幻想白徒録   作:カンゲン

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ハク視点に戻りました。


第二十一話 かつての弟子の変わらない想い

 

「……あら。おはようございます、ハクさん」

 

 妖怪寺で一騒動あり、その後しばらく世話になることになった次の日。久々に大暴れして少し疲れていた俺は寺の一室を貸してもらい、早めに体を休めることにした。

 これまた久々にぐっすりと眠ったわけなのだが、まだ疲れているのか、それともただ寝ぼけているだけなのか、起きたら横で美人さんが微笑みながらこちらを見ているという状況をしっかりと理解できないでいた。

 

「…………俺たち、結婚とかしたっけ……?」

「へ? ……え!?」

「……ん。あぁ、いやなんでもない。おはよう」

 

 美人さんが上げた大声のおかげで目が覚めた俺は上半身を起こし、聖に朝の挨拶をした。

 聖が声を上げる前、自分が何か言った気がするのだが、うとうとしているときのことは思い出しにくい。

 まぁ所詮は寝ぼけている人間の言ったことだ。どうでもいいことなのだろう。

 

「久しぶりによく寝たな。で、どうしたんだ聖。何か用か?」

「……あ、いえ、用というわけでは。ただハクさんの寝顔を見たいと思いまして」

「新婚さんか何かかよ」

「ええ!?」

「冗談だ。ただあんまり寝顔は見ないでくれ、恥ずかしいから」

 

 人の寝顔をずっと横で見ていた仕返しに少しばかり聖をからかう。まぁ俺も人の寝顔を見るのは好きなのであまり強くは言えないが。

 先程聞いた声と似た感じの声を上げたことに少し疑問を持ったが特に考えはせずに、布団から出て一つ伸びをした。

 首の関節をポキポキと鳴らしていると部屋の外から足音が聞こえてきた。自然と音のする方向を見ると襖が開けられ、虎を思わせる金と黒の混じった髪をした星が入ってきた。

 

「失礼します……と、もう起きてましたか、おはようございます」

「ああ、今さっきな。おはよう」

「聖もここにいたんですね、おはようございます」

「おはようございます、星。いい天気ですね」

「そうですね。朝食がそろそろできるので呼びに来ました」

「お、ありがとう。これ片付けるからちょっと待って」

 

 わざわざ呼びに来てくれた星に礼を言いながらさっきまで寝ていた布団を畳む。

 それくらい自分たちがやると星は言ったが、自分のことは極力自分でやるようにしていると伝えてさっさと片付けた。

 

「昨日も言ったが俺は偉い人間じゃない。気を使う必要はないよ」

「年上というだけで敬うべき相手だと思いますが」

「その考えは素晴らしいけどね」

 

 正論を言われてしまい思わず頬をかく。

 昨日年齢を聞かれたときに布都のことを思い出して「五百歳以上」と曖昧に答えたが、それでも彼女たちより年上だったらしい。

 ムラサの混乱っぷりは面白かったが、相手するのは少し疲れたな。

 

「ま、いいや。じゃあ案内頼む」

「はい。こっちです」

 

 別にタメ口を強制するつもりもないのでこの話を切り上げ、部屋の案内をしてもらう。

 場所はさほど離れていなかったようで、しばらくすると他の妖怪たちが歩いている音がしてきた。

 

「あ、ハクさん。おはよう」

「おはよう、ムラサ。寝過ごしたようで悪いな」

 

 廊下を歩いて部屋の前に着くとムラサと会った。昨日会話している途中から敬語を使わなくなったため、親しみやすい感じになったように思える。

 

「いーや、全然問題ないよ。それより……髪の毛すごいね」

「え? ……あ、ほんとだ」

 

 ムラサに言われて自分の頭を触ってみると、見事にボサボサになっていた。最近布団で眠っていなかったから寝ぐせのことなどすっかり忘れていた。

 聖も星も言ってくれればいいのにと思い彼女たちを見ると、二人とも口を押さえて笑っていた。

 

「ふふ、気を使う必要はないと言ったので」

「いやそこは気を使ってくれよ。あぁぁ、直らない……」

 

 手櫛で髪を整えようとするが、なかなか上手くいかない。身なりへの関心は薄いが、さすがに寝ぐせだらけの髪で歩き回りたくはない。

 そう思って苦心していると、聖に背中を押され部屋に入れられた。

 

「おっと……聖?」

「はい、そこに座ってください。私が整えますよ、櫛もちょうど持っていますし」

「おお、助かる」

 

