艦隊これくしょん―コンコルディアの落日― 作:GF-FleGirAnS
仮にも顔見知りとはいえ、
「それで? 憲兵隊の士官殿が今更私に何の用です?」
「今更、今更ね……、その節は世話になったとしか言いようがないが……なに、見知った顔を見て尋ねることがそんなに不審なことかね?」
埃一つない程に手入れが行き届いた部屋に通された菊澤はどこか上機嫌に人工皮張りのソファーに腰掛けながらそう言った。彼はどこか迷惑そうな顔をしながらローテーブルを挟んだ向かいに腰掛ける。
「痛くもない腹を探られるのは不愉快だって言うのは理由になりませんか?」
「十分に理由になるが、そもそも私は尋問をしに来たわけじゃない。そこの認識を改めてもらいたいね。海軍聯合艦隊直轄、特種兵装開発実験団、医学実験部、医学実験隊隷下、佐世保方面分遣隊、研究調査班所属、天羽月彦特種兵装専任医系技官殿?」
所属を頭から諳んじられ、彼は――――天羽月彦海軍中尉は溜息をついた。
「溜息をつくようなことがあるのかな?
「別に合わないわけではありませんよ。スタッフも患者にも恵まれていますから」
「でも仕事に恵まれているわけじゃない」
菊澤はそう言って笑う。
「この国の最高学府の中でも頂点に君臨する帝都大学大学院。そこの医学系研究科外科学専攻で医学博士になって、移植外科学の専門家として働いていた君を海軍がスカウトした。
その言いぐさに天羽は小さく苦い笑みを浮かべた。
「臨床実験という言葉をご存知でしょう。満足していますよ……それで、今度は菊澤中佐殿が私を陸軍か憲兵にスカウトする気ですか?」
「君にその気があるなら繋いであげてもいいんだけどね。でも今回は単純にВерныйが世話になったことのお礼と、ちょっとした確認と情報提供のお願いといったところだ」
「……」
天羽はそれにどこか身構えた姿勢を取る。部屋に差し込んだ日光が、彼の顔に似合っていない丸眼鏡に反射する。
「そんなに警戒しないでいい。まずは私からお礼を言わせてほしい。Верныйを治療してくれたこと、感謝する」
「特別なことをしたわけではありません。助かる見込みがあった。技術と設備が手元にあった。だから助けられた。それだけです。それに今回、彼女の怪我は軽かった」
「それでも助けてもらったことには変わりない。それも、
そうだったよね? と菊澤はソファーに座ったまま背を反らして後ろを見る。護衛をするように立ったВерныйは頷いて口を開く。
「まだ天羽中尉が国立病院機構東京医療センターにいたころだったかな?」
「あぁ……そんなこともあったか」
無表情にも見えるВерныйに天羽がどこか懐かしそうにそう返す。
「運ばれてきた時には驚いたものだったが、助けられて何よりだ。不調はないか?」
「全く。異性に一糸まとわぬ素肌をさらしたのは初めてだったけどね、感謝している。責任とってほしいかな?」
「あれは医療行為だ」
Верныйにそう返すとケラケラと笑ったのは菊澤である。
「まぁ、からかうのはそれくらいにしておきなよ、ヴェル。天羽中尉も話半分でいい、ここから先の本題もその程度のものだ」
「……それで、本題とは何でしょう?」
「先日、私が輸送を担った自律駆動式砲台についてだ。……どう思う?」
「どう思うと言われましても……」
天羽はそう言って頭をかく。菊澤は笑みを張り付けたままだ。
「難しく考えなくてもいい。……妙だとは思わないか? 自律駆動式砲台をこんな急に佐世保まで動かす。それも憲兵隊所属の私を使ってまで、だ」
「それだけ佐世保方面の状況が逼迫しつつあるということでしょう。実際、輸送中にも襲撃があった。実験中のものだとしても動かさないといけないと判断した。そういうことなんだと思うんですが……」
天羽はそう言って指を組む。言葉が切れたのを見計らって菊澤が割り込む。
「天羽中尉も専門部署は異なるとはいえ、特種兵装開発実験団の所属。それに自律駆動式砲台の使用者の生体データの採取は、研究調査課の君が担当することになるはずだ。根っからの現場肌である雅軍医大尉もいるが、彼女は佐世保鎮守府の衛生隊の所属だ。実験団付として送られてきた自律駆動式砲台のサンプリングは君が適任となるはず……その君がなにも聞かされていないはずがない」
