(特殊タグに)非力な私を許してくれ……そしてリアルパートはこれで最後です
完結まであと──
そんなことはあったものの、何時までも部屋にデカブツを放置しておくのも良くない。ということで、先ずはVRマシンを運んで組み立てる運びとなった。
「そういえば、最近学校はどうだ?」
マシンを組み立てている最中に、マイファザーがそんなことを聞いてきた。滅多にこうして話す機会がないからなんだろうけど……
「テストは、ちゃんとしてる。全教科80点は取ってるの、一応写真で送ったと思うけど」
「そうじゃなくてだな。……父さんが聞く資格はないと思うが、
真剣な目だった。そしてこちらを心配してくれている目だった。何もしてくれなかったくせに。
「変わってないよ、何も。昔から」
「そう、か……済まない」
「俺が、変わろうとしてないだけだから。親父が謝る必要なんて、ないよ。それに、勉強それ自体は楽しいし」
申し訳なさそうなら父さんの言葉を、吐き出すようにして否定した。今更遅い。
実際のところ、俺自身が変わろうとしなければ何も変わらない。それは知っていても、またあんな暴力が沙織に向くと考えると……正直、自分がその位置にいれば良いやと思ってしまう。昔から俺たちに悪意を向けてきて、今もむけ続けている相手は学校にいるのだから。
「それでも、本来高校は一番楽しい時期だと父さんは……」
「いいよ、慣れてるから。それに、先輩とはなんだかんだで仲良く出来てるし」
「帰宅部ってこの前言ってなかったか?」
「学祭の時、UPO関連の方向から身バレしてそこから。平気で学校に業務用AR機器を持ち込む人たちで、正直同学年の人と話してるより楽しいかな」
そう考えると、UPOが結構リアル生活でも転機になっている気がする。【すてら☆あーく】のみんなとの出会い然り、藜さんとの出会い然り、極振りの先輩方の狂気に触れたこと然り、学祭での行動然り。
沙織曰く昔みたいに笑えているらしいし、自覚しているところではリアルでも空間認識能力擬きが出来る様になったうえ、記憶力もかなり良くなってる。
それらがこの1年UPO漬けになっていた影響だと言うのだから、UPO様々としか言いようがない。……最初は、沙織に誘われたからって理由しかなかったのになぁ。
「そうか……そうか……」
「父さん、俺の頭撫でるくらいなら手を動かして欲しいんだけど」
なぜか泣きそうな声音で頭を撫でる親父に、手を動かして欲しいと催促した。嬉しい。全力でテスト勉強する為にも、さっさとVR空間へのアクセス手段をしっかりさせたいのだ。
「なら、そうだな。UPOは、楽しいか?」
「楽しいよ、本当に」
そんな風に思っていたからだろう。親父のその質問には、迷うことなく答えることが出来た。さっきも考えていた通りこの1年、自分にとって中心はUPOだったのだから。
「実は未だに、最初の街の兎に気を抜くと殺されるけど……それでも。例え爆破を抜きにしても、凄く楽しい」
いや、やっぱり爆破がないと面白さは半減する気がする。間違いない、爆破出来なくなったらちょっと、いや、かなりつまらない筈だ。ああ、そうか。もう咽せるくらいアバターには火薬と硝煙の香りが染み付いている辺り、俺は手の施しようがないほど手遅れなんだ……火薬美味しい(UPOに限る)
「そうか……楽しいか。そう言ってくれるなら、作っている甲斐がある。ところで、最近の残業理由が極振り案件ばかりなんだが、加減とかはしてくれたり──」
「しない。少なくとも先輩達は、言葉だけじゃ止まらないと思う」
「だよなぁ……」
何処か遠いところを、マイファザーは死んだ目で見つめていた。OK、少なくとも他の極振りの先輩よりは被害が少なくなるように勤めるよ。花火ルを止めるつもりは微塵もないけど。
「寂しくは、ないか?」
「別に。昔と違って、今は沙織とか空さんも来てくれるから」
我が家で1人で過ごす時間。昔はとてつもなく不安で堪らなくて、誰にも見えないところで泣いていた時間。だけど今は、なんだかんだで沙織が押し掛けてきたり空さんが来たりで、1人でいる時間と同じくらい1人じゃない時間がある。そんな風に、甘えてしまっている。
「そんな風に、信頼できる……いや、甘えられる相手が出来たんだな」
そんなこちらの思考を透かしたかのように、父さんは呟いた。そんなに俺は、わかりやすい表情でもしていたのだろうか。
「そう、だね。甘えちゃってるのは事実、かな」
「……そんなに自虐的にならなくても、いいんじゃないか?」
「自虐、的?」
そんな考えたこともなかった言葉に、思わず作業の手が止まる。手元を見ていた視線を上げると、ムカつくほど優しい目をしたクソ親父の顔がある。
「……これに関しては、本当に父さんや母さんが口にする資格がない問題なんだがな。人に甘えるってことは、悪いことじゃない」
「どの口が……」
「そうだな。小さな頃、甘えさせてやれなかった父さんたちが全部の原因だ」
「ッ……!」
ならどうして今、そんなことを言った。
思わず口から飛び出しかけた言葉を、唇を噛んでなんとか喉元で押し留める。なまじそう叫んでも許されることが、ここまで生きてきて、周りの人を見てきたお陰で分かるから。そして叫んでしまったら、全部が崩れてご破産になることを予測できるから。だから、踏み込まないようにしていたのに。それを、それをこのクソ親父は……!!
