数合わせとか言っちゃいけない
カチ、カチ、カチと、時計の針が小さな音を奏でる。
いつも通りの光景。いつも通りの日常。それは、今がテスト中であろうと特に変わる事はない。違う点があると言えば、誰も彼も無言だという事と、それによってカリカリというペンの音がよく聞こえるという事くらいだ。
それに、先日【ギアーズ】でテロったお陰で爆破欲の解消された頭は冴えに冴え渡っている。結局一夜漬けとなってしまったが、これがまあ解ける解ける。英語? 英語だけは勉強してるけどなんだろうね、知らない子ですね……因みに今日の教科は世界史と現代文。暗記とフィーリングで何とかなる上、この2つしかない楽な日である。
そうして解き終えた答案を前にぼーっとする事数分、チャイムが鳴り響き本日の分のテストは終了した。多分65〜90の間くらいは取れただろう(適当)テストが終われば、もう特に学校でやる事は無いので帰るのみである。
本来、ここで同級生のグループに混じり駄弁ったり、一緒にファミレスなどで昼食を取ったりするのが正常な高校生と言うものなのだろう。だが悲しいかな、なんだかんだセナがやらかしたり俺が否定しなかったりしていた事が重なって、俺にそこまで仲の良い友人はいない。一緒に飯を食べたりする友人はいない。大事な事なので2回言った。
「……帰るか」
だけどまあ、普通に話す程度の友人はいるからボッチではない。余は、余はボッチではないのだ(ヴラド公並感)
そんなくだらない思考を振り切り席を立つ。ここで何もしてないより、帰って勉強なりゲーム内で何かをするなりをする方がよっぽど建設的だ。
「とーくん、一緒に帰ろ!」
「はいはい」
荷物を詰めたリュックを背負う直前、背中に重みが生じた。振り返らずとも、声と匂いと雰囲気で分かる。全く、この頃暑くなってきたと言うのに。転ばないし支えられる様に鍛えたとは言え、我が幼馴染様にはどうか自重を覚えて欲しいものである。
「でもこれじゃ目立つし、俺が荷物を背負えないんで降りましょうねー」
「ぶー」
「ぶーたれても譲りませんよっと」
沙織が降りるのを待ち、自分のリュックを背負う。男子からの『イチャつくんじゃねえよクソが』という目も、女子からの色々な目線も変わらない。よく考えてみれば、こんな目で見てきたり囲んで棒で叩く様なことをしてきたりする男子と仲良くなる必要ないな、うん。
「さて、じゃあ今度こそ帰るか」
「うん! あ、でも私、家帰っても誰も居ないからお昼……」
結局いつも通りの帰りとなった。もう2人は付き合ってると認識されているのは確認出来ているが、一応違うと弁明したい。外堀も内堀も埋められてる上完璧に包囲されてるが、まだ本丸は落ちてないのだ。
「買ってく? 作る?」
「んー、じゃあ作る!」
「そこまで美味しくないと思うんだけどなぁ……」
「いいの!」
文句を言いつつも、なんだかんだ断れないのは甘いなぁとは思う。まあ実際、沙織の親から頼まれてるという理由もあるのだが。食材を使わせてもらってる辺り、本当に頭が上がらない思い……で、いいのかなこの場合。まあそんな事もあって、自分で食べる分は限りなく少なくしている。
「リクエストは?」
「オムライス!」
「りょーかい」
ざわざわ……ざわざわ……と男女2種類のザワつきが聞こえてきたが、気にする事じゃないとシャットアウトする。確か、沙織は卵焼きは甘いのが好きだったっけ。作るの久々だけど、上手くふわとろな感じに出来るだろうか?
