第2の街を出て東はしばらくの間草原が広がっている。懐かしい【ランペイジ・ボア】がボスとして君臨するマップだ。あの時は爆弾が満足に手に入らず苦労した記憶がある。
気持ちの良い風を浴びながらバイクで爆走すること数分。段々と植物の姿は少なくなり、乾いた地面が露出する荒野へと地形は移行する。ここはフレーバーテキストでは、山から生まれた毒が云々と書いてあり、微妙に汚染されたアイテムが手に入る貴重な場所だ。
そしてここからかなり先にあるのが、第5の街に行くために乗り越える必要のある山脈だ。垂直に切り立った崖で、ろくに植物も自生していない正に壁である。だが確か、一部の登山してぇ! とかクライミングしてぇ! とかいう人たちには人気だったはずだ。
俺には興味のないことだが、そういう人たちにとっては落ちてもリアルの命に関わらないとか結構なメリットなのだろうと思う。
「まあ、俺には関係ないけど」
愛車がなかったら……今なら出来そうな気がしないでもないが、まあ無理だと思う。崖くらいは障壁と加速で登れるけど、あのモンスターの群れは絶対に無理だ。あの頃と違って【空間認識能力】には天井付けられちゃったし。170枚の障壁じゃ、些か以上に心許ない。こう、せめて1000枚くらいは欲しいと思うのは欲張りだろうか。
「……後で、今出せる限界は測定して見たいな」
制御をほっぽり出せば、500……いや、350くらいまでは1度に出せる気がするがどうだろうか。どこかに計測できる様な何かがあればいいのだが。
そんなことに考えを巡らせながら走っていると、ドンという音が聞こえ強い衝撃が走った。同時にバイクのバランスが崩れ、仕方なく停車する。そうして振り向いた先には、男の人が倒れていた。
やっべ轢いちゃった。幸いにもHPゲージは4割しか減ってない。この人結構高レベルだな。
「大丈夫ですか?」
パパっと魔導書で紋章を描き回復させながら、バイクに乗ったまま声を掛ける。逆恨みで攻撃されたら、ちょっと居辛いギルドに逆戻りしてしまう。それはちょっと勘弁したい。
「大丈夫なわけ無いだろうが!」
「おっと」
案の定振るわれた武器を障壁で防ぐ。片手剣……いや、細いし刀? でも反りがないし……レイピアか。銃弾よりは遅いし線での攻撃だから余裕で防げるけど。
「回復したから許してくれません?」
「誰が許すかこの極振りが!!」
紫短髪の男性、細身、動きからしてAgl偏重、
ザイードさんじゃないが敢えて言わせてもらおう。他愛なし。
「危なっ」
《障壁》《加速》《減退》の3種の紋章を展開し、襲撃者の動きを止めて、転倒させ、レイピアは何処かへ加速して射出した。極振り速度になると何も出来ないし、セナとか藜さんの速度になっても出来ないがこれくらいは余裕だ。シドさんより簡単だったし、おっそいなこの人……速さが足りない。いや速いけど。
「クソ極振りがぁ!」
引き抜いた動きをそのまま加速して、先ほどの焼きまわしの様にマン=ゴーシュを吹き飛ばす。……? 何がしたかったんだ、この人。さっきので変に動かしたら吹き飛ぶって分かってたろうに。
「先を急いでるんで、行ってもいいですか? もうHPも回復しきったようですし」
だけどそう、落ち着くんだ俺。ここで下手にコイツを爆破したりなんてしたら、『爆破卿は人を爆破するのも好き』なんてニュースになりかねない。別に俺はプレイヤーを爆破するのは………………好きじゃないし、それは少しだけ困る。
昼間のアレはちょっと……いや、かなり気持ちよかったけど違うからね? ほんとはあんなこと、俺は望んでないんだからね?
