幼馴染がガチ勢だったので全力でネタに走ります   作:銀鈴

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第70話 極振りの宴④

 ふと、意識が一瞬断裂した。

 自分の意思とは関係なく視界に砂嵐が走る。ゲーム機の異常かと思える程の砂嵐の中、自分のSAN値が一気に39まで転落した。

 つまりこれは、SANチェックだ。今まで廃火力で押し続け、何もさせなかったことの反動だろう。状態異常耐性のバフも、幸運も何もかもを貫通してSANが削り飛ばされた。そして、

 

「──!?」

 

 言葉を、発することが出来なかった。しかも、チャットに文字を打つことも出来ない。これが発狂によるデバフだと認識するまで10秒、そんなに時間があれば何が起こるかは明白だった。

 勝手に《三日月》へと装備が変更され、自分の腕が勝手に動いて杖を自らの胸部に突き込んだ。当然HPは0となり、発動者のいなくなったことにより障壁が消え去り、俺は荒れ狂う水面に落下する。

 

「──ッ」

 

 蘇生された直後、波によって再びHPが0になる。そうして、死亡カウントが10に達した辺りで、漸く平常心を取り戻して気がついた。

 

 この状況は、非常にマズイ。

 

 思った以上に深く沈んだらしく上下左右すら覚束ないため、落ち着いたからどうにか紋章は使えるが脱出の見込みは低い。且つ、水の中にいるだけで俺は死ぬのだ。残り23回復活できるとはいえ、このままじゃ削り殺されるのがオチだ。

 

 そう覚悟を決めて、杖を抱き寄せた時のことだった。探知の圏内に、10と少しの影がよぎった。あ、と思ったのと同時に、同じ数の三叉槍が俺に向けて突き出された。

 いつも通りそれを障壁で防ぎ、自分との位置を固定していたことにより一気に加速する。更にそれに加速の紋章を重ね、運良く一気に水面から飛び出すことに成功した。

 

 しかし、赤い月を見た瞬間再び意識が一瞬だけ飛んだ。SAN値は38、運良く1減少で済んだがこの隙は大き過ぎた。空中にいる俺に、追撃の槍が殺到する。

 これは体のいい見せしめですわぁ。全身串刺しにされ砕けながら周りを見渡せば、そんな事を言っていられる状況でもないことに気がついた。

 

 湖の上には8本に増えた水竜巻が縦横無尽に駆け巡り、今まで平らだった水面にはいくつもの渦潮が発生し戦車やバイクが飲み込まれている。プレイヤーたちはかなり数を減らし、数名ずつ水面から湧き出るmobと戦闘を行なっている。

 そして、最大戦力の極振りは──

 

『なんの!』

「邪魔ですデュアルさん、燃やしますよ」

『好きにするがいい! 頭以外ならな!』

 

 シャークトゥルフ相手に、防戦一方となっていた。幾度となく振り下ろされる爪を大盾を持った鎧武者が燃えながら防御し、同時に飛来する水の槍や氷の波濤、薄緑の風刃などを翡翠さんが何やら六角形の障壁で防いでいる。

 

「ああもう、なんで私がMPタンクなんですか! 爆裂を、もっと爆裂をしたいのですけれどぉ!」

「折角均衡してる状況を壊したいのかテメェ! あ、失敗した。すまん」

「ちゃんとしてくれよお前ら!?」

 

 その絶対の庇護圏内では、槍を水面に突き刺し何かルーン的な文字を垂れ流すセンタさんと、なんか凄く光ってるにゃしいさんがいた。うっわぁカオス。さらにその後ろでは、全身を黒い何かに雁字搦めにされたアキさんを、ザイルさんが回復させようとしていた。呪いじみてて怖い。

 

 助けに行きたいが、既に【死界】が水面に出たことで広がってしまっている。しかも最大範囲の半径50m、さっき俺を串刺しにした敵が水面から出てきて数秒で死んだことから危険性はよくわかる。因みに経験値は入ってこなかった。

 

 相変わらず声は出せずチャットも打つことが出来ない。どうしたものだろうか。《偃月》は耐久値回復中。《新月》は撃っても銃本体ではなく弾の耐久値が【死界】の範囲を出るまでに削れてしまう。かといって《三日月》じゃ有効打には程遠く、呪い装備を脱いだら俺は問答無用で死ぬ。せめてセナたちがどこにいるのか分かれば、装備変更しても守ってもらえると思うけれど……

 

 そう思った矢先、紅のビームがシャークトゥルフに直撃した。さらに追撃として黒水晶の様な氷の塊が、シャークトゥルフに直撃する。その光景を見て固まっている俺の肩を、誰かがぽんと叩いた。当然のように砕けながら振り返れば、そこには引き攣った笑いでセナが固まっていた。

 

