艦隊これくしょん―コンコルディアの落日― 作:GF-FleGirAnS
「それで? 工廠に酒を持ち込んでまで、お前から何があるってんだ。菊澤」
「久しぶりに同期と顔を合わせたんだ。たまには酌み交わして積もる話もあるだろうさってね」
「こっちからは何もねェし、お前からの愚痴聞かされるだけだろうが」
焼酎のボトルを片手に、休憩室のソファに腰を下ろす菊澤。木製テーブルの反対に心底嫌な顔をして伏宮が座るが、彼女はどこ吹く風で涼しい顔をする。
「あぁやって会議中に他人の振りをされるのは、こっちもショックだったからね。ちょっとくらい、乙女心を分かってくれても良いじゃない」
「三十路の女を掴まえて、やぁ久しぶりなんて言える間柄か?」
いつの話でしたっけねと、ガラスのボトルに手をかける菊澤。そして、懐かしむかのように言葉を接ぐ。
「もう十年近く前かな。お互いに統合訓練校でヒーヒー言いながら、背嚢しょいこんで野営地を駆けずりまわったのは」
「俺が東北の防衛戦でリタイヤしなきゃ、お前と肩を並べられてたと思うか?」
「まずありえないでしょ。伏宮君、実技苦手だったし」
「自分から話振っておいて、全否定かよお前」
わざとらしく落とす肩を伏宮に、菊澤は興が乗ったのか笑い転げる。
「ねぇ。妖精が見えるって理由で、海援隊から海軍に引き抜かれた身分はどうかな伏宮君。小っちゃい女の子を侍らせてるんでしょう?」
「侍らせてねぇよ! まぁ、悪くはないが性に合わん。お前だって、ヴェルに何をさせてるんだか」
「何って。勿論いかがわしいことに決まってるじゃないか、伏宮少佐」
伏宮の目の前に
「ついでだヴェル。三人分湯呑でも持ってきてくれ」
「うん、分かった」
勝手知ったると言わんばかりに慣れた手つきで、給湯室からマグカップを三つ分とポットを持ち込む。せめてグラスでと目で語る菊澤に、一瞥しただけで何事もないようにВерныйは作業を続ける。
「伏宮少佐はいつも通り、薄めで良いのかい?」
「…………酒に弱いつもりはねぇが、自主的な宿直も兼ねてるんだ。いざって時に動けるくらいで丁度だ」
「Xорошо. 可愛い女の子からのお給仕だよ。心して飲むと良い」
「あいっ変わらず、自由奔放に生きてるなお前」
「今は共産主義者の狗だけどね、うちのヴェルは。ロシアっ子は中部海域に居たままの方が幸せだったのかもね」
そう言って喉を鳴らす菊澤は、ちびちびと白色の陶器に口をつけ始める。対してただ単に晩酌を流すだけなのか、伏宮のマグカップからは湯気だけが立ち昇る。
そんな様子に辟易したのか菊澤が飲むだけには飽き足らず、手持無沙汰になったのか懐から取り出したポータブルキット。折りたたまれた盤の内側から、白と黒の駒が転がり出る。
「手元が覚束ないのに、机を散らかすんじゃねぇよ」
「つまらなそうにしてるから、暇潰しの手伝いしてやるってだけよ」
「ぬかせ……どっちが白だ」
「勿論、私でしょ。まずはe4へ」
並べられて早々、菊澤の手番から白のポーンが跳ねていく。渋々と言った様子で、伏宮もまた黒の歩兵を摘まむ。無機質に駒がゲーム盤を奏でながら、歩兵同士の喰い合いが始まる頃。伏宮が口を突くのは、先日の会議の延長だった。
「それで? 今さらだが、Верныйに秋月型の自律駆動式砲台をコントロールさせるのはどういう了見だ。なぜこのタイミングなんだ」
「何を今さら……はそっくりそのまま返すわよ。別に可笑しな話じゃないでしょ、伏宮君。深海棲艦との接触において発生する特殊な磁場干渉。その解決策がようやくって所に、艦娘を小隊の主軸とした無人機の投入。現にテストベットとして陽炎型9番艦の天津風。新造した島風型と秋月型で実践データは得られてる」
