カリカリと、エアコンを効かせた自室にペンの走る音が響く。
UPOがメンテナンス兼アップデートをしている間、俺は夏休みの宿題を消化していた。どうせ夏休みはゲームに溺れるのが目に見えてるし、今のうちにこなしておく方が明らかに良いだろう。始業式まで後3週間に少し足りないくらいはあるのだが。
「ねえとーくん、ここは?」
「公式使ってやればすぐに解けない?」
「え、あ、ほんとだ」
そして、この場にいるのは俺だけではなかった。今日は月曜日、俺の両親はいつものこと、沙織の両親も仕事である。そうなると、結構小さな頃からどっちかの家に集まって何かしていた。泊りになることは珍しいが、今回もそんな感じである。
「そういえばとーくん、なんか頭痛いって言ってたけど大丈夫なの?」
「駄目、普通に頭痛い。けどまあ、普通に生活する分には問題ないかな」
「そっかー、それなら良かった」
こんな風に話している中でも、二徹したくらいの頭痛が襲ってくる。原因ははっきりとしている。昨日のボス戦中に変化したスキル【龍倖蛇僥】、アレの限界を試すべく色々無茶したことしか考えられない。
元々の制御限界である120枚の障壁に、スキルで展開できるようになった50枚の防壁。それの完全制御の為に、ザイルさんにボス戦終盤で行なっていた散弾の超連射をお願いしたのだ。10万DをPON☆と払ったら快く引き受けてくれた。
1回目は1秒保たずに死亡
2回目も1秒保たずに死亡
3回目でようやく1秒を超えて
10回目でようやく3秒になった
そして追加料金を払い、50回目。ここでようやく、10秒まで生き残ることが出来るようになった。吹き飛んだ金額計100万Dは必要経費と割り切った。
1時間くらい170枚とかいう巫山戯た数の障壁を、限界まで【空間認識能力】を使って精密展開し続けたのだから、脳が疲れて当然だった。
因みに新スキルの防壁だが、障壁と同様MPを消費する。大きさは掌程から変更不可だったが、展開時間と硬さは変更可能だった。硬さは手製障壁の一歩手前程度だったのでほぼ変更せず、展開時間を障壁同様0.3秒まで短縮している。
結果、展開に必要なMPが2とお手頃になった。障壁が3なので、それ以上のコスパだ。呪い装備の耳飾りを着けてれば毎秒10くらいは最低でも回復するので、安心設計となっている。
「ねぇとーくん、なんかぼーっとしてるけど本当に大丈夫?」
「ちょっと考え事してただけだから」
「そんなこと言って、宿題も私より進んで──る!?」
「障壁展開するより楽だし」
0.3秒しか展開しない120の障壁(直径30cmの円)と掌くらいの防壁を雨の如く飛来する散弾に合わせて展開するより、何か考えごとをしながら勉強する方が数段楽だ。いい頭の体操になる。
「なんか納得いかないんだけど……」
「普段の行動の差だから、なんともいえない気が。あ、そこ間違ってる」
「あ、ほんとだ」
そんな風に勉強を続けること大体1時間。くぅ、と小さな音が部屋に響いた。発生源は……
「そろそろお昼にするか?」
「する!」
この通りだ。気がつけば時間も正午を回っている、お昼時だし休憩にも丁度いいだろう。キッチンは1階だしエアコンの効いてない場所で火の前に立つのは苦行だが、やらないわけにはいくまい。
1階にもエアコンを効かせればいい? 電気代の無駄だからやるわけないだろ。
「それじゃあ何か作ってくるけど、リクエストはある?」
「ううん。それに、今日は私が持ってきてるから大丈夫だよ!」
そう言って沙織は、俺のベッドの上に無造作に置かれていたバスケットに手を伸ばした。微妙に届かずプルプルしていたので手渡すと、満足気な笑みでテーブルに置いて蓋を開けた。
「一応食中毒怖かったからサンドイッチにしてみたんだ。ユキくんの好きなたまごサンドもあるよ!」
「ありがとう。それじゃあ、しばらく休憩ってことで」
「「いただきます」」
◇
「「ご馳走さまでした」」
昼ご飯を食べ終わり、一段落がついた。テレビがある一階にでも行けばもう少し話題があった気がするが、夏にエアコンの魔力に勝つことなんて出来ないのだ。
「美味しかった?」
「勿論」
「いえーい」
そんなことを言いながら、沙織がボスン、とベッドに飛び込んだ。あの、それ俺のベッド……まあいいけど。伸ばしかけた手を戻し机の上を整理していると、枕を抱き抱えた沙織が言った。