 促されるまま座布団に座って聖に背を向ける。誰かに髪を整えてもらうの初めてかもしれん。

 後ろにいる聖が慣れた手つきで髪をとかし始める。何故かニコニコとしていた星とムラサは朝食を持ってくると言って部屋を出て行った。

 

「…………ハクさん、髪の毛少し長いですね」

「あー、最近切ってなかったからなー」

「今までどうしてたんですか?」

「自分で適当に切ってたよ。刃物は持ってるし」

「刃物って……もしかして白孔雀で切ってたんですか?」

「いや、短刀のほうだ」

 

 俺は言いながら空間に仙郷への入り口を作り、そこにしまっていた短刀『黒竜』を取り出して聖に見せた。仙郷については昨日説明したので聖は特に驚いた様子はない。

 聖は髪をとかす手を止めて短刀を眺めている。

 

「そういえば、その刀は私は知りませんね」

「これか。諏訪の国を出てから少し経ったころにとある都に立ち寄ってな、そこで友人に作ってもらったんだ」

「なるほど。そのご友人というのは?」

「一言で言うと天才だな。それでいて芯の強い性格の、まさに聖人君子と呼ぶにふさわしいやつだったよ」

「へぇ、私も会ってみたいですね」

「ああ、絶対に会えるさ」

「……?」

 

 俺の言い方が少し引っ掛かったのか、聖は首を傾げていたがそれ以上追及はしてこなかった。

 聖が髪をとかす作業を再開したので短刀を床に置いて目を閉じた。髪に櫛を入れられるたびに感じる少しくすぐったいような感覚が心地よい。

 

「その刀は名前はあるんですか?」

「黒竜という。確かに黒くはあるんだが、竜にしては短いかな。だが切れ味は竜の牙にも劣らないと思うぞ」

「それはすごいですね。それに持ち主が貴方なら安心です……と、はい終わりましたよ」

「お、ありがとう」

 

 目を開けて自分の髪を触ってみると、先程までのボサボサ頭が見事にまとまっていた。さすがは聖。略してさすひじ。

 

「こういうのを人にやってもらうのは結構気持ちいいもんだな」

「ハクさんはあまり経験がないんですか?」

「誰かにやったことはたくさんあるけど、やってもらったことはあまりないかな」

 

 今までのことを思い出しながら聖の問いに返答する。まぁ男の髪を進んで整えたいという変わったやつもそうはいないだろう。

 

「良ければこれからは私が髪を整えますよ」

 

 ここにいたようだ。母性の塊のような人である。

 

「あー……じゃあまた機会があったら頼むわ」

「任せてください!」

「次は俺も聖の髪を整えていいか?」

「わぁ! 本当ですか? よろしくお願いします!」

 

 髪を整えるだけなのにやけに喜んでいる聖。無邪気な子供のような人である。

 そんなことをしているとこの寺に住んでいる妖怪たちが朝食を持って部屋に入ってきた。その中で今日はまだ会っていなかった三人に挨拶をする。

 

「よう、ナズーリン。一輪と雲山もおはよう」

「ああ、おはよう」

「おはようございます、ハク様。ボサボサの髪もワイルドで素敵でしたよ」

「見てたのかよ。そう言われても寝ぐせをそのままにするのはちょっとな」

 

 朝食を座卓に置きながら話す一輪に苦笑する。

 意図的にそういう髪型にしているのならいいが、今回のこれは偶然の産物であり自分でやったわけではないので、似合っているとしても直したいのだ。

 

「さて、では全員揃いましたし朝食にしましょう」

 

 聖の合図で全員が座り、いただきますを言う。誰一人普通の人間がいない空間なのに、普通より普通らしい食事風景だ。

 

「俺の分も用意してもらってありがとな」

「むしろ用意しないほうがおかしいでしょう。一人だけご飯抜きとかひどすぎます」

「ああ、そういえばハクさんは食事を取らなくても平気でしたっけ?」

「まぁな。でも食欲はあるし…………ん、こういう美味いものを食べたくなるのは当然だ」

「あ、その煮物は私が作ったの。お口に合ったようでよかった」

「うん、ムラサは料理が上手だな」

「えっへへー」

「いつもは食事作りは当番制なんですが、今日からはハク様もいることですし、今回はみんなで作ることにしたんです」

「へぇ、じゃあみんな料理できるんだな」

「…………あ! ……す、すみません、卵焼きに殻が入ってるかも……」

「ご主人……」

 

 みんな思い思いに話しながら食事をする。こういう賑やかな時間は好きだ。

 ナズーリンの呆れた声を聞きながら星の作ったであろう卵焼きを一つ食べてみると、一回目の咀嚼でガリッという音とふわふわの卵焼きに合わない異物感を感じた。

 だがその他は特に問題ないため普通に味わって飲み込むと、星が不安そうな顔で覗き込んできた。

 

