艦隊これくしょん―コンコルディアの落日―   作:GF-FleGirAnS

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ケレースの利鎌

 発砲、たったの二発だけ。

 

 瀬戸内海と日本海を結ぶ関門海峡。太平洋を失った現在関門海峡は瀬戸内海と外洋をつなぐ唯一の海上交通路であり、本州の生活を支えるほとんどの物資がここを通る。発砲が聞こえれば海峡両岸に栄える二都市は大混乱に陥るに違いなかったが、それは耳をつんざく様な貨物船の汽笛にかき消された。

 

 薄黒く濁った曇天の中、遠くまで響いていく汽笛。それはいやにゆっくりな音速で伝わり、反響し、そして拡散して消えてしまう。

 

「……よかったのかい?」

 

 それを聞いた小柄で、白い装束に身を包んだ影が振り返る。まだ熱を帯びた銃身。グリップに手を握らせたまま硝煙をくゆらせており、それを認めた彼女は飛ばすように小さく息を吹き付ける。

 

 それから、諦めを滲ませたような風に言った。

 

「司令官がそれを聞くんだ」

 

 どこか乾いた声。眼の色は真っ白な帽子に隠されて見えず、代わりに真っ赤な槌と鍬、そして星だけが鈍く光った。

 

「悪かったね」

「いや?」

 

 彼女は顔を上げる。どこか億劫な様子で小ぶりな自動拳銃(ベレッタ)を背中にまわす。

 

「よかったのかな?」

 

 眼に宿っていたのは、しかし迷いではなかった。それを知っていて国防色の軍服に身を包んだ『司令官』は目を細めた。

 

「それを決めるのは、少なくとも私たちじゃない」

 

 それから『司令官』は、もはやヒトでない奇妙な有機物から目を逸らす。アレらは今日の悲劇の主人公であり、また天の許さぬ反逆を犯した張本人に違いなかった。

 

 対して少女は、目を逸らすどころか逆に見つめなおす。昔、もう遠いほど昔、同じ制服とバッチを着けていた二つの塊。

 

()()は、戦死扱いかい?」

「そのはずだ」

 

 少女はまだ塊を見つめていたが、『司令官』はもう外を見ている。外には幾名もの軍服姿が闊歩しており、もう何年も使い込まれているであろう幌が被せられたハーフトラックが止まっている。こんな風景を見るのは、もう何回目だろうか。

 

「……でも、これで終わりなんだよね」

「残念」

 

 そう言いながら指でとんとんと耳たぶを叩いて見せる『司令官』。わざわざ引っかけられていたインカムを示す様に嗤う。

 

「次の任務だ」

 

 それを聞いた少女がようやく振り返る。眼はなにも語っていない。

 

「場所は?」

「ん? 舞鶴、管区変わるから中部方面軍司令部(ひろしま)に挨拶しにいかないと」

 

 あっさり答えた『司令官』に、そう。とだけ言って歩き出す少女。

 

「――――ヴェル」

 

 そんな少女に健軍基地司令部付 菊澤桜花憲兵中佐(しれいかん)は声をかける。反応してゆるりと振り返った眼には、陸軍軍服に身を包んだ女性将校の姿が写る。

 

「なんだい?」

「変わったね、アンタ」

「……なにがだい?」

「いや、ひとりごとさ」

 

 足を止めた少女の代わりに、菊澤は先導するように前に歩き出す。

 

「……ホント変わったよ、佐世保のあの落日からね」

 

 あの忌まわしき。そして、日本国海軍の権威を失墜させるまでに爪痕を残した事件から数ヶ月。

 

 まだ、蒔かれた叛乱(たね)の火は消えることはなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 真水は貴重だ。

 

 念のため言っておくが、海で真水が重要なのは当たり前だ。というかそんな初歩的なことも考えられない奴は船乗り失格である。航海が予定より伸びるなら計画を立てて節約する、シャワーは必要最小限で済ませる、雨が降ったらしっかり確保しておく……挙げ始めればキリがない。

 

 だが忘れてはならない。一番の問題は真水が貴重な存在であることではない。その事実――――真水が貴重であるということを知らない人間がいることだ。

 

 外人でも分かるシャワーのマークが付いたコックを全開まで捻る。水圧に押される形で押し出された水は湯沸かし器で瞬間的に加熱されたもの。肌よりも少しだけ温いシャワーが肌に激突する。

 

