なんでそんな位置にいるのか、全く理解出来てないけどね!
朝起きたら同衾してた(やましい事はない)なんてアクシデントがあったものの、結局今日はいつもとほぼ変わらない1日だった。
かなりの不安はあったが、隣で寝ている沙織を起こさずそのまま放置し顔を洗い、キッチンに立ちそのまま弁当を作り始める。いつもは冷食を詰め込んでサボる事が多いが、流石に2人分だしマトモに作る。
弁当が完成した辺りで起きて来たので、とりあえず顔を洗ってくるよう指示。その間に朝食を作っておく。戻って来た沙織と2人で朝食を食べ、学校に行く準備。歯ブラシは仕方ないから予備の新品を渡した。
そして2人揃って登校したのを殺意の篭った目で見られ、散々弄られて放課後に。非常に疲れる1日だった。
「最初と最後で矛盾してるな俺……」
そんな事を呟く俺は今、いつも通りの直帰ではなく沙織の家から帰ってきたところだった。昨日沙織が風呂に入ってる間に親御さんに連絡しておいたものの、ちゃんと1度会いに行って話をしておかないとマズイと思ったからだ。幾ら幼馴染とはいえ、同衾(やましい事はない)してた訳だし。
「本当疲れた。はぁ……」
一切の隠し事なく事実を話したのに『別に友樹君なら、同意の上なら手を出しても良かったのよ? 勿論、その場合はきっちり責任を取ってもらうけど』とか返されるんだもん。流石にビビるわ。
「即ゲームって訳にはいかないし、洗濯と夕飯の準備と、後は掃除でもして時間潰さないと」
下着とかで色々言われるのは本意じゃないし、洗濯はやっぱりやめておこう。とりあえず沙織のことだから晩ご飯は食べていくって言うだろうし、帰りは送っていけばいいか。でも材料がもうあまりないから買い物に行って……今日はゲーム、ほぼ参加出来ないか。
◇
「ん」
「ありがとうれーちゃん」
リアルの方の諸々の問題を片付けた翌日、イベントの報酬を受け取りもせず俺はギルドで寛いでいた。4日間脳を酷使して遊び、その後リアルの襲来をどうにかし、学校に行ったりして疲れた頭には甘味と癒しが必要だった。団子とお茶って素晴らしい。
「あ、忘れてた。れーちゃん、はいこれお土産」
そう言って俺は、首を傾げるれーちゃんに取り出した【虹霓の杖】を手渡した。臨時ポーチに入れていた素材は全てギルドの倉庫に行ったが、【無垢なる刃】を始めとした武器類はアイテム欄に残っていた。だから渡すのが遅れたのだけれど、まあ誤差の範囲だろう。昨日は結局ログインしなかったし。
「ん!」
「流石にこれは貰えない? じゃあ、まだ何本かあるからそれから……」
「ん」
どうにもお気に召さなかったらしく、れーちゃんが選んだのは宝物庫で回収したお祓い棒の様な杖だった。あぁ、れーちゃんもそういえばデバッファーだったっけ。
「ん?」
「新しい装備とか、装備の改修はしないでいいかって? 今は皆んなの分でれーちゃんも忙しいだろうし、考えてるのはあるけど実現出来るか分からないから俺のは後ででいいよ?」
回収した長杖とか、銃やファンネルで出来たらいいなと考えてる事はあるのだ。けれどそれは発想がそもそも変態的だし、使いこなせるかも分からない。だから一応、今回は俺の同類に手を貸してもらう約束をしてもらった。だから、れーちゃんに依頼するのはそっちで話がまとまってからで良いと思うのだ。
「ん!」
「欲がない? 何か1つくらいは作りたい? じゃあ、持って帰ってきた【姿隠しの兜】をコートに組み込めたりする?」
「ん〜、ん!」
どうやら出来るらしい。改めて、れーちゃんの技術力がヤバイとしか表現出来ない。だって、フードがあるとはいえ頭装備と体装備を合体出来るんだよ?
