IS もう一人の適格者   作:四月朔日徹

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EPISODE 01

「位置について。よーい……」

 パァンッ!

 スターターピストルが鳴り各者一斉にスターティングブロックを蹴り百メートル先のゴール目掛けて全力で走る。俺を含めた全員が横の走者には目もくれない。ただ全力で前だけ見て、倒れんばかりの前傾姿勢で走った。

「はえー……」

「あいつ、本当にこの間まで中学生だったのか?」

 ゴール寸前一位になるかと思ったがゴール先に足をつけたのは俺ではなかった。先に足をつけたのは陸上部部長の布留川(ふるかわ)泰之(やすのり)先輩だった。

 ゴールラインから離れて息を整えているとマネージャーから記録が言い渡された。記録はぎりぎり十一秒台を切れなかったが、布留川先輩は十秒台だった。さすがは次のオリンピック選手候補の一人だ。

「まだまだ甘いな櫻井。もっと先を見なくちゃ」

「先ですか……」

「そう、先。前傾姿勢で倒れそうに走るのもいいがそこから先を見ることもしなくちゃそれ以上速く走るのは難しいと思うぜ」

「櫻井! もう一回走ってこい!」

 先輩のアドバイスをもらっているときに顧問の剛迫(ごうさこ)力(つとむ)先生からの指示が来てもう一回走ることになった。

「ほら。行ってこい」

「――――はい!」

 布留川先輩に背中を叩かれ駆け足で再びスタートラインに向かった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 あれからもう何回か百メートルを走って午前の練習を終え、部員全員で備品の整理や片付けを行う。一年である俺らは使用した備品を一か所にまとめて備品整理を行う人に託した後はグラウンドをならしていく。

「随分しごかれてたな、俊」

 俺と同じ中学から入学してきた田嶋(たじま)弘樹(ひろき)が俺と並走してグラウンドをならす。結構な汗と息遣いからこいつもかなりしごかれていたのだろう。

「弘樹だって俺と同じ感じだったじゃないか」

「俺なんてまだマシだったろ。午前中は千メートルジョグの繰り返しだけだったんだから」

「短距離の俺からしたらそっちの方が地獄に思えるんだけど」

「ほらそこ、さっさと仕事しろ」

「「はい!」」

 先輩に怒られた俺らはすぐに片付けを再開する。片付け後は柔軟体操を行いそれも終え学生寮に向かう。中学を卒業したと同時に俺は荷物をまとめてこの学生寮に越してきた。俺らが入学した皇(すめらぎ)高校は全国でもスポーツで有名な高校で全国各地から入学する生徒がいるためこういった学生寮がある。

 学生寮のフリールームでは他の寮生の人たちが多くいてゲームをしている人もいればテレビのニュース番組を見ている人もいる。

『それでは次はこちらのコーナー。世界で唯一ISを使える男の織斑(おりむら)一夏(いちか)! その人物とは一体!』

「本当に最近はこういったことが多いな」

 局アナのタイトルコールを聞いて呟く。

「なんだ、櫻井も気になるのか?」

「気になるというかこの織斑一夏が気の毒というか……。てか最近織斑一夏の特集が多すぎるだろ。テ●東除くほぼ全チャンネルで毎日のようにやってるじゃないか」

 同じ新入生の崎原(さきはら)の質問に率直な思いを言う。

 なぜ今世間で――いや、世界中でこの織斑一夏という人物が話題になっているかというととんでもないことをしでかしたからだ。

 別に犯罪とかそういったことで有名になったのではない。

 男には扱うことが出来ないと言われていた『インフィニット・ストラトス』、通称ISを扱ってしまったのだ。

 発覚した時期はちょうど高校受験のシーズン。織斑一夏が方向音痴なのか知らないが本来受けるはずだった高校受験の会場と間違えてIS学園の受験会場に行ってしまいISを動かしたという他の人が聞いたら何とも間抜けな話だ。

「まぁ毎回この話題が出るたびにこの織斑一夏にちょっとした殺意が湧くけどな。いいよなー、IS使えるってことはあのIS学園に行くんだろ? 女選び放題じゃん」

「あのなぁ……」

「でも顔が公開されていないのは残念だよなー。不細工な顔だったら俺でも希望が持てるのに」

「そもそもISが使えなきゃ意味がないだろ」

「櫻井、ちょっといいか」

 崎原とちょっとした話しをしていると剛迫先生から声をかけられた。

「何ですか、先生?」

 先生がこんなところにきて珍しいが何があったのだろうか。もしかしてさっきの練習のことだろうか。それとも練習後のグラウンドのならし方に何か問題があったのだろうか。そんな不安とは別に先生の口からとんでもないセリフが出た。