 全くもって贅沢なものだ。人間にとって重要なのは水分の補給。組織となれば飲み水の確保以上に重要なものはない。昔は航海中の水など積み荷の黄金以上に大事なものだった。人命が大事なのではない。船員が死んだら黄金を(おか)まで届けられないから真水は大事なのだ。

 

 それが今や、造水機があるからとこんなにも無駄に出来る。

 

 やはり納得できなかったのだろうか。湯浴みをする彼女はすぐにその水流を止め、さっさとバスタブから出てしまう。まるでホテルのようなユニットバス。ご丁寧に用意されたアメニティ。

 

「でもまあ、こう乱雑に置かれてる当たり……慌てて載せたんでしょうね」

 

 女性将校だからといって舐めてくれる。とはいえこの船の面子を潰すのもアレであるので受け取っておくことにする。それらを使って髪を軽く手入れ。それから持参の化粧ポーチで、僅かに肌に色を乗せる。化粧をしていると気付かれないのがキモだ。()()はれっきとした軍人なのだから。

 

 

 バスルームを出る。彼女を乗せた貨物船が大陸を出てから二日目の朝である。

 

 

 ここでの彼女は客人だ。故に宛がわれた部屋も立派なもの。だが一人部屋ではない。というより、こんな密閉空間で部下と分断されるのは御免というもの。

 

「戻ったよ」

 

 部屋に入れば、ベッドの上に座った少女がひとり。こちらに気づいたようで、さっと振り返る。腰まで届きそうな銀髪がさらりと揺れ、青い瞳と眼があった。

 

「……足りないよ」

「なにがさ?」

 

 肩をすくめてそう返す。

 

「アカさが足りない」

 

 即答。いったいどんなアカさが足りないというのか……そう考えながら彼女の全身を見て、それから手に添えられたティーカップに気づく。

 

「ジャム?」

「そう、燃えるような、真っ赤なジャムさ……」

 そう言って僅かに微笑んでみせる少女。

 

「普通に苺ジャムって言いなさいよ」

「それじゃ革命的じゃない」

「『革命的』ねぇ……革命的ってなにさ?」

 

 その言葉に返さず、首を傾げてみせる少女。机の上に手を伸ばすと、答えるかのように制帽を被ってみせた。

 そこに輝くのは赤い星。そして鍬と槌。

 

「好きねぇ……」

 

 肩を竦めて下着を着て、椅子に引っかけられたワイシャツを手に取り着込んでゆく彼女。首から提げていた認識表がワイシャツの下に隠れて見えなくなる。

 

 ふと見れば、少女は未だにこちらを見やっていた。

 

「いつまでこっち見てるのよ、見世物じゃないわよ?」

「そんなことより司令官、とにかく足りないんだよ」

「なぁに、まさか脂肪の塊だなんて言うんじゃないでしょうね」

「そんな邪魔な肉塊の話を、私がすると思うかい? 司令官」

「何もお互いの曲線美の話をしてる訳じゃないのよ……そこにかけてある制服、内ポケットにあるわ」

 

 それを聞いた少女はそれっと言いながら椅子を飛び降り、素早く帽子掛けにぶら下がる制服へと駆け寄る。

 

 と、少女はがっくり項垂れた。恨めしそうにくいっと視線で彼女を刺す。

 

「……朝食で出されたヤツじゃないか」

「逆に聞くけど、ここでそれ以外手に入る?」

 

 もちろん少女の手に握られたのはパック詰めの苺ジャム。量産性に優れ、保存料万々歳で大変長持ち。

 

「こんなの資本主義の産物だよ」

「ここは資本主義国家よ、ごあいにく様」

 

 またしてもがっくり。彼女は呆れるよう笑ってから視線を窓へ。窓は小さく丸く、分厚い。向こうに見えるのは海と空の色が混じった色。

 

「ほんと、アンタみたいな変わり者が軍属でいれるのが不思議でならないわね……Верный」

「そんなことを言うなら、私は司令官こそ驚嘆に値する人物だと思うけどね、菊澤(きくざわ)桜花(おうか)憲兵中佐殿?」

 

 それを言われた世にも珍しい女性陸軍佐官は、あははと乾いた笑いを披露する。それから少女……艦娘Верныйへと向き直る。

 

「これも仕事ですから」

「憲兵っていうのは赤狩り専門部隊のことを指すのだと思っていたよ」

「イデオロギーとしての優劣は関係ない。反体制的ならそれは取り締まりの対象。それだけよ」

「やっぱり容赦ないじゃないか」

「そんなことないわよ」

 

