艦隊これくしょん―コンコルディアの落日―   作:GF-FleGirAnS

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ウェヌスの抱擁(後篇)

 異変は突然に、前触れもなく。日常であることは、人間にとって何を用いての尺度か。しかしこの日に起きた出来事が、佐世保鎮守府の将来を大きく揺るがしたのは他でもない事実だった。

 

 睡眠不足による片頭痛に悩ませられながら、散らかした作業台の上を明石が片づけるのを眺める。コーヒーを煽ったものの、気つけにもならないような不快感。休息が削られた事よりも控えている仕事の方に悩まされていたのが大きいが、部屋中に聞こえるような溜息を一つだけついた。

 

 日頃は装備の開発に限って喧々している伏宮と明石であるが、開発が一段落すれば対等な技術者間ではなく只の上司と部下になる。

 壁掛け時計を見れば、シフトが交代する頃合いである。窓からは、ブラインド越しに忌々しいくらいに朝日が差し込んでくる。

 

 そろそろシャッターを開けるかとも考えた伏宮だが、先方のコールをを告げる着信音に顔を顰める。電話帳に登録された名前を見て、ますます気分が滅入ってくる。なぜ今になって、特実隊の実質的トップである横須賀の准将殿から連絡を寄越されねばならないのか。

 

 気持ちを仕事へと切り替え、マナー通りに2コールで通話を開始。夜明けまでご苦労という出だしからの会話は、もはや上長からの煽りにしか聞こえない。

 

「はい。例のコンテナは無事に陸揚げされたようです。いえ……勘弁してください、准将。なぜこの時期に搬入されたかは、私の方が聞きたいです。はい……今回の件、統合幕僚幹部。いえ、陸軍幕僚部に関しての探りは……。はい、了解いたしております。その件ですが、なぜこのタイミングになって、ロシア極東部から追加の艤装が? では、またこちらからご連絡させて頂きます。失礼いたします」

 

 苛立ちを抑えながら状況報告を済ませ、通話を切る。上司相手の報告一つで予想外が起こるだけで面倒だと、特種兵装実験隊佐世保方面分遣隊司令補佐官であるなどという仰々しい肩書に見合わぬものだと溜息をついた。

 

 そもそもが長崎の海軍工廠が空爆されたのにはじまり、補填物資を大陸から海路で運んだ際の戦闘などイレギュラーが多すぎた。それに伴って抗議の意味も含めて追及したつもりだが、巧い具合にはぐらかされた。

 

そうして一人背もたれに身を預けると桃色の髪に鉢巻を締めた女性が、作業着姿の伏宮に問うてくる。

 

「そういえば伏宮少佐。何であんな開発計画を快諾してるんです?」

「快諾も何も、技術屋がやるべきはお上からの命令を忠実に実行することだけだが? おまけに、本来落としえない予算まで申請できた」

海軍においても唯一無二と言える工作艦、明石。その声に何処吹く風と流す伏宮。

片づけきった作業机に広げられたのは、整備や補給の報告書の束。その散らばった書類の中に、明石のいう案件があった。あらかた先日の会議で、菊澤相手に発破をかけた件についてだろう。

「試製六連装酸素魚雷なんて正気です!? 五連装でも十分な威力ですし、それ以上に現状魚雷装備へ防盾の追加と装填の自動化こそ優先すべきだと思うんですけど」

「あの炸薬の塊に、盾など付けたところで焼石に水だぞ。それに便利にしたところで、被弾時の強制排除で使い捨てもありうる装備に経費を落とせと?」

詰め寄る少女の剣幕に、物怖じせずに伏宮は返す。艦娘である明石の階級は中尉相当、対するその上官は少佐。本来であれば抗議のスタンスなど持っての他だが、工廠で勤める者として譲れない面もあるようだ。

技官である以前に艦娘である明石にとって、実際に艤装を背負い戦場に立つのがいかに危険と隣り合わせかと目で問うてくる。

「僅かでも誘爆の可能性を下げられれば十分でしょう!? 工廠の都合でそれを妥協していいんですか。戦地の艦娘の生死に直結する話ですよ!」

「オーバーホールして換装するのであれば、それこそ重心関係を総とっかえだ。既存システムからの更新のために開発費と実装調整、一体どれだけの金と時間がかかると思っている」