「……そして、改装時に固有兵装が召還されないВерный。確かにキャパシティは逼迫していないことが、試験艦として白羽が立った原因か」
当事者であるВерныйは何食わぬ顔で焼酎を消費しているが、今日は酔いたい気分らしい。南方戦線で彼女を率いたこともある伏宮は、寡黙に見えても彼女なりの自己表現が端々に現れるのは知っての通りだ。
「本題の前に一つ言わせてくれ、菊澤。お前な……同じ理屈なら翔鶴型ですら自律駆動式砲台が使えるからな」
「それとこれとは話が別。どちらかと言えば、老朽化した特II型以降の延命措置の方が優先事項なんだから」
「未だ現役で酷使されるロートルには、辛い話だと思わないかい? 伏宮少佐」
「自分で自分のことを
本当に枯れてるなら、ここで酒なんて酌み交わしてると思うか――――その呟きには、あえて聞こえない振りをするВерный。駆逐艦の中では旧式の部類にあたる彼女が、Верныйという姿を経て戦い続けるのにも限界が来ている。騙し騙し使ってきた艤装。不具合を誤魔化す様にチューニングを繰り返してきたことは、かつて整備を担当してきた伏宮だからこそ分かっている。
既存艦のテコ入れをしなければ、時間の経過そのものが国防力の低下に直結する。スペック通りの性能を叩き出せない程に
「そこで特種兵装実験隊にお鉢が回ってくるか。期限はいつまでに?」
「この前の空襲で、長崎造船所が被害を受けているのは当然ご存じでしょ? 建造途中の秋月型が進水まで半年弱ってところでね」
「……そのツケのためにВерныйの調整が急務ってか? 笑えねェ冗談だなオイ、実質二ヶ月近くで仕上げろって命令か」
「自律駆動式砲台自体は、横須賀にモスボールされてたものを無理矢理持ってきてる。それも統合幕僚監部のお墨付きで、
「キナ臭さが十二分に増してるぞ。一体お前は何のために佐世保に寄越されたって言うんだ」
伏宮の睨むような視線には、肩を竦めて返す菊澤。Верныйもまた、目の前のカップに視線を落とすだけだった。
白のキングを詰るように、指先で小突く菊澤。そんな彼女の口から、乾いた笑いを含んだ声が飛び出す。
「伏宮君はさ。この戦争の終わりは、何をもって証明できると思う?」
「藪から棒に何だ。それを考えるのは為政者の仕事であって、軍人が語るべき舌は持ち合わせない……昔のお前ならそう言っていたはずだが?」
「……だったんだけれどね。正直、自信がなくなってきた」
会話をしている間にも、盤上からは白黒の両軍が少しづつ消えていく。互いの腕前は人並みだが、一進一退を示すよりも駒を減らし過ぎた。
「長崎空襲が意図的に被害を出したのかは、状況証拠すらない結果論だ。仮に演出であった場合であっても、誰が何のためにという議論にすら発展しないだろう。だが、異常なまでに即決された憲兵の派遣。その事実と、艤装の搬入の決定だけはどう考えてもあらかじめ
「…………仮にお前の
「三軍を統括する統合幕僚監部がGOサインを出した時点で、海軍の息がかかってない決定だと言えるかしら? 深海棲艦と言う駒を世界中に配置した、利権獲得のゼロサムゲーム。私たち軍人と艦娘はそれに付き合わされてるだけだって、伏宮君にも分かるでしょ」
候補生時代と何も変わっていない――――語る菊澤の表情を見ての感想は、それに尽きる。暇を見ては、チェスに勤しんでいた姿。盤上の白と黒を削り合い、勝負がつかなかった試合は幾度も重ねている。
「だからだ。だから艦娘は……いや。艦娘を運用する部隊は、誰の地位や名誉からも遠ざけられ、干渉などされないよう強くあるべきだ」