後にこの場面を見ていた同級生友人男子Aはこう語った。
『あ…ありのまま、あの時起こった事を話すぜ! オレが彼氏彼女の関係だと思っていた奴らを煽ろうとしたら、最早関係が夫婦級にまで進展していた……何を言ってるのかわからねーと思うが、オレも何があったのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった。学生恋愛だとかイチャラブだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……』
と。誰が夫婦だ誰が。後本人は兎も角、便乗して煽ってきた奴には後でキチンとお話しなければ。
◇
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
結局沙織の家にお邪魔し、いつも通り料理をして一緒に食べた。満腹になったのか、沙織は万歳の体勢で後ろのクッションに倒れ込んだ。マンションだが、椅子じゃなく座って食べる感じだからこそ出来る芸当である。兎も角、満足してもらえた様で何よりだ。
そのまま自然な流れで食器洗いに移行しながら、にへらぁとした顔で寝転がる沙織に問いかける。
「勉強は?」
「明日の教科は楽だし、折角2人きりだもん」
「そっかー」
それで会話が途切れた。テレビがお昼のニュースを垂れ流す中、ゴソゴソという音がしていると思っていたら、沙織が隣に来ていた。今まで制服だったのが、ラフな私服へと変わっている。俺も着替えたいなぁと思いつつもここは慣れで、いつも通り2人で流れ作業的に洗い物をこなしていく。
この時点で、友人Aが『夫婦じゃねえか!』とツッコミを入れてくる事なぞ、この時点での俺には予想する事は出来ていなかった。
「何かやる事は?」
「特に何もー」
「ほいほい」
食器洗いが終わると、特にやる事もないので元の場所に座って寛ぐ事になる。並んで座り、他愛もない事を話すこと十数分。気がつけば沙織が隣でコクリコクリと船を漕いでいた。
「とーくん、ひざまくらー」
「ん」
れーちゃんではないが、そう一音だけで返事をして膝をポンポンと叩く。すると数秒もせず、ぽすと沙織の頭が乗せられ、そしてそのまますぅすぅと寝息が聞こえ始めた。大方、一夜漬けみたいな勉強で睡眠時間を削っていたのだろう。
「まあ、静かに寝させてあげますか」
「ん……」
軽く頭を撫でてから、自分のバッグを引き寄せて教科書類を取り出す。こういう状態もとっくに慣れたものだ、このまま本を読んだりなんだりをする事なんて造作もない。
「ふへへ……」
「ああもう、口開けっ放しで涎垂らして」
ティッシュの箱を手繰り寄せ、拭ってゴミ箱に放っておく。まだズボンは制服だからクリーニングとか面倒だし、臭いとかもね? だから放置は出来ないのである。無論投げたティッシュは、スキル無しでも余裕でゴミ箱にホールインワンだ。
「とーくん……
「はいはい」
やっぱり起きてるんじゃないだろうかと思うが、頬を突っついてみてもなんの反応もない為違うのだろう。というか、こうやって無防備に寝てる状況だけを見れば明らかに役得だし、
「可愛いんだけどなぁ」
考えているだけのつもりが、気がついたら口に出してしまっていた。危ない、本人に聞かれたら一体何をされるやら。
「勉強しよ」
このまま時間を無駄にするのも嫌だし、勉強モードへと移行する。まあ、机を使うのは辛いので暗記か携帯で何かをする事しかやれそうにもないが。
今が大体昼の2時だから……まあ、1、2時間は寝かせてあげますか。
◇
大体1時間ほどそうしていただろうか、ガチャリと玄関の扉が開かれる音がした。一旦顔を上げそちらを向けば、買い物袋を下げた沙織のお母さんの姿があった。
こちらの目を見つめ、膝で幸せそうに寝ている沙織を見つめ、頬に手を当て沙織母は言った。
「あらあら、お邪魔だったかしら?」
「いや、なんでそうなるんですかいつもの事なのに!」
幸せに寝ている沙織を起こすのも悪いし、小声で、だが全力で否定する。これ以上逃げ道を塞がれたら非常に困るし。
