完結まであと──多分10話以内
爆発的に強化された空間認識能力のお陰で、自己採点94点で金曜日のテストを突破し、来たる12/14土曜日。
第5回公式イベントの最終日にして、第2回イベントのマップで行われる極振りを含めた全プレイヤールール無制限のバトルロイヤル開催日。結局セナと藜さんに改めて顔を合わせたのは、そんな時間になってしまった。
「えっと、1日振り?」
「そう、です、ね?」
「でも正直、あんまりそんな感じしないよね!」
これでも第1の街からは国外追放を受けている身なので、まだ指名手配されていないしらゆきちゃんモードで受付を済ませ、戻ってきた安住の第2の街。【すてら☆あーく】のギルドホーム。
初のPvPイベントの大トリを飾るお祭りに参加するために、ログインしている大半のプレイヤーが始まりの街に集中しているお陰だろう。普段なら繁盛しているこの場所も、今はNPCしかいない静まり切った空間になっていた。本来ならいる筈のランさん、つららさん、れーちゃんはお祭り会場になっている第1の街から戻ってきていない。図られた。
イベントが始まる正午まであと少し。昨日見つけた自分の本心、それを伝えるには最適なタイミングであるのだが……
「第2回イベントかぁ……そういえばユキくんと藜ちゃんが会ったのもあの時だったよね」
「そうです、ね。嵐の中、颯爽と、助けて、くれまし、た」
「今更ながら、ちょっと無謀だった気がしますけどね……」
言葉が、出てこなかった。思った以上に自分の心の内を曝け出して、相手に気持ちを伝えることは難しいらしい。いやはや、まさか好きの2文字を改めて伝えるだけのことがここまで精神的にクるものとは思わなんだ。一応、覚悟は決めてきたはずなんだけどなぁ。
「……そういえば、確かイベント終わったらこことお疲れ様会みたいなのやるんだよね?」
「そだね。私とユキくんは兎も角、他のみんなはリアルで集まるにはちょっと遠いし。けどそれがどうしたの?」
「いや、そろそろ転送だし確認しておきたいなって」
よし決めた。その時に全部伝える。最近TSして
でもまさか、ネトゲあるあるを当事者としてすることになるとは……いやまあギルドがギスギスするというよりは、ランさん曰く「空気がゲロ甘」なだけだからマシな気がするけど。そっちも甘いですよ、空気。
「そっか。じゃあ、期待して待ってるね」
「あっ、そういう、こと、ですか。ん、なら、そうします、ね?」
なお、そうやって隠して決意したはずの覚悟は、当たり前のようにセナにはバレバレだった。しかも藜さんに耳打ちしたことで、そっちにもバレたらしい。あの、その、流石にそれは恥ずかしいんですが。セナさんや、もう少しこう、何というか、手心というか……
〈第5回公式イベント【正月礼賛、餅つき兎は最強の夢を見るか】、最終戦を開始します〉
〈プレイヤーアバターの配置位置を確定〉
〈無差別級バトルロイヤル、システムイグニッション〉
〈プレイヤーの転送を開始します〉
そんなことを考えていた時だった。視界に映る、エリアボス戦の際とよく似たシステムメッセージ。それはこちらの反論や抗議を切り捨てる、時間切れのメッセージでもあった。
しかもそうこう考えているうちに、足元には第2回イベントの時にも見た転送用と思われるマークが出現する。タイミングが完璧だが悪いったらありゃしない。
「でもその前に、楽しみましょう! いや、セナも藜も敵だから正々堂々?」
「だね! 見かけたら容赦はしないよ!」
「不意打ちは、狡い、です。でも、精一杯、やり、ましょう!」
今までと違い、セナと同じように藜さんを呼んでサムズアップをする。"さん"付けを外すのは正直恥ずかしさがまだ残っているけれど、覚悟を決めた以上そんなものは振り切るしかないのだから。
◇
瞬間、僅かな暗転と浮遊感。
いつも通りの転送される感覚が過ぎ去り、視界に映ったのは最早懐かしさを感じる特別サーバー。あの時とは違い豪雨は降っていないけれど、足元から死界の気配を悍ましいほどに感じる世界に再び俺は訪れていた。
〈残プレイヤー数100%〉
〈Welcome to the ProtoUtopia!〉
〈一定時間経過ごとに、マップ外縁部から生存領域を縮小します〉
