間に、英国面は蝗害に食い尽くされていた。悪意に呑まれた形態もあるんだろうなぁ……
などと考えている今日の曜日は、すでに木曜日。つまりそう、エキシビジョンマッチ午前の部から一晩が経っていた。一応あの後、何故かログアウトしていた沙織と空さんに連絡はした。したのだが、それ以降顔を合わせていない。別に嫌っているとか会うのが嫌とかそういう話ではないが……衆人環視の中、好きなところや何処まで関係性が進んでいるのかを高らかに宣言されつつ実況していた側と、恥ずかしさを我慢して実況していた側。気まずいどころの話じゃないのだ。
.○瀬名 沙織
.ちょっと、その、あの、登校前だし. 07:48
.アレだけ好き勝手言った手前なんだけど. 07:48
.今日とーくんと会うのは. 07:49
.流石にまだ恥ずかしいかなぁって. 07:49
.○赤座 空
.テスト、がんばって下さい. 07:53
.私は全然、大丈夫ですよ!. 07:53
.○瀬名 沙織
.ハードに問題って大丈夫?. 08:02
.危ない問題筆頭な気がするんだけど. 08:02
.○赤座 空
.後でお話し、聞かせて下さい. 08:12
.○瀬名 沙織
.絶対だよ!!. 08:20
この通りトークアプリ上では話しているが、テストのために行った学校でもあり得ないことに沙織と話すことはなかった。
故に普段とは逆にセナは色々な人に絡まれていたし、俺もなんか良くわからない同級生男子にウザ絡みをされた記憶がある。普段は話しかけて来ないくせに、態々遠くの席からテスト前に邪魔しやがって。スクールカースト上位らしいけど顔も名前も覚えてないし、ひたすらに不快だった。そもそも何を話してたんだろう、アイツ。
「ま、良いか」
続々とアップロードが完了していく動画を見ながら、どうでもいい話だったと忘れることにした。昔は30分くらいの動画にエンコードが1時間くらいかかったらしいが、このオンボロノートPCでも3分あれば出来る辺り技術は日進月歩なことを実感する。いや、フルダイブVRゲームなんて物がある以上、言うまでもないことだったか。
「んー……UPOにログイン、は、する気になれないしなぁ」
思うにきっと、沙織と空さんに感じるこの気まずさは、VR空間であればある程度は払拭して話せると思う。何せ現実で顔と顔を突き合わせるのではなく、仮想現実という壁が1枚間に挟まるのだ。多分色々なプレイヤーに絡まれるリスクはあれど、話しやすいに決まっている。
だがしかしだ。大神さんにアレだけ念押しされて、この古いハードのまま積極的にログインするほど俺も馬鹿ではない。検証のために数回はログインしたけれど。
結果としては、空間認識能力なしで1時間(リアル時間準拠)もログインしていればハードが熱くなっていた。有りだと半分以下だ。リコールの出ていた機種ではないもののちょっと怖い。流石に買い替え確定である。
「とはいえ、親父が帰って来るまでもまだ3時間近くあるし」
加えて『UPOの動作に最適なハードってどんなもん?』と昨日マイファザーに質問したところ、根掘り葉掘り現状について聞いたあと返ってきた『今日は定時で帰るから、まだ新ハードは買いに行くな』というメッセージもある。
そのせいで、微妙に行動に制限がかかっていた。テスト期間なんだから大人しく勉強しとけという話だが、普段はUPO内でやってたせいか身が入らなかった。そもそも普段からしっかりと予習復習をしていれば70点、前日の復習で追加10点くらいならば取れるのだ。残り20点は運とテスト前確認になるし、どうせなら何か並行して作業をしたい。
「大人しく買い物行こう」
確かそろそろ牛乳とかが切れる頃合いだった気がする。けど沙織も空さんも飲むし──なんて考えていた時だった。聴こえてはいたが気にしていなかったトラックの走行音とエンジン音が、我が家の前で止まった気配がした。最近通販で買ったものなんて、実況の時に話題をずらすために言った同人誌くらいのもの。けどアレはもうとっくに届いてるし……まあ、とりあえず取りに出る準備だけはしておこう。
そう思いハンコを取り出して、玄関に向かう途中で気が付いた。玄関の前にいる複数の気配、そのうち1人が自分とよく似ている。つまりまだ定時でもないのに、何故かマイファザーが帰ってきていた。
普段会社に泊まり込みかド深夜にしか帰ってこないのに、こんな真っ昼間の時間に帰ってくる??? は?? 病気か怪我? 親父の保険証って何処に置いてあったっけ。どうしよう、通帳とヘソクリとそういう本と、PC内のフォルダ位置とフォルダのパスワードしか知らない。
「ッシ、一旦深呼吸」
空回りを始めそうだった思考を、1回両頬を叩いて心を切り替える。よく感じ取ってみれば、ファッキンマイファザーは手元で何かを動かしながら迷っている。……どうやら普通に帰ってきただけとみた。だったらまあ、焦る必要はないか。
