艦隊これくしょん―コンコルディアの落日―   作:GF-FleGirAnS

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ユーピテルの断罪(後篇)

 無残にも基盤を剥き出しにした連装砲が崩れ落ちる。ようやく最後の一体を倒し終えたのだ。急造のバリケードは初めからその役目を果たせていなかったようで穴だらけ、原型を保っているのが奇跡のようだ。

 

「助かりました」

「なに、このくらいどうってことないさ」

 

 カーキ色の軍服に身を包んだ憲兵がВерныйに敬礼。それに続くように水兵服の鎮守府防備隊員も敬礼。Верныйは静かに答礼してから、ゆっくりと深雪の方へと歩き出す。

 

「あれ? 壊れちゃったかな?」

「どうしたんだい?」

 

 Верныйが先ほどから得物を弄っている深雪に声をかけると、彼女は少し目線を逸らすようにしながら答えた。

 

「あ。いやー……この連装砲、もう弾は残ってないんだろ?」

「そうだね。さっき言ったとおり、私の弾薬庫に12.7cm弾はどの一発も残ってないよ」

「ならいいんだけどよ。その、別に普通に使ってただけだし、なんだけど……ちょっとこれ、壊しちゃったかも……」

「ああ、トリガーが戻らなくなったのかい? これは単に弾切れだよ」

「え? そうなのか?」

「Ⅰ型の連装砲は不便だからね。なかなか便利だろう? さあ行くよ」

「な、なんだよぉ。驚かせるなよなぁ」

 

 そう不満げに言いながら深雪はВерныйに続く。幸いにも連装砲たちが暴れ回るのは基地の中心部だけである。七番倉庫に向かう道のりを邪魔する者はいない。先ほどまでと比べれば至極簡単にたどり着くことができた。

 

「ほお、これは面白そうだ」

 

 七番倉庫には開けてくださいと言わんばかりに置かれた木箱(プレゼント)が。無造作に放置されたそれをВерныйと深雪が開けると、中に入っていたのは丁寧に保護された艤装だった。

 

「大きい……これを使うの」

「いいじゃないか。主砲も魚雷も大口径に限るよ」

 

 そう言いながら鉄の塊に取り付き、なにやらごそごそと弄り始めるВерный。

 

「司令官? 例のブツにたどり着いたよ。伏宮少佐を呼んでくれ」

 

 自身の艤装からケーブルを引き出し、菊澤と連絡を取りながら作業を進めるつもりらしい。何もすることがない深雪はその様子を眺めるだけ。遠くからはまだ散発的な戦闘音が聞こえるが、ここからは遠い。

 

「……なんだって? 分かった」

 

 ところが彼女は作業を始めることもなく手を止める。それから耳に手を当て、何言か通信相手と交わした後……くるりと深雪の方を振り返った。

 Верныйと目が合って、深雪は思わず一歩下がりそうになる。

 

「ねぇ深雪」

「な、なにさ」

 

 Верныйの様子が先ほどとまるで違ったのだ。真っ直ぐ深雪を捉えているその眼にただならぬ雰囲気。そしてなにより、声がずっと冷えている。

 

「面倒なことになったみたいだ、犯人が誰か分かったよ」

「……分かった? な、ならよかったじゃんかよ。そいつを倒せばオワリなんだろ?」

「まあ、その通りといえば確かにそうなんだろうね」

 

 そう言いながら手のひらサイズの情報端末を取り出すВерный。何度かその画面をタップしてから、Верныйはそれを深雪へと投げつけるように渡す。

 

「わわっ、危ないだろ。大切にしろよ……な……」

 

 受け取った深雪はВерныйを注意しながら画面へと目をやり、そこで言葉が止まる。

 

 画面に映し出されてたのは大手の動画共有サイト。普段はあまりネットサーフィンをしない深雪だって知っている画面を流れていく大量のコメント達。その流れの奥底に揺れる陰、大人の男性だろうか。薄暗い照明のせいで輪郭がぼやけていて顔の周りは半分以上陰だ。判別はそう簡単につきそうにない。

 

 しかし深雪にはそれが誰だか一瞬で分かった。()の声だ。あんまりに聞き慣れた声。

 

《自称善良な市民の皆さんと今最前線で身をすり潰している艦娘諸君へ告ぐ》

「う、そ……だよね?」

 

 しかしそれは深雪の知っている声とは違い、言い表しようのない感情を含んでいる声だった。その声は誰に向けられているのだろう。とりあえずマイクとカメラはその与えられた役目を想定通りにこなし、音声と映像は深雪の画面と繋がっている広大な電子ネットワークを通じて届けられる。

 

《我々は今、直面している。深海棲艦への脅威はもちろん、それに伴った悪しき人間の本質の変容に直面している。それに気がつき、震えている君たちに告ぐ。今立ち上がるべきだ。私は天羽月彦、海軍特種兵装開発実験団医学実験部医学実験隊佐世保方面分遣隊研究調査班に所属している》

