義輝伝~幕府再興物語~ 《完結》   作:山中 一

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第二十二話

 難攻不落の信貴山城も、内側からの攻撃には脆い。

 およそすべての城砦に言えることだが、城攻め三倍の法則も事前の内応が確約されていれば当てにならないということだ。

 信貴山城は、幅の広い生駒山地の大和側にあり、河内側には、恩智城という小さな城がある。それくらいに、この山地は幅があるということだ。

 だが、その城は小城に過ぎないし、攻めなくても河内側に出ることは容易。山を越えるのが大変というだけである。

 風は強く、山頂を吹き抜けて行く。

 信貴山城が陥落したことで、木沢勢の勢いは大いに衰えた。また、信貴山城を落としたことは、大和国と河内国間の連絡を容易にし、木沢方についた大和衆の帰参を促すことに繋がるだろう。すでに、俺たちは木沢長政の背後を取っている。

「義政、二上山城の動きはどうだ?」

 俺は背後の義政に尋ねた。

 二上山城には、三千の木沢軍がいる。信貴山城よりも守りが堅いことから、今の俺たちの兵力では力攻めは不可能だ。

「はい、すでに開城の確約を取り付けております。いかがされますか?」

 だが、それも敵が万全であればの話。

 木沢長政自身が七千の兵を率いて戦場に出ている今、二上山城に篭るのは長政の配下とはいえ指導者としての力量は彼に劣る。

 また、信貴山城が落ち、将軍家が直接戦場に現れたことで逆賊と化したことが明確化したので、城兵の士気が大幅に削られているだろう。

 それを見越しての交渉であったのだが。

「思っていたよりもあっさり開いたな」

 もう少し、抵抗するかとも思っていたのだが、降伏はあっさりとしたものだった。

「まあ、そうでしょ。向こうにはこれ以上木沢家に付く価値がないし、なによりもこの信貴山城が大和の国人の内応で崩れたわけだしね」

 孝高が義政とともに二上山城を説得してくれたのだ。孝高には、敵の内情が手に取るように分かったという。

 二上山城にも多くの大和衆が入っている。

 ならば、大和衆としては敗色濃厚な木沢家に組するよりも、天下の将軍家に組するほうが生き残ることができるのは自明の理。揺さぶるのは簡単だった。

「なるほど、それは重畳。それじゃ、孝高。予定通り進めてくれて構わないぞ」

「分かった。じゃあ、伝えておくね」

 にやり、と笑った孝高はそのまま踵を返して去っていった。

「若様。あの、わたしは?」

「義政か。そうだな、義政には今のところ仕事はないな。……というか、お前は働きすぎだ。今の内に休んでいろ」

「はい、承知しました。失礼します」

 義政は、少し消沈したような表情で、歩いていく。

「あ、そうだ。義政!」

 言っておくことがあったので、義政の名を呼んだ。

「はい」

 義政は振り向いた。

「今回の功名第一はお前だ。よく情報を集め、城を落とす算段を立ててくれた。これからも励んでくれ」

「は、はい!」

 にこり、と笑って義政は駆けて行った。

 二上山城が落ちたのは確実。だが、それも口先だけかも分からない。今、孝高が口説いているが、さて、こちらの要求にどう応えるか。

 いずれにしても、信貴山城が落ちた時点で、二上山城に命運はない。俺たちは今、武力で攻められないというだけで、二上山城を今後も生かしておくということはありえない。将軍家が落とさずとも、管領家が落とすだろう。木沢長政はもう終わりだ。長政に就くということは、そのまま共に没落するということである。忠誠心に篤い一部ならばともかく、この状況下で三千の兵の意思を木沢家に括りつけるのは難しいだろう。

「じゃあ、小次郎」

「うい」

 背後に、突然現れたのは小次郎。初めからいたのだが、空気に溶け込むようにしていたために存在感が極端になかった。

「お前、大将首を獲った功名二番だが……」

「領地とか、まだいいですよ?」

「だよなぁ。具体的には後で考えるか。とりあえず、小次郎。姓がなかったから、佐々木、はまずいか……「津田」の姓をやるから、今後は津田小次郎を名乗れ」

「津田、小次郎。おお、そこはかとなくお金持ちになりそうな姓。ありがとうごぜーます」

 ぺこ、と頭を下げる。本当は佐々木にしたかったけれど、六角家や京極家、さらには黒田家が佐々木氏の出ということで、いきなり小次郎に与えるのはまずいと判断。まあ、佐々木氏出身の津田宗及という商人もいるが、これはもう武士じゃないからいいかと思う。