「悪いがすぐに荷物をまとめてここから出ろ。着替えだけで充分だそうだ」

 そのセリフが出た直後、さっきまでフリールーム内で賑やかにしていた寮生全員が静まりテレビの音だけが響いている。

「待ってください先生……。俺なにか変なことでもやらかしましたか? もしかして、片付けがダメでしたか? だったら今すぐにやり直して――――」

「違う櫻井。お前は別の学校に転校するんだ」

「俺まだ入学式すら迎えていないのにいきなり転校だなんて……何でですか!?」

 とんでもない理由に思わず大声で返してしまい、事態を知らない寮生が自室から次々と出てきてしまった。

「詳しい事情は寮の出口にいる人に訊け。俺は何も聞かされていないからな。ただ――新天地でも頑張ってくれ。出来ることなら俺は、お前がうちの高校の名を背負って全国の舞台で走ってくれることを願っていたがな……」

 俺の肩に手を置いてから、A4サイズほどの封筒を渡して剛迫先生は去っていく。

「櫻井、お前……」

「明日入学式だってのに何しでかしたんだ?」

 他の寮生に心配そうに声をかけてくるが耳に入ってこなかった。

(転校? まだ入学式も迎えていないのに転校? なんだよそれ。なんの冗談だよ……)

 とにかくなんだかさっぱりで頭が回らない状態で自室に向かい運動後のシャワーも浴びずに自分の荷物を纏める。

「なにやってんだよ俊。シャワールームに行くだけなのにそんな大荷物はないだろ?」

 これからシャワールームに行くであろう弘樹が自分のクローゼットからタオルと着替えを取り出す。

「悪い弘樹……俺転校になった」

「は、転校!? 入学式すら迎えてないのに何言ってんだよ?」

「俺だってなんの冗談かわからねぇよ……! でもさっき剛迫先生に言われたんだよ」

「は? あの先生が? 冗談言うようなキャラじゃないだろあの人は?」

「俺だってそう思いてぇよ……。とにかく、悪いな……落ち着いたら連絡するから……じゃあな」

 着替えと荷物を纏め終え弘樹に別れを告げた俺は寮を出る。剛迫先生が言うには寮の入り口に詳しい事情を知っている人がいるらしいが……辺りを探すが誰もいない。

「やっほー」

 不意に声をかけられびっくりした俺は声のする方向へ振り向き警戒する。しかしそこには誰もいなかったがすぐに誰かに視界をふさがれて目の前が真っ暗になった。

「だーれだ?」

 背中にある柔らかな感触とその温もりに年頃の男子ならなんだと困惑するだろうが声の主を知っていた俺はそんなことに翻弄される前に即答する。

「何の用だよ、姉貴」

「すぐに正解言うだなんてちょっと面白くないわね」

 視界が戻り背中の温もりもなくなり振り返るとそこには久しぶりに会った俺の幼馴染である更識(さらしき)楯無(たてなし)がいた。互いの両親が仲良くて生まれたころからほぼ一緒にいた幼馴染み。俺には姉貴の笑顔がまるでいたずらに成功した小学生がにやついている感じがして、今の高校を退学なった喪失感から苛立ちに変わっていった。

「どういうことなんだよ……姉貴。何が目的なんだよ」

「あら、そう警戒しない警戒しない。それよりも早く車に乗りなさい。それとも一人じゃ乗れない? なら、お姉さんが手伝ってあげましょうか?」

「ふざけるな!」

 何の説明もなく少し先にある車に案内する姉貴に思わず怒鳴るが、姉貴は俺の怒鳴り声に臆することなく真剣に俺の顔を見る。

「まさか俺の転校手続き勝手にやったのは姉貴か?」

「そうだと言ったら?」

 姉貴の返答でさらに感情的になり持っていた封筒を握りしめる。

「ふざけんなよ! これからだって時に……なんで急に。なんで転校しなきゃいけないんだよ! せめて説明ぐらいくれよ……!」

「しいて言うなら……貴方の保護よ。これは真面目な話、俊くんを守るために、こんなことをしているのよ」

「守る? 守るって何から守るってんだよ。俺に何があるんだよ?」

「車に乗ったら教えてあげるわ。俊くんの身にこれから何が起きるのか」

 そう言って姉貴は俺の手に自分の手を覆う。

「だから……ささ、車に乗りましょ」

 さっきの真面目な顔から普段の顔に戻り俺の手を引っ張る姉貴に思わずついて行ってしまった。先ほどの真面目な顔と今俺のこの苛立ちを抑えようとしているその顔から姉貴なりの本気なのだろう。

