義輝伝~幕府再興物語~ 《完結》   作:山中 一

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第六話

 三管領の一つである細川家は、鎌倉時代の武将で足利義清の孫の細川義季に始まる。清和源氏足利家の流れとはいえ、分家筋。その当時は三河の零細御家人の一つでしかなかった。また、同じ足利一門であっても斯波家や畠山家のような高い家格を持たず、独立性も低かった細川家は、足利家の家臣としてその庇護を受けていたようである。そのため、平安末期から鎌倉にかけての細川家は、勢力を伸張することもできず、これといって目立った活躍の場をえることもできなかったのである。

 一族の転機となったのは、室町時代。特に建武以前から南北朝と呼ばれる頃のこと。足利尊氏の倒幕軍に加わり後醍醐天皇の帰順を願う使者を務め、六波羅探題の攻撃に参加。また、関東を足利家の勢力化に納めることにも成功し、その後、四国に渡り阿波、讃岐を中心とした南朝との戦いの中で有力大名として成長していった。

 多くの分家を抱える細川家の中で突出した力を持つのは京兆家である。

 代々管領を輩出する家であり、名実共に細川家の筆頭だ。京兆の名は、右京大夫の唐名であり、当主が代々右京大夫の官位に任ぜられたことに由来する。

 強大な権力を握る京兆家は時代が下ると管領職を独占し、将軍にまで影響を与えるほどの存在となった。

 そして、細川政元という人物が現れる。

 政敵の畠山、斯波氏を没落させたのち、まさに京兆家政権を樹立した細川家であったが、ここにきて暗雲が立ち込めるようになる。

 この政元。修験道にのめりこむあまり妻帯をせず、子も作らなかったのである。すでに時は乱世。戦乱の時代に跡継ぎを作らないということは愚かな行為である。さらには、澄之・澄元・高国と三人もの養子を迎えてしまうという失策。

 結果、この養子たちとの間で大規模な跡目争いが生じることとなる。

 後、両細川の乱と呼ばれる合戦は、終息を見ないまま十数年にもわたって続くようになる。

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 現管領・細川晴元は、自身の屋敷で歯軋りしていた。

 というのも、重要な職務である、村と村との諍いの調停がうまくいかないからである。

 彼の所領の中で発生した水源を巡るトラブルは、幕府の先例にならって採決するのが常である。しかし、現在政権は分裂状態。知識人も多く京の外へ出て行ってしまっている。もちろん、彼の配下に知恵者がいないわけではない。だから、その者を送り込んだのだが、これが大失敗。人柄がよろしくなく、村人の信頼を失う羽目になってしまったのだ。激怒した晴元は即割腹を言い渡し、溜飲を下げたのだが。