〈次のフィールド縮小は5分後です〉
先程と同じように目の前に展開されるシステムメッセージ。これはつまり、このバトロワはよくあるFPSゲームと同じような感じであるらしい。確かに生存領域に関しては、有ると無いとじゃ試合の長引き方がまるで別物になるだろうし、このシステムはアリか。
「マップに関しては……ああ、やっぱり極振りとユニークは常時位置情報がONか。一般プレイヤーは同じエリアまで来ないと分からないのに……まあ、運営からの挑戦とみた」
マップに関しては大体そんな感じ。広さは現在UPOで解放されている旧大陸全てを合わせたくらいで、ビーコン付きの散らばり具合も結構いい感じ。極振りの──もっと言えば、強力な力を持った個の潰し方を運営は良く心得ておられる。そして、この程度ならば極振りやユニークにとっては誤差だろうという、運営からの信頼も感じ取れる。ならば、答えねばなるまいて。
「さて……運営からの暴れてもいいとのお墨付きもある以上、八つ当たりも含めて暴れさせてもらう! 変身! 天候制圧【宇宙】!」
空間認識能力を最大展開、とても魔王らしいとよく言われる装備をこちらも最大展開して、これからやることに飛行能力が必須のため変身。天使の輪と翼を展開しつつ、フラットな状態にあった天候を塗り潰した。顕現させるのは【宇宙】の特殊天候。今からやろうとしていることを最大限に再現するには、この天候以外はあり得ないから。
「多くのプレイヤーを屠った9つの極天が、未だ最先端である事の証の為に……!」
翼を大きく羽ばたかせ、紋章によるサポートも行いながら遥か上空へ向けて飛翔する。マップに名前が表示されていること、そしてこんなわかりやすい天候を展開していることから、無数のプレイヤーを示す光点がマップ上ではこちらに向かって動いている。
「再び最強の神話を掲げる為に……!」
そんな無数のプレイヤーを尻目に、しらゆきとして普段使いしている大筒を肩に担ぐ。このTS身体には不釣り合いなほど巨大な武器だけど、今はそれこそが最高な点だ。
堪え切れない笑みを零しつつ、手元の大筒についさっき
「星の屑、成就の為に……!」
テンションのままに声を張りあげ、書き換えた天候の最上部で停止する。大きく翼を広げ頂点で静止し、タロットバフを自らに付与。自分のビーコンを辿って集まってきた遥か下方の無数のプレイヤー達に狙いを付ける。
「ソロモンよ! 私は帰って来たぁッ!!」
そして、トリガーを引き絞った。次瞬、構えた大筒の先に発生する眩いマズルフラッシュ。確実な位置バレという代償を背負ってまで発射したのは特殊アイテム【ニュークリア・エナジー弾】、公式が悪ふざけで用意した核だった。
「いたぞ! 極振りだ!」
「《爆破卿》を落とせ!」
早くもこの無重力空間に適応して、こちらまで上がってこようとしているプレイヤーも多いが関係ない。そちらが昇ってくるよりも、こちらの方が一手速い!
「どっかーん」
つまらないことに効果音がなかったので、こっそりと呟いてみる。
炸裂するのは青白い閃光。展開していた【宇宙】の天候を、【高濃度汚染地域】へと塗り替える致死の光。そして、ある程度のプレイヤーまでであれば、命中=即死の破滅の炎でもあった。
無論、強大な力には相応の反動が伴う。今回の【ニュークリア・エナジー弾】に関しては、発射した本人すら巻き込む自爆が確定している爆発範囲。故にこれを使うならば、ガッチリと防御を固めるか逃げるしかない。最も前者はデュアル先輩や翡翠さん並みの防御力が、後者はバフが全部乗ったセナ並みの速度が必要だが。
そして俺が取れる手段は後者のみだ。復活は天候効果的に悪手中の悪手なので、尚更逃げる以外の選択肢はない。
「いやぁ、気持ちいい!!」
爆破を最後まで見ていられないのは無念極まりないが、ここで脱落しても仕方がない。展開していた【宇宙】の天候を解除、
同時にここまで昇ってきた時同様に、《加速》の紋章を多重展開、潜り抜けることで自分を射出。大空を翔ける一条の光となって、致命の光から離脱する。
「苦悶を溢せ──」
そんな飛翔の中、ゾワリと嫌な予感が全身を駆け巡った。この詠唱は間違いない、どこから来るかは分からないが、何処からかかは必ず来る。即死が!