「それを言い出したら、お上のいう六連装魚雷発射管だって同じですっ。ただただ魚雷を積めば良いって問題じゃありませんっ」

「だから秋月型に改装計画が持ち上がっているんだろう。開発中の戦時量産型駆逐艦にしかり、少ない搭載スペースに最大限の雷装をという要望は理に適っている」

これで議論は終わりだと突き返す伏宮。対して明石は、悔しげに歯を鳴らす。

秋月型駆逐艦は、その運用コンセプトから攻めより守りに重点をおいた艤装をしている。自律駆動式砲台によってカバーする、他を追従しない防空範囲。ただし水雷戦による肉薄しての打撃力は、初期型艦艇にすら劣るという犠牲の上だ。

改良策として挙げられるのは、キャパシティを活かしての六連装酸素魚雷へ更新すること。駆逐艦の中でも演算処理装置が大型な秋月型であれば、取り回しへの負荷も軽微であるという机上の空論だけが根底にある。

資源は有限である。戦況を打開するためには、常に新たな戦術や武装が必要とされているのは理解できる。しかしそんなこと(・・・・・)よりも、既に配備されている武装の拡充が最優先だと明石は語る。

前線にとって必要なのは柔軟に対応できる戦力の向上であり、決して尖ったワンオフ機が欲しい訳ではない。これから配備される最新の秋月型と、現状配備されている多くの駆逐艦。汎用性という面だけを鑑みれば、少ない投資に見合う働きをするのは後者だ。

しかし前線にいる艦娘の旧型装備を更新し続けるのは、日中夜に工廠が稼働し続けてもいつになるかも分からない。そして彼女達はたとえ旧型であっても、今なお戦線を支え続ける実力を兼ね備えている。

だからこそ上官である伏宮はコストを天秤にかけた上で、上層部の要望を優先する。整備のためにただただ戦線から艦娘を遠ざけることを良しとはしない。ならば、これからの戦線を担う秋月型に最大限の技術を注力すべきだと判断する。

「俺達がやるのは、最前線が常に100%の実力を発揮できるように整備することだ。決して、120%をムラがあっても出せるようにすることじゃない」

「しかし前線の膠着状態は、決してその余力があるとは思えません」

「だからこそだ。整備のために戦線から艦娘を一隻でも下げれば、他の艦娘がカバーせざるをえない。無理が祟って、それこそ轟沈させれば終いなことも分からなくはないだろう。明石」

「だからと言って、前線の要望を取り下げるんですか!? 本土にいる私たちの勝手な思想でっ!」

確かに、魚雷という爆発物を抱えている艦娘を守るために防御力は欠かせない。しかし鈍重にならざるをえないことで、機動力が落ち込むのも前線も分かっている。無理難題の上で、各泊地の指揮官は艦娘の要望を上げてくる。それに応えるのも技術屋の立派な務めだ。しかし出来ないことが出来るようになればと、世の中が上手く回らないのもまた事実である。

「『兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久なるを睹ざるなり』かつて孫子は極度の長期戦を避けるべきだと問いたが、今の俺達はどうだろうな。勝算がないにも関わらず、悪戯に兵を喪うだけだ。なら、前線にテコ入れが必要な時期が差し迫っていても可笑しくはない」

「『正を以て合い、奇を以て勝つ』伏宮少佐はそう言いたいんですか?」

「そういうことになるな。敵軍と対峙するときには正攻法を採用し、戦には奇襲によって勝利する。今が正というのではあれば、奇を作るべきときも必要だという話だ」

とはいっても、それが前線から求められているかは別の話だがね――――そう言って伏宮は嗤う。

 戦争には()である英雄(ヒーロー)が必要だ。戦場を駆け巡り、敵を打ち倒す。そして味方を鼓舞し、勝利の盃に手をかけるのは英雄として昇華された者がその役割を担うのが望ましい。

