まわりに防衛線を築くんだ。
地雷を張り巡らせろ。
50mおきにワイヤーも仕掛けるんだ。
クエスト開始地点である小さな祠に着いた俺は、脳内に響くそんな声に従ってその通りのことを実行した。お陰で、小さな丘とその頂上にある小さな祠の周りは、下手に歩こうものなら即座にぶっ飛べという悪意溢れる場所となっていた。
時折人型モンスターがポップして、叫び声をあげて吹き飛ぶくらいしか被害はないから安心だ。そんなこんなでセナと待つこと数分、先ずは藜さんと合流することができた。
「これ以上、2人っきりは、させない、です!」
「藜ちゃん、そこ地雷埋まってるよ」
「ぴゃい!?」
息を切らした藜さんが一歩を踏み出し、ワイヤーがそれに引っかかり、ピタゴラスイッチ的に埋まっていた地雷が起動した。それを障壁(藜さんを基点に座標固定)で安定して防ぎ、自分の設置した対戦車地雷を無力化する。結果、ダメージは消え衝撃だけが残る。これで移動時間の短縮にもなるだろうと、そう思っていたのだが……
「きゃっ」
「お見事」
俺自身がよくやる手なので忘れていたが、そういえばボムで移動は普通の行動ではないのだった。非常に不満気なセナの声から半分以上は察せられるだろうが、今起こったことを改めて説明するとこうだ。
爆破の衝撃で藜さんがそらをとぶ。
飛んだ方向に俺(とセナ)がいる。
銃剣を持っていたセナ、行動が遅れる。
紋章を併用して俺が受け止める。
いつも通りパワーが足りず押し倒される。
ということで。HPを2割程吹き飛ばされた状態で、超密着状態で見つめ合ってるに等しい状況となっていた。まあ、流石に少し恥ずかしい。
「どやぁ、です」
「ぐぎぎ……」
とりあえず両手を挙げて無罪を証明していると、藜さんがギュッと強めに抱きついてセナに渾身のドヤ顔をかましていた。ああ、空気がバチバチしてる。そしていつか見たスタンド(幻視)の代わりに、白銀の狐と白と灰色の鷹が威嚇し合っていた。
「ユキくんもなされるがままじゃなくて、もっとこう……何かないの?」
「今、俺Str3しかないんでガチで動けません」
俺と戦うなら杖はいらないと思い、今の装備はメイン武器に魔導書ビット、副武装に呪い装備の杖(鴉)となっている。その結果がこの、女の子1人で圧死しかけていけるのに退かせない貧弱パワーである。
まあ【魔力の泉】と【常世ノ呪イ】を同時にセットすると、Str : 3どころか-130%されてマイナスに突入するのだけれど。そうなると現実より力は出ないし立ってるだけで死ぬのだけれど!
「そっか」
それだけ言って、セナが躊躇なく銃剣を振り下ろしてきた。とりあえず障壁で防いだけど、1枚目破るとかセナさんスキル使ってません……?
「やめてユキくん。藜ちゃん刺せない」
「えぇ……」
まさかゲーム内でその台詞を聞くことになるとは思わなかった。リアルでならあり得ると思ってたんだけど。
というか、なんか遠くでペットが勝手に勝負してる音がしてる件について。止めなくていいのだろうか。
「今それを振り下ろされたら、俺も死ぬんだけど」
「大丈夫」
笑顔で言ってるけど、一体何が大丈夫だというのか。いや、確かにリスポンするだけだから無事っては言えるだろうけど。というか、そもそも藜さんが離れてくれれば解決……しないね、うん。目を見たらわかる。
斯くなる上は最終手段!
「さっき、セナのせいで地味にリアルバレの危機だったんだけど」
「うぐっ」
「俺の場合、髪型くらいしか弄ってないから結構な危機なんだけど」
「うぐぐっ」
「この際ギルド内ならいいけど、通行人に聞こえてたら大変なんだけど!」
「ごめん、ユキくん」
なんとか、落ち着いてくれたようだ。今にも振り下ろさんとされていた銃剣を、ホルスターに仕舞ってくれた。これで一応話は通じるだろう。
「どういう、ことです?」
これで安心していいだろうと一息ついていると、未だガッチリ俺をホールドして離さない藜さんがそんなことを聞いてきた。まあ、言いふらすつもりはなかったけどいいか。
「さっきセナが、うっかりリアルのあだ名で俺のこと呼びまして。幸い、本名に繋がるようなものじゃないんですけどね」
「いえ、そうじゃない、です。なんで、ギルド内なら良いん、です?」
コテンと首を傾げて、不思議そうに藜さんは言った。これまさか、セナが夏祭りの件伝えてない? そう思ってしょぼくれてるセナを見たが、横に首をふるふると振った。伝えてはいるらしい。
「いや、セナはギルド内で藜以外にはリアルバレしてますから。それに、予定が合えば今度リアルで会いますし」
「確かにそう、ですね。予定は、空けました、から」
セナが『迷子だと思ったられーちゃんだった、バレたのはれーちゃんだから仕方ない』的な発言をしてるけど、アウト案件なので庇うことはしない。1回怒ったからこれ以上何か言うつもりもないが。
そんな微妙な空気が流れる地雷源の中心に、突如として機械の作動音と振動が伝わってきた。それに即座に2人は臨戦態勢になったが、この音と振動は既知のものだ。
とりあえず立ち上がると予想通り、地雷を爆破しながら地面を突き破り
「ん!」
「あらー」
『修羅場か?』
4つに割れたドリルから現れたのは、案の定ヴォルケイン+2名のギルドの3人。これで、PT全員が揃ったと言うことだ。
「そ、それじゃあ揃ったし、みんな行こー!」
誤魔化すようなセナの声は、虚しく響いただけだった。
◇