(このまま駄々こねても俺が元の学校に戻れることなんてないだろうし……このままついて行くしかないか)

 そのまま流れで車に乗ってしまった俺はだだっ広いリムジンカーに先に座るとなぜか隣に姉貴が座る。なぜこんなリムジンカーを姉貴が持っているかというと、姉貴の家が正真正銘の金持ちだからである。

「なんで隣なんだよ」

「あら、話をするなら近いほうがいいでしょ。それより、ここから目的地まで長いし、まぁ少しくつろぎなさい。あ、ジュースやデザートならあるわよ」

 姉貴は備え付きの冷蔵庫からペットボトルの炭酸飲料とコップを出し俺に渡してくれた。

「やけに親切だな……。で、何があるんだよ?」

「そこまで警戒しないでよ。ただ、俊くんの転校先の案内をしているだけなのに」

「ふざけるな。俺はあの高校で三年間を過ごすはずだったんだ。それなのになんで」

 さっきは感情的に言い放ったかが今回は比較的冷静に姉貴に問いかける。

「まぁまぁ。それより、今まで住んでいた家はどうしたの?」

 しかし質問にすぐには答えてくれず逆に姉貴が問う。まぁ姉貴とは俺が引っ越して初めて迎えた正月以来話すわけだし、本題ではなくまずはただ純粋に会話を楽しみたいのか。

「あそこか? あそこなら近くに住んでる知り合いに管理を任せた」

「あら。随分信頼しているのね」

「それはまぁ……もう一人の幼馴染だしな」

「あら、幼馴染みって私と簪ちゃんだけじゃなかったのね。およよ……」

「ウソ泣きはやめろ」

「ちぇー」

 拗ねた感じで姉貴が俺から離れる。いやあの……運転席と助手席に座ってる黒いスーツの人たちがめちゃくちゃ殺気立ってるんでやめてもらっていいですか。

「正確には虚さんと本音の二人もいるだろうが。そういえば今ので思い出したけど簪はどうしたんだ?」

「一応元気にはしているわよ。今年から日本の代表候補生になって私と同じIS学園に入学するし」

「すげーじゃん」

「それに私と同じ専用機持ちよ。まぁ……色々あるんだけど」

「色々?」

「ちょっと簪ちゃんのISを作ってる研究所の都合で少し遅れてまだ手元にないのよ」

「そうなのか……。まあ、でも待っていればそのうち来るんだから専用機持ちには変わらないじゃないか」

「そうなんだけどね……あの子が納得いくかしら……」

 それから姉貴とは他愛もない話を続けていた。俺の中学生時代の話とか、姉貴がIS学園の生徒会長になった話とか、ただお互いの近況を話し合っていた。

 他愛もない話が続き車はいつの間にか高速道路を抜けて下道に出ていた。

 下道に出たところで俺の携帯電話が震えたので取り出すとメールの通知が来ていた。

『そっちの生活はどう?』

 送ってきた主は俺が中学時代まで住んでいたマンションで部屋が近かった茂木(もぎ)瑞穂(みずほ)からだ。俺が高校のために部屋を開けるというと瑞穂は『じゃあ俊が留守の間、私が俊の部屋を見ていてあげる』と言ってくれてので、俺の部屋の管理を任せている。

「俊くん。インフィニット・ストラトスって、流石に知っているわよね」

 その瑞穂への返信を考えているときに不意に姉貴から俺には無関係な機械ことを訊いてきた。

 インフィニット・ストラトス――――通称IS(アイエス)。

 元々は宇宙空間での活動を想定して作られたその機体は本来の役割を果たせず『兵器』へと変わり、世界の条約によって今では『スポーツ』へと落ち着きマルチフォーム・スーツから飛行パワードスーツへと変わっていった。