「おかえり。こんな真っ昼間に帰ってくるなんて何かあった?」
「あ……応、ただいま」
手元で我が家の鍵を探していたらしい親父が、そんな気の抜けた言葉を返してきた。奥に見えるトラックには、UPOの開発・運営をしているCrescent Moon社のロゴが刻まれている。
「こんな時間に帰ってきても、カップラーメンくらいしかないけどいい?」
「あ、ああ、昼食べてないから助かる。いや、なんで友樹がこの時間に家に?」
「別に、テスト期間だし。後ろの人たちには、お茶かなんかお出しすればいいよね」
言い切って、玄関扉を開けたまま家の中に戻る。予想外の来客とはいえ、普段から突然沙織が来たり空さんと勉強会とかしていたおかげで、紙コップとかの在庫はある。ちゃんとしたコップで出せ? いや、洗い物増やしたくないし……
気配で親父とトラックから何かを下ろしてる2人の位置だけは把握しながら、作り置きしてある水出しの緑茶を淹れる。今冷えてるのこれだけだし。
「……何だか、別の家のような空気感だな」
「そりゃあ、父さんとか母さんとかより昼から夕方辺りは沙織とかがいる方が多いし」
両手にコップを持ち玄関に戻ろうとしていると、やっとリビングにまで来た親父がそんなことを言っていた。実際、父さんも母さんとセナが我が家で眠ってる回数が、正確に数えてはないがどっこいどっこいな気がするのだ。家が別の匂いに変わっていても不思議じゃない。
「荷物降ろしてる人達、何か手こずってるみたいだけどいいの?」
「キッチンからなのに分かるのか……流石極振りだな」
「そうでもないと思うよ、これくらい」
何故か気まずそうにしている親父を置いて、取り敢えず荷下ろししてる人達の手伝いに行く。トラックから下ろそうとしているのは、大きめの洗濯機サイズのダンボールに入った何か。中身は分からない。
「すみません。もし良ければ手伝いましょうか?」
「幸村さんのとこの。いえ、問題ありません。久し振りの再会に、我々も水を差したくはありませんから。どこまで運びます?」
「あ、じゃあ俺の部屋までお願いします。2階になるんですが。でも悪いので、どうかお茶は飲んでいってください」
何だかとても空回りしている気がするけど、今更どうしようもない。そうして、なんとなく居心地の悪い空気の中待つこと十数分。トラックから降ろされた巨大なダンボールが2箱玄関に並べられ、トラックに乗ってきた親父の同僚らしき人達は帰って行った。
◇
「……父さんが帰ってくるなら、どれだけ早くても定時だと思ってたんだけど?」
「有給は無理だったが、半休は貰えたんだ。だから本当は、帰ってきた友樹を驚かすつもりだったんだが」
親父がカップラーメンを食べ終えた頃を見計らって、そんなことを切り出してみた。そもそも定時で帰ってくることに信用なんてなかったが、まさかそれより早く帰ってくるとは本当に想定外だ。
「一応俺、昨日UPOのイベントで真っ昼間から実況してたんだけど。それも運営の指示でTSしながら」
「そう、だったな。2日くらい前の話だから、完全に忘れてた」
「……」
「……」
会話が、続かない。というよりも、ハッキリ言って何を話せばいいのか皆目見当もつかない。だって最後にこうして親父と話したのは、高校入学の時が最後なのだ。
「ところで、驚かすって何を?」
「昨日、ハードが限界で満足にゲーム出来ないって言ってただろう? だから会社から、最新よりは1つ前の世代になるがハイエンド機を貰って来た」
「貰ってきたって、大丈夫なの? そんなことして」
ハイエンド機といえば、大神さんからDMでオススメされた物もそうだが、物によっては数十万円はする。大神さんに薦められたのは、割引き含めて15万くらい。お安い(感覚麻痺)だからそんな物をポンと貰ってきたなんて言われても、正直困る。
「問題ない。あー……この前気付いたと思うんだが、一応父さんはUPOの運営側でな」
「うん」
「UPOプレイ中のプレイヤーは脳波をモニターされてるのは、一応最初の利用規約に書いてある通りなんだが」
「えっ」
「えっ」
そんなこと書いてあったのか……どうしよう、本当に知らなかったんだけど。
「まあ、続けるぞ。その中でも友樹を含む、所謂極振り連中については何時なにがあっても良いように監視してるんだ」
「それって、どうして?」
「【空間認識能力】ってあるだろ? あのスキルは本来、脳にかかる負荷的な問題で、全開にしていられるのは短時間の筈なんだ。それなのに、極振りは常時全開にしているだろう?」
「その方が色々と楽だし、してるけど」
「技術者としては異常の一言に尽きるし、父親としては心配でならない。だが、同時にうちの会社のフルダイブ関連の技術が、極振りのお陰で爆発的に進歩してるのも事実であってだな……」
