幼馴染がガチ勢だったので全力でネタに走ります   作:銀鈴

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第37話 第2回イベント4日目②

 ドロップ品を確認したりニュルンとギルドを徘徊したりして遊び、時間を潰す事数時間。イベントの最終日が始まった。

 

「ふわぁ……おはよう、ございます」

「おはようございます」

 

 充てがわれた自室の扉の近くで待機していた俺に、小さく欠伸をする藜さんが挨拶してくる。瞼を擦って眠そうだし、もしかして朝に弱いとかだろうか。

 

「ふひゅう……」

「おっと」

 

 空気の抜ける様な声を出し、倒れそうになった藜さんを抱きとめる。うわHP減った。それはそれとして、ゲームでも寝癖とか出来るんだね。その寝癖で跳ねた髪を押さえれば、そこにはなんとあら不思議。美少女を抱きとめる全身襤褸ローブの変態の姿が!

 ちょっと待ったそこの女の人。そんなにキャーって感じの表情でこっちを見ない。見世物じゃないんですよ! 加速で転ぶがいい。

 

「みゅ……ユキ、しゃん?」

「そうですよー」

 

 寝癖を優しく撫でつけながら、なんとなくそう答えてみる。その状態で固まり、眠そうなトロンとした目で見つめられること数秒。目がカッと開かれ藜さんの顔が急速に赤くなっていく。

 

「な、なっ……」

 

 多分ビンタ1発で砕け散る俺の現状を知っているからか、藜さんはフリーズしたかの様に動かない。よし、寝癖も直った。

 

「あぅ……」

「大丈夫ですか?」

 

 頭から湯気が出そうな感じで見事に機能を停止してる藜さんは、目の前で手を振っても反応がなかった。重症ですね。

 

「朝ごはん行きますよー」

「ふぇ……」

 

 再起動までまだまだ時間がかかりそうなので、仕方ないから手を引いて食堂まで歩いていく。だから、そんなキャーキャーしないで下さいよギャラリーの人達。

 

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 ・

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 朝ご飯が始まってからも藜さんはフリーズしたままだったが、周囲に急かされて俺があーんをしている時、漸く戻ってきた。

 因みにシドさんからサムズアップを貰ったので、その時煽ってきた男性陣は加速爆竹の刑に処してある。女性陣は藜さんが直々に手を下していた。

 

「い、いきなり、あんな事されたら、びっくりします!」

「ですけど、避けるわけにもいかなかったですし」

「だって、頭……」

 

 そう言って藜さんは、丁度寝癖があった場所……俺が撫でていた場所を触り涙目で言ってくる。負けました。

 

「すみません、俺が悪かったです」

「ユキさんなら、いい、です。けど、お詫びに、ちゃんと撫でて、ください」

 

 そう言ってずいっと頭を突き出してくる。……改めてやろうとすると、普通に恥ずかしいなこれ。やるけれど。

 

「ん……」

「あー、お前ら。ここに俺がいるって忘れてないか?」

「「忘れてませんけど?」」

「タチが悪い……」

 

 シドさんが心底嫌そうな顔でこちらを見る。まあ、襲ってこられようが昨日みたいに撃退するけど。にしても髪の毛サラサラだなぁ。

 

「ふざけるなテメェら!」

「シドさん、それⅣですから。ファンサービスファンサービス」

「すみま、せん?」

 

 こうしてシドさんが発狂する事と、揶揄ってた人達が死屍累々な状況になってる以外は平和に時間は過ぎていったのだった。

 

 

「もう残り1分ですか……長かった様な早かった様なですね」

「私は、凄く楽しかった、です」

 

 昨日までの事で、2人して疲れてたのだろう。俺たちは、シドさん達が出撃した後も拠点をお借りして時間を潰していた。この天気で外に出て狩るのは、正直もう懲り懲りだ。

 

「それじゃあ後数秒ですし、向こうに帰る準備をっと!?」

 

 そういって立ち上がろうとした俺に、藜さんがギュッと抱きついて来た。ファッ!?

