艦隊これくしょん―コンコルディアの落日― 作:GF-FleGirAnS
その時、何があったかと言えば単純だった。カップが揺れた。その後にくぐもった音が響いた。それだけだ。
しかし、閉ざされた会議室の中でも聞こえたそれは『なにが起こったのか』はわからなくても、『なにかが起こった』のを知らせるには十分だった。何かが爆発したらしいという速報が間髪入れずに飛び込んでくる。消防隊や警邏隊の出動要請が飛び交い、重苦しい会議が一気に騒がしくなった。
菊澤中佐はそっと目を閉じ、腕を組んだ。
「……ヴェル」
「
要件を言う前に後ろに控えていたВерныйは返答。ドアの外へと向かおうとする。
「まて、菊澤中佐。何をする気だ?」
「なにって、今の音の確認です。ヴェル、
Верныйは無言で敬礼。制帽を被り直して部屋を出ていく。
「……どういうことか、説明したまえ」
会議を治めていた基地司令がそんなことを言う。会議デスクに肘をついて指を組む菊澤。
「説明と言われましてもこの密室では見つかるものもないでしょう。だから見に行かせました。Верныйは元海軍籍で土地勘もあるでしょう。陸でのトラブルだったとしたら、憲兵として協力できることもあるでしょう。何か問題が?」
「……貴様が追っているというカドゥケウスか」
基地司令がそんなことを言いだす。わざとらしく驚いた表情をして見せた菊澤が口を開く。
「おや、ご存知でしたか」
その反応に一瞬吹き出しそうになったらしい大宙が不自然に肩を揺らした。基地司令が睨む。
「不穏分子の排除が、憲兵だけの仕事と思わない方が良い。内務省、運輸通信省、大東亜省、軍需省。あらゆる方面から、お前達の探してるカドゥケウスとやらはテロリストとしてお尋ね者だ。関係のないような厚生省まで出張るとは、私も内心複雑だがね。だが、おかげで
「あらら、勝手に我々の問題だと決めつけられていたわけですか。心外ですが状況的に仕方ないかもしれませんね。陸と海の間には文字通り、山より高く海より深い軋轢がある。それでも、互いに相手がいなくなると困るわけです」
「何が言いたいんです? あらかた貴官らが、尻拭いで派遣されたのが今回の顛末でしょう。
横から茶々を入れる様に声を上げたのは大宙中佐だ。
「海上戦力を主力とする
「それで貴様は海軍の腹の中で何をする気だ?」
基地司令が問えば菊澤はいつも通りのどこか軽薄な笑みを浮かべた。
「我々憲兵隊としても、現状のシステムが今の段階で崩壊することは避けたいと考えています。海軍さんにも犯人捕縛にご協力いただきたい」
「その行為が海軍や艦娘システムにクラックを入れる可能性は?」
そう言って大宙は右手を上げた。発言許可を求めている。基地司令が頷いた。
「続けたまえ」
「はい。カドゥケウスがどんな奴で何をしようとしているかなんて私は知りませんがね、もしそれが反逆だというのなら、この会議の場は絶好のテロ対象だ。佐世保に本拠をおく艦娘運用部隊の長が集まっているわけですから、ここをササッと爆破して基地機能を乗っ取ればいい」
そう言って大宙は自分の左腕に巻いた腕時計の文字盤を叩いた。
「先ほどの爆発音から2分半、3分弱が経過しています。不穏分子が反乱を起こすなら一気呵成にここに攻め込む方が警備を突破しやすいのは素人の僕でも容易に想像がつく。犯人の馬鹿や阿呆に期待するほど、憲兵さんも菊澤中佐も甘くはないでしょう。最悪の場合を想定し守りを固めて反撃までの時間を稼ぐのが妥当だ」
菊澤の方を見て大宙は口の端を歪めて笑って見せた。
「でもあなたはそうしなかった。協力的かどうかもわからない海軍基地の中で唯一信頼できる部下を偵察に出した。即ちあなたはここが襲撃の対象にならないと考えている……貴女は爆発音の後にココがすぐ狙われることがないことを知っているのでは?」
それを聞いた菊澤がくつくつと笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど。それでは大宙中佐は私が反逆者とつながっており、なんらかの悪事を海軍の敷地内で行おうとしていると言いたいのかな?」
「先程も申し上げた通りです。菊澤中佐。マッチポンプと疑えない状況がありますか?」
反語で返す大宙。間髪入れずに彼はそのまま続けた。
「あなたの言う通り、
大宙はそう言って肩を竦めた。
「あなたの指揮でカドゥケウスを押さえるのが最適だというのなら、あなたを信頼するに足る証拠と覚悟を示してくださいよ。少なくとも、僕の部下がそれで犬死するのは死んでも御免だ」