「ん!」
「えっと、でも効果は付けられても、性能はあんまり上がらない? それは大丈夫。だって俺、そもそも攻撃が当たったら即死だし」
無論、当てられない様に努力はしてるしこれからも続けていくけれど。
「ん」
「ちょっと待っててくれれば、すぐに完成させられる? それじゃあ暫く待ってるよ、休みたいし」
「ん!」
コートと兜をれーちゃんに渡し、ボス泥のコートを纏って背もたれに体を預ける。騒がしい事もないし、対処すべき問題もないし、あーほんと楽。
ギルドの皆んなは出かけてるかログインしてないかで居らず、時間的にお店も閉めてるのでお客さんもいない。そんな静かな空間でボーッとして過ごす事どれくらいか。2杯目のお茶を飲み終わった辺りでれーちゃんは戻って来た。早い。
「ん」
「ありがとう。急かしたみたいで、ほんとごめんね」
「ん」
れーちゃんの持って来た、所々に僅かな金属パーツが追加されたコートを羽織る。やっぱりこれが1番だ。あ、ステルスの発動はフード被るのが条件なのね。
つい癖で頭を撫でちゃったけど、嫌そうじゃなかったから良かった良かった。流石に失礼ってのは自覚してるし、3人くらいにしかやらないけどね。
「それじゃあ、俺も行ってくるよ」
「ん」
立ち上がった俺に、いってらっしゃいと書かれたウィンドウを見せてれーちゃんが手を振ってくれた。それじゃあ俺も、やる事やって来ますか!
・
・
・
景気良くエンジンを吹かして辿り着いた第3の街の一角、何もなさそうな裏路地で俺は足を止めていた。時間は23:30、時間はピッタリだ。途中で爆弾を買い足してたのに間に合うもんだね。
事前の約束通り、一見背景にしか見えない扉をノックする。すると僅かに扉が開き、問いが投げかけられた。
「合言葉は何だ?」
「ナン」
「いいだろう」
完全にトンチな合言葉を答えて開いた扉の奥には、如何にも異世界のギルドといった様子の場所が存在していた。
木製の床の上に点在するテーブルや椅子、紙が張ってあるボードがあり、カウンターには数人のNPCの女性が立っている。そして、その中でたった1人のプレイヤーがこちらに手を伸ばしていた。
「ようこそ、我らがギルド【極天】へ。一時的な訪問だとしても、俺は歓迎しよう。俺たちの、最新の後輩よ」
「改めてそう言われると、何か感慨深いものがありますね。ザイルさん」
こちらに伸ばされたザイルさんの手を取り、俺は極振りの先輩が集まって作られたギルドに足を踏み入れる。今更だけど、外は近現代で中は異世界……あれか、雰囲気に極振りしてるのか。窓から見える景色もそうだし。そんな中手近な椅子に座ったザイルさんの姿は、前見た浮浪者風の物ではないけれどかなりボロボロに見える。その赤く長い髪と金色の目は、どこか危険な臭いがした。
「あれ、魔法使いさんはいないんですか?」
「ああ。待ち時間が暇だからとかいって、何処かに飛び出していった。多少地形が変わってるだろうが、まあ明日には直ってるから気にすることはない。連絡をしたからすぐ戻ってくるだろう」
「アッハイ」
さらっとこんな言葉が出てくる辺り、もうここは極振りの巣窟と言うに他ないだろう。地形が変わるって、ゲーム内でそんな頻繁に起きてたんだね……俺の時緊急メンテが入ったのは、消滅したか炎上したかの違いだったんだろう。
「それで、俺に相談ってのは何だ? 流石に行き詰まったとかか?」
「いえ、ザイルさんの情報のお陰でボスも倒せましたし特にそういう訳じゃないです。リアルで鼻血出すレベルで苦労しましたが」
「ほう、よくやったな」
そういうザイルさんは驚きこそすれ、信じられないという雰囲気ではなかった。周りが極振りだから慣れてるんだろう。
「それで、装備関連で聞きたいことがあって来ました」
「ふむ。だが俺に聞かずとも、お前のギルドにも専属の職人プレイヤーがいるだろう?」
「居ますけど、流石にいきなり無茶振りをしたくはなくて。その点、ここなら常識が要らないでしょう?」
「それもそうだな」
ザイルさんが納得したように頷く。蛇の道は蛇、極振りの武器は極振り。頭のおかしな発想なら尚更だ。
「そういう事なら、相談に乗ろう」
「では、お言葉に甘えて。まず、このゲームで仕込み杖って作れますかね? 銃とか刀とか」