「え、えっと、殻入ってませんでした?」

「ん、入ってたぞ、見事なまでに」

「あぁ……すみません……」

「だけど焼き加減とか味付けはいいな。美味い」

「あ、ありがとうございます」

 

 茶を飲みながら正直な感想を言うと、星は少し顔を赤くしながら俯いた。失敗したのが恥ずかしいのだろうか。

 

 この朝食は星の卵焼きも含めてシンプルな味付けになっている。俺も料理をしたりするが、味付けは基本的にシンプルにする。それは俺自身、シンプルな味付けが好きだからだ。

 凝った料理も悪くないが、舌が肥えているわけでもない俺には簡単なもののほうが美味しく感じたりする。

 

「ハクさん、少しお願いが」

「ん?」

 

 もう一つの卵焼きを口に入れ、またしても入っていた殻ごと噛み砕いていると、聖が箸を置いてこちらを見た。

 

「朝食のあと、久しぶりに稽古をつけていただけませんか?」

「え? もう俺が何かを教えなくても十分強いだろ?」

「そんなことありません。事実、昨日の戦いでは身体能力や術式の強度に差はなかったはずなのに、ハクさんには手も足もでませんでした」

「そりゃ俺のほうが長いこと訓練してきたからな。そう簡単に弟子に抜かれたくもないし」

「ダメでしょうか……」

 

 聖が落ち込んだように少し顔を俯ける。それを見て思わず頭をかいた。

 昨日俺に負けたことが気になっているようだが、それは単に俺のほうが経験があるからというだけのことなのだ。

 だからその差を埋めるには俺と同じように少しずつ経験を積み重ねるしかない。訓練してもすぐに強くなれるわけではないだろう。

 だけど、そうだな……。

 

「いや、弟子が師を追い抜いてはいけないなんて決まりもない。訓練したいっていうならもちろん手伝うよ」

「あ……本当ですか?」

「うん。ただ力の使い方は間違えるなよ……って、お前には必要ない警告だな」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 少しでも聖の手助けになるのなら、動くには十分な理由だ。だがそれは朝食をゆっくり楽しんでからにしよう。

 

「ところで、星」

「はい? なんです聖?」

「私の卵焼きにも殻が入ってました」

「え!?」

「あ、私のにも入ってた」

「私のにも」

「ご主人……私のにもだ」

「ええっ!?」

 

 ……ここまで均等に殻を入れられるのは才能ではないだろうか。

 

 

 

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 朝食を終えてしばらく休憩したあと、先程の約束通り訓練することにした俺たちはこの寺で一番広い部屋に集まった。

 今まで行っていた訓練について少しみんなに話したが、星たちも見学したいとのことだ。

 部屋の中心で俺と聖が向かい合って立っていて、星たちは少し離れた壁際で見ている。

 

「よし、じゃあまずは確認からだ。聖、合図したらここに移動制限と能力不可侵の結界を張ってみろ。形は一辺五十センチの立方体だ」

「ハクさん、移動制限はわかりますが能力不可侵の結界とは何ですか?」

「簡単に言うと、力そのものや力を使った術式……例えば魔法とか妖術とかだな、そういうのの侵入を防ぐ結界のことだ。制限するのはそれだけで、物質は普通に通すものだ」

「へぇ……何だか作るのが難しそうな結界ですね」

「ああ、何か一部のみを制限する結界は張るのが結構難しい。だからこそテストするには最適だ。聖、準備はいいか?」

「はい」

 

 星の問いに答えつつ、目を閉じて集中している聖から少し離れる。

 聖の準備ができたことを確認してから、一つ手を鳴らす。その瞬間に聖が手を前に向け、二種類の結界を順々に張った。それを見てムラサや一輪が感嘆の声を上げている。

 かく言う俺も以前よりも早くなった結界の展開速度に感心して思わず声が漏れた。

 

「おお……正しく張られているな。かかった時間は二秒以下、大分速くなったな」

「えへへ……ありがとうございます」

 

 念のため結界が正しく張られているか確認して聖を称賛する。

 この術式は本当に難しいのだ。諏訪の国でこの術式を教えたことはたくさんあるが、実際に使えるようになった人は片手の指で足りるほどしかいない。

 聖も覚えたての頃は一つ張るのに十秒以上かかっていたものだ。そのときと比べれば凄まじい成長ぶりである。

 