「私個人の責任でできることが大宙中佐他の皆様に納得いただけるだけのものになるかは保証できかねます。わが国伝統のハラキリショーで責任を取れというなら目の前で行ってやりますが」
「死んでも御免だと言いましたよね?」
皮肉には皮肉で返し大宙は笑った。
「基地司令、先ほどの爆発音の委細がわかり次第、海軍はあくまで海軍として事態の収拾を行うことを強く提言します」
「……提言を受諾した。菊澤君、情報提供感謝する。またなにか情報があったら言ってくれ」
「えぇ、私もここで果てるのはそれこそ死んでも御免なので。なにか進展があればお伝えしますよ。……会議は以上で?」
基地司令は不満げに溜息をついた。
「会議をしているどころの状態ではなくなったのは事実だ。会議を中断する。決が取れなかった議事については追って審議するものとする。艦隊・戦隊司令は深海棲艦の襲撃を想定し対策を。基地隊は基地内外問わず、何らかの破壊行為が行われている場合を想定し展開用意を進める。この場の人員の移動については基地隊から警護をつける。以上。解散してよろしい」
「私については警護不要です。Верныйがいますので」
菊澤はそう皮肉を放ち立ち上がり、目深に制帽を被った。足早に会議室を横切る。
「菊澤中佐」
基地司令が声をかけた。部屋のドアに手を掛けてた姿勢のまま半身で言葉を受ける。
「なんでしょう?」
「基地内の行動に於いてこちらは感知しないが、協力の必要があれば検討する。物資・人員両面において支援が必要であれば一声かけてくれたまえ。……貴官の行動がわが国の益となることを切に願う」
「ご配慮痛み入ります、それでは」
部屋を出ると扉の前でВерныйが待っていた。
「遅れてすまない。中に入れてもらえなかったんだ」
「まぁ当然だろうね」
そう返しながらВерныйが差し出した片耳タイプのヘッドセットを左耳にかける。電源を入れて回線を開く。
「各班、今の
《A班、司令部庁舎前です。音はかなり大きかったですが、こちらからは何も確認できず》
《B班、駐車場です。波止場方向に黒煙、あと火災らしき炎も見えます》
《C班、港湾区画です。火の手が上がっています。火災です》
順序良く、素早く入ってくる報告。C班の報告が聞きたかったものだ。
「了解した。AB班はその場で待機。C班、私が向かう。要救助者がいれば救助しろ」
それだけ言って菊澤は黒煙へ向けて歩き出す。Верныйも後に続く。
「ヴェル、司令部に繋いでくれ」
「どちらのだい?」
「火事は所管の仕事でしょ、134中隊」
「ちょっと待ってね……繋がった」
それから小さな通信機を渡される。Верныйが実験艦隊として訓練行程の消化中で助かったというものだ。武装を解除していても艤装部分さえあれば艦娘は屈強な
「134中隊、熊本本部の菊澤です。ただ今海軍佐世保鎮守府の港湾区画にて火災を確認。黒煙が上がっており、化学火災の可能性大と思われる。確認を」
《了解した中佐。しかしなぜ貴官が我が師管区の中、しかも海軍基地の様子を分かるというのかね》
「先日申し上げた通り、スケジュール通りの任務を遂行中であります。確認していただけたかと」
無線先は沈黙。それからややトーンを荒げた返事が返ってきた。
《あぁそうだったね。報告ご苦労。だが、これ以上は何もしてくれるなよ》
それだけでぶつりと切られる通信。
まあ要するに、管轄じゃないんだから何もしてくれるな、ということである。今の佐世保の複雑な事情と菊澤の立場を知らないとはいえ、気分の良い対応ではない。菊澤は歩き続ける。
「いいのかい? 何もするなって言ってるのに」
「要は越権行為をなにもしなければいいのよ、それに人命救助なら聞こえもいいでしょ……で、ヴェルがその目で見てきたものは?」
はや足で廊下を進みながら横を進む小柄な影に声をかけた。
「爆発したのは第五格納庫。艦娘の艤装の一部が保管されている建物だね。外殻側に破損はないから内部で何かが発生した。中にいた人がどうなったかは保証しない」
「ミンチよりひでぇやってこともありえるほどの爆発というわけだ。海軍は即応を?」
「今そこに警邏隊と消防隊が向かっているらしいけど、多分全滅する」
「多分?」
「双眼鏡で確認しただけだから確定じゃないけど、ほぼ間違いない。……そう言えば司令官は第五格納庫に今なにが仕舞われたか知ってるかな?」
Верныйはどこかとぼけたような質問をした。菊澤は肩を竦めた。
「いや? さすがに知らないけど、ヴェルは知ってるわけだ」
「長10センチ連装砲装備型自律駆動式砲台。自分達で運び込んだんじゃないか、忘れたのかい?」
その答えに菊澤は初めて笑みを消した。
「……なんだって?