「そいえばとーくん、UPO案の定メンテナンス延長だって。明日の朝8時までだって」
「知ってた。やっぱり街1つ、NPCごと全て吹き飛ばしたのはやり過ぎたかも」
ザイードさんから貰ったスクリーンショットには、仕掛けた爆弾が完璧に作動して街を吹き飛ばす工程が全て残っていた。我ながら実に素晴らしい出来だった。それにあれは、所謂コラテラルダメージに過ぎない。ボス戦勝利のための、致し方ない犠牲だ。
そんなことよりも、前回よりメンテ時間を4時間も短縮させるつもりでいる運営に尊敬の念を抱く。
「普段から森とかダンジョンとか、ビルとかを誰かしらが壊してるからそれはないんじゃない? 次の日には戻ってるし」
「それもそっか」
足をパタパタさせながら言う沙織の言う通りだ。よくよく考えれば、普段から極振りの被害に遭い続けている運営がたったあれくらいでへこたれる訳がない。
「多分、延長したのはアップデートの内容が原因だよ」
「確かに」
「だってほら、あー……」
そう言いかけた沙織が、手にした携帯の画面を見てなんとも言い難いため息を零した。
「とーくん見てこれ」
「はいはい?」
沙織が突き出してきた携帯の画面のページは、UPO公式ページ。そこのアプデ兼メンテの内容だった。
==============================
【ゲームアップデートのお知らせ】
平素よりご利用ありがとうございます。
「Utopia Online」運営チームです
現在本ゲームはアップデート及びメンテナンス中です。
アップデート直後はアクセス集中が予想されるため、回線が不安定になる場合がございます。誠にお手数ですが、その際には暫く時間をおいてお試しくださいますようお願いいたします。
《アップデート内容》
・新規マップの解放について
フルトゥーク湖より西方面に新マップ森丘、海岸、浜辺を実装予定です。また、川を越えた先には侵入できないのでご容赦ください。
第1、第2の街東方面に存在する山脈を越えた先に、新マップ王国領を実装します。
・第5の街【シェパード】の実装について
第1、第2の街東方面に存在する山脈を越えた先に、第5の街【シェパード】を実装予定です。この街に関しては第2の街のボスまで討伐したプレイヤーであれば誰でも行くことが可能なので、プレイヤーの方々は是非目指してください。
・テイミングシステムの調整について
今回のアップデート後【テイミング】系統のスキルを所持していない場合でも、特定の条件を満たした場合極低確率でモンスターが懐くようになります。仲間として戦うことは出来ませんが、場合により協力してもらえるかもしれません。
その変更に伴い、スキルを所持している場合のテイミング確率を上昇しました。及び、モンスターに懐かれている状態でスキルを取得した場合、即座にテイミングが可能になります。テイミングしたモンスターは、PT枠を消費して共闘する事ができます。
・新システム《ペット》について
テイミングとは別に、
また第5の街実装に伴い、到達者全員にランダムで1匹ペットを配布致します。このランダム配布にゲーム内ステータスは関与しません。
・課金アイテムについて
アップデート後より、今まで存在したアイテムに課金アイテムを追加します。
《追加内容》
ペットガチャ・ペット用アイテム・プレイヤー用アイテム数種類
・新称号について
追加はまだ未定ですが、現在鋭意開発中です。
・ゲームシステムについて
兼ねてよりプレイヤーの方々から寄せられていた『通常サーバーでの時間加速』を実装します。第2回イベント時に発生したアクシデントにより実装が危険視、延期されましたが、今回のレイドボス戦までの積み重ねにより安全性が確認されました。倍率は2倍となります。
また、第2回イベント時に限定実装された空腹・飢餓・渇き・脱水の4種類の状態異常を恒常化します。VR空間での食事をより一層お楽しみください。ですが、VR空間での食事はあくまでデータであり現実での食事にはなりません。しっかりと、現実でも食事をしましょう。
《メンテナンス内容》
・第4の街【ルリエー】について