「あぁぁぁっ!!」
返事もなく殴りかかってきたので、とりあえず紋章で転ばせておく。こちらとしては対話の意思はあるんだから、ちゃんと要件話せばいいのに。なんだろうこの、話が通じないタイプの女子に絡まれた感じの感覚。
「クソがクソがクソがぁ!」
何か血走った目で睨んでくるけど、俺が何かしたのだろうか? ビル爆破は運営にしか迷惑かけてないし……可能性といったら、第4の街を爆破したアレ? 若しくはついさっきの爆破?
念の為プレイヤーネームを見たがタマスと表示されていた。別人の様だ。となると本当に、街爆破くらいしか原因が思いつかない。
「もしかして、ルリエーに拠点を置いていたギルドの方ですか?」
「違う!」
定期的に立ち上がるのを妨害してすっ転ばせながら、考えを巡らせる。多分正解を言わないと、延々と突っかかられる気がするんだよなぁ……こういうタイプって。言ったら言ったで満足いくまで付き合わされるだろうけど。でもこうなると、ぶっちゃけ心当たりが全くない。
「俺が轢いたのに謝ってないから?」
「ちげぇよ!!」
あ、転んで顎打った。舌も噛んだのか地面をゴロゴロとのたうち回っている。それにしても、本当に面倒だ。早く俺に絡んでくる理由を言えし。
そう思って、一旦転倒地獄を解除する。
「これで、なんで絡んでくるのか話してくれる?」
「うがぁぁっ!!」
殴りかかってきた。紋章で転んだ。学習能力が無いのだろうかコイツは。もう面倒だし爆破していいかな……MPの無駄だし。
「あっ」
そんな俺の内心を感じ取ったのか、愛車が操作に反して反応した。エンジンを吹かし、前輪が大きく持ち上がった。システム的に平気ではあるが車体から振り落とされないように必死にハンドルを握り、その間にバイクの位置が僅かにズレる。
そうして前輪が降りた……否、振り下ろされた先は倒れ伏した紫髪の首元から頭部にかけて。そこは所謂クリティカルポイントに分類される場所で、タイヤは見事に車体の重量を込めた一撃となって直撃した。
「かぺっ」
そんな潰れたカエルの様な声を漏らして、紫髪のプレイヤーは砕け散った。まあデスペナは軽い方だし、事故だから問題ない。後多分正当防衛にも出来るはず。
「ならいいか」
そうしてここ数分のことをなかったことにして進むこと10分程、例の崖の麓に辿り着いた。見上げれば、結構な人数がクライミングに挑戦していた。中にはトゥ!ヘァ-ッ!など叫び声を上げて駆け上がってる者もおり、地味なステータスの差を実感する。
「せーの!」
そんな彼らを追いかける様に、障壁で作ったスロープを使い崖面に接地する。そのままアクセルを全開にして、一気に崖を駆け上がる。結構ガタガタ揺れるけど、第2回イベの大樹よりは楽に走れる。
「お先失礼します」
「あ、ちょっ、ずるいぞバイク!」
根気よくクライミングしている人に挨拶しつつ、登りきった先にあるのは木が一切生えていない岩だらけの山道。そこにバイクを止め、遥か先にある山の頂上を見つめる。そこには薄っすらと雪化粧が施されており、同時に暴風と雷が渦巻いている。時折大きなスパークが発生しており、登頂は無茶だろうなと思う。
「《望遠》」
山越えのルートはもっと低いところを通るのだが、何となく好奇心が優った。紋章を展開して見てみれば、馬鹿でかいシロクマの群れが何かに滅多打ちにされていた。なんか極振りセンサーが反応してる……ああ、アレきっとレンさんだわ。
そんな風に納得している間に、シロクマの群れは全滅していた。あまりにも速い所業……俺でなきゃ見逃しちゃうね。南無。
「俺も行くか」
紋章を解除して、エンジンを吹かす。
ガタガタする斜面を走り続け、ちょっと酔いそうだなと思っていること10分ほど。登りの斜面が終わり、一気に視界が開けた。
「うわ、すっご……」
そこから見えた景色は、一面の草原。近くの山裾には森が、その他の見渡せる限りの中にも転々と緑の濃い場所がある。更にプレイヤーと戦うモンスターや、恐らくペットと思われる何かと一緒に戦うプレイヤーが見受けられた。
そして恐らく第5の街【シェパード】と思われる街……いや、村としか思えない建造物群も発見した。木製の柵と、モンゴルのゲルの様なものが10数軒。実に爆破しがいがなさそうな村だ。
同時に一角の羊みたいな動物、竜と馬の混血みたいな動物、牛などを始めとした生き物が多く飼われているのが確認できた。遊牧民族的な設定なのだろうか?