 ただ、そのISには致命的な欠陥がある。

「流石に知っている。女にしか使えないあの機体のことだろ」

 そう、女性にしか扱えないのだ。

 開発者が意図したものなのか男が触っても何にも反応しないし、装着してもただ重いものをつけられただけで動かすことができない。

 ただ、この世でも例外というのはいくつも存在する。その例外はISにも存在した。

 男なのにISが反応してしまった人物が今年に入って現れたのだ。それがさっきのテレビニュースでも流れた人物、織斑一夏だ。政府からの保護のためか顔は晒されず、ISの操縦者を育成するIS学園に入学することだけがニュースで取り上げられた。

「で、そのISがどうしたんだよ?」

 なんだ。この前みたいに「私、ロシアの代表になったのよ~」なんて自慢でも始まるのか?

「実はね、貴方も扱えるのよ……ISが」

 俺の予想からは全く想像できない回答が姉貴からきた。

「おいおい、冗談はいい加減にしろよ。ついこの間、男である織斑一夏がIS使えたからってすぐに他の男がおいそれと使えるわけがないだろ」

「冗談だったら俊くんの転校手続きなんてしないわよ」

「……真面目に言っているのか?」

「真面目よ。言ったでしょ、俊くんの転校手続きを行ったのは貴方の保護の為よ。じゃないと、各国の研究者が貴方を解剖してなぜISが使えるのか調べ上げられちゃうから」

「怖いこと言うなよ……。ま、そんな俺にISが扱えるなんて嘘だろうけど」

 姉貴の冗談を受け流していると車はいつの間にか神奈川県の江の島付近にまでついた。今の江の島は昔の観光地とは違いIS学園は島を一つ使用して作られた学園だ。ここからあの島に向かうには船を使うか学園まで直通で行けるモノレールでないと島には入れない。

 車のドアが開くと海の近くだからか潮の匂いがした。

「行ってらっしゃい、楯無さん」

 黒いスーツでいかにもな人が姉貴を送る。ちなみに俺に対しては――――

「おら、さっさと降りろガキ」

 今にも唾をかけられんばかりの顔でさっさと降りるよう命じてきた。

 いくらなんでも差が激しすぎませんか!? 俺だって訳も分からず車に乗って地方の高校からここまで来たんですよ!?

「さぁ、行くわよ」

 この先は部外者が入れないようにしているらしく姉貴が取り出した学生証がないと改札に通れないらしい。姉貴が改札を通ると窓口にいる係員に事情を説明して改札を通してもらった。

 モノレールが来るまで待機していると同じように周りで待機していたIS学園の生徒であろう人たちがこちらを見ていた。

『ねぇ。あれって、生徒会長の更識楯無さんじゃない?』

『ニュースでも流れていたわよね! 入学式前にお姿が見られるなんてなんて幸運な……!』

「やけに人気だな」

「そう? もう慣れちゃったけど」

「流石、入学して早々生徒会長になったお方はすごいですな」

「あら嫌味?」

「さっきまでの仕返しだよ」

『ねぇ、あの男子ってもしかして……織斑一夏くん!?』

『嘘!? なんで生徒会長と一緒にいるの!?』

 今度みんなの視線は姉貴から俺に映ったらしい。どうやら周りの人たちは俺のことを『織斑一夏』と勘違いしているな。それも仕方がない。一応織斑一夏の個人情報を保護するということで名前以外の情報が一切世間では公開されていないのでみんな顔を知らないのだから、男がこのモノレールに乗っていたら勘違いしますよね。

 モノレールに乗ると新入生なのか荷物をまとめて乗ってきている人たちが多く、日本人系だけではなく各人種の人たちが乗っている。どうやらIS学園には本当に多くの国からISの操縦を学びにIS学園に入学してきているんだなとここで実感する。

 モノレールに揺られ十数分経過したところでIS学園の正門前につき、乗客のほとんどが降りていく。モノレール乗り場を出ると正門にある受付には長蛇の列ができていた。

「凄い人だな……」

「そりゃね。入学式の前日だしもうほとんどの生徒がここで入学手続きの書類を提出していくからこれを解消するのに結構な時間がかかるわね」

「お気の毒に……」

 姉貴はそんな長蛇の列を傍目にさっさと別の受付の方に行ってしまい、俺もそれについて行く形になってしまう。やっぱりこの場所に男がいるというだけ注目されてしまうため受付に並んでいる人からの視線が凄い……。

