入
生 、襲 来
携帯が修理終わったので初投稿です
春、それは出逢いの季節。
転校や進級、卒業や就職といった完全に環境が変わるものから、学校のクラス替えや席替えと言ったほんの少し変化するものまで。一言では纏めれないほど、春というのは様々な変化が起きる季節だ。
そして当然、その変化は俺たちにも訪れる。俺も
そして──
空さんは弾けた
[○先駆け]
元からそういう話にはなってたし、これまでは沙織と一緒だった登校に空さんが加わるのはいい。いや、本当はあまり良くないけれど、1回断ろうとしたら大変なことになりかけたからよしとする。沙織も別に構わないって、何か空さんと話してたし。
学校帰りに何故か我が家に寄るのも、まあ、百歩譲って気にしない。空さんに色々と友人が増えたことは喜ばしいことだし、前からちょくちょく沙織と勉強会をしていたからそこはいい。
だけど、だけどだ。休みの時間とか都合が良い時に限って偶にだが、1個学年が上のうちのクラスにまで押し掛けてくるのは、ちょっと困る。既にクラスは両手に花の二股疑惑で持ちきりだ。今年も変わらず沙織と同じクラスで、去年までのクラスと違って普通に話せる友人も出来た。出来たのだが……こう、少し不味い。しっとマスクが出てきてしまう。
だが、それよりも大きな問題が1つ。
釣られて沙織も弾けた
[○独占欲]
まるで見せつけるようにくっついたり、腕を組まれたり、弁当を交換したり。クラスメイトからピンク色のオーラが見えると、最近言われるようになってきたのだ。悪くないが不味いって、早速あだ名が二股クソ野郎から肉食動物の前の羊に変わってるんだって。
……ねえ待って、待て、待ってって友人氏。実況を始めるんじゃない。『彼女の脚質には合っていますね』じゃないから、『少し掛かり気味でしょうか、一息入れるタイミングがあればいいのですが』でもないから。恋のダービー卑しか女杯が始まったっておま、うまぴょいしないから! まだ未成年だから!! 賭け事を始めるなァーッ!!!
◇
世の中には生主、配信者ストリーマー、或いはゲーマー、或いはDotuberと呼ばれる職業がある。このVR全盛の時代に於いて、それは1つの職業として確立した。その中でも
とまあ、いつもの口上はここまでにしておくとして。今は久しぶりに何も考えずにやっているUPOの配信中。最近まで大神さんの企画だったり、向こうの事務所さんにお招き頂いたイベントだったりだったので少しだけ懐かしく感じる。通常プレイはずっとしてたけど。
「とまあ、そんなことが今日バーチャル学校であってですね。全くもう、困っちゃいますよ」
:いったい俺たちは何を聞かされているんだ……?
:↑そりゃあ火種よ
:イチャイチャ百合百合の話だと思う
:てぇてぇ話
:爆ぜろ爆破卿!
:オコッテルシラユキチャンモカワイイヤッター
:そのあとはどうなったの?
「その後ですか? ちゃんと3人で帰りましたよ、いつも通り」
気配を殺し、なるべく振動すら起こさないように新大陸の森を歩く。配信の名目の通り、探しているのは1周年アプデで追加されたらしい
「どうすればいいんでしょうねぇ……、
:……無理なんじゃないかなぁ
:しらゆきちゃんじゃ無理
:ごめんなさい
:こういう時どんな顔をすればいいか分からないの
:もう助からないゾ
:春の嫉妬大三角形、美しい
:シットライアングルってか
:【審議中】 ( ´・ω) (´・ω・) (・ω・`) (ω・` )
:飢えた狼と鷹の前に調理済みの羊を出すみたいなもの
:しらゆきちゃんは贄
:しらゆきちゃんはマゾ……?
:およめさんののあしのうらをなめるのがすき
:おい誰だこれ呼んだ奴
:いい匂いはしそう
:でも実際尻に敷かれてるから
:空気はある、しかも美味しい!