「えーっと、距離は」
マップを開いて確認すれば、大体第1の街から第2の街を直線で繋いだ程度らしい。であれば、余裕で空からアタックは出来る……のだが。もしそれで『NPCからの好感度が下がってペットを売らない』なんて言われてしまったら、目も当てられない。
仕方ないから1回目はこのまま行くかと決めた時のことだった。
ピロンと何かを受信した音が鳴った。
「うん?」
メニューを開いて確認すれば、運営から3通のメールが届いていた。
1つ目はメンテ延長のお詫び。特に何か配布とかは無い様だ。
2つ目はレイドボス戦の経験値及び報酬の配布。多少のお金と、Sレアスキル取得チケット。後討伐による莫大な経験値。結果、俺のレベルは3つ上がって51になった。
そして最後が……
「スキル【抜刀術】の威力調整について、か」
詳しく読んでみれば、運営をして遥かに想定外の火力が出たためスキルの計算式を変更したとのこと。そりゃあまあ、アキさんが6億、俺が3億なんて廃火力出してたから当然の判断だろう。
火力落ちるのは悲しいけど、どっちかっていうとアレはおまけだからいいか。爆破・爆弾に専念すれば良いってだけのことだ。銃だってあるし。
「ボスの高速周回も問題だったかなぁ……」
第3の街のボスを10回ほどやって強化素材を回収した以外はやってないけど、それも問題だった気がする。
だけど言ってしまえば、それ含め完全にゲームシステムの範囲内のことしかしていないのだ。時折アンチスレで色々言われてるけど、俺は悪くない。そういえばさっきの轢いちゃった人も、そっち関連だったのかもしれない。それならあの話の通じなさも納得だ、『極振りとまともに会話したらやってられない』的なこと書いてあったし。
「実質正解だよなぁ……」
例えばアキさんの場合。
ダンジョンで戦ってる時は英雄然としているが代わりに近寄れず、ギルドにいる時は『怠い……』って感じで電池が切れてるからアウト。
例えばセンタさんの場合。
最近は大体フルトゥーク湖の底で、四肢の浅瀬なる魔法とモンスター寄せのアイテムを使って近寄れないからアウト。そもそも話せない。
例えばレンさんの場合。
山の上まで行けない。行ってもいないか戦ってるかで話しかけられない。
例えば翡翠さん。
近寄れない。終わり。
例えばにゃしいさん。
口を開けば爆裂なので、同類か同好の士でもない限り話が爆裂に変わる。まともに会話したらやってられない筆頭かもしれない。
例えばザイードさん。
どこにいるのか分からない。見つけたら話は聞いてくれるとは思うけど、ほんとどこにいるのか分からない。
例えばデュアルさん。
どこにいるのか分からない。話してたら……多分いつのまにか全く関係ない話になってる。アウト。
残りは俺とザイルさんだけど、さっき俺も存外短気って分かったしアウトかもしれない。ザイルさんはやっぱり極振りの良心だった。
と、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃなかった。体感時間が倍速とはいえ、時間を無駄にはしたくない。
「今度こそ、行きますか」
そうして俺は、メニューにはマップだけを残し愛車で山道を駆け下り始めた。