「えっと……ユキくん、その、ごめん?」

 

 返事をしようとして、相変わらず言葉が出ないことに歯噛みする。チャットも打てないし、やるなら手話とかだろうか? そもそも自分の名前以外示せないから無理ですはい。紋章描くみたいにやろうにも、紋章じゃないと軌跡が残らないし……ここは幼馴染の勘に頑張ってもらうしかない。

 

 れーちゃん式ジェスチャーでそのことを伝えようとすること数秒、ポンとセナは手を叩いた。

 

「喋れない?」

 

 そのセナの発言に頷き、サムズアップする。言葉が伝えられないのはこんなに面倒だとは。やっぱり手話とか点字とか、五十音くらい頑張って覚えてみようかな?

 

「うーん、チャットもダメ?」

 

 頷く。意思疎通の手段が徹底的に妨害されているのだ。多分手話とか点字みたいな特例はあるけど。障がいがある人が伝えられなくなったらことだし。

 だからセナさん、今なら襲っても抵抗できない? とか危険なことを呟くのやめません? 確かに基本的に誰も侵入できない場所だし、俺も助けは呼べないけどさ。いやその、ちょっとゲーム内じゃまともに抵抗できないし。

 

「すっごい惜しいけど、強引になら兎も角、ズルして抜け駆けは嫌だし……いっか。ユキくん、脱いで!」

「!?!?」

 

 ど う し て そ う な っ た

 味方だと思っていたセナは敵だった、別の意味で。自衛のために杖を構え、紋章の発動準備をする。い、いいだろう。喋れないけど、視認できる程度の速度なら、7人程度いなしてみせる。

 

「そんなに警戒しないでも、装備変えたらって話だよ?」

 

 油断は怠慢即ち怠惰。そんな状態になれば、幾ら頑張ろうと防ぎきれない。そうしたら多分、やられる。そうして既成事実を作られた後は多分、親が結託してる(偏見)以上ジェットコースター式に決まる。

 けど、流石にこの状況なら幾らセナだってそんな凶行を強行しないだろう。うん。多分。きっと。メイビー。

 

 装備を解除し、セナから受け取ったコートを羽織りいつものスタイルに戻る……と言いたいところだが、そうともいかない。体装備を外した瞬間、俺は状態異常に殺されてしまう。

 いつものコートの効果が発揮できないのは残念だが、死に続けたくはないから仕方ない。とりあえず羽織るだけ羽織っておくが。

 

 呪い装備から変更されたことで反転していた大量のデバフが正しく発揮され、ステータスが劇的にダウンした。無事なステータスは……Lukだけか。これなら多分、やれないことはないだろう。

 

 そんなことを考えている間に、ローラーの駆動音と共に赤銅色の影が現れた。

 

「ユキくんもランさんに乗って! それで足回りはなんとかなるから!」

 

 頷き、差し出されたランさんの手に乗ってヴォルケインの肩に向かう。途中で藜さんとハイタッチし、砕けて再生しつつ入れ替わる様にマントに覆われた肩に騎乗した。反対側にはれーちゃんとつららさんが座っており、物理・魔法共に火力は十分だろう。

 そう納得していると、下からセナが大きな声で言った。

 

「多分ウチだけじゃ無理だけど、ボスを倒すよ!!」

「おー!」

「ん!」

『了解した』

「了解、です」

 

 俺はまだ喋れないので、握り拳を突き上げる。というか、本当によく全員正気で生き残ってたと思う。もしかしたら、2回目の多分1d100のSAN値チェックは、変身を見たからだったのかもしれない。

 

『発進する。振り落とされるなよ』

 

 そう考察している時、忠告と共に思い切り後ろに引っ張られる感覚がきた。障壁で即席の背もたれを作り転落を回避して、真っ直ぐに前を見つめる。

 視線の先にいるのは、未だ極振りの結界に攻撃を続けるシャークトゥルフの姿。そのHPはようやく1割を切ったところであり、浴びせかけられる攻撃を、まるで俺の様な障壁の展開で防いでいる。

 

「《アイシクルレイン》!」

 

 つららさんが放った氷柱の雨による攻撃も、一瞬だけ展開された狂った幾何学模様に防がれてしまった。

 

 今の半人型シャークトゥルフを見た限り、物理攻撃力はデュアルさんを唸らせていることからアキさん……じゃ行き過ぎか。多分、センタさんと同様か少し低いくらい。魔法攻撃力は、同じく拮抗しているところからにゃしぃさん……も行き過ぎか。多分、平常な極振り相当。つららさんの魔法攻撃、時折空中で曲線を描くザイルさんの弾幕を完全に防いでることから、俺の様な瞬間的な防御術を持っている。速さに関しては腕の動きしか見てないから不明だが、一般的なボスの攻撃速度は大幅に上回っている。防御系は……調べてみないと分からないか。