天羽は黙ってその言葉を聞いていた。沈黙が落ちる。
「沈黙は肯定と受け取るけど、どうかな?」
「……聞かされているのはその仕様とこれまでの実験データぐらいのものですよ。それがどのような意図をもって使用されるのか……特に上層部の
「うん。伏宮少佐には昨日の夜にもう聞いたんだ」
「酒の力を借りて彼の体にね」
「
菊澤は振り向かずにそう言ってВерныйを黙らせる。
「なるほど、君の言う事ももっともだ。なら話を変えようか。医官として自律駆動式砲台の運用をどう判断する?」
「……まだ運用していないのでコメントは差し控えたいところです」
「政が苦手って言う割には、お役所的な答えが返ってきたね」
何が面白いのか菊澤笑いながら肩を竦めた。
「これはオフレコだし、君の意見が調書に乗るわけではない。そもそもこれは尋問でもなんでもないんだから調書も作らない」
そういう目は笑っていない。天羽は溜息。
「十分運用できると思いますよ。……陽炎型のテストでも、島風型でも、秋月型でも使えたわけですから、自律駆動をしている間、そのオペレーターたる艦娘には肉体的ダメージは入らない。夜戦などなら有効だと思いますよ。発射炎を目標とされてもオペレーターの生存率は跳ね上がる。自律駆動式砲台は文字通りある程度の自律行動をしてくれるわけですし、現状で危険は少ないと考えています。いつかは艦娘もクーラーの効いた司令部で自律駆動式砲台をコントロールする時代が来るかもしれません」
天羽はそう言って目を細めた。丸眼鏡越しの目がВерныйに向けられた。
「もっとも、自律駆動式砲台をコントロールする時に拒絶反応を起こさないかどうかは、個体差があると考えられる以上、誰もが使える兵器であるかの判断を下すには時期尚早でしょうね」
「拒絶反応?」
「身体にとって、自律駆動式砲台を手足のように駆使して運用することはこれまでにない器官を植え付けられるに等しいんです。生身の腕を義手に変えてから調子を崩す人がいるのと似ています」
天羽はそういうと右手を握って開くという動作をしてみせた。
「人間が右手を自在に動かせるのは、それを自身の一部と認識し、神経がまともに通じているからです。ですが、人間に猫が尻尾を動かす感覚は理解し難い。同じように身体から分離した自律駆動式砲台をコントロールする感覚は理解し難い……まぁ、通常型の艤装を自在に動かす感覚を知っている艦娘は比較的その感覚を理解しやすいだろうと言われています。そこまで気にすることはないのかもしれません」
「なるほど……だが、実際に運用できているんだろう」
「えぇ、ですから、そこまで気にする必要はないかと……特型艤装のアップグレードも可能だと思われます」
天羽の言葉に菊澤はどこか皮肉な笑いを浮かべた。
「そうか、喜べヴェル。休暇はしばらく先になりそうだ。お賃金は期待できるな」
「その資本主義的な考え方は嫌いだね」
「残念ながらここは資本主義の王国だ」
常日頃からそう言い合っているのか至って軽くそう言い合った二人だったが、注意はすぐに天羽に戻る。
「乗っ取られる危険性は?」
「通信などの分野は門外漢でなんとも言えません。それこそ伏宮司令補佐官か工作艦明石にでも聞いてください」
「……それもそうだ。後で聞いてみることにしよう。時間をとってしまって悪かった」
「いえ、そこまで時間を取った訳でもないので」
天羽はそう言って立ち上がろうとする。会話は終わりなのだ。
「あぁ、そうだ」
「なんです?」
その天羽を手で制したのは、菊澤だった。
「近頃、佐世保鎮守府内で不審な動きはなかったか?」
「……そちらが本題でしたか」
「いや、
「年がら年中の話じゃないですか? 艦娘反対派はマイノリティですがいない訳じゃないでしょう。確率論で言えば鎮守府にいてもおかしくないのでは?」
天羽の答えに肩を竦める菊澤。
「そういう君はどうなんだい?」