「テスト用として持ち込まれた秋月型の『長10センチ砲ちゃん』が元気いっぱい暴走中。その数4ダース48機。無差別に建物を破壊して人員を殺戮中。ぺらいジェラルミンの盾と拳銃じゃ話にならない」
「……なるほど、アイザック・アシモフもびっくりだ」
「ロボット三原則かい? 資本主義的答えは嫌いだよ」
「アシモフは共産主義圏出身だよ」
そう返して菊澤は制帽を深くかぶり直した。もう一度無線をつなぐ。
「……C班、状況は?」
《目下、火災状況の確認を……あっ》
何かに驚く様な班員の声が聞こえ、それから爆竹のようなちゃちな破裂音が響く。その後何かのノイズ。どうやら回線を開いたまま送話口に何かが擦れている様だ。
「どうした?」
返事はない。再び破裂音。どさりと崩れるような音がして、受話器を握る手に汗が走った時――――
《発砲です、火災現場より発砲を受けました!》
「被害知らせ」
反射で返す菊澤。向こうは焦ってはいるものの、決して冷静さを欠いている訳ではなさそうだ。
《……失礼、変わります。バディが腹に一発、多分貫通してます。今手当を……》
それからノイズと一緒に走る呻き声。菊澤は顔をしかめてから、通話を引き継いだ相方に続ける様に言った。
《応急処置、終了いたしました。別の班が対応していますが、携帯火器では歯が立ちません。物陰に隠れてます》
「深海棲艦か。種別は?」
《いえ……自分には、艦娘の装備に見えましたが……》
「――――どんぴしゃりだ。クソッタレ」
手先が誰であろうと関係はない。しかし
「ロボットは人間を傷つけてはならない。人間の命令に服従しなければならない。自らの破滅となるような行動を成してはならない。……さて、ロボット工業三原則を無視させた犯人を見つけ出さなきゃいけないわけだ」
骨が折れるね、と言えばВерныйが首を傾げた。
「なら放置するのかい?」
「まさか」
「だよね」
Верныйが一歩前に出る。腰に手を回し、それからガックシと肩を落とす。
「しまった、トカレフは預けたんだった」
「……まずは武器の確保だね」
さっきも言った通りВерныйは艤装中。もっと効率的に攻撃できる武器を持つことを想定しているし、先日の騒動のせいもあって
「あては?」
「蛇の道は蛇だよ。艤装には艤装で対応するのが早そうだ」
「なるほど」
Верныйが駆け足。菊澤もついていく。また一つ、ゆるゆると黒い煙が上がった。
「それで? 目的地の工廠区画がネット社会もびっくりなくらいに大炎上な訳なんだけど、司令官はどうするつもりなんだい?」
「あー、こういう時に伏宮君がいれば使い勝手が良いのになぁ。Верныйの艤装は懸架中。佐世保の備品は会議室で喧嘩しちゃったもんだから、ハイそうですかと貸して貰えないだろう。だとすれば、指揮系統が横須賀の実験艦隊から艤装を拝借するのが早いんだけど」
「……そして、伏宮少佐は電話に出ないと」
私用の端末から工廠にいるはずの伏宮にかけるが、反応はない。
「フラれちゃったかな。酷い男よね。女の子からのラブコールだったら、普通は飛び付くでしょう?」
「三十路で女の子呼わばりしてる時点で、負けだと思うよ。まぁ私だって、実年齢なんて何歳かなんて覚えていないけどね」
「艤装は素体となった少女の人格を蝕み、艦娘としての個体を形成する。下手すれば、精神だけは七十越えのおばあ様だ。うちのヴェルは」
「そう悲観したものじゃない。
手頃に開いている窓から跳躍。着地したトタン屋根の床を、軍靴で蹴りつけるように先を急ぐ。
「もしかすると。カドゥケウスは、そういった私たち艦娘の在り方が気に喰わないんじゃないかな。人格の上書き……いや洗脳とも言うべきかな。今の海軍の、素体となった少女を省みない姿勢とかね」
「今日は毒が冴えるね、ヴェル。貧困にあえぎ、労働力として軍に身を置いた者。英雄に憧れて、艦娘を目指したもの。親しき人の仇を討つために、力を欲した者。国を守るために、武力を羨望した者。形は違えど、全ては志願兵だ。その在り方に、波紋を広げようとで言うのかねテロリストさんは。まぎれもない
「そうだね。まぁ誰であれ私たちが捕えらなきゃならないのは、トチ狂った思想家なのは変わりはないけどね……と、優秀な部下を持てたのは幸いだったね」
憲兵隊員が寄せた車が階下に見える。飛び乗るように駆け込むと、後部座席にはВерныйが所望した重機関銃もある。弾薬を確認し、小柄な少女の腕からは思いもよらない腕力で軽々と持ち上げる。
「さぁ、行こうかヴェル。派手に撃ち上げようじゃないか」
日は昇ったばかりだというののに、その陽射しは目に痛い。まるでその刺激が、佐世保鎮守府にとっての厄日を告げる鐘のようだった。
どうも山南修です。
いやー、夏イベですね。久々の大規模作戦ですよ。死なない程度に頑張ります。
ここでちょっと裏話を。制作にあたって何度も合作メンバーで会議したんですが毎回オーバードライヴ先生とエーデリカ先生が恐ろしかった。いや変な意見や案を言ってしまったという自業自得な事がほとんどなんですけどね。凄い追求劇でした。怖かった。
さて本編では連装砲達が猛威を振るっています。人はどのように連装砲に反撃するのか次回お楽しみください。