 

 全開で思考を走らせていた俺に、キラキラとした光が降り注いだ。

 

「つまり──あ、喋れる」

 

 ヴォルケインヘッドの向こう側で、れーちゃんがグッとサムズアップしていた。有難い。これで今まで言えなかったこととかが言える様になった。

 

「ランさん、1番弾速が速い武装ってなんです?」

『少しチャージの必要があるが、コイツだな。それがどうかしたのか?』

 

 そう言って取り出して見せてくれたのは、生身のプレイヤーからすれば大きすぎる拳銃だった。むう、性能が見えないから判断が難しい。……後で、解析とか出来る系の紋章、探すか作るかしてみようかな。

 

「ここからシャークトゥルフまで何秒で届きます?」

『1秒あれば届くな』

「了解しました。ありがとうございます」

 

 それくらいなら、ギリギリ保つか。自分の限界を考えそう判断する。更にチャットを開き情報収集を試みようとしたが、救援要請などで埋め尽くされておりとても読んでもらえるような状況ではなかった。仕方なくフレンドメッセージでザイルさんに質問を投げる。

 

 

 爆破卿『そっちで、この状態のシャークトゥルフについて分かってますか? 特に速さと防御力』

 

 超器用『何も分からん。うちの奴らとまではいかないが速いし、防御はお前みたいに防いで1発も届いてないから知らん。何やらHPは勝手に減っていってるみたいだがな!』

 

 爆破卿『ありがとうございます』

 

 

 まだ確定じゃないが、ある程度相手の情報は集まった。最後にザイルさんに『合図をしたら5秒くらいフルバーストお願いします』とメッセージを送り、集中を削ぐメニュー画面を消し去った。

 

「つららさん、さっきの魔法まだ使えますか!?」

「問題ないわよー!」

「合図としてバフかける紋章出しますんで、それ見たら攻撃お願いします。どうしても確認したいことがあるんで! できればれーちゃんも」

「分かったわ!」

「ん!」

 

 2人からの快い返事を受け取り、自分たちの図上で魔導書を使い紋章を描き始める。予想が正しければ、シャークトゥルフのあの防御方法は俺と同じだ。手前味噌だが硬いし万能ともいえる防御方法だが、あれには処理する対象が増えれば増えるほど弱体化するデメリットがある。例えば、俺なんかは100〜120が処理の限界だ。

 

『つまり俺は、その一瞬の防御の隙間を狙い撃てば良いわけか』

「流石、話が速いですね」

『ふっ』

 

 自慢気な笑いが返ってきた。これなら、なんの心配もないだろう。

 一度深呼吸をして気を引き締め直した時、描き続けていた紋章が完成し、光を放った。

 

「《アイシクルレイン》!」

「ん!」

 

 瞬間、シャークトゥルフを攻撃の雨が襲った。ザイルさんの放つ散弾の雨が、弾の壁となってシャークトゥルフの前面を穿たんと迫り全てが弾かれ続けている。背面から迫る氷柱の雨も同様に弾いており、更に降り注ぐ雷光まで防御している。マジですげぇとしか言葉が出ない。俺だったら防御を抜かれて即死亡だろう。

 

「《望遠》、ランさん!」

『delete!』

 

 【空間認識能力】を限界まで使用、僅かに遅くなった気がする視界の中、構えられた拳銃からエネルギー弾が発射された。真っ直ぐに突き進むそのエネルギー弾の先で、シャークトゥルフがあの障壁を発生させようとし──

 

「《障壁》」

 

 処理の限界が近かったのか、展開されようとしていた障壁たった20枚を、全く同じ座標に障壁を展開し暴走させる。結果、シャークトゥルフを守る防壁は1枚足りともなくなり、本体にエネルギー弾が直撃した。

 減少したHPはごく僅か。このことから、推定だが防御能力も正当な極振りに相当しているだろうことが判明した。

 

 つまり、今のシャークトゥルフの状況を端的に表すとこうなる。全ステータス極振り。但しスリップダメージを受けているので、凌ぎきるだけで倒せる。残り時間は……6分と言ったところか。

 

 けど、折角のボス戦、折角の遥か格上だ。そんな倒し方は、勿体ないにも程がある。挑むのは馬鹿としか言いようがないが、馬鹿やってこそのゲームだ。全力で楽しまねば、そんなのクソゲーとかゲー無の同類になってしまう。

 

「バカがヨロイでやってくる……なんちゃって」

『丁度いいんじゃないか? ここで死ぬ気は毛頭ないがな!』

 

 ランさんのローラー走行の車輪が唸りを上げ、並走していたセナと藜とともに、ギルド全員での攻勢が始まった。さて、それじゃあ決着を始めよう。

 


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