幻想白徒録   作:カンゲン

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各々『やりたいことをしただけ』のお話でした。


第二十六話 二人と一振りの友人

 

「……もう大丈夫だろうな」

「そうね、十分時間は経ったわ。月の使者もすでに帰っているはずよ」

「よし」

 

 俺と輝夜、永琳の三人が仙郷に移動してから約八時間が経った。月と地上を繋ぐ道はかなり前に閉ざされていたのだが、念のためということと話がいろいろあったため、気付いたらこんな時間になっていた。もう外は明るくなっているだろう。

 一応二人に確認した俺は外の世界に繋がる出口を作った。空間にパックリと割れたスキマのような出口からは外の様子がほんの少しだが見て取れる。

 

「……ここってどこ? 建物の中みたいだけど、私たちがいた屋敷じゃないし」

「二人を避難させた場所だ」

「え? 二人って……もしかして……」

 

 俺の答えを聞いた輝夜はそう呟きながら出口から外に出た。外と言っても仙郷の外という意味であり、場所的には建物の中。おじいさんとおばあさんを避難させた屋敷だ。

 輝夜が出たあとを追って永琳が、そして最後に俺が仙郷を出た。屋敷に移動してすぐ仙郷を閉じた俺は、布団で横になっている二人の近くに座っている輝夜に目を向けた。

 

「……おじいさん、おばあさん」

「……おお、輝夜。無事だったんだな、よかった……」

「こんな体たらくでごめんなさいね……」

 

 輝夜が呼びかけると二人とも目を覚ましたようで、ゆっくりと目を開き輝夜を見つめた。その表情はすぐに穏やかな笑顔となり、安堵したような声を漏らした。

 二人とも、数ヶ月前から一日の中で横になっている時間が長くなっており、最近では起き上がることも少なくなってきていた。医者の話では病気や怪我などではなく老衰だそうだ。

 

「仙人様、ありがとうございました」

「ああ、気にするな。上手くいってよかったよ」

 

 おじいさんの感謝の言葉に軽く手を振りながら答える。今回の件はずいぶんと濃かったように感じるが、それは逃げたあとの話し合いのほうが原因である。月の使者たちから逃げること自体は言っては何だが簡単だった。それなりの代償は払ったが。

 

「そちらは? 見慣れない方だが……」

「私の昔からの友達よ。ハクと一緒に手助けしてくれたの」

「そうだったのか……。こんな格好のまま失礼します。短い間でしたが輝夜と暮らしていた者です。この度は本当にありがとうございました」

「礼を言うのはこちらも同じよ。たとえ短い間だとしても、輝夜といてくれて感謝してるわ」

「いえいえ、私たちはしたいことしたまでです」

 

 見慣れない出で立ちをした永琳を見て二人は怪訝な表情を浮かべたが、輝夜の説明を聞いてすぐにもとの穏やかな雰囲気に戻った。永琳の感謝の言葉に返答したおばあさんのセリフを聞いて、輝夜がまた同じようなことを聞いたわ、と言って笑った。

 

 

 

「これから輝夜はどうするんだい?」

 

 しばし談笑していた俺たちだったが、おじいさんのその疑問をきっかけに、真面目な話に入ることになった。輝夜のほうを見ると俯いて黙ってしまっている。このことはすでに仙郷で決めてはいるのだが、それをこの二人に話すのは心苦しいのだろう。

 おじいさんもおばあさんもそんな輝夜を見て苦笑を浮かべていたが、声をかけることはなく、輝夜が打ち明けるのを待っていてくれていた。

 

「……私は、永琳と旅に出ようと思っているの」

「……そうか」

「今回の件はハクと永琳のおかげで切り抜けられたけど、これで最後ではないわ。時間が経てば、また月の使者たちが私を連れ戻しに来るでしょう」

「…………」

 

 顔を俯けたままぽつりぽつりと語り出した輝夜の言葉に、二人は静かに耳を傾けている。輝夜の表情はここからは見えないが、少なくともいつものように元気な様子ではない。

 