「あのー……更識さん。そちらのお方は?」

「IS学園の転入試験を受けに来た子よ」

「…………………………………………は?」

 受付の人がぽかーんとした顔をする。まぁ普通だったらそういう反応しますよね。

「一応織斑先生には許可を取ってあるので」

「は……はぁ……。それではそちらの方、こちらを首にかけてお入りください」

 何とも不思議そうな顔をしている受付の方から許可証をいただき首にかけ中に入る。

 そこからは姉貴との会話は全くなく、暫く歩いていると先ほどから見えていた斜めに立っているオブジェに近づく。

「ここがIS学園の校舎よ」

 普通の学校では珍しく白を基調とした校舎で、各棟のナンバーは巨大モニターに映し出されていた。

 初めて見る校舎に見入っているといつの間にか姉貴が遠くに行ってしまったため駆け足で近づく。その校舎に沿って歩いていると、ものすごく広い場所に案内された。

「ここがグラウンドね」

「は? グラウンド? この広さで?」

「そうね……一周五キロメートルぐらいだったかしら」

「ごっ……!?」

 あまりの広さに驚愕して言葉が出なかった。え、五キロ? もしこのグラウンドで陸上部の練習内容でグラウンド十週とかあったら確実に体力が持たないんですけど。

「こんにちは、織斑先生、山田先生」

 グラウンドに驚愕しているとスーツ姿の女性と服のサイズが合っていないのかダボっとした服を着た女性がこちらに近づいてきた。

「更識、どういうつもりだ?」

 近づいて早々スーツ姿の女性が誰だこいつはって目で睨んでくるので軽くお辞儀をする。

「彼が一夏くんに続きISが扱える男の子ですので連れてきました。名前は櫻井俊です」

「更識……お前は何を言っているんだ?」

「俊くん。このスーツを着ている人が織斑千冬(ちふゆ)先生で、そちらの今俊くんを見て硬直しているのが山田(やまだ)真耶(まや)先生よ」

 スーツ姿の女性の問いを無視して姉貴は二人を紹介してくれた。そちらのスーツを着ている人が織斑千冬さんで、もう一人の人が山田真耶さんか。

「は、初めまして……」

 なんて言えばいいのかわからなかったのでとりあえず挨拶をしてしまったが、織斑千冬さんの目つきは変わらず山田真耶さんもいまだに固まったままだ。

 織斑千冬という名前はさすがに知っているぞ。ISの世界大会である第一回モンド・グロッソで総合優勝を果たし、世界では敬意としてブリュンヒルでと呼ばれているらしい。二回目のモンド・グロッソでは決勝まで行ったもののまさかの会場には現れずそのまま姿を消していたがまさかこんなところにいるとは。

「で、更識。その櫻井とやらがなんだって?」

「だから、織斑先生の弟さんと同じくISが扱えるので連れてきました」

「おおおお織斑先生! この子、一夏くんと同じでISが使えるんですか!?」

「私が知るか」

「で、でも……でも……! ええええええええ!!!!」

 ようやく硬直状態から戻った山田真耶さんから言葉が出たが今度は『ISが使える』というセリフでさらに動揺してしまったようだ。駄目だ、この人は今俺からまともに話しても通じるような状態じゃないな。

「で……櫻井と言ったか?」

「は、はい!」

「お前は本当にISが使えるのか?」

「それは……自分でもわからないんですが……。というか姉――更識さんにここまで連行されたようなもので……」

「と、言っているが。更識」

「あら、そんなことないですよ。ね、俊くん」

 まるでドラマに出てくる奥手な息子に無理やり答えを出させるような母親みたいな感じで言われてもな……。

「あら俊くん。今失礼なこと考えてなかった?」

「別に」

「まぁいい……ISに適性があるというのなら動かさなくても装着するだけでいいだろう。装着してISが反応しなかったらさっさと出ていくことだ」

 なんか随分言い方がきつくないですか? 俺だって自分にIS適性があることすらわからないのにつれてこられたんですよ。高校退学してまで。

「ささ、俊くん。ちゃちゃっとこのISに乗りなさい」

 いつの間にか姉貴がISを持ってきていたらしく、俺の背中を押してその機体に近づける。

(はぁ……ここで俺ニートになるのか……)