「見る限りじゃコラージュでもなさそうだね」

「なんで天羽さんが……」

 

 深雪は訳が分からないといった様子でВерныйの方を見やる。相手はかぶりを振るだけ。

 

「分からないけど、説明はしてくれるんじゃないかな」

 

 そのВерныйの言葉に応えるように影……天羽月彦は両手を広げる。

 

《艦娘の出自について諸君に語る必要はあるまい。そもそもこんなストリーミング放送をリアルタイムで見ているのは相当の問題意識の持ち主か、この現場にいる人か、相当の暇人であろう。君たちの問題意識を思い起こしてもらいたい。そう思い、この放送を行なっている》

 

 次の瞬間、画面が切り替わる。

 

「あっ、私だ」

 

 そこに出てきたのは深雪の姿だった。大空にどこまでも群がる深海棲艦は長崎が空襲されたときのそれだろうか。そうだ、あの日私たちは南西諸島沖を突如として突破した敵空母機動艦隊を補足しろとの命令を受けて……。

 

《見てほしい。艦娘の本質を、艦娘の叫びを》

「おや、このアングルはなかなか悪趣味だね」

 

 Верныйの言葉が耳に入るわけもない。深雪は画面を凝視し続けた。端末搭載のスピーカーから発せられる全ての音を拾おうと耳を傾けた。

 

《艦娘は世の中では深海棲艦と雄々しく戦い、水平線に勝利を刻む現代の海神(ネプトゥーヌス)として扱われている。それは当然だ。我々海軍にとってそれが求められる役割であり、ロールだからだ》

 

 水飛沫が時たま覆い尽くす画面の中では、硝煙かそれとも乾いた血か、真っ黒に染まった艦娘が戦っている。戦う自分の姿を見るのなんて初めてだ。

 

《軍にとってそれは大切なことだ。そして海の上での死闘は不都合な真実を隠し通す上でこの上ない好条件だった。その真実を今ここで晒し出したい》

 

 友軍機が落ちる。爆弾投下を終えた艦爆が本土へ向かおうとする敵機に体当たりを敢行する。対空砲火が無限に広がるかのような空に吸い込まれていく。

 そしてそれを飲み込まんばかりの敵機。水平線を、まるで日本近海を全て囲んでしまったかのような敵艦の群れ。

 

《この真実が白日に晒されてなお、この国が艦娘を使い続けるというのならば、それは大きく問題になるだろう。ジュネーヴ条約では少年兵を禁じているというのに、いまのこの国は未だにそれを続けている。近代国家としてあるまじき姿ではなかろうか》

 

 画面が再び天羽を写しだし、彼の言葉が延々と続いていく。難しい言葉ばかりだ。それでも、なにを言っているかが分からないわけじゃない。

 

「ともかく、これで我々が倒すべき敵ははっきりしたわけだね……司令官、どうすればいい?」

 

 Верныйが視界の端で指示を仰いでいる。それを聞きながら呆然としている深雪の目はВерныйの情報端末に釘付けだった。

 

《我々の安寧はまだ幼い少女たちの犠牲の上に成り立ってきた。そして今、我々軍隊は少女を犠牲としなくとも戦える装備を開発した。それでもなぜ少女達が今も苦しみ、殺されなければならないのか。そこには巨大な利権が存在するからである。その利権の上にあぐらをかき、人の道を外れた奴らがいることをここに告発すると共に、それを排せなかった私の無力さを懺悔する》

 

 天羽の演説は続く。嘘だ嘘だと言いたいが画面の向こうの天羽には届かない。

 

《しかし、私はこの状況に一石を投じることはできたと考えている。最前線にいる艦娘諸君、(いか)れ。君たちに戦いを強い、犠牲を強いたこの社会とこの組織に怒れ。艦娘のあり方に疑問を感じ、行動出来なかった市民諸君、(いか)れ。その怒りこそ、この世界を変え、正していく原動力となる》

「やめて、よ。天羽、さん……!」

《我々は人の道に立ち返り、今こそ正義を成し、か弱き物達を守るために立ち上がるべきだ》

 

 天羽の声は高らかに反響する。それに呼応するようにその放送の視聴を示すカウンターが急速に回っていた。視聴者数が跳ね上がる。

 

《艦娘諸君、今こそ蜂起せよ。奪われた幸せと青春を、家族や仲間と過ごす安心で安全な大切な時間を取り戻すために蜂起せよ。その権利と力が君たちにあると信ずる。我々はそれを応援しーーーーーー》

 

 放送が途切れた。何者かがその放送を無理矢理中止させたのだろう。

 

「天羽さん……!」

「とりあえず放送は止まったけど、どうする?」

 