「座ったままで失礼しますが、お邪魔してます」
「どうぞごゆっくり。それで、沙織はどれくらいその状態で?」
「大体1時間ですかね」
「んぅ……」
そんな事を話していると、何度目かの寝返りで沙織がこちらを向いた。ほんと、幸せそうな寝顔をしている。俺に何かされるとか微塵も考えてないんだろうなぁ……
「起こしますか?」
「出来れば寝かせておいて上げて欲しいわね。昨日は夜遅くまで勉強してたから。あ、でも友樹君が嫌なら起こしてくれてもいいのよ?」
「そういう事なら」
元々後小1時間は寝かせてあげるつもりだったのだ。止められないのなら変える理由はない。人目が増えたせいか、恥ずかしいものは感じるが。
「友樹君は、気になる娘とかはいるのかしら?」
「はい?」
荷物を片付け終わったのか、テーブルの反対側に座った沙織母が突然そんな事を聞いてきた。出来るだけ平静を保っているけど、いきなりとんでもない厄ネタを投げてきやがったこの人。
「だから、好きな娘とかはいるのかと聞いたのよ?」
「いやいやいや、なんで突然そんな話になったんですか」
「こんなに無防備に寝てる沙織に、本当に何もしてないんですもの。ついこの前も襲わなかったでしょう? 心配にもなるわよ」
「いや普通そうですから」
寧ろ襲う奴は、それこそ盛った猿だろう。これでも男子だからそういう事は考えなくもないが、鉄の意志と鋼の強さで耐えているのだ。抱きつかれても『当ててんのよ』には絶対ならないのは、関係ないと明言しておく。
「男子高校生と言ったらもっとこう、寝てる女の子にはキスしたり胸を揉んだりするものじゃないのかしら?」
「どこのエロ同人の話ですかそれ……」
「少女漫画よ?」
「なん・・・だと・・・?」
最近の少女漫画は、随分と前衛的なものに発展していたらしい。髪に芋けんぴとか柿ピーが付いてたり、肩にバナナが生えてたりするのは知ってたけど。そんな内容になってるとか、どっかのとらぶるな主人公もビックリだよ。
「で、結局どうなのかしら?」
話を逸らすことは失敗したようだった。
「まあ沙織以外にも、明らかにそういうオーラの人は1人いますけど……」
「なるほど、友樹君はそっちの娘が好きなのね!」
「ちーがーいーまーすー!」
だってそもそも、藜さんとはリアルでの接点が無いし。ぜぇはぁと息を整えてから気がついた。大声になってしまったし、もしかしたら起こしてしまったかもしれない。
焦って膝元を見ると、沙織は薄っすらと目を開けていた。そして眼をこすりながら上体を起こした。
「えへへ、とーくんだー」
そして俺に抱きつき、マーキングでもするかの様に頭を擦り寄せてくる。だが俺が完全に無抵抗なのが不満らしいので、軽く抱き締め返しておく。なんか物凄く見られてるけど。
「あったかーい」
「そりゃあエアコン効いてる中だしな」
なんでこう、女子っていい匂いがするのだろうか。学校帰りで普通に汗かいた筈なのに……性別の違いって怖い。ついでに無言でこっちを凝視してる沙織のお母さんも怖い。超怖い。
「とーくんのにおいがする……」
「本人だし」
腕どころか足も絡めてきた。俗に言う、だいしゅきホールドというやつではないだろうかこれは。非常に暑い。
「ふへへぇ……」
そんな体勢のまま、力が抜けて全体重で寄りかかってきた。耳元で規則正しい息の音が聞こえてきた感じ、再び眠りに入ったのだろう。というか、沙織のお母さんがさっきから瞬き1つしてない所為で物凄い怖いのですが。
「今日はお赤飯かしら?」
「違いますよ!?」
さりげなく投下された爆弾に、即座に切り返す。これは起爆させたら俺が死ぬ系の話題だ。
「だってそれ、絶対入ってr」
「言わせねぇよ!?」
「どう見ても対面z」
「だから言わせねぇよ!?」
言葉が荒くなってしまったが、もう反論がそれしか思いつかないのだから仕方がない。なんでこんなにそっち方面にグイグイ来るのだろかここの家族。
「もうやだここ……」
自意識過剰でなければ、大好きオーラ全開の本人と、外堀と内堀を埋め立てた沙織母に自分の母。
やはり、3人に勝てるわけがないのだった。
ユッキーの受難?は続く