第1話:追憶
「マルス様ーー!!」
──────五ヶ月前に起きた二度目の戦争は終結し、平和を迎えた。
『新アカネイア連合王国』となり、築き上げられたその世界の空を見上げる。
「カタリナ、どうしたの?」
天才軍師カタリナ
人々はそう呼んでいる。
今は無き、奴隷市場のあったノルダで生まれ育った彼女は、その穏やかさと狡猾さから『影の人形』と呼ばれた暗殺者でもある。
その頭脳が故に幾度も行く手を阻んだ難敵。
しかし、自らの罪と葛藤した彼女の姿を、今でも鮮明に覚えている。
『──────よせ!!カタリナ!!』
『私はもう……いいんです。私みたいな人間は……もう……』
『カタリナ……どうか、話を聞いてくれ。』
『マルス様……どうか…私を、殺してください』
『僕は…君の命を奪う気は無い。どんなに君が望もうとも、僕は君を、死なせはしない』
『…なぜですか?私はもう、終わらせたいんです。これが償いになるのなら……命は惜しくありません』
『違う!!カタリナ、君はただ…逃げたがっているだけだ』
『………!!』
『それは償いじゃない……生きるんだ。生きて償いをして欲しい』
『でも私がどうやって…どうやって償いをすればいいんですか?』
『それは君が導き出すんだ。今迄人形のように動いてきたというのなら、君自身が答えを出すんだ』
『でも私に、今更……無理です』
『確かに楽なことじゃない。もしかしたら、アリティアの兵からも、民からも軽蔑されるかもしれない。だけど、僕は君の味方だ』
『マルス様……』
『戻ってくるんだ、カタリナ』
『マルス様……マルス様はどうして、私のためにそんな……』
『……それは、君が大切な仲間だからだよ』
──────あの後、やはり暗殺者であったカタリナを軽蔑する者は少なくはなかった。
だが、一人前の軍師になるべく努力する姿に、もう暗殺者の面影は無かった。
戦後は、病床に伏せたジェイガンから軍師の役目を受け継ぎ、今や随一の軍師となっている。
「マルス様……一人で行かれるのは危険です……」
どうやら自分がこっそりと抜け出したのに気が付いたらしい。
「ハハハ、すまないカタリナ」
苦笑いをしながら頭を掻いた。
「しかしマルス様、どうしてこんな所に……」
何も無い丘の、辺りを見渡している。
「ああ……ここは、戦死者の墓場だよ」
『墓場』という言葉にカタリナは一瞬驚いたようだが、すぐに物悲しそうな表情を浮かべた。
「そう……でしたか」
「……亡くなっていった兵のことを考えると、ただただ平和になってよかったとは、言えないんだ」
「マルス様……」
「……君も座ったらどうだい?」
「えっ…い、いや私は……」
「座ることに、遠慮する必要は無いよ」
「……で、では失礼します…」
そうは言っても、カタリナは相変わらず遠慮している様子で横に座ってきた。
丘の上ということもあってか、風が吹いている。
日の高い時間には、その風が肌に当たってとても心地よかった。
「……クリスにも聞かれたことがあるよ」
「クリスにも……ですか?」
「うん」
そこで話は終わった。
カタリナもそれ以上何かを聞いてくるような素振りは見せず、ぼんやりと遠くを見ている。
二人とも黙り込んでしまい、鳥のさえずりと風の音だけが耳に入ってきた。
「マルス様は…クリスをどう思っていましたか?」
カタリナが独り言のように呟いた。
「それはもちろん……頼りにしていたさ。クリスは誰よりも熱心で正義感に溢れていたからね」
カタリナは変わらず景色を眺めている。
「そうですか……」
ぽつりとそれだけを口にした。
空を見上げたカタリナの目から、涙が零れた。
風に吹かれ、髪がなびく。日は彼女を強く照らした。
その様子を見て、自分は初めて気が付いた。
カタリナの流した涙は、自分達の涙とは、違う。
「すまない…カタリナ」
今はそれだけしか言えなかった。
「いえ……マルス様のせいではありません」
カタリナはそこで言葉を切ると、自分の顔を見てニッコリと笑った。
「マルス様が生きていることが、私たちアリティア兵の喜びですから」
「…………。」
なぜ、あんなことになったのか。
ただ、憎むしかなかった。
得体の知れない、何かに。
「カタリナ………」
✻ ✻ ✻
「はー……また負けた……」
「その槍さばきじゃ、まだダメね、カチュア」
「やっぱり、私はお姉様やエストみたいに才能が無いのよ…」
「あら?そんなことないわ、とでも言って欲しいような言い方ね、カチュア」
「うっ……」
「……才能の話じゃないわ。頭が良いんだから、その頭を使いなさい。考えすぎよ、あなたは」
「どういう意味よ……」
だが、自分には確実に成長する堅実さがあると我ながら思っている。
そこは自分でも自身を持てるところだ。
「───あら、こんな所で二人で訓練ですか?」
突然と声の主は、木の陰からひょっこり現れた。
「し、シーダ様!?どうしてここに……?」
「あら?私が来たらダメだったかしら?」
シーダ様はクスクスと笑いながら、近づいてきた。
「いえ、そんなことは決して……ですが、意外だったので……」
「意外?」
「あっ……えっと……」
しまったと口ごもると、お姉様が肘で横づいてきた。
「ふふ……まあいいわ。それより……マルス様を見なかった?」
「マルス様ですか?王城にいらっしゃるはずでは……」
「それが見当たらなくて…どこ行っちゃったのかしら……こんな時に」
「こんな時?」
「マルス様にお客様が来てるのよ」
「お客様……一体誰なんです?」
「うーん、若い女の子だったけど……ちょっと気になるのよねー……どことなく、マルス様に似ていた気がするわ」
「そうなんですか?」
「ええ、なんだか偶然とは思えないわ」
シーダ様はしばらく何かを考えるように視線を下にやった。
そのすぐ後、今度は何かを思い出したのか、視線上げた。
「あ、でも気になることを言っていたわ。確か…未来から来たとか……」
「未来……ですか。いまいち信用しがたいですね」
「でも後ろめたいものは何も感じなかったし……意外と本当だったりするのかしら?」
「どうでしょう……何とも言えませんね」
「あなたはどうかしら?異界って信じる?」
「そうですね……私は──────」
そこまで言いかけた時、ふと思い出した。
あれ?そう言えば、この質問、前も聞かれたことがあるような………
だが、いつだったかも、誰からだったかも思い出せない。
まあ何気ない質問だ、そこまでハッキリ覚えていないのも当然なのだろうが。
✻ ✻ ✻
「──────すみません、マルス様はまだ見つかってないようでして……お茶でもお飲みになって、お待ちください」
「すみません、突然の訪問で」
そっと差し出された紅茶に手を伸ばし、ゆっくりと口を付ける。
香りも良く、色合いも良い。もちろん味も抜群だ。
「……あの、すみません」
「はい、何でしょうか?」
「マルス様って、優しい方ですか?」
「はっ……?あ、え、ええ……とてもお優しい方ですが……それがいかがしましたか?」
「そうですか……」
ゆっくりと、再びティーカップに手を伸ばし、口を付けた。
第1話:完