 

「どうせ、最後、ですから!」

 

 そんな嬉しそうな声が聞こえ、いつもの浮遊感が俺たちを包んだ。そして一瞬の暗転が訪れ、切り替わった視界はいつものギルド内だった。

 

「ふぅ、やっぱり落ち着く」

「ここが、ユキさんの……」

「え?」

 

 ふと、耳元でそんな聞こえるはずのない声が聞こえた。顔をそちらに向けると、触れ合いそうな距離に藜さんの顔がありお互い硬直してしまう。

 とりあえず顔を背け、藜さんが離れた辺りでゴトンという音がした。恐る恐るそちらに顔を向けると、銃剣を持ち、菩薩の様な笑みを浮かべた幼馴染様の姿があった。

 

「ユーキー君。最終日まで生きてられたんだね」

「あ、ああ」

 

 ヤバいぞ……この気配、【伊邪那美之姫】にすら匹敵する。

 そして我が幼馴染様の目からは、完璧にハイライトが消えていた。オイオイオイオイ、死んだわ俺。

 

「それで、その子、誰かな?」

 

 現実だったら冷や汗が止まらない様な、あまりにも圧倒的な圧に言葉を紡ぐ事すら出来ない。そんな俺の左手が、いつの間にか藜さんに抱き抱えられていた。

 

「藜、です。イベント中ずっと、ユキさんに、お世話になり、ました」

「へぇ、そうなんだ」

 

 ずっと、という言葉が強調されて言われた。

 セナの目が、まっすぐにこちらを見つめてきている。ふ、ふふ。こ、怖かねぇぞ!

 

「すてら☆あーくのギルマスで、ユキ君の現実の幼馴染みのセナです。宜しくね、藜ちゃん」

 

 今度は現実の幼馴染みという単語が強調されていた。

 そう言ってセナが差し出した手は()()。あ、あれ、なんでだろうな。胃に穴が開きそうだ。早起きしたからかな? アレ? アレ?

 

「宜しく、お願いします」

 

 藜さんも藜さんで、躊躇せずにその手を取って握り返しているのはちょっと怖い。なんか握手された手が互いに間違いなく全力だし。

 

「もしギルドに入ってないなら、うちに来る? 歓迎するよ?」

「良かったら、宜しく、お願いします」

 

 ピリピリとひりつく空気の中、藜さんがうちのギルドに加入する話がまとまった。ワー、マスターがいると話がハヤーイ。すっごーい(胃痛)

 そんな空気の中、藜さんが口を開いた。

 

「マスターは、幼馴染って、言ってましたよね?」

「うん。ユキくんの、唯一の幼馴染だよ?」

「ユキさん。私たち、相性、バッチリでした、よね?」

 

 首を傾げられて、藜さんにそう問いかけられた。まあ、それは言うまでもないだろう。

 

「まあ、そうじゃなきゃ途中で力尽きてただろうね」

「幼い、よく馴染む、女の子。これも、幼馴染じゃ、ないですか?」

 

 なんて斬新な解釈!?

 内心驚愕していると、空いていた右腕にセナが抱きついて来た。両手に花とはこのことかな(白目)

 

「もしあなたが幼馴染でも、ユキくんは渡さないもんね!」

「でも私、ユキさんと、寝ましたよ?」

「んな!? ユキくん本当?」

 

 右腕から変な音がなったんですがそれは。

 

「い、一緒の部屋では寝たけど? やましい行為はしてない」

「へぇ……」

 

 右腕にかかる圧力が、ギリギリと強くなっていく。なにこれ死にそう。拷問ですか? 拷問だYo! そして俺は、密告されて哀れ毒壺の中へ(錯乱)

 

「膝枕も、しました」

「本当?」

「い、いえす」

「へー」

 

 腕が折れそう(直球)

 実際手が辛いから、セナさん手を離してくれませんかねぇ?

 

「一緒にバイクも、乗りましたし、あーんも、してもらいました」

「へぇー。へぇー、ソウナンダ」

「寝顔も、見られたし、コートも、かけてもらいました」

「タノシソウダネ」

 

 あー、れーちゃんは可愛いなー(現実逃避)

 

「それに、これも、あります」

「んな!?」

 

 壊れたブリキ並みの速度で藜さんの方を見れば、渡したままになっていた太陽の指輪が右手の薬指に嵌められていた。あっ、死んだわこれ。

 瞬間、ふっと右腕にかかっていた力が抜けた。そこに既にセナの姿はなく、恐らくログアウトしたのだと推測出来る。あっ、死ぬわこれ。

 

「すみません藜、リアル貞操の危機だから!!」

 

 自由になった左手でウィンドウを操作、ポイントやその他諸々のメッセージを無視してログアウトボタンを叩きつける様に押す。いつものログアウトの感覚が身体を走り、現実の身体に意識が帰還した。