「そうやって友樹は、父さんや母さん相手には絶対に感情を表に出さないだろう? 嬉しそうにはしてくれるが、怒りもしないし、泣きもしなければ、滅多に笑ってもくれない」
「それが?」
「だけどその子達の前では出来る。例え自覚が無かろうと、そこまで甘えていて、父さんや母さんよりも心を開いてる相手なら出来ているはずだ」
「……泣いたことは、1回しかない」
他人の前で泣いたのは、沙織に抱き締められながら号泣したあの時が最初で最後だ。だってカッコ悪いだろう、大の男が人前で泣くなんて。……いや、映画とかで感極まったりするのは例外だけど。
「それでもその相手は、友樹のことを見下したり、見放したりしていないだろう?」
「それは、そう、だけど……」
「なら大丈夫だ。友樹が心配しているようなことは、絶対に起きない。だから"甘えてしまっている"なんて自分を下に見てないで、1回相手に心の底から寄りかかってみろ」
「……そんなこと言われても。甘え方なんて、分からないよ」
何せこれまでずっと、そうして来た。なのに今更そんなことを言われても、分からない。何も分からない。沙織や空さんに寄りかかって甘えろなんて言われても、そもそも何をすればいいのかすら分からないのだが。
「その時、一番して欲しいことをお願いしてみるといい。例えば……それこそ頭を撫でてもらうとか、そのくらいでもいいんだ。そうすれば、分かる筈だ」
「分かるって、何が」
「そういう疑問も含めた、色々がだ」
ガシガシと、乱雑に頭を撫でられる。
「……甘えてわかること、か」
懐かしくも煩わしい手を振り払って、手元にあった最後のパーツを合着し終える。よし、これで完成と。後は旧マシンからのデータ移行を──げっ、前まで使ってた方、古くて有線にしか対応してない。
「もしかして、今までそれでUPOをプレイしてたのか?」
「そうだけど? 問題しかなかったらしいから、今回買い替えようと思ってたんだけど……」
「対応機種の限界ギリギリで、あんなパフォーマンスが発揮できるのか……人体怖……宇宙じゃん……いあいあ……」
「何宇宙的な恐怖に触れてるのさマイファザー」
頬を1発平手で叩く。反応なし。駄目だこれ、暫く戻って来なさそうだ。今のうちに引き継ぎ設定やっちゃおう。付属のコネクター繋いで、旧マシンの方にログインして──ああ、なるほどこの設定からか。よし、データ移行開始。完了予測時間は……1時間か。買い物に出掛けて戻ってきたら丁度良さそう。
「さて、ここからは不真面目な話になるんだが。
結局、友樹の本命はどっちなんだ? 瀬名さん家の娘さんか? それとも最近一緒にいる歳下の子か?」
「はぁ?」
思っていた以上に低くて暗い声が出た。
「父さんとしては、節度を守ったお付き合いをしてるならば構わないんだが、いつまでもそんな関係は続けられないからなぁ。刺されないよう気をつけろよ?」
「いやまさか、刺される、なんて、こ、と……」
いや、言われてみれば、UPO内部で何回か縦裂きにされたり、腕を引っこ抜かれたりしている。その流れがリアルに出てくるとなれば……あり得ない、なんて言い切れるだろうか。少なくとも0ではない。それはちょっと……正直、怖い。行動もそうだけど、そこまでさせるに至った自分が。
「……そうだね、気をつける」
「そうしておけ……それと、告白するならちゃんとして、相手を待たせないようにするといい。告白とプロポーズを待たせ過ぎて、喰われた同僚がいてだな……あの時は、人が人型であることのありがたみを感じられずにはいられなかった」
しみじみと実感の込められた様子で親父は言った。極振り対策室、職場恋愛アリなのか。というか後半何を言っているんだろうマイファザーは。そんなまさか人型じゃない人なんているわけ──あっ(脳裏をよぎる人外型コントローラー)それかぁ……
「肝に銘じておく」
それに不覚ながら、さっきの甘える云々の話で気付いたことがある。思った以上に俺は、なんというか、情け無いくらいに弱いなぁと。それに色々と、心の整理も付ける気になったし。
「……さて! データ移行終わるまで暇だし、買い物行ってくるよ。晩御飯の材料もついでに買い足さなきゃだし」
「分かった。車、出そうか?」
「要らない。久し振りの休みなんだし、ゆっくり休んでていいよ」