「
「《抜刀・上弦》!」
空間認識全開、攻撃の瞬間にだけ剥がれるザイード先輩のステルスを感知して、下方から迫り上がって来た悪魔の腕に抜刀術を叩き込む。そうして叩き落とすようにして弾いた
「お久しぶりですなぁ、ユキ殿。随分と可愛らしくなられたようで」
「こちらこそお久しぶりですザイードさん。【写真術】抜きでなら写真撮ってもいいですよ?」
「望遠ではありますが、先程のサイサリスしているシーンから抜かりなく撮影しておりますとも」
「流石ですね、後で買います」
逆に言えばそれは、こちらの上がった探知能力を当たり前のようにすり抜けているということ。これは、思った以上に厄介かもしれない。
「ところで先輩、被写体にはなりますから逃してくれたりしません?」
「是非と頷きたいところではありますが、これはバトルロイヤルですからなぁ……むざむざ強力なライバルを、ここで見逃す手はありますまい」
「ですよねぇ!」
ワンチャンあるかと思っての提案だったが、まあ当然のように却下されてしまった。だがこの会話のお陰で、本来の目的である時間稼ぎは達成した!
「それでは先輩、良き空の旅を」
「ふむ? ッ、ユキ殿、計ったな!」
「HAHAHA!」
「衝撃の、ファースト・ブリットォ!」
空という彼女の領域でここまでの高速移動をすれば釣れるだろう。そんな予測通り、遙か彼方からチャンピオンが飛来した。無論その速度はTOP of TOP、お先に《加重》の紋章で急降下回避させて貰う。
「ハッハァーッ! その速度勝負、私も混ぜてくれないか!?」
「生憎と私は、スピード狂いではないですので!」
更に2人の先輩それぞれに、ロックオンとターゲットの紋章をそれぞれを対象として付与。文字通りの効果を発揮する紋章だし、きっと時間稼ぎにはなってくれる!
〈残プレイヤー数84%〉
〈生存領域を縮小しました〉
〈次のフィールド縮小は7分後です〉
そんなことを考えていたら、もう16%のプレイヤーが脱落していた。少なく見積もって数万人くらいは参加してるはずなのに、減少スピードが速すぎる。やっぱり極振りは隔離しなくちゃ……
「秘技・バゼルギウス!」
なんて考えながら、翼を広げて滑空しつつ爆弾をばら撒いていく。しかもなんとびっくりナパーム弾仕様。ふぅ……やっぱり朝のナパームは格別だな。
「エクスプロージョン!」
そうして飛行しながら逃亡の一手を打つこと数分。かなり遠くにだが、まだ爆破していないのに炎上している森林を発見した。……なるほど、今度はにゃしい先輩か。すごく小さいな声だったけど、間違いなくいつものが聞こえた上に、爆裂が見えたし。
ならば話は早い。こっちが気持ちよくサイサリスできた以上、もう悔いはそんなにない。面白そうだし手伝いに行こう。そう判断してナパーム弾の投下を中止。ステルスも解いて、加速の紋章で再度自分を射出した。
「おや、ユッキーちょうど良いところに。折角のお祭り、史上最大の爆裂を決めたいのでバフを下さい」
「ガッテン承知! 守りとバフは任せてください」
そうして突入した炎上する森の中。運営の悲鳴を幻聴として聴きながら、両手で杖を構えるにゃしい先輩の元にたどり着いた。天候表記は【星火燎原】、先輩の足元に散らばるMP回復アイテムからして、最大限までチャージをしているといったところか。
「こちらから提案しておいてなんなのですが、ユッキーは私が後ろから刺すとか考えないのですか?」
「さっき核を撃って最大の爆破キメてきたので、それならそれで悔いはないですから!」
「くっ、よもや先に1人だけ気持ちよくなっていたとは……!」
ぐぬぬと言いたげな顔でにゃしい先輩が言うが、そこはサポート極振りとして最大限補助をするから許して欲しいところだ。
