艦隊これくしょん―コンコルディアの落日― 作:GF-FleGirAnS
悪態をつこうとしては堪えたのは何度目だろうか。言ったところで何か変わるのならばいくらでもこの口から罵詈雑言を吐いて見せるが、変わらないとわかっていて口汚く状況を罵るほど愚かなことはないだろう。
「隼鷹さん、何か掴めた?」
「ダメそうだねえ。指揮系統が完全に混乱してるよ」
「勘弁してよね。こっちは患者の避難もやらなきゃいけないのよ」
その場にいた人手をかき集めて避難誘導はしているが、怪我人の避難をすることは時間がかかる。できる限り効率よく誘導はしているが、それでも物理的に超えられない壁がある。
雅が窓際に寄って外の様子を伺う。3階にある医務室の窓から佐世保を闊歩する連装砲が見える。
「秋月型艤装の自律駆動式砲台。それも横須賀から送られてきたテストモデルじゃない?」
「わかるのかい? まぁどこの生産物だろうが、艤装に変わりはないと思うけどねぇ」
暴走しているのか、それとも悪意ある何者かに操られているのか。わからないが少なくとも攻撃してくることがわかれば十分だ。
「隼鷹さん、空のガラス瓶ある?」
「えーっと、これでいいかい?」
「ワンカップ酒じゃない……」
「まあ、同じガラス瓶だしいいじゃないか。で、こいつがどうかしたのかい?」
「ちょっとちょうだい」
怪訝な表情ながらも隼鷹が雅に空き瓶を渡す。振りかぶって手のひらからはみ出るサイズの瓶を窓から投げた。
「この、命知らずー」
「しっ!」
身を隠しながら投げた瓶を観察する。投げられた瓶は重力に従ってまっすぐ地面に落ちていき、ガシャン! と音を立てて割れた。
その瞬間、割れたガラス瓶を砲撃が襲った。コンクリートが抉れ、焼け焦げたあとが周囲に広がる。
「動体だけじゃなくて音に反応してるのかしら。となるとストレッチャーの車輪が発する音も気をつけないといけないわね」
「危ないことするねえ。本当にただの医者?」
「AIがどう動いてるのかは確認したかったのよ。あとあのまま進まれると避難ルートに自律駆動砲がぶつかるからなんとか逸らしたかったのよね」
「だとしても危険すぎるってぇ」
「大丈夫よ。ここからだと患者のいる場所は離れているし、あなたは艦娘だから」
やれやれと呆れ返る隼鷹をよそに雅は陰に隠れたまま、窓際から様子を窺った。
「あれは大元からの指示で起動して個々に搭載されたAIによって行動するタイプのオートマトンね。フォーマットは……空母の艦載機と同じものを流用したってところかしらね。味方識別はできるはずだから誤射で共倒れを狙うのは難しそう」
「雅さん、あんた何もんだい?」
「今はいいでしょう。そんなこと言っている場合じゃないんだから」
「まあ、そうだけどねぇ。知らぬが仏、かい?」
「聞かぬが花、よ。でもそうね、念のために抜いときましょうか。でもこれがどれだけ役に立つことやら」
雅の袖口からレディース用拳銃が飛び出した。小ぶりだが殺傷能力のあるであろうそれを雅はくるりと手の中で回して握る。
「そんなもんまで使うのかい?」
「患者を守るために必要なら仕方ないわ」
「相手は対深海棲艦を想定してるよ? それに弾がすぐに切れる」
「気を引くレベルでいいのよ。弾が切れたらメスでも投げつけるわ」
肩をすくめながら少しふざけた調子で雅が言った。慰めるような微笑みの下になにが秘められているのか隼鷹は悟ってしまっていた。
「私に艤装があればねえ……」
「軽空母で装備できるものだとやっぱり対抗するのは難しいわ。相手は対空戦闘を想定した秋月型の自立駆動砲よ」
「それでもないよりはましだろ?」
「ないものねだりはしない主義なの。でもそうね。隼鷹さんは司令部に向かいなさい。その後は司令部で指揮を執っている人の下につくこと」
「……いいんだね?」
「ええ、もちろん」
「そいじゃ、仰せのままに」
隼鷹が医務室を駆け出していく。振り向くようなこともなく、まっすぐに司令部へと走る足取りはいつもの酔っ払いらしい気配はまったく感じさせない。
「さあ、私も覚悟を決めようかしら」
雅が白衣を脱ぎ捨てた。患者の避難誘導はうまくいっている。だがいつここまで攻撃の魔の手が来るのかわからない。司令部も対応しようとしているが、正直に言って初動が遅すぎる。
となれば早々に何かしらの行動をしなければ避難誘導にも支障が出る可能性が高い。
「鎮守府内の情報が欲しいわね……」
どこでもいい。どこか安全に状況が俯瞰できるところがほしい。常に目を光らせながら廊下を早歩きで移動する道中で、安全そうな場所を探す。
「携帯端末からアクセスすればモニターくらいなら見れるはず……」
大尉の権限レベルでは深く潜れことはできない。だが監視カメラの映像くらいなら見れるだろう。病棟を監視しているシステムから入っていけばざっくりと俯瞰することくらいならできるはずだ。
「ここが適当かしら」
まだオートマトンの攻撃が及んでいない部屋に滑り込むと念のために安全を確認。ポケットから携帯端末を抜き出す。無線で接続した瞬間、素早く雅の手がキーボードの上を走り回り、文字列が浮かぶ。
《/dev/[r]dsk/cwdx[sy,pz] access to Sasebo closed network.》
《Requests are providing activity log cluster.》
《Instruction register load.》
《Main memory adress stored in program counter.》
《Instruction decoder decrypt.》