 まず断っておくが、憲兵と言うのは単なる支援兵科に過ぎない。軍隊が国家に存在を認められ、さらには養われているとはいえそれが暴力組織であることに変わりはない。憲兵というのはその軍の秩序維持にその全てを捧げる兵科である。平時であれば隊内秩序の維持、交通整理に徹する存在。

 

 残念ながら現在は国家の存亡をかけた総力戦体制。憲兵は規模が膨らんだ陸軍の規律維持に努めるとともに、難民の保護に要人警護、果ては間諜の摘発など業務は多岐に渡っているが……基本は裏方職業だ。

 

 今となっては人的資源が不足した海軍をせっつく役割も仰せつかるような状態であるが、所詮は陸と海。監査官と監査対象では、水と油も良いところだ。個人としては海軍警察の復興を願ってもやまないが、戦況がそれを許しはしないだろう。

 

「さ、アタシはもう済ませたよ。シャワーを浴びておいで」

「二分も入ってないんじゃないかい? もっと浴びればいいのに」

「水を自由に使ってると、無くなった時余計に恋しくなるものよ……海軍のアンタには分かんないか」

「……わかるさ」

 

 聞かなかったことにしておこう。菊澤はバスルームへと向かう少女を見送る。

 

「そうだ。空に海軍機が飛んでたよ」

「海軍機?」

 

 なんでこんなところに、いや当然か。ここは人類の、というより日本の領域なのだから。

 

「どうするんだい?」

「どうするも何も、指揮系統がまったく違うから手が出せないわよ。陸軍(うち)の男どもは頭の固いのばっかりで取り次いでもらうのも厳しいだろうし」

 

 上空の警護は空軍に任せたとかなんとか言っていた上官の顔が浮かぶ。海軍機が飛んできてる時点で空軍はどこにもいない。そもそもそんな話が通ってるわけがないし、航路は防空識別圏の中。つまり何かあったら勝手に緊急発進(スクランブル)してくるだろうという理論。やはり任せたのではなく丸投げしただけだったのだ。

 

「やれやれ」

「司令官、疲れてるね」

「えぇ、沿岸防衛やら河川遡上防止で意気揚々の陸軍は凝り固まるばかり。女性には生きにくい時代よ」

「そんなに言うなら、司令官も正式に海軍になればいい。艦娘部隊なら男女比は真逆だし、さらに今なら私も付いてくるよ?」

「まるで営業。ようやく資本主義の良さを理解したわけだ」

「……経済は否定しない。ただ格差を否定するのさ」

「はいはい……とにかくお断りよ。海軍は性に合わないし、なにより陸軍には(うみ)の重要性を知る人間が必要だ」

「水?」

「その大切な要素を見失って、迷走する組織は多い……って話」

「……」

 

 なにか言いたげな少女を前に、菊澤は笑うのだった。

 

「ほら、今日には入港するんだから忙しくなるわよ? 早く浴びておいで」

 

 さぁ行った行ったとばかりに、自分の部下に対して右手を払う。

 

 少し早いが、モーニングコーヒーと洒落込もうとしたところにコール音。マグカップにインスタントの粉末を振りかけつつ、インカムでスイッチを切り替える。表だった行動をしないうちには軍用回線を用いるなという話だったはずだが、部下から報告が緊急時用のチャンネルだったことに頭を切り替える。

 

「菊澤だ。どうした」

《中佐。先程通過した舞鶴の航空隊から電文です。我々のいる現在地を含めた、対馬沖北北西100km付近で固有の電波障害が発生中とのこと。先刻からの通信遮断はやはり深海棲艦が原因かと》

「Верныйの艤装で影響を緩和しても、焼け石に水だったか」

《悪い事に(かいぐん)さんは任務後の帰投中らしく、補給を理由にお別れしましたがどう動くべきでしょうか》

「なら仕方がない。分かった、最悪我々が応戦する羽目になる。各員、機動艇にて待機。いつでも出れるようにしておけ」

《了解いたしました》

 

 返答しつつも、菊澤はこの状況に至るまでの過程を脳内で整理する。深海棲艦による電波障害。もはや電子機器との融合体ともいうべき奴らは、その個体間の意志疎通に固有の電波を使う事が分かっている。3kHzから3GHzまでと多種多様に用いるために、人類が使う周波数帯とも見事に混線してしまう。それを分かっている奴らは、その通信強度を高めることによって、意図しているに関わらず疑似的に電波障害を引き起こす要因となっているのだった。