 結局、打つ手がない、というのが現状だ。

 細川晴元は、京兆家の生まれだ。が、決して親の七光りで管領の地位にいるわけではない。

 彼は、政治では、高い能力を発揮することのできる優秀な頭脳を持ち、戦となれば諸豪族に陣触れを出す事のできる発言力と、戦を指揮する軍事の才を持っていた。

 それは、彼の出生に大きく影響している。

 父親は三人の養子の一人、細川澄元。生まれこそ名家だが、晴元が生まれたときには両細川の乱に突入し、しかも晴元の所属する勢力は明らかな劣勢だったのだ。

 そこから、数々の戦を経験し、智謀と武勇の限りを尽くして逆転、管領の職に就いた。

 細川家の大乱を平定した、まさに希代の英傑と言っても過言ではない。

 そんな晴元の悪癖の一つが、激情家である、ということだろう。

 それは、戦時においては臆する事のない大将として頼りになるかもしれない。だが、平時においては恐怖や猜疑心を煽ることになる。

 おまけに、晴元は、将軍父子の追放という暴挙に出てしまっている。 

 高すぎるプライドが将軍という役職すらも軽く見た結果であるが、それがもたらした影響は思いのほか大きかった。

 将軍の権威の失墜、と同時に管領家もまた権威を大きく低下させた。むしろ、非難の的になってしまったのだ。

 名門細川京兆家も、足利将軍家の付属に過ぎない。

 その事実が、晴元をいらだたせている。

「お父様」

「なんじゃ、昭元」

 幼さの残る娘をじろり、とねめつける晴元。口調は、不機嫌そのものだ。

 最近の父親が、異常なまでにいらだっているのを、歳若い娘である昭元は勘付いている。

「あの、やはり、将軍様と和議を結ばれたほうがよろしいのではないかと…」

 父親の鋭い視線に晒されて、最後のほうは尻すぼみになってしまった。

 昭元は、この混乱の原因を将軍家と管領家の不和にあると見ていたし、現状を乗り越えるには、どうあっても将軍家の権威の下に戻るしかないとも考えていた。

 そういう結論に至ったのは、父の失敗を間近で見たこと、そして、彼女自身が父親と違い客観的に物事を見る気質の持ち主だったからであろう。

 この時代、日本各地に散らばった戦国武将は、幕府の命など構いなしに戦いを繰り広げている。

 経済的にも軍事的にも独立していて、もはや将軍など目にも入れていない。というように見えるが、実のところそうではない。

 不可思議なことだが、経済、軍事ともに自立を果たしていながら、精神的には自立できていないのだ。

 紛争が長引けば、将軍家に仲裁を頼むし、奉公衆などの役職に任じられようともしている。

 時代と共に、その風潮も下火になってきてはいるものの、それでも、未だに幕府の、ひいては将軍家の持つ力は侮り難い。

「昭元…和議は結ばぬ!二度と口にするでない!」

「お父様…」

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

「なるほど、そういうことになっていたのか」

 俺は、六角家より宛がわれた屋敷で悠々自適な生活を送っていた、だけではない。ここで暮らしながら、個人的に、京などの情報を収集するといった活動を行っていた。

 藤英というまこと熱心な情報の収集家が山城にいたことが俺にとって良い方向に転がってくれた。

 藤英は、俺が欲しいと思った情報をあっという間に揃えてくれる。それは、実にありがたいことだった。その藤英を介して、日取りを決め、やっとの思いで成立したのが、細川昭元との面談だった。どうやら、現状に危機感を持っているのは俺たちだけではないようで、昭元は、以前から俺と藤英とのパイプを知っていただけに、そこを介するという方法で接触してきたのだった。

 時間はかなりかかった。俺たちが自ら昭元を呼び出すことはできないのだから、昭元のほうから六角家に赴いてもらう必要があったのだ。

 晴元からの使者を六角定頼に届ける任を受けたとき、これ幸いと、ここにやってきたのだ。

 昭元の京での話を聞いて、俺はいよいよ深刻な状況であることを理解する。

「危険な状況だな。それは」

「はい」

「それで、その京のことを踏まえた上で、君はいったい俺に何をして欲しいのかな?まさか、ただ話をしにきたわけではないのだろう?」

 俺は、じっと昭元を見つめる。

 もともと茶室であるために、そう広くはない。ほぼ至近距離からの視線に、昭元は身じろぎする。

「それは…」

 昭元は、言いよどんだ。

 とてつもなく言い難いことを、どのように表現しようかと悩んでいるのだろう。亜麻色の髪が緊張に震え、黒い瞳が揺れている。

 そして、しばらく考えた後、昭元は勢いよく土下座をした。

「不敬を承知でお願いいたします!何卒、父と将軍殿下との和議を仲介していただけませんか!」

 それは俺の予想していた通りの懇願だった。

 実の娘にここまでさせて、いったい晴元はなにをしているのだろうかと、若干呆れてしまう。

「つまり、晴元殿は意固地になって和議をしようとしないから、こちらから和議を申し入れて欲しいということだな。そうすれば晴元殿の顔も立つ。だから、和議の話が進むのではないかと」

「…はい」

 俺がその真意を要約すると、昭元は頷いた。なるほど確かに具体的な案ではある。しかし、問題は非常に大きい。

「な、なんということを!?」

 それを聞いて、真っ先に反応したのは藤孝だった。

 昭元の斜め後ろに正座していた藤孝は、怒気を露にする。

「家臣であるところの管領殿に将軍殿下が頭を下げろと?不敬を働いたそちらから和議を申し入れるのが筋でしょう!」

「ここ数年の殿下と義藤様のご心痛を思えば、そのような案が通るとは思っていないでしょうに」

 珍しく賢秀も不服そうにしている。語気は強くないが、どことなく軽蔑の念が見え隠れしている。

「そ、それは重々承知しております。しかし、このままでは」

「管領殿から民心が離れるのは単に管領殿の専横ぶりが祟ってのこと。仁義を忘れた者に相応の報いがあるのは天地の理に等しいのです。京兆家の跡取りともあろう者がそれもわからないのですか?恥をお知りなさい!」

「うう…」

 ここまで藤孝が激高するのも滅多にないことで、怒声の迫力は鬼も逃げ出すかと思うほどだった。それを正面から浴びせられた昭元が言葉もなく俯くのも仕方がないことだろう。

 どれ、一つ助け舟でも出してやろうか。

「お前達、少し騒がしいぞ。今は誰が話をしているんだ?」

 誰にでもなく、全体に話を通すように言った。それだけで、藤孝や賢秀は大人しくなった。さすがに将軍家に生まれて十数年。立場が人を変えるというが、以前の俺ならこんな事は言えなかっただろう。

「昭元、すまないな。今のは藤孝の忠義心故のものでな。少々熱くなることも、間々ある。とはいえ、藤孝たちの言っていたことも的外れではない」

「はい」

「我々が京を離れていったい何年が経ったか。京を追放された将軍が過去にいなかったわけでもないが、さすがに恥辱にまみれる日々を送る事になった原因には、憤る気持ちが強い。それに頭を下げるよう、父上に説得せよというのはなかなか難しいところだろう」

 それが、今の俺たちの気持ちであり、立場だ。

 ここで、将軍家から和議を申し入れるのは、こちらの非を認めることに他ならない。ある意味で我々も意固地になっているのだ。

 それがわかるから、俺は内心でため息をつく。

 しかし、今を逃せば、次に京に帰るのはいつになる事かわかったものではない。ここは、話に乗るべきではないだろうかとも思えた。

「だが、確かにこのまま放置していては京の民たちも心安く生活できないだろう。政治の乱れは民心の乱れにつながる。それは本意ではない」

「そ、それでは!?」

「その話、乗るとしよう。父上も俺が説得しようじゃないか。ただし、こちらから譲歩したからには、それなりの要求をさせてもらう。それを晴元殿に飲ませることができるか否かは、君にかかっている。いいな?」

「はい!もちろんでございます!」

 昭元は力強く頷いた。

 

 

 

 

 


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