 今、木沢長政と細川晴元が睨み合っているのは、信貴山の河内国側の麓辺り。ここからでは一里ほどしか離れていない。

 戦は遅々として進んでいない。俺たちが電撃的に敵拠点を征圧したこととは対照的である。

 この城が落ちたことはじきに伝わる。そうすれば、木沢方の士気はだだ下がりであろう。拠点を落とされ、背中に刀を突きつけられている状態である。

「ねえねえ、義ちゃん。こっから降っていけば横腹突けますけど?」

「ああ、そうなればこちらの勝ちは決まりだろう。けど、それはやっちゃならんのだ」

「?」

 小次郎は首を傾げる。目の前に隙だらけの敵がいるのに、なぜ攻めないのか不思議なのだ。正直に言えば、俺も攻めかかりたいところだが。

「少なくとも、木沢長政を討つのは晴元の仕事なのさ。それまでとっちゃいけないんだよ」

「ふうん。よく分からんです」

 そういう駆け引きには興味なさそうに、……というか、心底興味がないという顔で戦場を俯瞰する。

「それに、俺たちの仕事は長政が死んだ後からだ」

「何かするんですか?」

「北河内を獲る。畠山尾州家の介入を許さず、晴元の介入も許さず、大幅に領土を拡大する好機だ」

 これは、おそらく野心なのだろう。かなり危険な賭けになる。だが、今しかない。誰も将軍家がそこまでの軍事行動を起こすとは思っていないはず。その油断を突くことができれば、俺たちは勝てる。

「義ちゃん。あれ……」

 伝令兵が駆けて来る。

「孝高の手の者だな?」

「は、御注進にございます」

 注進状を受け取って、目を通す。

 思わず笑いがこみ上げてきた。

「孝高、やったな」

 その書状には、二上山城内で政変があったことを告げていた。

「木沢又八郎以下十二人の宿老の首を獲ったか。これで、二上山城はこちらのものだな」

 二上山城内では木沢派と将軍家派に分かれていた。そして、将軍家側のほうが勢力としては多かったのだ。孝高が交渉し、木沢派の粛清に成功したというわけだ。

「準備に数ヶ月を要したとはいえ、二日で城二つか。相当早かったな」

 まだ戦は終わっていない。むしろ、これからが重要だ。

「さぁて…………三つ目を獲りにいくぞ」

 

 

 

 ■

 

 

 

 時は暫し遡る。

 木沢長政が信貴山城と二上山城に引いた数日後、河内国高屋城に向かって進軍を開始したとの報が長慶の下に寄せられた。

 数ヶ月間に渡って対陣していた山城国南部の地から高屋城に向かうには、大和国を南下してから大和川沿いに河内国に入る竜田越を使うか、山城国を北上して生駒山地を迂回し、高野街道を南下するのがもっとも多くの軍勢を一度に送り込むことができる。そうでなければ、いくつかあるほかの奈良街道を使うことになるが、一万近い軍勢で、狭い山道を通ることになるため待ち伏せなどの危険を伴いやすい。二上山城を確保している長政は安全で近い竜田越を選ぶことだろう。

 長政が高屋城を攻撃しようとしているのは、遊佐長教が南河内守護、畠山弥九郎を追い、その代わりに前前守護の畠山稙長を紀伊から迎え入れたことが原因だ。追い落とされた弥九郎が対立していた畠山総州家の長政に泣きついたことで、これ幸いと尾州家の本拠地である高屋城を攻撃しようとしたのであろう。

 高屋城は、信貴山城と二上山城からほぼ等距離にある平地の城であり、二上山城に陣取った長政と信貴山城に陣取った弥九郎は、高屋城を挟撃できる好位置にいる。

 長政が弥九郎と息を合わせて二つの城に、――――それも相当に堅牢な信貴山城と二上山城に入ってしまったことで、討伐は難しくなった。少なくともこのまま進軍して城攻めをするのは危険極まりない。どちらか一方に攻め寄せれば、背後から攻撃されかねないからだ。

 それは、長政の戦術的な腕が冴え渡った点と言っても過言ではない。

 城に戻った段階では、長政に手を出せる者はいなかったのである。

 

 