「ただ、最初の結界を張ってから次の結界を張るまでの間隔が少し長いな。切り替えに時間がかかるのはわかるけどな」

「う……すみません、精進します……」

「ま、そう思い詰めるな。何事も経験と慣れだ」

 

 肩を落として落ち込んでいる聖の頭にポンと手を置く。

 顔を上げた聖に微笑みかけて手をはなすと、何故か名残惜しそうな顔をされた。疑問に思って聖の頬を伸ばしていると横で見ていたムラサが勢いよく手を挙げた。

 

「はいはい! ハクさんは二種類の結界を張るのにどれくらいかかるの?」

「この二つだったら合図した瞬間に同時に張れるな」

「むぇ……ど、同時にですか、さすがですね」

「経験と慣れの賜物だ」

 

 それに俺の場合は最初から術式の知識があったからな。聖とはそもそもスタートラインが違うため、あまり誇れるようなものではない。

 聖の頬をつかんでいた手をもう一度頭に乗せ、そのままゆっくりとなでる。

 

「聖も修行を積んでいけばこれくらいになるさ」

「あはは、頑張ります」

「よし、じゃあテストは終わり。次は訓練に入るけど、諏訪の国ではやらなかったことをやってみよう」

「それってどういうものですか?」

 

 俺の提案に聖が首を傾げる。それを見てなんとなく得意げになった俺は腕を組んでしたり顔をする。

 

「内容を説明するのは簡単だけど、実際にやるのは難しいぞ。ついて来れるか、聖!」

「も、もちろんです!」

「よしよし、いい返事だ弟子よ」

「……ノリがわかりづらい人だな、ハクは」

 

 拳を突き出した俺に呼応して同じく拳を突き出した聖に満足してうんうんと頷く。ナズーリンが呆れ笑いをこぼしているが気にしてはいけない。

 とりあえず一つ咳払いをして説明を始めることにした。

 

「今から俺が移動制限の結界を張るから、聖はその中で動いてみろ。これが訓練の内容だ」

「え……あの結界の中でですか?」

「ああ、難しそうだろ? じゃ早速行くぞー」

「ちょ、心の準備が……わわっ!」

 

 聖が何かを言い切る前に移動制限の結界に閉じ込める。結界は透明なので中の聖がピクリとも動けていないのがよくわかる。

 

「ほらほら頑張れ聖」

「け、結構頑張っています……!」

「んなこと言っても全然動けてないぞ。まずは結界の構造を調べろ。今回は移動制限とわかっているんだからやりやすいだろ」

「わかり、ました……くぅぅ……!」

 

 手を叩きながら聖を応援するがなかなか苦戦しているようだ。とは言え周りから見ると全く動かない人が百面相をして唸っているだけなので、結構面白い。

 

「あ、あの~ハクさん。あの結界の中で動けるようになると何が変わるんですか?」

「今見てもらえればわかると思うが、あの結界の中で動くのはかなり難しい。必要なのは結界の性質を調べて理解できる頭と、干渉できるほどの力の操作力だ。聖は前者は大丈夫だが、後者がまだ未熟だな」

 

 おずおずと手を挙げて質問する星のほうを向いて説明する。

 聖は頭がいいので性質を理解することはできると思うが、すぐに結界に干渉できるほど力の操作が上達しているわけではないようだ。

 

「移動制限の結界の中でも自由に動けるほど力の操作が上手くなれば、結界を張る速度ももっと上がるだろう。そうなれば戦闘でも役に立つ」

「な、なるほど……。ですがそれなら結界を解除するほうが難しいのでは?」

「確かに結界を解除するときのほうが力を多く使うが、性質を理解・干渉するまでは同じだ。それに『あの結界の中で動き続ける』ということは『常に結界に干渉し続ける』っていう事だ。力の操作に慣れるにはこっちのほうがいい」

 

 結界を無効化することが目的なら確かに解除したほうが手っ取り早い。結界に干渉したままだと、頭は使うし力はなくなっていくしで大変だ。

 だが今回の目的は訓練なので、解除せず干渉し続けたほうが効果が出るだろう。もちろん、聖が力を使いすぎないように注意はする。

 

 一通り説明を終えて聖のほうを向き直すと、両腕をほんの少し動かせるようになっていた。予想よりも干渉するのが速いな。

 

「お、さすが聖。もう動けるようになったか」

「ほんの少し、ですが……」

「いや、十分だよ。今日はここまでにしておくか。力の使い過ぎは良くないからな、解除するぞ」

「お……っと」

 

 うんうんと頷いたあと、一つ手を叩いて結界を解除した。拘束から解放された聖が少しバランスを崩したため、肩を支えて倒れないようにする。ついでに失った分の力を元に戻しておこう。