それから言い訳タイムという名の説明時間を経て、セナたち5人+5匹のPTはクエストを受けて何処かへ転移して行った。藜さんが少し俺が別行動ということに渋っていたが、セナの説明でことなきを得た。
「さて、俺たちも行こうか。朧」
『了。嬉』
先に行ったセナより時間がかかるか早く終わるかはわからないが、俺も俺で存分に楽しんでくるとしよう。そう思って小さな祠に手を合わせ、クエストを受領する。
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【
これより始まるは鏡合わせの物語
どうしようもなく偽物で、どうしようもなく本物の舞踏会
勝利条件 : 敵の撃破
敗北条件 : パーティ全員の戦闘不能
報酬 : スキル枠拡張 +1
経験値 : 10,000
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迷いなく受注したクエスト画面が消え、コンマ数秒後視界が暗転した。そして、僅かな浮遊感と共に視界が切り替わる。
転移した場所は、墓標のような、魔王の部屋のような様相を呈していた。石造りの微妙に薄暗い室内を壁に設置された松明達が照らし、窓からは荒れに荒れた天候が見えている。そして、その部屋の中央に俺は立っていた。天井には骸ノ鴉が5匹止まっており、本人の周りには11冊の魔導書が旋回している。
本当に、何から何まで俺と同じか。面白い。
それは即ち、もうこの距離は必殺の間合いということだ。今すぐにでもやり合いたいが、その前に少し確認するくらいは許されるだろう。
「なあ俺、もしこっちが【常世ノ呪イ】を使わないならそっちも使わないか?」
『そうだな。そもそも俺は、基本的にそちらと同じスキル構成になるように設定されている。だから、そっちが使わない限りセットはされないさ』
「なるほどね」
ということは、俺が俺を34回爆散させる必要もないってことか。それならまあ、少しばかり楽さは増す。
『質問は終わりか?』
「いや、最後に1つだけ」
力は全部同じということは分かった。なら次は頭の方だ。どれだけ精巧に再現されているのか、それが分かれば色々やりやすい。やっぱりそれを確かめるなら、この場のノリで思いついた何かをぶつけるのが早いだろう。
「俺はお前、お前は俺だ」
そう言って笑い軽く右手を上げ、ボタンを押すように僅かに親指を動かす。もしこれに対応してきたら、ちょっと技術力狂ってるんじゃないの? という疑惑が現実になるわけだが……
『そうだな。それで間違いない』
返ってきたのは、そんな平凡な答えだった。まあ、あれだけの動作で『マイティブラザーズXX!!』とノリノリで返してきたなら、逆に怖いが。体感時間操作なんて技術をポンポン使い出したから或いはと思ったが、そこまでオーバーテクノロジーじゃないらしい。
「それじゃあ」
『勝負を始めよう』
俺と向こうの俺が全く同じタイミングで笑みを浮かべて、両手にフィリピン爆竹を握った。そして、傍らの朧も最大数まで分身する。
「『朧、Go!』」
そして、双方の朧が双方を撃滅するべく突撃した。さあ、ここからが勝負だ。本人と偽物、どっちが強いかやってやろうじゃないか。
まあ、まずは双方力試しだ。
「『《障壁》』」
朧の行く手を阻むように展開された紋章をこちらの紋章で妨害し、こちらが展開しようとした防壁も紋章で妨害される。それが、251匹の朧全てでタイミングをずらしつつ行われる。
双方、同時に展開している障壁の数は170。初っ端から、操作できる限界数だ。キッツイな、これ。
「はは、まだまだァ!」
『こっちこそ!』
潰し合いに入った50匹の朧の分、双方処理能力に余りが出来た。それに合わせ、お互い5つの儀式魔法を作り始め、完成させた。その内容は双方範囲回復×2範囲攻撃×3。
そして、お互い範囲攻撃の防御に障壁を使った。それにより攻撃は防いだが、双方の朧が一部防御線を抜けた。
「『ははっ』」
手にした4つずつ計8つの爆竹を投げつけ、抜けてきた朧の分身を始末する。その爆発と、踊るように踏むステップで儀式魔法を刻み始める。
「『はははっ』」
ステータス強化×2が朧にかけられ、さらに爆弾を10ほど山なりに投擲する。双方10匹の朧がそれに突進し、自爆したことで20個分のスタングレネードがこの密室で炸裂する。
「『ははハハッ!』」
目も耳も聞こえなくなったが、お互いに笑い合っているということは分かる。何も見ずにお互いの障壁を中和しつつ、儀式魔法をして、笑い声で歌唱魔術を使い、爆弾を投げつけ合う。互いに全く同じ技量、全く同じ回復タイミング、全く同じスキル使用タイミング、同じ同じ同じ同じ……
「『ああ、楽しいなぁお前は!!』」
真っ白な視界の中、HPとMPが急速に減っていく。けれどそれは攻撃のヒットが原因ではなく、スキルと障壁の使用による現象だった。
「『加速レーン設置!』」
視覚と聴覚が正常に戻った時、朧は本体が双方の肩付近にホバリングしているだけだった。そして、お互いに《新月》を構えて加速の紋章でレーンを設置していた。
「『ファイア!』」
同時に発射された超加速された銃弾は、幸運にも同じ軌道を描き衝突した。そして幸運にも、飛び散った破片と衝撃波はお互いを傷つけることはなかった。
「『
舌の根も乾かぬうちに肩にセットした《偃月》を双方構え、呪い装備に武装が変更される。そして最大のバフが掛かり──
「『吉野御流合戦礼法“迅雷”が崩し』」
お互いに突撃。
「『
必殺の一刀で斬り結んだ瞬間、何もかもが消し飛んだ。
勿論結果は相打ち、クエストは失敗した。