 だが、だからといって見て見ぬふりをするわけにもいかない。

 晴元は芥川山城に一旦軍を退き、同時に長慶に命じて、高屋城の救援に向かわせた。

 畠山稙長が紀伊からつれてきた兵は一万ほど。だが、それは河内の勢力ではなく根来寺の僧兵や雑賀衆といった傭兵部隊が中心となった烏合の衆。もちろん、強力であることは間違いないが、連携には難がある。

 長慶は、軍を率いて東高野街道を南下した。

 この道は河内国を南北に貫く数少ない街道の一つであり、意図的に直線に作られた古道である。生駒山地麓の河内国側に走っており、目的地に最も近い街道と言えた。

 道は整備されていて、幅は比較的広く、大軍の運用にも支障はない。

 長政に対抗できるほどの人数を連れていながら、長慶の進軍は実に素早かった。

 

 

 戦の始まりは高屋城側からであった。

 高屋城を出た先発隊と二上山城を出た先鋒が小競り合いを起こした。

 両者は一歩も譲らず戦いは均衡状態に陥り、晴元の援軍を警戒した長政が一気に七千の兵を自ら率いて戦場になだれ込んだことで、形勢は長政側に傾いた。

 もともと、高い軍事能力を持つ長政は稙長方の軍を蹴散らすと、そのまま高屋城を目指して進撃した。

 稙長はあくまでも野戦を選択した。

 これは、一万の兵で篭城するのは現実的ではなく、また晴元の援軍がすぐそこまで迫っているはずだからである。

 野戦であれば、質で劣る稙長方は不利だと思われるかもしれないが、晴元が援軍に来てくれるのだから問題はない。

 そうして、両軍は戦いに有利な地形を選択した結果、対陣の場は太平寺の近くになった。

「木沢方の様子がおかしいな」

 長慶がそれに気付いたのは、偶然であった。

 木沢軍の間を流れる空気の変化を感じ取ったのだ。どうにも、戸惑っているような、そんな気配である。

「確かに、これは何かありましたね」

 松永久秀も、感じたらしい。

「むむ……」

 それまで、頑強に長慶の攻めを防いでいた木沢軍が唐突に混乱を始めている。罠、のようにも見えなくはないが。

「先鋒の部隊からではなく、後方から動揺が広がっているようですね。……信貴山が落ちたのかもしれませんね」

「信貴山城が? まさか、……いや、そうだとすれば敵に援軍が来ないのも頷ける」

 長慶が警戒していたのは、信貴山城と二上山城からの増援である。今は、こちら側が数的優位に立っているが、信貴山城と二上山城の中間地点に位置するここは、両者から挟撃できる位置にある。長慶自身、信貴山城から敵兵が来た場合に背中で敵を受けることになるため、そうならないように河内側に深く入り込む形で陣を張り、生駒山地も一緒に警戒している。

 結果として、木沢方に正面から当たる兵が少なくなり、数的優位が活かせない状態に陥っていた。

 だが、仮に信貴山城が落ちていたのなら、話は別だ。

 この状況下で管領家に敵対する勢力だとは考えにくく、長慶は後背を気にすることなく戦える。また、木沢軍は頼みの援軍もなければ逃げ帰る城もないという孤立無援の状態に陥ることになり、離散する兵が続出するだろう。

「久秀。事実確認を急がせろ」

「承知しました。長慶様」 

 久秀が、物見を出す間にも、木沢方の動揺は広がっているようだ。

「結果が出る前に一当てしてみるのも悪くないかも知れんな」

「それいいかも知れませんが、最低限の情報は必要です。こちらを引き込む罠かもしれません」

「ああ、そうだな。敵は木沢殿だ。油断はできないな」

 長慶は頷いて、腕を組んだ。

「久秀。信貴山が落ちたとして、誰が落としたと考える?」

「最も可能性があるのは、大和勢の裏切り。そして、次に将軍家でしょう。義藤様が動いていたとの情報もありますが、具体的には……。彼の子飼の草がなかなかに優秀なようで。ですが、近江に赤井家や内藤家が軍を進めておりますし、間違いなく義藤様が動いておられるでしょう」

「そうか。ずいぶんと活動的な方だ」

「信貴山城を落としたとなると、将軍家の威光が高まることでしょうね」

 武を示したことになる。これまでのただの権威だけのお飾りのような将軍家から離れつつあるということだ。

「管領様がどう動くか……」

「楽しみですね、ええ、本当に」

 久秀はくすくすと笑い、長慶はこれから来るだろう管領晴元の激昂を思ってため息をついた。

 