「私は地上にいたい。だから彼らに見つからないように、気付かれないように旅をしようと思う。自分の足でいろんなところに行ってみたかったしね、いい機会だわ」

「ふふ、それは楽しそうね」

「……二人にはお世話になってばかりで、私からは何にも返せなかったのが心残りなのだけど……」

「それは違うぞ、輝夜」

 

 ゆっくりと話す輝夜の声に耳を傾けていた二人だったが、最後の輝夜の言葉は即座に否定した。あまりにバッサリと言い切られた輝夜は俯いていた顔を上げ、ぱちくりと目を瞬かせて二人を見つめた。

 

「さっきも言ったでしょう? 私たちはしたいことをしただけなの。貴方に自覚がないだけで、私たちは貴方から十分すぎるほど大切なものをもらっているわ」

「その通りだ。それでも、もしまだ心残りがあるというのなら、幸せになってくれ。それがわしらにとって最高のお返しとなるからな」

 

 ニコニコといつもの笑顔を浮かべながら語る二人。その想いを聞いた輝夜は再び俯いた。小さく体を震わせているその姿は、先程の不安と申し訳なさを抱えたものとよく似ていたが、今の輝夜が違う理由で黙り込んでいることは俺にも永琳にもよくわかっていた。

 

「ハクといい、あの老夫婦といい、輝夜は本当にいい人に会えたわね」

「そこにはもちろん、お前自身も含まれているんだろ?」

「……そうなっているといいのだけれどね」

「安心しろ、もうなってるよ」

 

 苦笑を浮かべる永琳を見て、俺は少し呆れて笑ってしまった。お前が輝夜にとって大切な人の一人であることなど、初めて会う前からわかっていたさ。輝夜から永琳の話を聞くときは、悪感情など一つもなく、いつも笑っていたのだから。

 そして永琳が輝夜を大事に思っているということは、小さく嗚咽を漏らしている今の輝夜を見て潤んでいるその目を見れば一目瞭然である。

 

 

 

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 その後、やはりもう少し二人といたいという輝夜の意見から、旅に出るのは数ヶ月後ということになった。永琳によると、その程度の時間では再び月の使者が来ることはないらしいので安心だ。

 おじいさんもおばあさんも輝夜が近くにいるのがうれしいのだろう、いつもと比べると元気になっているように見えた。それでもちゃんとした医者である永琳の話だと、もって数ヶ月、だそうだが。輝夜もなんとなくわかっていたんだろうな。

 永琳が持ってきていた蓬莱の薬を礼として二人に渡していたが、二人とも使うことはなかった。薬はそのあと帝の手にも渡ったようだが、彼もどうやら使わなかったらしい。

 

 そして数ヶ月後、仲良く逝った二人を見送った輝夜と永琳は、予定通り旅に出ることにした。俺は二人にはついていかず、また気ままに旅をするつもりである。

 

「ほんとにハクは一緒に来ないの?」

「ああ、また適当にぶらつこうと思う。輝夜と会う前みたいにな」

「そう……。残念だけどしょうがないわね。それがハクのやりたいことなんだもんね」

「悪いな。話の続きはまた今度、再会したときの楽しみにしててくれ」

「そうね、そうするわ」

 

 輝夜の頭をぽんぽんとなでながら再会を約束する。お互いそう簡単に死なない体質なんだ、再び会う機会ぐらい何度だってあるだろう。

 いつも通りの笑顔を見て安心した俺は輝夜の頭から手をはなす。そうすると今度はここにいるもう一人が輝夜の頭に手を乗せ、先程の俺と同じようになでた。

 

「本当にありがとう、この子を助けてくれて。……本当に」

「俺は大したことはしてないよ、真の功労者はあの老夫婦さ。まぁ本人たちに言ってもやりたいことをしただけって返されるだろうけど」

「実際、そう返されていたものね」

 