ヒトは何時の世も、戦場に近しくない女性を旗印と据えることがある。オルレアンの乙女。自由の女神(マリアンヌ)。その役割は様々だが、艦娘がそれを担う今となっては、彼女達こそが深海棲艦を打ち滅ぼす勝利の女神なのだ。

だが、決して艦娘は万能ではない。彼女らが活躍していく為には、内地で支え続けることが必要である。そして彼女達が消費していく資源に対して、帳簿を睨んで運営するのは人間の役目だ。例え艦隊に有一無二の工作艦相手と言えど、伏宮は技官としての矜持を優先する性質であった。

不服そうな表情をしながらも、どうにかならないかと伏宮の顔色を窺う明石。もちろん彼自身にとって彼女が艦娘であるからといって、特別扱いなぞしていない。

「伏宮少佐の堅物……」

 口を尖らせ、明石が呟いた声。それに対しては肯定も否定もなく、伏宮は肩を竦めるのだった。

 

 しかし、この問答に意味がない訳ではない。明石の言う通り現行装備のアップデートも重要であるし、同時に新装備も開発を進めねばならない。技術者や妖精の数。そして予算と照らし合わせて、今やるべき事を総合的に判断して実行するだけだ。

 

 長崎に対する空襲によって工廠のラインが中断したのも問題であるが、それよりも戦力拡充に対しての要求スケジュールが悲惨なことになっている。このままでは突貫作業によって、艤装自体の質も問われかねない。

 

 今回は棚から牡丹餅のように予算が通ったからこそ、六連装酸素魚雷の開発に集中する。結局のところ、明石に対して伏宮が言い放ったのは建前であり方便でもあったのだ。やろうと思えば、それこそ防盾付五連装酸素魚雷の支持にまわることも出来ただろう。

 

 とりあえずであるが、会話が途切れる。伏宮は一眠りする前に、緊急の案件があるかだけを確認しようと卓上のコンピュータを起動する。いかに上層部との日程調整について折衝を行うかを脳内でシミュレート。特種兵装実験隊佐世保方面分遣隊司令補佐官宛てのメールボックスをチェックする。

 

 既読、既読、既読、ウイルスチェック、削除、既読、既読、ウイルスチェック、削除、ウイルスチェック、削除。

 

 本来であれば外部からのアクセスには厳しい鎮守府の軍用回線であるが、ここのところ一般人と変わらない程度に勧誘やら出会い系やら還付金やらのメッセージが多く届く。

 

「どこの誰なんだろうな。こんなに頻繁にセキュリティソフトに引っかかるものを流し込むものか?」

「もともと特種兵装実験隊自体って、他の部隊と違って横須賀が本部じゃないですか。十二ある軍事サーバーとは切り離して運営されてますし、ここ佐世保とも直接ラインが通っている訳じゃありません。松代のスパコンが一度検閲をかけてますけど、どこかでセキュリティホールでも見つかったんですかね?」

 

 明石の指摘も最もであるが、そういう訳ではないらしい。現に有象無象のスパム系メールが、佐世保のメインサーバー経由でも確認されている。

 

 伏宮としては、自分達の置かれている状態が他の指揮官と同等だと感じていたが。しかし受信リストにある『Gewalt Apparat』という一通のメール。たったそれだけのタイトルに、危機感と共に、吸い寄せられるような魔力に近しいものを感じた。

 

「……直訳で暴力装置?ですか。チェックで弾かれてませんけど、いきなり固まってどうしたんです?伏宮少佐」

「いや、メールのタイトルに少し引っかっかってな。英訳にOrganized violenceを用いれば、確かに暴力装置で間違いないんだが。だがマックス・ウェーバーやレーニンが近しい言葉を用いたとする『権力を行使する力』という意訳の方が、原文に近いって話を思い出しただけだが……」

「出所は菊澤中佐ですか?」

「あいつと関わると、碌な教養じゃついていけないがな。だが高等学校教育相当で語る分には、義務教育は捨てたものじゃないか」

 

 念のために、メールボックスから件の文書をシステムから切り離す。隔離した状態で起動するが、書かれていたのは文面だけで綴られた日記のように感じる。

 