「……本気でそんなことを考えてるならとっくに艦娘を全滅させてますよ。特種兵装専任医系技官の肩書きを使えば、陸にいる間に皆殺しにできますからね」
「なるほど?」
でもまぁ、快くは思ってないかな? と菊澤は笑う。
「個人の主義主張はそれでいいし、個人ならいくらでも鎮圧可能だ。大きな事態にもならない。だが、それを組織立った形で行動に起こそうとしているなら話が別だ。それも軍組織の中でやられるとたまったもんじゃないしさ。それで上は内密にと言いながら敵性コードまで設定して対策を練ろうとしている」
「……それを、私に話していいのですか?」
「医官の口の硬さを信頼するさ。カドゥケウス……憲兵隊ではそう呼ばれている」
「医療部隊を狙い撃ちしたような名前ですね」
天羽が苦笑いを浮かべると、菊澤はどこか腑に落ちない顔をした。
「あぁ……あれか、アスクレピオスの杖と混同してるのか。違う違う。カドゥケウス……ケリュケイオンと言った方がわかりやすいか。ヘルメスやメリクリウスが持ってたりする杖だ。神々の使者であり、死者の導き手であり、商人や羊飼い、博打打ちに嘘つき、盗人の守護者たる彼らの象徴だ。雄弁にして博識、夢と策略の神だったりする」
朗々と読み上げられるその声はどこか芝居がかっており、どこか楽しそうだ。それを聞いて天羽は逡巡する間を取った。それを察したのか菊澤も口を噤む。
「……心当たりがないですね。もし怪しい行為を見つけたら菊澤中佐に内密に伝えればいいのでしょうか」
「火急だったら派手に喚き散らしてもらっても大丈夫だろう。自律駆動式砲台のテスターにВерныйが入っていることもあって、しばらくは佐世保にいることになりそうだ。目につきそうなところでわめいてくれれば私が馳せ参じよう」
「それは心強い。よろしく頼みますよ」
天羽はそういうと扉を手前に開く、直後。
「うわ……っ!?」
「……何をしてるんだい? 深雪」
ドアを開けた途端バランスを崩して部屋に倒れ込んできたセーラー服を見て、天羽は溜息。
「盗み聞きとは感心しないが、どうしたかな? 深雪君」
「け、憲兵さまには言われたくないやい」
深雪は部屋の床に突っ伏した姿勢のままそう言った。顔だけ上げた様子はどこか不満そうだ。
「……それで、何をしに来たんだい?」
「……天羽さ……中尉が憲兵にしょっぴかれてたから……」
「なんだ、冷やかしかい?」
天羽の声に彼に噛みつかんとしているのかのように、がばっと体を持ち上げる深雪。
「アンタを心配してたんだよ! ……少しだけ、だけどな」
口にしてから恥ずかしくなったのか、どっかりとその場で腰を下ろすように距離を取った。スカートを気にせず胡坐をかいて顔を逸らす。それを見てにやにやとした笑みを浮かべ天羽にすり寄ったのはВерныйだ。
「こんなとこでも
「根も葉もないことを言うな。それにすり寄らないでくれるかな。あと腕を外してくれると助かる。菊澤中佐について行くんじゃないのかВерный」
「ヴェルが好きならおいていってあげようか? このロリコン医官」
菊澤の科白に深雪がじとっとした目を向ける。
「天羽中尉……まさか……」
「……ロリコンだったら外科医じゃなくて小児科医を目指してるさ」
「で? 精神鑑定でバレたから外科医に?」
「Верныйは少し黙ってくれ」
天羽が困ったようにそういうと、ニヤニヤしながらВерныйが天羽の横をすり抜けて部屋の外に出た。
「さて、いつでもラブコールは待ってるからね、天羽中尉」
「ヴェルもそう言ってることだし、ぜひとも考えておいてね、天羽君?」
「あなたまで乗らないでくださいよ」
菊澤はケラケラと笑ってВерныйの後を追った。彼女は振り返って敬礼。
「んじゃ。よろしく頼む」
「……了解しました」
扱いへの不服を滲ませながらも天羽は答礼。深雪も不承不服ながらも答礼を返した。胡坐のまま海軍式で額に掌を翳す動作は慇懃極まりない。その背中に向かって舌を出して怒りを表現するが彼女たちは振り返らない。
「ふんっだ。なんなのアレ! あんなのが好きなの天羽さんっ!」
「誰も好きとは言ってないし、あれを真に受けられると私も困る」