 くすくすと笑う永琳を見て、俺も輝夜も同じように笑った。最期まで輝夜の幸せを願っていたあの二人を思い出したからだ。

 

「ハクはこれからどうするの? 行きたいところとかあるのかしら?」

「うーん、特に決まってはいないけど…………目的を決めずに一人であちこち旅するのも楽しいもんだぞ」

「一人であちこち……ねぇ」

「目的なんて向かう先で決めればいい。輝夜と会ったときみたいにな」

「ふふ、そういう適当なのもいいかもしれないわね」

 

 再び小さく笑う永琳。面白いことを言ったつもりはないのだが……まぁいいか。

 

「そうだ、貴方に言っておきたいことがあったの」

「何だ?」

 

 永琳が口元に笑みを残しながらそう切り出した。その様子から暗い話ではないことはわかるのだが、一体何の話だろう。

 

「最初に会ったとき、私のもう一つの名を呼べる地上人は存在しないって言ったわよね?」

「ああ」

「あの言葉は間違いだったわ。今はもう三人も例外がいるもの」

「…………それって」

「私も輝夜も貴方も、もう月人ではないわ。元月人の現地上人よ」

 

 私は元地上人の元月人の現地上人だけどね、と付け加えながら永琳が優しく微笑んだ。輝夜は首を傾げていたが、その言葉は俺にとってはそれなりに大きな意味を持っていた。

 

「……ああ。ありがとう、永琳」

「どういたしまして」

 

 気にしていなかったと言えば嘘になる。自分はこれまで会ってきた誰とも同種族ではなく、誰とも共通点を持っていなかったことを。

 寂しいとか心細いとかとは少し違う感覚。孤独、疎外感とでもいうのだろうか。そういうのがまったくなかったとは言い切れなかった。

 

 それが少し薄れた気がした。自分と同じ人間が今は二人もいるのだ。心強く感じないわけがない。

 

「むー? 何二人でわかり合ってるの?」

「気にしなくていいわよ。さ、そろそろ旅に出るとしましょうか」

「えぇ? ちょっと気になるんだけど……仕方ないわね。それも今度会ったら話してもらうからね」

「気が向いたらな」

 

 まぁ話すことはないと思うが。ひとりぼっちで寂しかったとか話すの恥ずかしいし。

 ひょいと手を上げて別れの挨拶をすると、二人も軽く手を振り返しながら歩き出した。俺も適当な方向に行こうと体の向きを変えたとき、少し離れた永琳に大きめの声で呼び止められた。

 

「ハク! もう一つ忘れてたわ」

「何だ?」

「貴方の刀、白孔雀のほうを抜いてみなさい」

「白孔雀を?」

 

 永琳の言葉に首を傾げる。白孔雀が力を溜める性質を持っており、その力は月の使者の一件で使い果たしたということは永琳にも説明済みだ。今のこの刀が強力な力を持っていないことはわかっているはず。

 どういう意味があるのかわからないが、とりあえず言われた通り白孔雀を抜いてみる。予想通り、今の白孔雀には俺の溜めておいた力はほとんど残っていなかった。

 そう、俺の力は。

 

「あれ、何だこれ……?」

 

 どういうわけか白孔雀から俺の知らない大きな力を感じる。俺の持つ生命力と似ているのだが、同時に神力にも妖力にも近い感じがする別物だ。

 刀を横にして両手で持ち、一体どういうことかと頭を捻っていると、いきなり白孔雀からボンッと煙が噴き出して重量が急に増した。

 驚きつつ手に持っていた白孔雀を落とさないように支える。そして煙が晴れたとき、俺に腕には小さい女の子がおさまっていた。

 

「………………は?」

「やっぱりね、普通の物でも百年もすれば化けるんだもの。千年以上も使い続けてかつ貴方の力を溜め続けていたのなら、魂も宿るし自我も持つわよ」

「……え? てことはこの子……白孔雀?」

 