「問題ない。俺も自作した蛇腹剣を使ってるからな。だが、仕込んだ武器をまともに運用するなら、対応したスキルが必要だぞ?」
「そこは問題ないです。良かった、こっちは頼めそうです」
射撃(投擲)も居合も所持している。まあ、前者は当たらないのだが。2、3本の長杖を常時携帯する事になるけど、それは許容範囲内だ。
「で、こちらが本題です」
そう言って俺は、相場していたボスドロップの猟銃ファンネルを実体化させた。俺の周囲を回る6つの猟銃を見て、ザイルさんが何か感心した様に頷いている。
「この武器と、俺が持っている4つの指輪アイテム。それと魔導書。これを組み合わせて、魔導書のファンネルの様な物を作れませんかね? 攻撃性能は捨てていいので」
「ふっ、中々クレイジーな事を考えるじゃないか」
ザイルさんが、堪らないといったようにニヤける。自分でも中々に狂ってると自覚してるし、だからこそれーちゃんには一言も言わなかった。更に脳を酷使する戦闘方法になるのは待った無しだけど。
「つまり、ファンネルの機能だけ残して飛ばすものを魔導書に変える。そこに、指輪も使える様にして組み込めと?」
「そうなりますね」
「結論から言えば、不可能ではない」
ゲンドウポーズのザイルさんは言う。流石極振り……相談しに来て本当に良かった、出来るって確証が得られただけで十二分の収穫だ。
「まあ、俺でもないと組む事は出来ないだろうがな」
「あー、やっぱりです?」
無茶振りの代償という事か。やっぱり製作難易度は異常に高くなってしまっている様だ。予想通りとは言え。
「当たり前だ。幾ら攻撃性能を捨てて良いとは言え、そんな組み合わせで物を作るなんざ狂気の沙汰だぞ? 製作に要求される値は、必然的に大きくなる」
「なるほど……で、依頼したとしてお値段は如何程に?」
俺がそう聞くと、メニューを開いてザイルさんは何か操作を始める。アレか? 計算機か何かだろうか?
「そうだな……多少の割引を適応するにしても、100万は頂こうか」
「あ、その程度ですか。それなら問題ないです」
俺の現在の所持金は、未だに3,000万を切っていない。カジノパワーで貯めたお金は、爆弾とか燃料とかに消えてはいるものの尽きる様子を見せないのだ。なくなってもカジノに行けば良いし、資金繰りは盤石である。
「今すぐ渡しても良かったんですけど、まだ魔導書の方がどうともなってないんですよね……だから確実に使ってて、しかも特化した変態的な使い方をしてる魔法使いさんを頼ったんです」
「同じ極振り同士、そういうところは通じ合うんだな……」
ん、ちょっと待て。同じ極振り同士?
「ちょっと待ってください。同じ極振り同士って? 全員リメイクしたんじゃ……」
「ああ。あいつな、今はギルドがあるからって言って極振りにキャラメイクし直したんだよ。お前が活躍し始めた頃に。触発されたんだろうな」
「ファ!?」
俺が頼ろうとしていた人は、予想以上の強靭な精神の狂人だったらしい。俺が【ヘイル・ロブスター】と戦っていた頃には既に極振りに戻ってたとか、確実にネジ外れているよあの人。
「極振りの中でも、StrとIntは1番レベル上げがしやすいからな。特に苦労もないんだろうよ」
「え、なんでですか?」
「ちょっと地形が変わってるって言っただろ? お前も爆弾で色々やってる様だが、あいつは自力で全て吹き飛ばすからな……その分経験値もがっぽりなんだよ」
「なにそれ怖い」
極振りの中でも格差があるとは思ってなかった。やっぱり火力こそ正義なのか……俺はこれを変えるつもりはないけど。
「ただいま帰りましたー!」
「噂をすれば、だな。帰ってきたぞ」
振り返れば、そこにいたのはいかにも魔法使いといった風体の女性だった。背は大体俺くらい、特徴的な三角帽子にローブとマント、長杖に眼帯……この人、出来る!
「ほほう、あなたが幸運の」
「はい、ユキと言います。よろしくお願いします」
とりあえず立ち上がり、丁寧に礼をする。アイサツは実際大事、古事記にもそう書かれている。
「我が名はにゃしぃ! 第三の極振りの使徒にして、Intのステータスを司る者!」
後ろにバーンという効果音の出ていそうなポーズで名乗られてしまった。うわぁ……また、濃い人が出てきたなぁ……
れーちゃんが意思を伝えるときは、基本的にジェスチャーでパタパタしてます。