「こうなったら私も負けていられません! 普段は威力に全てを割り振っている魔法拡大を、範囲と発動時間、射程の3つにも最大振りです。ええいユッキー、ちゃんと守って下さいよ!」
「アキさん相手以外ならお任せください!」
言ってサムズアップをすれば、サムズアップで返ってきた。こういうにゃしい先輩のノリは嫌いじゃない。そうして笑みを浮かべた先輩の足元と頭上に展開される、巨大な巨大な魔法陣。ついこの前の極振りエキシビションで見たよりも遥かに巨大なそれは、明らかにこれから起こる惨劇の規模が尋常ではないことを示していた。
「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の
珍しく原典に忠実なノンアレンジの詠唱。それに耳を澄ませていると、最大限まで広げていた探知範囲に1つの影が映り込んだ。モンスターのリポップだ。
捩くれた巨大な1対の角、しなやかな筋肉の鎧を纏った脚、赤く光る眼に、何らかの紋様が浮かんでいる黒褐色の毛皮。間違いない、初めて藜さんと会った時に討伐した、【The Hades horn deer】に違いない。
そしてそのシカは、明らかに探知越しに俺を見た。この森を炎上させているにゃしい先輩よりも、直接見ている俺の方がターゲットを取ってしまったらしい。好都合だが。
「よし、朧! Go!」
《了》
しかしあの時とは違い、今の
瞬く間に自爆でシカをボロボロに削っていく朧(分身)に朧(本体)を撫でていると、何故か背後にいるにゃしい先輩が浮かび上がっていた。爆炎を背負ったその姿は、間違いなく極振りエキシビションで見たペットを最大解放した姿。
「踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく
龍の魂秘めし杖よ、その神威を我の前に示せ
契約の下、にゃしいが命じる!
原初の崩壊、永劫の鉄槌をこの手の内に!」
それに合わせてこちらも飛行。かなり良く視界の取れる場所まで昇った先輩の隣で、こちらに向けて無数に発射される木の枝を障壁で弾き落とす。……トレントなんて居たんだ、このマップ。
「爆破と爆裂、宗派は違えど今は手と手を取り合う時! 目標地点はあの遠くにあるプレイヤーの合戦場、東経
「またベトナムが巻き込まれてる……」
「さあユッキー、一緒に万歳爆裂しますよ!」
「了解です。紋章付与、バフ最大! 30秒しかないので狙いは慎重にお願いしますよ」
言って、拳を打ち合わせる。背景に山があるお陰で、きっと凄まじく映える爆裂になることだろう。スクショじゃなくてムービー起動しておこう。
「「エクス、プロージョンッ!!!」」
折角なのでこちらも杖を取り出し、にゃしい先輩と対称のポーズになるように前方へ突き出した。
天に形成された虹色に輝く火球。それが魔法陣を通して変形収束、敵を滅却せんとダウンバーストのように目標地点に叩き落とされた。しかもその虹焔の波濤は、エキシビション戦の時とは違い誰に邪魔されることもなく炸裂する。
発生するのは人為的な天災、先程こちらがやったサイサリスる(動詞)ことに勝るとも劣らぬ大災害。具体的には、山岳やその周囲全てを焼き尽くしたことで、この爆裂で
「「バンザァァィァァイッ!!!」」
いぇいと両手でハイタッチをすれば、山岳を背景に爆裂の影響でそこが見えぬ大穴が空いた大地と何も無くなった焦土が、視線の先で圧倒的な存在感を主張していた。
しかしこの時、
「──そうか、見つけたぞ《爆裂娘》《爆破卿》」
ムービーを切ろうと手を伸ばした瞬間、総身を駆け巡る死の気配。間違いなくこれは
「
聞こえるはずのない鋼の