ごもごもと、気まずい空気の中遅々として進まない会話。それに嫌気がさしたのか、親父は全部投げ出して言った。
「面倒くさいからハショる。懸賞にでも当たったと思って貰っとけ! 実際に名目上は『イベントにおけるボスプレイと、通常プレイ制限、またイベント主催に関する謝礼』だ。特に何か使用制限もないし、極振りプレイしてる9人全員に贈ってる物だから気にするな!」
「ぶっちゃけ過ぎじゃない親父……?」
こちらとしては願ったり叶ったりな話ではある。貯金から数十万吹き飛ばす出費が無くなるわけだし。後から聞いたことだけど、最新鋭機じゃなかったのはこの時点じゃまだ実験機だったかららしい。
「内容物としては、さっきも言った通りフルダイブVRシステムの最新から1世代前の業務用ハイエンド機、チェア型だ。背もたれにはうちの会社のロゴが、筐体の左右にはゲーム内でのプレイイメージから作ったイラストがプリントしてあるワンオフになってる。素人でもセッティングは出来るし、大切に使ってくれ」
「それじゃあ、ありがたく貰うし大切にするけど……でもそれなら、親父が帰ってくる必要なかったんじゃ」
まだ飲み込めてないけど、マイルームに鎮座する物については理解した。けどそうなると、ますます親父が帰ってきた理由が分からない。やっぱり病気か何かだろうか。
「息子が心配になったからじゃ、おかしいのか?」
「ッ……じゃあ、そういうことで」
微妙に納得がいかないし、色々と言いたいこともある。
けど、そういうことにしておく。何せ全部過ぎたことで、今更掘り返す意味もないことだから。そう無理矢理に言葉を飲み込んで、何でもないように言った。
「晩御飯に何か惣菜買ってくるけど、何か食べたい物は? お酒は料理酒しかないから、飲みたいなら買ってきてね」
「酒は今日は飲む気はない。だが偶には父さんも、我が家の味が食べたいんだが……ダメか?」
「昔、頑張って作った料理を、ノータイムで惣菜の方が美味しいって言った親父に作る料理なんてないです」
「あれは中学生の時の話だろう!?」
そんな昔のことのように言われても、俺からすればつい最近の話だ。だから正直、作りたくはないんだけど……偶にはいいか。どうせなら、飛び切り不味いのと全力で美味しく作ったやつの2種類で作ろうか。
「はぁ、味は期待しないでよ」
「楽しみにしておく」
はいはいと話を聞き流しながら、洗い物を始めながら冷蔵庫の中に想いを馳せる。今冷蔵庫の中にある物で作れて、何か丁度よくロシアンルーレットを出来るようなもの……たこ焼きか、餃子か、或いはお好み焼きか……うちの味って言ってたし餃子で良いか。沙織とか空さんには出せないけど、たまには食べたいし。
「ところで、だな、友樹。こんなこと父さんが言うのも何だが……家の中、女の子ものの物が多くないか?」
「まあ、父さんが家にいた時と比べれば。沙織とかも来てるし」
片付けてはあるが、何だかんだで沙織が持ってきてそのままにしておる物がリビングには結構多い。コップとか茶碗とか箸もそうだし、もっと言えば俺の部屋には着替えまである始末だ。そんなことを言われても、ぶっちゃけ今更感が強い。
「ところで父さんな、例のアカウントで例の本を買ったことが母さんにバレて、ゴミ以下の存在を見るように蔑んだ目で説教されたんだが」
「それついてはごめん。あ、そこの引き出しに領収書と代金入れてあるから」
「もう1つ、いいか?」
デスソース……トマト餃子……などと考えていた頭を上げれば、我が父の視線の先にあるのは洗濯物。もっと言えば、沙織が置いて行った服に紛れてこっそり干してある、サイズの違う女物の服……つまり、この前女装することになった時の服の姿が。
「悪いとは言わないが、女装趣味はほどほどにしないと彼女から嫌われるぞ?」
「親父みたいなヘマはしないんだよなぁ……そも動機が真逆だし」
「なん……だと」
おお、ファッキンマイファザー。俺が何も知らないと思うてか。小さな頃に母さんから何回話を聞かされたと、そしてクローゼットの奥底にしまってある女物の服を洗濯していると思っている。いや、衣替えの度だからそんなに多くはないか。
「元々女装をしていた親父と、元はさせられて楽しくなってきた俺には雲泥の差がある……あと彼女はまだいないから」
「くっ、華奢な身体に産まれた男なら、必ず一度は描く夢。血は争えないと思っていたのに」
普通に考えて、自主的に女装までする人は稀だと思う。が、しかし実際、沙織の頼みとはいえ楽しんでやっていた自分も事実な訳で……
「よし、この話はやめよう!」
「やめよう!」
お互いにダメージが行くだけの会話は、こうして終わりを告げたのだった。
「そういえばここまで雑に流してたけど、親父のことなんて呼べばいい? 久し振り過ぎて、正直なんて呼べば良いのか迷うんだけど」
「パパ呼びは──」
「却下でマイファザー」
保留になった。