 

「うぇ、げほっ、ごほっ。うわこっちはこっちでマズイことになってる!?」

 

 ヘッドギアを外して起き上がり、息を吸った時に鉄臭い匂いが鼻を抜けていった。微妙に鼻も詰まっている。手元を見れば、血に濡れた枕カバーと服が存在している。多少枕を高くしてた事が災いした。

 

「冷水! 洗剤! 漂白剤!」

 

 枕カバーを外し小脇に抱えて階段を降り、玄関の鍵を閉めチェーンで施錠して、そのまま風呂場に駆け込む。その際鏡に映った自分の顔は、鼻血が流れた跡があり中々に酷いものだった。

 

「時間との勝負!」

 

 血液染みは時間が経てば経つほど落ちなくなるのだ。一先ず顔の血を洗い流してから、早速洗浄に取り掛かる。これはこれとしてチェーン以外の沙織への対応も考えないといけないし、色々とマズイ。

 そして洗う事十数分、出来る限り落とし終わり漬け込んだ時にその音はなった。絶望のチャイムの音。そして、即座にガチャリという音がした。

 

「あれ? チェーンかかってる」

 

 なん……だと。玄関扉が突破された。チェーンをかけてなかったら即死だった。何がかは知らないけれど。急いで玄関に戻れば、半端に空いた扉から首を傾げる沙織の姿が見えた。

 

「あの、沙織さん? なんで、玄関開けられてるんです?」

「とーくんのお母さんが、スペアの鍵の場所教えてくれたから!」

 

 今だけは言わせてもらおう、ふぁ○きんマイマザー。なんて事しでかしてくれやがったうちの母さんはぁぁっ!!

 

「そろそろ夜なのに、女の子が一人歩きは良くないと思うんだけど?」

「大丈夫! 今日はとーくんの家に泊まるから!」

 

 ……今、沙織は何て言ったのだろうか?

 

「One more please」

「とーくんの家に泊まるから、何の問題もないよ!」

 

 どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。問題しかない。

 

「着替えはどうするんだよ」

「持ってきたから平気!」

「明日学校だぞ? 頭大丈夫か?」

「制服持ってきたもん!」

「教科書は? 取りに行くのは面倒だぞ?」

「置き勉してるからね!」

「未成年の男女が親がいない1つ屋根の下。公序良俗に反するぞ?」

「ママが、そういう時用にって持たせてくれたのがあるけど?」

「手は出しませんけどねぇぇぇ!!!」

 

 どうしよう、詰んでいる。八方塞がりだ。いや、だがまだやれる事はある筈だ。どうにかして諦めてもらうネタを引っ張り出せ俺!

 

「晩御飯の用意、俺の分しかないんだけど?」

「作りに来たから大丈夫!」

「寝る場所がないぞ?」

「来客用の布団があるって、私知ってるよ?」

「何だと!?」

「それとも、そんなに私は嫌なの?」

 

 扉の向こうの沙織が、涙目になるのが見えた。

 俺はそういうのには滅法弱いけど、襲われない確証がない限り流石に怖いのだ。

 

「別にそうじゃないんだけど……ご訪問の理由は?」

「あの藜って子が羨ましかったんだもん!」

「襲わない?」

「襲わない」

 

 じっと見つめ合い、真意を探る事数秒。本当に襲われる可能性はないと、何となく判断する事が出来た。

 

「チェーン開けるからちょっと閉めさせて」

「分かった」

 

 ここまで来たなら、もう腹をくくるしかないだろう。チェーンを外して、沙織を受け入れる。お邪魔しますと入って来た沙織は、大きなバッグを1つと食べ物の入ったビニール袋を持っており、非常にラフな私服姿だった。

 

「ふんふふんふふーん♪」

 

 まあ、元気になってくれたから良いとしよう。心情的にも、ついでに外聞的にも玄関で泣かれるのは嫌だ。

 

「はぁ……そう簡単に泣くなよな」

「……本心だもん」

 

 この後膝枕されたり料理をしたり、大体ゲーム内でやった事をリアルでもやる事になったのは是非もないよネ! 料理は……うん、カレーだったから判別はつかない。

 

 そんな事よりも、自分の部屋で寝てた筈なのに朝起きたら沙織と同衾してたんだけど、どういう事なの…?

 一応、何もやらかしてなかった事だけは明記しておく。

 


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