からかわれたことが相当に不満なのか、菊澤たちが消えていった方向を指さして天羽に噛みつく深雪。天羽も困り顔だ。
「……まったく、好奇心は猫をも殺すという言葉を聞かないのか」
「そんなこと言ったって天羽さんがいなくなったら誰が私達の治療をするのさ」
「そりゃあ雅柚穂大尉がしてくれるだろう」
「えー……」
「なにが『えー』なんだかわからないんだが」
天羽の確認を深雪は無視。
「……で? 何か変なこと言われて……たね、うん」
「あの冗談は差し置いて、別に私が連行されるとかそういうことじゃない」
安心しろ、という意味でポンポンと頭に手を置いた天羽。深雪が目を伏せ気味にしてそれを受け入れていたが、何かにハッとしたようにその手を払って飛び上がる。
「こっ、子ども扱いするなバカ――――!」
地団駄とは言わないが床をバンと鳴らして威嚇する深雪だが、その顔は羞恥か怒りかわからないが真っ赤に染めている。
「別にアンタの心配なんて全っ然、全然してないし! 勝手に
そう言い残して走り去っていく深雪。菊澤たちがいなくなった方向とは逆の方向に去っていく。
「おっと」
深雪が角を曲がったタイミングで男の驚いた声が聞こえた。怪訝に思っているとその角からひょっこりと顔を出す影を認める。天羽はすぐに敬礼。向こうの方が上官だ。
「深雪と何かあったのか?」
「……子ども扱いするなと怒られてしまいました。……大宙中佐はどちらへ?」
「陸海連携の会議に呼ばれてるんだ。先の深海棲艦の襲撃の反省と対策を練るための会議だとさ。全く嫌になるよ。
首元が苦しいのか塩梅を確かめ、脇に抱えた制帽を振って見せながらそう口にするのは大宙哲也中佐だ。横には書類が入っているらしい男物のブリーフケースを下げた重巡洋艦『摩耶』がついている。彼女の恰好からすると恐ろしくブリーフケースは似合ってない。
「んで? 天羽中尉はこんなところで何を?」
「いえ、憲兵隊の菊澤中佐に呼び止められてしまいまして、過去に顔を合わせたことがあったのでそれで絡まれたようです」
「憲兵さんか、天羽中尉も災難だ」
そう言って笑って見せる大宙の横で鼻を鳴らしたのは摩耶だ。
「こんなところで油売ってる余裕ないんじゃないですか、大宙提督殿」
取ってつけたような丁寧語があまりに似合わない摩耶に大宙や天羽は苦笑いだ。
「艦娘も参加されるのですか?」
「まさか、摩耶が寂しそうにしてるから構ってるだけ」
「提督が荷物持ちでついて来いって言ったんじゃねぇかクソが!」
「おっと」
さっきの敬語がどこへやら、摩耶が拳を作って大宙へ振り下ろす。それをひょいと軽く避けた大宙が小さく笑う。
「まぁ護衛も兼ねて呼んでる訳なんだがね」
「基地の中で、ですか?」
「仮にもあの襲撃の対応に係った一人だ。陸海のいがみ合いの合間に殉職とか避けたいし、国防の要たる艦娘がいるところで馬鹿正直に責めてきたりはしないはずだから」
「はぁ……」
天羽はそういうものなのか、とどこか腑に落ちないような煮え切らない返事を返す。
「提督、さっさと行くぞ。もう時間はギリギリなんだ」
「それもそうだな、仲直り頑張りたまえ、天羽中尉」
そう言って肩を叩いて横をすり抜けようとする大空。その瞬間、口元を動かさないようにして大宙が呟いた。
「気をつけろ。陸が何かをしているらしい」
それだけ言って肩をもう一度叩いて通り過ぎていく。
「頑張ります、中佐」
天羽は苦笑いの敬礼で見送る。手をひらりと振って過ぎていく大宙と怪訝な様子の摩耶が廊下の角に消えていくのを確認してから、天羽は踵を返した。
「……気をつけろ、か」
天羽はそう呟いて、自分の職場である医務区画へと向かったのだった。
はじめまして。今年も音頭をとることになったエーデリカです。
去年の合作を受けて、対策した上で現在の有様とは笑うに笑えないですね。
読者の皆様の中には、そろそろ期末テストの方もいらっしゃると思います。勉強も執筆も先延ばしにしない! 割りを喰うのが自分自身だけなら良いのですが、果てさて。
さて、物語も折り返しに入って参りました。既に原稿は完成していますが、こうご期待くださいませ。
それでは。