助けを求めたリスナーさん達からは、そうスカンを食らった上に煽られた。ちょっと酷くないですかねぇ……などと思いながら、コメント欄を眺める事しばし。普段と変わらぬ時間、変わらぬ速度で流れるコメント欄だったが、1つだけ異常な点があった。
なぜか、普段見る名前の人達が今日は少ない。活動開始からコメントしてくれていた人たちがあまりいないのだ。飽きられてしまったのだろうか、いやでもこの前の放送までは来てくれてたしなぁ。そんなちょっとした寂寥感に包まれること数秒、答えはスーパーチャットからやってきた。
「あ、えと、ありがとうございますって、最後で台無しですよこの変態!」
シームレスにイオ君からのスパチャを処理していると、そこからまるで堰を切ったようにコメントが溢れ出した。最近見てくれるようになった人たちではなく、初期の頃からコメントしてくれていた人たちから届く無数の言葉。労いだったり、心配だったり、揶揄いだったり、喜びだったり、おっ煽りかお前。兎も角そんな言葉達が、思ったよりも心に刺さって。
「あ、あれ? なんで……」
気が付けば、涙が流れていた。フルダイブ経験VR特有の、魂が剥き出し故に隠せない心の表情。現実では何があっても表に出さない部分が、配信中に曝け出されていた。今回のアーカイブは非公開かなぁ。
:泣かないで Silver blade
:泣くんじゃねぇ
:っアカチン
:塗らねぇよ!
:どうしてこう、可愛い女の子の涙はそそるのかしらすナナナナナナナ
:やべーぞ大先生だ(n回目)
:そそるぜぇ、これは
:涙舐めたい
:(性癖の歪んだ)仙空ッ!
:胸元の式がE=mc2からε = λ/lに変わってそう
:圧縮されて歪んでて草
:なんの役にもたたなそう
なんて話が脱線していく間も、ポロポロと溢れる涙が止まらない。思っていたより、これまでの生活はメンタルを削っていたのかもしれない。そんな考えが、脳裏をよぎった瞬間だった。
なんとか服の裾で拭っていた涙の滴が一滴、地面に向けて落下した。普段ならばなんてこともない、地面にシミが一つ増えるだけのこと。ただ今
「あっ」
この場所は、微かな衝撃だけで爆発する。
気が付いた時にはもう遅い。気が付いた時にはもう遅い。大事なことなので2回言ったが、本当に時すでに遅し。涙が落下した地面で、まず最初の爆発が誘発。超小規模なそれが別の火種に引火、爆発、引火を繰り返していく。
そうして無限に重ねられた爆破の螺旋は、いつものようにエリアごと全てを吹き飛ばしたのだった。最後に何か、動物の悲鳴のような音を響かせて。
:あっ
:デ デ ド ン
:い つ も の
:や っ た ぜ
:なんか書いとけ
:や っ ぱ こ れ だ ね
:こ無ゾ
:いま絶対何か聞こえたよ
そしてまあ、ここまで景気良く綺麗に吹っ飛ばされてしまえば、諸々の気持ちも引っ込むというもの。いつものマイホームにペタン座りでリスポーンした時には、既に涙の気配は何処かへ消えていた。
「死にましたわ」
折角それっぽかった雰囲気が台無しである。いや、爆破自体は実にビューティフォー……な感じで良かったのだが。よかったのだが!
:ドンマイ
:なんかシステムメッセージ出てね?
今から森のあそこまで深い場所まで戻るには、相当な時間がかかってしまう。代わり映えする風景でもない以上、ここからもう1回配信するわけにはいかない。
既に1時間は配信しているし十分だろうと、配信を切る為の準備をしようと思った矢先だった。ふと、そんなコメントが目に入った。慌てて手元に視線を落とせば、確かにメニュー欄に普段は存在しないマークが存在している。というか、さっさとタッチしろと言わんばかりにビカビカと付いているバッジが輝いている。
「うぐぐ、微妙に悔しい……って、確かにメッセージ来てますね。しかも運営から」
このままでは今回の配信の取れ高は微妙。ここは運営が変なメッセージを送ってきてないことを信じて開くのみ! あと単純に気になるし!