デスソース買うのも見られたくないし。などと思いながら、手元の携帯を見れば時間はもう夕方に差し掛かる頃。丁度普段から使っているスーパーでセールの時間だ。
.○瀬名 沙織
.ハードに問題って大丈夫?. 08:02
.危ない問題筆頭な気がするんだけど. 08:02
.○赤座 空
.後でお話し、聞かせて下さい. 08:12
.○瀬名 沙織
.絶対だよ!!. 08:20
、 。 ね な と ! ? | ||||||
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→ | あ | ..か.. | さ | × | ||
↩︎ | た | な | は | 空 白 | ||
ABC | ま | や | ら | 改.行 | ||
◍ | ....^_^.... | わ | 、。⁈ |
奥様方との熾烈な争いを覚悟しながら、覚悟が出来ずに打ちかけていた文字を消し去った。もう少し、もう少しだけ、時間が欲しかった。
◇
そんな葛藤を抱えつつ、マイファザーにデスソース入り餃子をお見舞いした夜。まさか首領パッチみたいに作った全てを撃ち抜いた挙句「チョロいね」なんて言うイカれた耐久力には驚いたものの、それはそれ。
洗濯物を畳み、軽く部屋の掃除をして、風呂を洗って入り、親父の晩酌に烏龍茶で軽く付き合い、親父が寝たのを見計らって戸締り。明日の朝ごはんの用意を軽く行い、最後に水に浸けていた洗い物を済ます。
そうして漸くやるべき事が落ち着いた、草木も眠るウシミツ・アワー(正確には丑の刻)。データの移行を終わらせたハイエンド機を動かすことができたのは、そんな日付けが変わった後のことだった。
「初期設定は……よかった、全部前のから引き継いでくれてる」
後本来ならば使用前に身体スキャンや脳波の登録を始めとしたクソ面倒な手続きがあるのだが、そこら辺は全部前のギアから設定を引き継いでくれていた。HOME画面に全く知らない要素のアイコンが多数追加されていたけれど、そんなもの今は後回し。
そう、色々手間取ったせいで全く勉強が出来ていないのである。色々考えたいことはある。現実でやりたいこともある。が、しかし学生の本分は勉強。幸い明日は2教科しかないとはいえ、まずはこっち優先だ。
「うわ、思考操作できるこれ……」
旧マシンでは音声認識を使ってログインしないといけなかったのに対し、このハイエンド機はHOME画面から脳波コントロール出来るらしい。技術の進歩を感じる……あと椅子が座っててすっごい楽。何時間でもログイン出来そう。
「PCとのリンクは良し。それに、前と違ってスマホもリンク出来るのか……やっとこ」
これで全ての準備が整った。ということでLet's goログイン。In to the Utopia Online! 今更ながら、理想郷と言うにはサツバツとしてるよなぁ。剣と魔法の世界に戦車と戦闘機もいるし。
「うわ、もうログイン終わった」
などと思っている間にログインは終了、リスポーン地点としていた新大陸のマイホームの中に自分はいた。普段なら10秒くらいかかったログインが1秒未満ってマジ?
もう何度目か分からない衝撃を受けつつ、どれだけ差が出来るのか試す為に空間認識能力を全開。それだけで、どれだけこれまで使っていたマシンとこのハイエンド機に差があるかを理解した。
「世界が、透き通ってる……」
範囲内の空気中にある塵の動き1つまで認識出来るのは、前と何も変わらない。しかしそこまで探知の感度を上げても、これまでと違ってこれっぽっちも頭痛がない。それどころか、まだ何段かギアを上げられるような感覚さえある。
学生の本分は勉強? そんなの知ったことか、今は検証が最優先だ。脳細胞がトップギアだぜ!
「《障壁》!」
上がりに上がったテンションに任せて、コンマ数秒のズレもなく同時展開した障壁の数は
実際に戦いながらとなると、多分兼ね合い的に練習して1000個前後。精密操作となると800個くらいが限界だと思うが、それでも十分。少なくともザイル先輩と戦った時よりは、格段にやれることが増えた。
【結論】業務用ハイエンド機しゅごい。
「……? あっ、あっ、ンンン!! ちょっと待って朧こんな感度上げてる時に、そんな大群で来られたら俺こわ、壊れ、そんな情報りょう処理しきれな、私にそんなの入らな──うぇっぷ」
そして俺は、かなり久々にVR酔いを経験する羽目になったのだった。