その台詞は、彼女の堅い意志の表れか。満を持して動かした白のポーン。ゲーム盤の縁まで到達し、用意していたゴム製の王冠を菊澤は被せる。
「|戦争を軍人に任せるには、あまりに重要過ぎないかね。《War is too important to be left to the generals.》」
「…………確かナポレオンの寝首を掻いた、外交官タレーランの話か?」
「私の記憶の限りじゃ。
「残念ながら、日本史専攻だったものでな。その言葉の背景を、理解できる能は持ち合わせていないさ」
チェック――――盤上に躍り出た、
「雑兵だって、クラウンになれるんだ。うちのヴェルだって、他の子を打ち負かしたって良いじゃない。伏宮少佐」
「それとこれとは話が別だ、菊澤。canとbe able toじゃ、天と地ほど意味が違う」
「そこで
性格だけ見れば、天上天下唯我独尊。こんな彼女がそのまま昇華したようなままでは、部下も苦労していることだろう。チェスゲームのように見下ろされながら、動かされる方はたまったものではない。
だからだ。だからこそ、彼女が見えない糸に吊るされている姿に違和感を覚える。主導権を常に握る側の人間が、手綱をとられている。これは伏宮にとっても手に負えないような、案件ではないかと脳裏から警告が飛ぶ。
「……一つ聞かせろ、菊澤。今のお前は、ただ命令に忠実に従うだけの軍人か」
「中坊じゃないんだから、上司の指示通りにを実行するだけよ。そうでしか生きられないのは、貴方にも分かるでしょう。伏宮君」
干からびたような笑みを見せて嗤う菊澤に対しては、こちらも覚悟を決めざるをえなかった。
「……幸いВерныйには、トラック泊地で使用した自律駆動式砲台のテストデータは残ってる。情報を引き出すのには手間と人脈が必要だが、不可能ではない……これで十分か?」
「やっぱ伏宮君は頼りになるなぁ。餌で釣る甲斐
「……離せヴェルッ! こいつだけは一発ぶん殴らせろッ!」
笑いを堪えて伏宮の後ろに抱き着くВерныйを引き剥しつつ、振り解き拳を突き出す。空を斬るように回避した菊澤が宙に身を躍らせるが、追おうとしたところで喧騒を聞きつけた闖入者が扉から顔を出す。
「伏宮少佐ぁ!? いい加減に寝てくださいってば。上司が死にそうな顔で仕事してたら、部下は気を使って休めないんですからね!?」
「……明石か。意地でもお前を夢の世界に放り込んでから話すべきだったわ」
寝ぼけ眼を擦って、仮眠室から来た寝間着姿の明石が欠伸をする。毒気を抜いたように溜息をつく伏宮に対して、明石が仁王立ちで説教を始める。菊澤はこれ幸いと、何事もなかったかのようにソファに身を預ける。
「ほら、寝ましょう。寝ましょうったら少佐! 今日と言う今日は、梃子でも何使ってでも寝床に縛り付けますからねっ」
「……昔っから本当に面倒な部下だな。
「ほら、やっぱり可愛い女の子を侍らせてるじゃない」
「菊澤ァ! お前いい加減にしやがれ!」
一緒に爆発しろリア充と。笑い飛ばしたこの時には、まさかこの身に降りかかることとは誰も思わなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
戦隊の司令官となれば、外出の機会すら中々難しい。そんな多忙な合間を縫って基地の外に出たのは、馴染の店に顔を出すためだった。
お通しを待ち、メニュー表で目に留まった何品かを注文をする。公務外とはいえ酒を飲む事に躊躇した大宙は、それこそソフトドリンクで胃を誤魔化しつつ時間を潰す。
四半刻経った頃合いだろうか。他に席があろうに、わざわざ大宙の隣に男が座る。挨拶を済ませた位で、酒の注文を始める客からの言葉を待つ。