 Верныйはそう言って深雪から情報端末を取り返す。それとほぼ時を同じくして戦術リンクが起動、画面に佐世保鎮守府の地図が表示される。

 

《Верный、対象の位置が割れた。佐世保鎮守府の司令室だ。どうやら本丸を盗ったつもりらしい》

「それをみんなで包囲してデスマッチすればいいのかい?」

《そんな時間も惜しい。狙撃でカタをつける》

「一応聞くけど軍法会議に通さなくても?」

 

 どこかのんびりとしたВерныйの声が響く。

 

《やむを得ん。このまま佐世保を火の海にするわけにはいかない。佐世保鎮守府から連装砲ちゃんが飛び出されてもコトだしね》

「了解」

「ちょっとまってよ!」

 

 深雪が慌てて止めに入る。

 

「何か?」

「何かじゃないよ。ほ、本当に撃ち殺すの? 味方の軍人なんだよ?」

「さっきまでは、ね。味方じゃない」

「でも敵だと決まったわけじゃ……!」

「味方じゃないなら、敵だ」

 

 Верныйの冷酷な声。深雪は言葉を詰めた。

 

「敵だよ、深雪。彼はこの国に反旗を翻した。彼はすでに脅威だ。そして脅威を撃破、撃滅し、跡形もなく粉砕するために軍隊は存在する」

「だからって」

「深雪、家族は? 大切な人はいる?」

 

 いきなりВерныйが話題を変えた。

 

「私にはいるよ? 艦娘になってからの姉妹だっている。今彼を止めないとその大切な人が大変なことになる。そして彼を確実にかつ迅速に止めるには殺すのが一番だ」

「説得でなんとか……」

「その時間がないんだ」

 

 残念なことにね。取り付く島もなくВерныйがそういった。

 

「君の感傷につきあう余裕はないんだ。司令官、指示を」

《ホント、鎮守府に多くの建物が建っていて助かったよ。端末に場所を送った。そこから撃ちなさい》

「この新しい艤装(おもちゃ)でやっていいのかい?」

《それを狙撃とは言わないわよ……同じ倉庫に一応狙撃銃がある。それを使いなさい》

「狙撃銃……ああ、これか。司令官、見つけたよ」

 

 そう言いながらВерныйが持ち上げたのは防備隊の隊員たちが持っている銃だ。いや微妙に違う、狙いを定めるところに大きなスコープを付けた……狙撃銃。明らかに連装砲を倒すための武器ではない。

 

「さあ、行こうか」

 

 それだけ行って歩き出すВерный。深雪に続く以外の選択肢はない。

 

「……ねぇ」

「なんだい?」

「怖くないのかよ、味方を……人間を撃つんだよ? どうしてそんな淡泊になれるのさ」

 

 これからВерныйが銃を向けるのは天羽だ。人間なのだ。深雪なら銃を向けられる気がしなかった。相手が天羽()()だからじゃない。誰に対してだって、銃なんて向けたくない。

 

「二度も聞くのかい? だってそういうものじゃないか」

「でも、怖いもんは怖いだろ?」

「私は深雪こそ怖がっているようには見えないね」

「え……なんでだよ?」

「だってさっきまで砲塔内の弾丸を使い切ることはなかったじゃないか。装填のタイミングをしっかり見極めている」

「そりゃだって、戦闘中に切れたら大変だし、それに切れたら次の弾をもらわなくちゃいけないじゃないか」

 

 それを聞いたВерныйは、さも可笑しそうに肩を揺らしたように見えた。深雪の気のせいでなければ、だが。

 

「そうだ、つまり撃ち合いの最中にいきなり丸腰になってしまう。だからこそ残弾数に注意するのは当然……だけれども。それを言葉通りに実施するのは難しいよ」

「……なにが言いたいのさ」

「君は相当に優秀だ。少なくとも、私の司令官ならそう言うだろう」

「なんでそこであの憲兵サマが出てくるんだよ」

「私は一駆逐艦に過ぎない。だから優秀かどうかを判断すべき立場にないんだ。あくまで想像として言ってみただけだよ、それで提案なんだけど……」

 

 その時、Верныйが足を止めた。深雪の方を向く。

 

「……この狙撃銃、君が使ってみないかい?」

「な、なに言ってんの?」

「そのままの意味だよ? 私もロクヨン改(これ)は使ったことがなくてね。しかも艤装(せなか)が大きすぎて姿勢が上手くとれるか怪しい」

「……」

「なに、私がスポッターとしてサポートする。出来ないことはないよ」

 

 狙撃銃を差し出すように突き出すВерный。深雪は黙ったままだ。

 しばしの沈黙。Верныйは小さく息をついた。

 

「……なら、深雪にはスポッターをやってもらおうか。拒否権はないよ? どの道誰かがやらなきゃいけないんだ」

 

 深雪はВерныйについて行く。黙ったまま、目的地へと歩いて行く。

 

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