 予想通りというように頷いている永琳の説明を聞き、改めてお姫様抱っこ状態になっている少女を見る。十歳にも満たないような小さな体に、俺と同じような真っ白い髪と血のような真紅の瞳をしている。その少女もこちらをじーっと見つめているのだが、その瞳は心なしかキラキラしているように見えた。

 

「多分意識自体は結構前からあったんでしょうけど、溜め込まれていた貴方の力が大きすぎて表に出れなかったのね」

「……ああ、なるほど。この前の一件で邪魔していた力がなくなったから、こうして人化することができたと……」

「そういうこと。さすがハク、混乱してても頭が回るわね」

「……そりゃ……どうも?」

「ふふ、どうやら一人旅じゃなくなったみたいね」

 

 永琳はそういうと、フリーズ気味になっている輝夜を連れて飛んで行ってしまった。残されたのは俺と白孔雀と思われる少女。せめてこの空気をどうにかしてから行ってほしかった。

 

 とりあえず抱き上げていた少女をゆっくりと下ろして立たせた。全体を見て気付いたが、少女は俺が今まで白孔雀と呼んでいた刀を大事そうに抱えている。先程人化したと言ったが、刀そのものが変化したわけではないようだ。

 

「……あ、えっと……初めまして、じゃなくて……お久しぶり、も違うし…………お初にお目にかかります?」

「よーしわかった、まずはお互いに落ち着こう」

 

 相変わらずキラキラした目のまま、しかししどろもどろに挨拶を始める少女を見て、彼女も相当混乱していることがわかった。今お互いに必要なのは冷静さである。

 動揺した心を落ち着けるために一度大きく深呼吸をしたのだが、目の前の少女も俺と同じタイミングで深呼吸をしていたのが見えて少し笑ってしまった。

 

「こ、こんにちは、私は白孔雀です。さっきの銀髪の方……永琳さんが言っていた通り、この刀の付喪神です」

「なるほど。俺はハクという……」

「『白いって書いてハク』ですね」

「……うん、その通り」

 

 お互い落ち着いたあとに自己紹介をしたのだが、俺がいつも使っているフレーズを言われてしまった。永琳の言っていた、結構前から意識があったというのは本当らしい。

 しかし、そうなると……。

 

「……その、悪かった」

「へ? どうして謝るんですか?」

「いや、だって、ずいぶん前から自我があったのに俺の力が邪魔で表に出れなかったんだろ? かなり窮屈だったはずだ」

 

 俺がいつも自己紹介で使っているフレーズを知っていることから、最低でも十数年前から自我があったのだろう。それだけの時間、自分の意思で自由に動けなかったというのは相当にきつかったはずだ。

 

「気付かなかったとは言え、お前を長い間不自由なままにしてしまったのは俺のせいだ。すまなかった」

 

 正面にいる少女に対して、しっかりと頭を下げて謝る。少し考えれば刀に付喪神が宿る可能性があることに気付くことができたはずだ。だが俺は気付くことができなかった。この件に関しては全面的に俺に非がある……というか彼女の非は皆無である。

 頭を下げているため詳しくはわからないが、俺の謝罪を聞いた少女は焦ったかのようにあたふたとしているようだ。

 

「い、いえいえ! 全然窮屈なんかじゃありませんでしたよ! そもそも私はご主人様の力から生まれたようなものですから、その中にいて不快になるようなことはあり得ませんです!」

「……そうなのか?」

「はい、もちろん。むしろご主人様の力は優しくてあったかくて気持ちよかったです。なので謝る必要はありませんよ」

「……ならよかった」

 

 彼女が気にしていないというのなら、いつまでも頭を下げていると逆に不快にさせてしまうだろうと思い、頭を上げる。

 この少女が穏やかな性格でよかった。これで一つ引っ掛かっていたことが解消された。では、もう一つ引っ掛かったことも聞いてみよう。

 