「随分と手を焼かせる案件をお持ちの様だ。大宙様は」
「前置きは良い。それで……頼んでおいたものはどうなっている?」
「そう焦りなさるな。この店がいつも使われるのは、
頼んだ料理に舌堤を打つ情報屋に大宙は辟易する。店長が気を使ってくれたのか、サービスでとノンアルコールを出されたあたりで会話が再開する。
「まず朝鮮のツテにかけて、工廠関係を丸洗いしました。気にかけていらっしゃる自律駆動式砲台。教えて頂いたロットナンバーと照らし合わせれば、確かに開業工業地区で生産されたものがメインでした」
「最新装備だった秋月型の艤装だ。普段であれば横須賀、今回委託されたのが長崎だった。偶然に生産ラインが止まった結果、半島の予備艤装を取り寄せる羽目になった。ここまでは予想通りか?」
「えぇ、表向きにはですが。しかし本国ではなく半島や満州の軍需工場を使用したのは、何かしらの企みがあったと推して図るべしかと思いますがね」
これ以上は追加料金だと言わんばかりの表情。遠目でこちらを見る店長に対してキープボトルを開けるようにと声をかけると、満足したかのように言葉を続ける。
「強いて言えば、模造品や粗悪品が含まれていた場合です。あえて海外の工廠から取り寄せた口実を使えば、事故が起きた場合でも言い訳が出来る」
「本土産の純正品ならば質はキープできる。目の届かなかった委託先の問題だと切り捨てられるからか」
「あくまで噂かと思いましたが、裏がとれています。ここ数ヶ月で、秋月型の艤装の増産が決定して実行されています。もちろん、長崎が空襲される前の話です」
操る側の艦娘の総数が、両手で数える必要があるかというレベルの話だ。そもそも秋月型は量産性に優れた艦ではない。
「……量産体制に入った秋月型の正式ロールアウト自体は、一年に満たない。試験運用も兼ねて
「そうです。時期的には、五十機弱もの自律駆動式砲台が予備として生産される理由はありません。指揮する秋月型の艦娘すら適合者を血眼になって探しています。長崎の工廠の分も合わせれば、ゆうに百機を越える連装砲が用意されていたとは考えにくい」
まさか、決算期前の予算消化ではあるまい。そんな余力は我が軍には存在しない。だとすれば使うとは考えにくい艤装が、なぜこうも強硬的に生産されたか。それを手繰るしかないだろう。
「使い手がいないのに武器を作る必要性か」
「大本営は沿岸防備用に基地内の司令部施設を使用して運用するつもりだった、と答弁しています。その有用性に間違いではありませんが、無理があります。
「艦娘の艤装だからこそ効果を発揮する場合か。何かしらの不祥事や金銭的癒着があるように思えるがなぁ」
時の海軍大臣が更迭されたという話も聞かない。だとすれば、派閥争いではなくもっと別の目的か。
隣に座った男は辺りを一瞥すると、仲間にでも合図をしたのだろう。会話を双方以外で気取られた可能性は低いらしい。
「調査の報告はひとまずここまでです。依頼された分だけこちらは動きますが、大宙様も悟られぬようお願いいたします。こちらとしても都合は悪いですからね。そして我々としてもパートナーを失うには惜しいですからね」
「警保局の重役が金で情報を売るとは考えまい。君の部署は腐敗した政治を叩くためではなかったかね?」
「お互い様です。まさか天下の艦娘部隊の指揮官が、身内の背後を撃ち殺す役回りとは思わないでしょう?」
お代はこちらが持ちますのでという誘いを断り、大宙は万札をテーブルに置く。夜も冷える頃合いだが、飲酒なしに火照るような錯覚を覚えるのは少々頭を回したからだろうか。
「最終的には、あの陸軍佐官を吊るすに他ならないか」
大宙の呟きは、闇夜へと溶けていった。