 物見に出した兵が帰ってきたのはそれから二刻ほど経ってからであった。時間がかかったのは、それだけ道中に危険があったからである。

 放った物見は五人。しかし、帰ってきたのは一人だけであった。

 これは、つまり木沢方の警戒がそれだけ強くなっているということで、そうするのは知られたくない情報がそこにあるということである。

「ご報告いたします。信貴山城、確かに落城しておりました。ただし、城に炎上の様子はなく、城を守る兵が最低限配置されているだけのようでございます!」

 物見の兵が飛び込んできたのは軍議の場であり、ちょうど諸将が意見を述べていた最中であった。

 どよめきが、さざなみのように広がっていく。

「……やはりか」

 長慶は神妙な表情を浮かべる。

「城は燃えていないのだな。傷み具合はどうだった? 門の様子は?」

「は、某が見た通りであれば、目立った破壊はございませんでした」

「なるほど。すると、内応か」

 長慶はそこで思考を切り替えた。

 敵に信貴山城からの支援はない。それならば、長慶は後方も側面も気にせず、正面から木沢軍に当たることができる。

「久秀」

「はい」

「信貴山城陥落を敵軍に知らせてやれ。おそらく、木沢殿はそれを虚報だと言って動揺を鎮められたのだろうが、今一度混乱させるんだ」

「承知しました。すぐに、取り掛かりましょう」

 久秀は側近の兵を引き連れて天幕から出て行った。

「一存」

「おう」

 返事をしたのは、長慶の弟、十河一存。『鬼』とまで呼ばれる武勇に秀でた男である。わざわざ阿波から一軍を率いて参戦してくれた。三好軍最強の武将であり、自慢の弟だ。

「久秀の策が実行され次第、正面から切り込め。援護はこちらで行う」

「任せといてくれ姉貴。長政の首、獲ってやるぜ」

「ああ、期待している」

 長慶は微笑んだ後、全体を見回して言った。

「もはや、敵は孤立しており、これ以上の増援はない。兵の数も将の質も我等が上。臆せずして進もう」

 ハッ!! と天幕を揺るがさんほどの返事が響く。

 木沢長政の命運は、ここに潰えたのである。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「兵は拙速を聞くも、いまだ巧久なるを睹ずって言うでしょ。ちょっときついけど急いで急いで」

 孝高はそう叫んで兵を鼓舞する。

 蟻の群れのように山道を進むのは、二上山城に篭っていた兵の残党。その数千五百。二上山城に千人を残し、千五百人を孝高が取り込んでいるのだ。残りの五百人はごたごたの中で散逸してしまった。 

 彼らの背後には、赤井家、内藤家、そして細川昭元が率いる計三千が続き、その後ろから俺を総大将とする四千人の兵が控えている。

 合計で八千五百。もはや木沢家と対等に戦えるだけの戦力である。

 どのようにして、これだけの兵力を集めたのか。

 まず、二上山城の兵たちに関しては開城の要求をする際に、木沢方の粛清と兵の一部を孝高の配下として供出することを条件としていた。次に、大和衆を取り込んだこと。木沢家と将軍家及び管領家のどちらに就くか明確にしていなかった勢力は、勝ち馬に乗ろうとする。そうでなければ、積極的に将軍家に協力した柳生家などが中央との結びつきを強めてしまうからである。この動きには、筒井家も応じた。信貴山城を攻撃する前に書状を出していたので、近場の領主たちはすぐに招集に応じてくれた。それでも、近場の領主というのは、長政についていかなければならなかった勢力でもあるので、新たに集まったのは千人ほどでしかなかったが。

 そして最後に信貴山城に篭っていた大和衆。主に柳生家を中心とした親将軍家とも言うべき勢力を軍に組み込んだことで一大勢力となったのである。

 俺たちが進むのは、竜間越と呼ばれる道。奈良街道の一つで、大和国と河内国を生駒山の北部で結んでいる。信貴山城からさらに北進してから横道に入るようにしてこの山道に軍を進めたのだ。

 竜間越を進むと、突然扇形に開けた平地にでる。周囲は生駒山地を構成する山に囲まれているが、正面を見れば河内の平野部が見える。そして、北には目的地である飯盛山城がある、扇の要の部分に位置していて、飯盛山の頂上に築かれた河内でも巨大で強固な城砦で、尾根伝いに南北約十二町、東西約五町に渡って郭が築かれている。