「……ところで、その『ご主人様』って何だ?」

「ご主人様はご主人様ですよ?」

「……どうして俺をそう呼ぶんだ?」

「自分の使い手をご主人様と呼ぶのはおかしいですか?」

「む、う……? いや、おかしくないのかもしれない、が……」

 

 こてんと首を傾げている少女を見て言葉に詰まる。確かに彼女にとっての俺はご主人様と呼ぶべき立場にあるのかもしれないが、それでもその呼び方は落ち着かない。

 

「その呼び方はちょっとやめてほしいな。もっと気軽に名前で呼んでくれ」

「では、『ハク様』でどうでしょう?」

「うーん、もう少し気軽に、友人を呼ぶ感じで」

「……『ハクさん』?」

「もうちょい!」

「…………は、『ハク伯爵』……」

「急にランクアップ!?」

 

 だんだんと落ち着いてきたと思ったらいきなり格が上がり仰天する。気軽でいいと言っているのにいちいちそんな呼び方をされては気が休まらない。

 

「す、すみません。ですが敬称をつけたほうが呼びやすいんです。ダメですか?」

「……ふぅ、わかった。呼び方を強制するつもりはないからな。ただ『ハク伯爵』はなしで」

 

 右手を前に出しながら首を横に振る。『ハク伯爵』だと何か吐いてる伯爵に聞こえる。もしくは掃いてるのか、箒で。どちらにしても威厳も何もなさそうである。

 

「わかりました。では『ハク様』で!」

「うん。よろしく、白孔雀。……うん、白孔雀……白孔雀ね」

「ど、どうしました?」

「……呼びづらいな、白孔雀って」

「え?」

 

 刀の名前だとすると威厳があってカッコいい名前なのだが、目の前にいる少女を呼ぶときに使うとなると堅苦しいし呼びづらい。

 もともと人の名前ではないので仕方ないのだが、こうして人化したのだから刀の名前で呼ぶのには違和感がある。

 

「もっと呼びやすい名を…………そうだ、『シロ』ってのはどうだ?」

「シロ? わ、私の名前ですか?」

「名前っていうか愛称かな。『白孔雀』よりは呼びやすいしかわいいと思うが、どうだ?」

「……シロ……かわいい……」

 

 簡単なものではあるが、愛称はこう親しみやすい感じのほうがいいだろう。なかなか悪くない愛称だと思って少女に聞いてみたのだが、彼女はぶつぶつと独り言を言うだけで反応してくれない。

 き、気に入らなかったか?

 

「……えーと、シロ?」

「はい! 気に入りました、ハク様!」

「お、おお……それはよかった」

 

 不安になって試しに呼んでみると、満面の笑みでものすごく元気な返事をされた。その歓喜の声に少々驚いたが、気に入ってくれたのならよかった。

 シロはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、自分の愛称を繰り返している。

 

「シロ、シロ、シロ。えへへへへ~」

「何だこいつめっちゃかわいい」

 

 昔、俺が紫に名付けられたときの反応と少し似ている。あのときの俺は気持ち悪いと言われたが、目の前の少女ははにかむような笑顔で落ち着きがないようにそわそわとしている様がとてもかわいい。

 さて、お互い呼びやすくなったところで次の話をしよう。むしろここからが本題である。

 

「さて、シロ。お前はこれからどうするんだ?」

「え? どうするって……どういうことです?」

「そのままの意味だ。せっかくこうして自由になれたんだから、わざわざ俺についてくる必要は無いぞ。好きなところで好きなように生きればいい」

 

 シロにも自我がある以上、やりたいことがあるはずだ。別れるとなると少し残念ではあるが、ここに縛り続けるつもりもない。俺がしているように、やりたいことをするのが一番だ。

 そう思い彼女に尋ねたのだが、それを聞いたシロは呆けたような表情になった。だがそれは少しの間だけで、すぐに穏やかな雰囲気と表情に戻り、手を胸の前で組みながらゆっくりと口を開いた。

 

「好きなところへ行けというのなら、私はハク様の近くにいます。今はここが『好きなところ』ですから」

「む…………」

 