 

 対抗するようにと艦娘の艤装に備え付けられた通信装置によって、貨物船に乗船中も緩和はできていたようだがいよいよニアミスするらしい。

 

「ヴェル。脱ぎ散らかしてるところ悪いけど、出撃準備だ。増援もままならん海上だが、はいそうですかと沈められる訳にはいかない」

「Да. 髪が濡れたままは嫌いなんだけどな」

「普段海の上でひっきりなしに航行してる艦娘のどの口が言うんだ。支度したら追いついてきなさい」

 

 その一声の後に、流れるような手つきで軍装に袖を通しボタンを留める。外套を羽織り、軍帽の鍔を傾ける。

 

「そんな恰好で風邪をひくんじゃないよ、ヴェル」

「自分はちゃっかりドライヤーをかけてて言う台詞かい? 司令官こそ、海には落ちないでね。泳げないんだから」

「なら、私が着衣泳をしないように貨物船を守ることだね。先に行くよ」

 

 客室から出ると、あたりは予想通りに喧騒に包まれていた。人の波を潜り抜けつつ、表向きには貨物品とされる区画へ菊澤は向かう。向こうだって配置につかなきゃならなくて忙しいだろう。こういう時は互いにやるべきことだけやる。干渉はナシだ。

 

 それにしても……他人を気遣えるくらいには落ち着いているわけか。深海棲艦が現れてからもう随分と経った。この貨物船の乗組員だって慣れたもので、いまさら襲撃で大混乱になるようなことはない訳だ。

 

 とはいえそれは人類側が冷静に対処できるようになったというだけで、脅威を排除したわけではない。

 

「すまない司令官。遅くなった」

「私の命令から三分と四十秒、十分早いよ」

 

 貨物船後部の一区画。駆けこんできたВерныйを迎える。シャワーを切り上げて飛んできたВерныйに菊澤が手拭(タオル)を手渡す。

 

「ほら、使いなさい」

「状況は?」

「深読みしすぎた、海軍機が飛んでいたのは単なる偶然。それも深海棲艦が迫っているという偶然だったわけ」

「救援は?」

「深海棲艦でなかったら空軍が助けてくれた。他には私の部下で完全武装の歩兵が一個分隊」

 

 歩兵では射程が足りなすぎる。艦娘であるВерныйは手拭を菊澤に返し、白の制帽を被った。

 

「なるほど。つまりキューバ並みの大ピンチだ」

「とにかく出てもらうわよ。陸軍(わたし)じゃ要請という形でしか言えないけど」

「分かってる。装備は?」

 

 菊澤は視線で答えるだけ。その先には梱包を解かれた艤装。それを納めていた木箱には実験艦隊だかなんとかと大仰なプリントが施されいるが、開けてみればなんてことはない普通の艤装だ。

 

 実験艦隊からあらかじめ譲渡されているパスコードを端末に打ち込む。壁面に固定されている艤装に火が入り、独特の駆動音。緊急時用とはいえ、自衛可能な範囲までアクセス許可を出した海軍には頭が下がるものだ。

 

 だが、こちらも仕事は仕事。せいぜい任された荷運びだけは、無事に終わらせたいものだ。

 

СПАСИБО(スパシィーバ)。助かる」

 

 Верныйはそれを慣れた手つきで身体に纏う。

 

「司令官。行ってくるよ」

「行っといで、ヴェル」

 

 その言葉とともにВерныйは船尾から飛び降りる。遠くから雷鳴のような砲撃音が聞こえる。敵の攻撃が始まったらしい。

 

「……こんなのばかりなら単純明快で助かるのにねぇ」

 

 誰に言うことなく呟いてから、菊澤は船室を兼ねる司令部施設へ戻っていった。






祝!艦隊これくしょん四周年!

という訳で合作企画であります!

昨年2016年も三周年を記念する企画として我々GF-FleGirAnSは「艦隊これくしょん~抜錨!戦艦加賀!~(小説ID83620)」という作品を投稿しておりました。

その作品は無事連載が終了しておりますが、参加者たちの熱い艦これへの愛はまさに不沈! 今年も無事に企画スタートです!

メンバーも増えてパワーアップした合作企画。どうぞよろしくお願いいたします!
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