「……文面は暴力を批判する内容というか、現行海防システムに対するシニカルな思考のオンパレードだな。カーボンコピーを見る限り、メールの送り主は俺を含めた士官連中に叩きつけたようだが」

「少なくとも、送信者は暴力装置って意味で使ってそうですよね」

 

 事細かく書かれた、軍に関する考察。それもかなり内部の事情に詳しい者が筆を執っていると判断する。批判だけでなく改善案まで定義されているあたり、只の批評家ではなく。現状に対してを憂いる革命家とでも言ったところか。

 

 雑多な情報の中に埋もれるように、著名な人物が遺してきた思想。そういったものを凝縮して、この文書が固められていく。そして最後まで読み進めた伏宮が見たものは、聖書からの文章に後付された、送信者の悪意だった。

 

 And saying, The time is fulfilled,(ときはみち) and the kingdom of God is at hand:(かみのくににちかづいた) repent ye,(くいあらため) and believe the gospel.(ふくいんをしんじよ)

 

 

 ――――You have withnessed too much...(あなたはしりすぎた)

 

この文章を最後に、パソコンのファンが急速に回転を始める。

 

 ディスプレイが『Good luck!』だの『Bon voyage!』などと、この状況に対して縁起でもない言葉で埋め尽くされていく。

 

「何が良い旅をだよクソったれ! 時限式のカバーウイルスなんか仕込んどいて、攻撃する気満々じゃねぇか!?」

 

 プロセスを見る限り切り離したメールボックス自体から枝を伸ばし始めたようだが、隔離してあるのが幸いだったのか駆除ソフトによって覆い尽くした文字が消滅し始める。

 

 陸に打ち上げられた魚の様になった端末を見て胸をなで下ろしている間に、部屋の向こうから慌てた様子の明石が顔を出す。夢中になっていて、彼女が隣からいなくなったことにすら気が付かなかったらしい。

 

「大丈夫ですか? 伏宮少佐。さっき本部から申請されているサイドトラックの強制破棄についてって、電話が来てますけど」

「何だ? 俺はメールの隔離はしたが、トラック13の破棄命令なんて出してないが……」

「いや……伏宮少佐がって訳じゃないそうです。同様の事案が直近二時間以内に佐世保管轄で7件。現在トラック1、3、5、7、11が強制イジェクト。残った容量だけだと有事に関しての対策が出来ないので、佐世保の管理側が特実隊のシステムをお借りした(・・)と」

「そんなことは、横須賀の本部を通してくれと伝えとけ。第一、有事に備えての特実隊の独立運用だろうに」

 

 確かに鎮守府の運用システムがダウンしても良いように、伏宮が所属する実験隊は書類上や電子系の類に至るまで横須賀が上位に位置する。だからこそ伏宮からは手が出せないと言った方が正しいが、非常用のバックドアは残してあるには違いない。

 

「だから、承服できない。司令補佐としてできる判断はそこまでだ」

「……すみません、伏宮少佐。流れが理解できてないんですけど、許可は出してない感じですか?」

「何を今さらだ、俺がそんなことすると思うか?」

「ですよね……だからおかしいとは思ったんです。今になって、事後承諾(・・・・)だなんて」

「待て、明石……事後承諾って何のことだ」

 

 振り返った先に目に止まった文字。液晶が部分部分で透け。バラバラに散っている残った文字は、特定の単語だけを築いて繰り返していた。

 

『BOMB!』

 

 文字通りに伏宮たちを爆音と衝撃が襲ったのは、その僅か後であった。

 







 暫くぶりでございます、エーデリカです。

 昨年度にやった「戦艦加賀(小説ID:83620)」の毎日更新と比べて、毎週更新なため気が楽ではありますね。その分この期間を利用した、別の問題が噴出しててんやわんやですから何とも言えませんが。

 各参加者がキャラクターを持ち込みでの執筆となっていますが、うちの子はキャラがブレない(というかブレさせない)くらいにはお堅いです。そんな感じにどのキャラが誰の担当かを絞っていくと、読む側の楽しみもあるかもしれません。

 さて作品としても佳境にさしかかった頃合いとなりますが、今後とも宜しくお願い致します。
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