 どこか慈しむような声色でシロが言ったセリフは、かつて俺が諏訪子に対して言ったセリフと同じものだった。先程、最低でも数年前から自我があったと予想したが、このセリフを言ったのは数百年前だ。思った以上に年を取っているらしい。

 どうでもいいが、シロはドヤ顔まじりに堂々と言っているのだが、改めて聞くこちらとしては恥ずかしいものがある。

 

 なんにせよ、彼女がそう言うのなら断る理由はない。少々の気恥ずかしさを吹き飛ばすために一つ咳払いをして、シロに向かって手を差し出した。

 

「じゃあこれからよろしく…………いや、これからもよろしく、シロ」

「はい! よろしくです、ハク様!」

 

 差し出した手を両手で取りながら、元気に返事をするシロ。一応これも握手と言えるのだろうか。見た目も相まって父親に甘えている子供のように見える。

 先程の慈愛に満ちたような雰囲気から一気にそう変わったため、そのギャップに少し笑ってしまった。

 

「それじゃ、行くか」

「了解です」

 

 歩き出した俺の隣にシロが並ぶ。歩幅の小さい彼女に合わせてゆっくりと歩いているが、お互いいろいろと話しながらならこの速度がちょうどいいだろう。

 今までも大分世話になってきていたが、これからは付き合い方が大きく変わるだろうな。

 

「ハク様」

「ん?」

 

 隣を歩いていたシロが少し前に出て俺の正面に立った。急にどうしたのかと立ち止まり彼女を見ると、今まで以上にニコニコとした表情でこちらを見ていた。

 

「もう一人じゃありませんよ」

 

 シロはそれだけ言うと俺の隣に戻ってきた。多分さっきまでの俺と永琳の会話も聞いていたんだな。彼女の口ぶりからして、俺が感じていた疎外感のことも知っていたのだろう。

 まぁなんにせよ、それを聞いた俺が悪い気分ではなかったのは事実だ。俺は敢えて返事はせず、シロの頭をぽんぽんとなでてから歩き出した。

 

 次は誰と出会い、何が起こるのやら。今回の件のように少々難しい事件が起こるときもあるが、それでも楽しみなのだ。横にぴったりとくっつきながら上機嫌に鼻歌を歌っているシロも、恐らく同じ気持ちなんだろうな。

 

 

 

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「もう一人じゃない……か」

「どうしたの、永琳?」

 

 月から身を隠せる場所を探して飛びながらふと零した独り言に輝夜が反応する。

 

「いえ、何でも…………ん、そうね」

「?」

 

 意図して発した言葉ではなかったが、ついでに聞いてみてもいいかもしれないと考え直し、何でもないという言葉を打ち消して質問することにした。

 

「一つ聞きたいのだけれど、輝夜はハクをどういう人だと思った?」

「え? 急な質問ね。うーん、そうねぇ……」

 

 一瞬戸惑いながらも素直に考え始める輝夜。とは言え考えはすぐにまとまったようで、一つ頷くと少し硬くなっていた顔をほころばせながら答えてくれた。

 

「ハクはね、優しくて強くて誰からも頼られて、そして助けることのできる力を持っている特別な人、かしらね」

 

 少し照れながら彼のことを話す輝夜は、しかし確信をもってそう言っているようだった。たった一年でここまで信頼されるほどの器を、彼は持っているということなのだろう。

 

「……そうね。私もそう思うわ」

 

 私がハクといた時間はたったの数ヶ月だけ。だがたったそれだけの時間でも、彼が輝夜の言うような人間だと納得するには十分すぎるほどだった。

 優しく強く、頼られ助ける。そんな彼の様子を思い出し、『聖人』『英雄』『勇者』なんていう単語がちらついてしまった私は―――

 

「ほんと、誰かさんにそっくりね」

 

 輝夜に聞こえないくらいの声量でそう呟き、呆れながら笑うのだった。

 

 

 




旅の仲間が増えました。

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