 本来通うはずだった高校をいつの間にか辞めさせられ、ここでISが動かなければ来年の受験シーズンまではニート確定だ。終わった……俺の高校生活、始まる前に終わってしまった……。

 諦めた状態でISに近づく。

 本来男である俺が近づいたところでその機体は意味をなさないはずだ。そうだったのに――――近付いただけで目の前のISが反応して操縦者を待ち受けるように独りでその装甲を開いたのだ。

おそらく姉貴以外、その場にいた人全員が驚愕している。ただ、反応したからと言って動かせるかはわからない。装着して動かせなきゃ意味がない。ISによじ登り開いた走行に四肢をはめる。俺の体に合わせてか空気が抜ける音がして四肢だけではなく胴体の走行もひとりでに装着していく。

「俊くん。目の前にパソコンのウィンドウみたいなものが見える?」

 暫くすると姉貴の言う通り、パソコンのウィンドウみたいなものが映し出された。『打鉄(うちがね)』。それがこのISの名前か。

 その後姉貴の指示で歩行、武器の呼び出し程度を行った。動かせること自体おかしいがそれよりも姉貴の指示に従った行動でさえも難なくこなせてしまったのだ。初めて動かしたはずなのになぜここまで出来てしまうのかは自分でも謎だった。

 装着だけでいいと言われが暫くISを動かしてから俺はISを脱いだ。

「な、何かの冗談ですよね……。織斑君でも不思議だったのにまさかこんなに早くもう一人現れるなんて……。ね、ねぇ、織斑先生?」

「………………」

「織斑先生? どうしました?」

「いや、なんでもない」

 暫く俺を睨み考え事をしていた織斑千冬さんは俺に近づく。

「櫻井。申し訳ないがお前はこれからIS学園で三年間過ごしてもらう。ここで従わなければおそらくはどこかの研究施設で解剖されるのは間違いないだろう」

「さっき更識さんにも同じこと言われました……そんな怖いこと言わないでくださいよ……」

「まぁ一割は冗談だ。真に受けるな」

 残り九割は冗談じゃないのかよ……。

「これから入学……というより、お前の場合は転入か。とりあえず必要な書類を取ってくる。櫻井は前の学校から転入届に必要な書類を――」

「それならもう準備していますよ。織斑先生」

 そう言って姉貴はグラウンドに置いていた俺の荷物から封筒を取り出し織斑千冬さんに渡した。

「更識、もし今ここで櫻井がISを動かせなかったらどうしてたんだ?」

「それでしたらご心配なく。私が養ってあげてましたので」

「なんだ、ヒモ男子が好みだったのか?」

「まさか。養ってあげる代わりに家で死ぬほどこき使いますので」

 なんか向こうで物騒な会話してません? 気のせいですか?

 そんな俺の疑問も当然通じるわけがなく織斑千冬さんが校舎に向かい、暫くして戻ってきた。織斑千冬さんは持っていた封筒を俺ではなく姉貴に渡し、俺に面と向かって話をする。

「というわけで櫻井、お前は明日からIS学園の生徒だ。明日の入学式は九時からだから、忘れずに来るように」

 そう言って織斑千冬さんが校舎に去っていき、織斑千冬さんに追いかけるように山田真耶さんも校舎に向かっていった。

「俊くん。今日は今まで住んでいた家に帰ってこの資料に目を通してサインをしてきてね。あ、一応その許可書は持って帰っていいから明日学園に持ってきてね。服装はそうね……IS学園の制服ができるまで前の高校の制服で構わないわ」

「はぁ……」

 いまだに自分でISを動かせたことに実感がなく、ぼーっとした頭でもしっかりと姉貴から封筒を受け取っていた。

「じゃあ俊くん。これからよろしくね。それから……簪ちゃんのこともよろしくね」

 そう言って姉貴はその場を離れてしまった。

 一人取り残された俺は受け取った封筒を見て再度確認した。

『IS学園』

 それがこれから通う学校の名前。本来だったら男子が決して入学することのできない学校。正直不安の方が大きかった。女しかいない学校という理由もあるがもう一つ、姉貴が最後にはなったセリフに関しても不安だった。

『それから……簪ちゃんのこともよろしくね』

 俺、あの子とどう接すればいいのか正直わからないんだよな……。

 


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