「ちょいあー!」
:しらゆきちゃんの謎の掛け声シリーズ
:ちょいあー!
:ちぇりおー!
:にゃー、みゃー、ふぎゃー、ときてちょいあー!か
:にゃー、の方が好きです Himmel
:わかる、あっちの方がかわいい
:ドッチニシロシラユキチャンカワイイヤッター
なんかコメントが加速したけどそれはそれ。勢いよくタップしたメッセージ欄は光を放ち、大きな大きなメッセージウィンドウを形成していく。そうして露わになったのは──
「ンンン突然の全編英語!?」
でも内容を見る限り、書いてあることは単純だ。またぞろ再加速しているコメント欄を流し見つつ整理するに……どうやら
「つまり、えーと……シカでした。いつの間にか徘徊ボス倒してましたね!」
:つまりヤギね!
:伝統行事
:絶対虎だったって(鹿)
:死因・女の子の涙
:女の子の涙(可燃性)
:ロボ娘かな?
:かわいい女の子の涙に勝てる男はいない
:TS虚弱白髪幸運極振り猫型ロボ娘爆弾魔お嫁さん2人持ち(尻に敷かれ済み)受け体質って盛りすぎじゃね????
:滾りすぎて新刊が産まれたわすナナナナナナナ
:大先生ぇ!
HAHAHAと笑ってみるけど、笑ってていいのだろうかこれ。オチが出来てしまった。正直もうちょっと遊んでいたかったのだが、配信を終わる流れが完成されてしまっている。
「と。そろそろ配信も長くなってきちゃいましたし、予想外のオチも着いちゃったので配信を締めようかなーって思ってるんですが、その前に! 一個だけ告知があります」
:行かないで
:その前に?
:告知!
:告知!?
「前々から皆さんに『歌枠やってほしい』とか『歌ってみた出して欲しい』とか応援して貰ってたのに、私これまで一回もやってなかったじゃないですか。その、すっごい下手で」
だからもう、最後に告知だけしてこのまま綺麗に締めてしまおう。ちょっと予想外の内心に気付いたりもしたけれど、もう目的は果たせたのだから。
「それでカラオケで練習もしたんですけど、その、どうしても音痴が治らなくてですね……」
:しらゆきちゃんのあれはね、うん
:普通に歌うと下手で、頑張って歌うと読経という
:原曲ブレイカー
:鼻歌はちゃんとしてるのにね
:練習えらい
:音痴を治そうと頑張ってるの想像するとほっこりする
「仕方がないので、自分の声をサンプリングして人力VOCALOIDしつつ、火薬子さんが作ってくれたMMDを使って一曲分動画を作ってみました。この後すぐにプレミア公開する予定なので、お楽しみに〜!」
セナや藜さんと一緒に何度も歌声の矯正を試してみたのだが、案の定全滅。それでも視聴者さんの期待に応えたかったので、なんとか講じた苦肉の策だった。
:地味に意味わからないことしてて草
:そっちも極振りなのか……
:意味不明技術力してて笑う
:昔と比べると技術も進歩したんやなって
:サンプリングデータクッソ欲しい
:あげません!!(全身全霊の声)
:よよよ〜
:MMDモデルまであるのか
:やってること俺らと同じで笑う
「ではではでは。今回はアーカイブが残らないですが、おつボムでした〜! それと、今日もありがとうございましたー!」
配信デバイスに手を伸ばして、笑顔で手を振ってご挨拶。配信終了画面に切り替えて、ちょっとだけ流れるコメントを見る。残念ながらCパートはないが、何となく堪らない達成感と満足感。
「えへへ」
溢れた笑顔はそのままに、諸々の手順で配信を終了させた。
さて、沙織と空さん、あと大神さんからもお墨付きをもらったけど、歌ってみたっぽい動画はどうなることやら。