 ちなみに、結界を解除するのに手を叩く必要はない。これはただの合図というかカッコつけのようなものだ。

 

「よく頑張ったな」

「あ、ありがとうございます」

「結構難しいだろ。ま、ゆっくり頑張ろう」

「あのーハク様。少し質問いいですか?」

「ん?」

 

 大きく息を吐いている聖を労っていると一輪が手を挙げた。どうでもいいけど質問するのにわざわざ手を挙げる必要はないんだがな。

 

「その技術ってどういう場面で使えるのでしょうか?」

「え? うーん……、何かを制限する結界を張られたときに、解除するには力が足りないときとかかなぁ……」

 

 基本的に結界を解除するのと干渉して影響を受けないようにするのでは、後者のほうが使う力は少なくて済む。だが後者は常に力を使い続ける必要があるため、普通はすぐに力が尽きてしまう。

 解除するには力が足りないが、少しの間だけでも影響を受けないようにしたいときにしか使う場面はなさそうだ。

 結界の外に出てしまえば影響は受けないわけだから使えなくもないが、張った相手が近くにいればもう一度張られて振り出しに戻るだろう。

 

「そうだな、他には…………ナズーリン、ちょっと」

「?」

 

 他の使い方を考えて少し思いついたことがあるので、協力してもらおうとナズーリンを手招きして呼ぶ。ナズーリンは首を傾げながらもひょこひょこと歩いて近くまで来てくれた。

 

「例えば俺がナズーリンを捕まえたいと考えたとする。しかし素早く動く相手を結界に閉じ込めるのは難しいから、追いかけて手で捕まえました」

 

 そう言いながらこちらに向いていたナズーリンを俺と同じ向きにして、両肩に手を置いた。ナズーリンの頭の上のはてなマークが増えた気がする。

 

「うーん、とりあえず捕まえたけどこのままじゃいつ逃げ出されてもおかしくないな。よし、聖! 俺ごとナズーリンに移動制限の結界を張れ!」

「え? は、はい!」

「ちょっ、ハク!?」

 

 急に俺から要求された聖は混乱しながらも俺たちの周りに結界を張った。大きめの結界にすっぽりと入った俺とナズーリンは全然動けない状態だ。

 俺が何をしようとしているのかわからず、聖も含めてみんなぽかんとした顔をしている。

 

「よしよし、これで逃げ出すことはできんだろう、がはは」

「は、ハク! これホントに動けないけど!?」

「そういう結界だからな。でも俺はそろそろここから離れたいから失礼するね」

「え、ちょっと」

 

 聖の結界に干渉して自分の体を動かせるようにすると、微動だにしないナズーリンの肩から手をはなしてゆっくり歩いて結界の外に出た。

 

「こうすると捕まえたい対象だけ結界に閉じ込めることができると」

「はぁー……なるほど。考えれば使い道はあるものですね」

「まぁこんな場面ほとんどないと思うが。相手が速いなら大きな結界を張ればいいし」

 

 結界は張ったあとでも形や大きさを変えることはできる。一人を相手に大きな結界を使ったとしても、そのあと適度な大きさにすれば余計な力を使わなくて済む。

 

「……ま、いい使い方があったら教えてくれ」

「あの、ハクさん。ナズーリンに張った結界は解いて大丈夫ですか?」

「ん? そうだな……」

 

 聖の言葉で未だに結界内で身動き取れない状態のナズーリンを見る。今の茶番は終わったからもちろん解いてもらって構わないんだけど……そうだ。

 

「……ああ、移動制限の結界の中で動けるようになれば今のナズーリンに悪戯できるぞ」

「え!?」

「どうだ? なかなか魅力的だと思わないか、星?」

「何で私に振るんですか!?」

「ご、ご主人……まさか……」

「誤解ですぅ! ナズーリン!」

 

 わたわたと慌てている星に軽蔑の視線を向けるナズーリン。まぁ本気じゃないのは口元の小さな笑みを見ればわかるが、絶賛混乱中の星には気付くのは難しいかな。

 

 彼女たちの様子を見ていて、ふと聖が昔言っていたことを思い出した。確か『人間も妖怪も同じようなもの』だったかな。

 今なお目の前でわいわいと騒いでいるこいつらを見ると、聖の言ったことになるほどと返してしまうのも当然だな。

 そう思って小さく笑いながら、とりあえず星を落ち着かせようと彼女のもとに向かうのであった。

 

 

 




今回長かったですねw
次回で妖怪寺編終了予定です。

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