今回のレイドボス討伐戦で、第4の街は壊滅的な被害を受けました。即時復興は可能ですが、暫くは廃墟の街として復興クエストの配布地点とします。復興終了まで、安全地点としての効果は消滅します。
・第4の街エリアボスについて
レイドボスが撃破された為、第4の街エリアボスは消失します。新規到達者は、町長のNPCから受けるクエストをクリアすることにより次のマップがアンロックされます。
・ギルドについて
第4の街【ルリエー】にギルドハウスを構えていた5ギルドについては、ギルドマスターにメールを送信しますので仮移転先を指定して運営へと送信して下さい。仮移転先の内装は元のギルドそのままとなります。そして復興が完了次第、ルリエーへ戻るか、今の場所で続けるかの確認を行います。
メンテナンス後ゲーム内で確認したうえで不明な点があれば、気楽にGMコールを行なってください。
==============================
……これ、2個は完全に俺が原因じゃね? いや、うん、色々気になることはあるけどこれ、言い逃れが出来ねぇ。自意識過剰かもしれないが、変なプレイヤーに付き纏われる気がしてならない。
『なんでお前みたいな害悪がプレイしてるんだ、ゲーム辞めろ!』みたいな感じの。自警団気取りの熱血なイメージが浮かんでくる。別にプレイヤーが出来る範囲の事を、ちょっと派手だけどやってるだけなのだから俺は悪くない。今回だって、ちゃんと運営に確認入れてるんだし。
「どしたの? なんか難しい顔してるけど」
「いや、これから極振りに絡んでくる輩が増えるんだろうなって」
そうなると……あ、ダメだ。ザイルさん以外まともに取り合うことすらしない気しかしない。俺だって爆破する。
「すごく活躍してたもんね。ユキくんでも私の6000倍の火力出してたし。ふざけてるの?」
「いやぁ……実はあれ加減してて。実は俺も大体3億ダメくらいは出せたり……」
「りーふーじーんー!」
ベッドでジタバタするのは埃が舞うからやめてほしい(切実)あと枕押し潰すのと足をバッタバッタするのも。枕潰れちゃうし、畳んである毛布グチャグチャになるから。
仕方ないなぁと思いつつ、枕に顔を埋めてジタバタする沙織を撫でる。疲れとかストレスも溜まってたんだろうし、少し甘いけどいいだろう。
「そういえば、今年は夏祭りどうするんだ?」
「ふぇ?」
ジタバタが落ち着いた頃を見計らって、そう話題を振ってみた。一応俺たちが住んでいる場所の近くで、今月の終わり頃有名ではないが花火大会があるのだ。俺が男子だけで行ったのは小学校が最後で、それ以降は大体沙織と一緒だったが。
「んー……そだね、折角だからギルドのみんなを誘いたいかなー。ランさん、つららさん、れーちゃんとはリアルでも面識あるし。藜ちゃんは分からないから、住んでる場所次第かなー」
「へー」
確かにいつもの面子だし、結構楽しそうだ。
って、ちょっと待て。
「あの3人とリアルでも面識がある? なんで?」
「んっとね、駅地下でお店探してる時にれーちゃんみたいな娘を見つけたられーちゃんで、一緒に来てた2人に芋づる式に会った感じ」
確かにそれなら納得できる。できるが、心情的には微妙に納得できない。
「リアルバレした理由は?」
「れーちゃんが何かに気づいたみたいで、ランさんが受信してバレちゃった」
「沙織と誰か一緒に居たりはした?」
「ううん。でも、悪いことにはならないかなって。それでその後スタバに寄って少し話して帰った感じ。ランさんたち、一駅先のとこに住んでるんだって 」
枕から上目遣いで見てくるけど、これはダメだ。アウト案件だ。
「沙織」
「なに?」
「説教」
開きかけてた教科書とノートを閉じ。正座して沙織と向き合う。ネットマナーとか危機感のなさとか、これは改めて色々言っておかないといけない。
どっかの映画で言ってた『フォロワーが皆んな良い人とは限らない』みたいな台詞が真理だ。安易なオフ会とか死にたいのかと思う。ネカマが出来ない分安心ではあるが、確実にアウトである。VRが普及した今となっては一昔前の考えかもしれない。だが許さん。
「えっと……優しくしてね?」
「駄目です」
「そんなぁ……」
この日の勉強は、これ以上進むことはなかった。
お祭りの件は、まあ俺も同行するし予定が合えばということで。
どっかの映画
→ロボシャークvsネイビーシールズ