 もともとは南北朝時代から活躍する城であるが、現在の姿に改修したのは木沢長政である。

「巨大な城ですね」

「ああ。実際に見てみると、でかいもんだ」

 山の奥のほうに城郭が見える。

 あそこに畠山在氏がいる。

 畠山総州家六代当主。官位は右衛門督。北河内守護で木沢長政の主君であるが、ほぼ傀儡政権だったようだ。

 とはいえ、今回の木沢長政の追討軍に参加しないばかりか、俺からの御内書を無視して城に閉じこもっていることは言語道断である。

「長政に連座という形で城を攻める。彼自身にも、幕府の命を無視した咎があるしな」

 八千の兵による一点強襲突破。

 時間をかけていては、木沢軍を蹴散らした長慶たちが戻ってくる。おそらく彼女たちもこの飯盛山城を見過ごすことはないだろう。

 なぜならば、細川晴元と南河内国守護代の遊佐長教が手を結んでいるからだ。長教はこの機に畠山総州家を滅ぼそうと画策しているはず。河内国を再び統一するために在氏を殺そうとするだろう。

 管領・南河内国連合軍に襲われる前に俺たちで奪っておく。無理に無理を重ねたのは、今後の幕府運営のために武力を持つことが重要だからである。

「なかなか攻め切れんか」

 孝高が優秀でも、正面からの力押しでは難しい。城がそれだけ頑丈なのだ。

「若様!」

 孝高が騎乗で駆けてきた。

「孝高。いけそうか?」

「このままはきついかもね。でも、無理ってことはないと思うよ。長政がこの城の城兵を結構引っ張っていったみたいだから人手は足りてない。無駄に規模がでかいせいで重要地点だけしか守れてないよ」

「策はあるか?」

 孝高は頷いた。

 それから東側の飯盛山の支脈を指差した。

「あそこに野崎城って城があるの。規模は小さいし、山も飯盛山ほど高くない。飯盛山城の出城になってるみたいだけど、今は兵を飯盛山城に集中しててガラガラ」

「そこを落とせと?」

「ぶっ壊して突き進むの。そこに山道があって、その先に進むと虎口がある。そこが飯盛山城の入口になってるの。兵を二つに裂いて、片一方で虎口を攻めて」

「それで落ちるか?」

「さっきも言ったけど、相手は兵が木沢長政に取られちゃって人手不足なの。八千五百の兵を支えきれるほどいない。まして、二箇所から同時に攻められれば、一箇所に配置できる兵の数は極端に減る。門だけに戦力は集中できないしね」

 たとえば、城内に千の兵がいたとして、二つの城門を守るために五百ずつ兵を配置することができるのかと言えば不可能だ。門以外から侵入されるかもしれないし、城主の命を守らねばならない。必然的に、全力で門だけを守ることはなくなる。

「こっちで一当てしたし、城兵はこっちに意識を集中している。今の内に!」

「よし、分かった! 光秀、聞いてたな! 鉄砲足軽隊の出番だ!」

「はい!」

 まず、義政の手勢を野崎城に向かわせる。光秀の手勢には火縄銃が与えてある。実戦初登場。山城が平城に移行した要因の一つとして挙げられるのが火縄銃だ。それが、今、五十挺用意してあった。

「義政の隊に続け。赤井殿。義政の援護を頼めるか!?」

「承知!」

 勇猛果敢な赤井直正が義政の後に続く。

 光秀がその後ろから三百の兵を率いていく。

 野崎城は目と鼻の先。走ればあっという間に着く。激しい破壊音が響き、城は落ちた。

「孝高の言っていた通り、野崎城はほぼ無人状態か。なけなしの兵を一点に集めているってわけだ」

 野崎城に敵がいないことが分かれば、こちらのもの。軍勢はそのまま山道を駆け上がっていく。

 その様子を確認した孝高は再び兵に指示を飛ばし、馬場曲輪に兵を近づける。ただし、無理に攻撃を仕掛けることはない。喊声を上げて、威嚇しつつ、矢を射掛けることで敵の目を引きつける。

 本命はあくまでも虎口のほうだ。

「頼むぞ、光秀」

 俺は祈るような気持ちで山道に消えていく軍勢を見送った。


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