《This is authorization account.》
《User authorization complete.》
《Execute.》
「よし、入れた」
タブレットタイプの携帯端末にいくつものタブが表示され、それぞれのタブに監視カメラの映像が映し出される。
素早く映像を雅が確認していく。オートマトンの動きが映し出される監視カメラの映像を睨みながら佐世保鎮守府のマップに赤を入れる。
「中核はここね」
接続をそのままに端末をポケットに戻す。ワイヤレスイヤホンを片耳に押し込んで端末からの警告がすぐに聞こえるように。目的地への最短ルートは頭に入れた。あとは行動するのみだ。
「さて、この老骨がどこまでやれるかしらね」
部屋のドアを慎重に押し開けて廊下の安全を確認。音を立てないようにドアを閉めると廊下を迷いなく歩く。まだ走ることはできるが、年のせいで体力の低下はある。できることならまだ体力は温存したかった。
早歩きで廊下を進む。耳に嵌めたワイヤレスホンが小さく警告音を発した。
「あらあら。やっぱり一筋縄じゃいかない、か」
十字路になっている廊下の角から口腔内撮影用ミラーを使って顔を出さないように確認。オートマトン3機が直列になってゆっくりと動いていた。
「走って抜けるのはちょっと無謀かしら」
雅が周囲を見渡す。パッと目についたのは備え付けの消化器。
「こんなものでも使えるかしらね」
引きずるようにして消化器を持ち上げると、角から顔を出さないようにオートマトンに向かって慎重に転がす。そしてレディース用拳銃を抜くと3回、引き金を引いた。
消火器に穴が開き、薬剤が勢いよく噴き出す。消化剤の濃霧が廊下を満たした。そしてそれは同時にオートマトンのセンサー類を一時的ではあるが阻害してくれる。
あとはその隙に十字路を走って抜けるだけだ。かなり昔と比べて足は遅くなったが、それでも3mていどならば遅い速いはあまり関係ない。
「これだけで、息が、上がるなんて、ね……」
やっぱり歳かしら、と雅が呟いた。十字路から離れた場所まで駆け抜けると、荒い呼吸を整えるために壁にもたれて深呼吸。激しい動悸はなかなか収まってくれる様子がない。
「まあ、いいわ。一番の鬼門はなんとかできたから」
呼吸を落ち着けられるようにと、頭の中へ叩き込んだ地図に従ってゆっくりと歩く。目当ての場所はすぐそこだ。
重厚感のある扉を雅のシワが目立つ老いた手が押した。音は立てずに扉が重々しく開く。
「こんにちは、天羽君」
そこにいた男────天羽月彦はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「……やっと話せるわね」
「別に私はあなたと話したいわけではないのですけども、雅柚穂大尉殿。それに話したいのは私ではなく、この子なのでは?」
天羽はそう言いながらどこか野暮なデザインの眼鏡を拭く。明らかに敵意が滲むような視線を受けながらも、彼はまるで気にしていないように振る舞う。デスクの上に置かれたバックは大ぶりで中から何やらコードのようなものが伸びている。それがこの事態の引金になっているのだろうか。雅には判別がつかなかった。
「やっとのお迎えで彼女も待ちくたびれた事でしょう。それでも来ないよりは大分マシ、といったところでしょうか」
「それを論じることに意味はないわね。……捕虜にとるならそれなりの対応を求めたいところね。後ろ手に縛った上に亀甲縛りというのはあなたの趣味かしら?」
「趣味嗜好についてはお答えいたしかねますので」
彼はそう言ってにこりと笑った。薄ぼんやりとした焦点の合わない瞳が雅に向くように、横に座らせた彼女のあごを持ち上げる。
「何をしたの」
「ご安心ください。ただの睡眠導入薬です。無理に精神を繋ぎ続けていても良かったんですけどね、そこまでやらなくてもいいのなら負担は軽いに超したことはない」
そう言って笑ってみせる天羽に雅は恨みのこもった目を向けた。
「連装砲ちゃんを暴走させるには艦娘の協力か、連装砲ちゃん自体のプログラムに介入することが必要になる。……だから、大鯨を使ったのね」
「自律駆動型連装砲、軍人であるならば、ちゃんと正式名称を使いましょうよ雅大尉」
「些末な問題で揚げ足をとらないでくれないかしら。質問に答えて頂戴」
せっかちな女性は嫌われますよ、と軽く笑って天羽は肩をすくめた。
「ご想像にお任せします。それにあなたもそこが本題ではないのでは? わざわざ危険域を超えて、いえ、留まってと言う方が正しいですかね。そこまでして私と話したいことでもあるのですか?」
「……貴方の目的は艦娘システムの否定。そのためのクーデターだった。そうよね?」
「その問いに意味がありますか?」
拭いた眼鏡を掛けながら彼は煙に巻こうとしたのか、軽薄に笑ってそう言った。そのしぐさに雅は普段の彼の、どこか野暮ったくも見える生真面目な言動は、意図的に作られたそれだと知る。
「防空駆逐艦をはじめとする新型艦に採用された自律駆動型連装砲が暴走、セーフティが作動せず艦娘・人間問わず砲撃が行われた。……それで貴方は満足をするの?」
「私が満足しているかどうかが、あなたの納得に関係するのですかね?」
夕陽差し込む部屋の中で天羽は普通ならば司令官が使うデスクに腰を下ろし、そう笑った。そしてそれは同時に、彼がこの事態に関わっていることを認めることだった。
横を流し見る彼女の視線の先には大鯨の青みがかった黒髪がある。長いこと雅を慕い、信じ、背中を守ってくれていた子だ。
「私もね、艦娘というシステムは完全ではないし、間違っていると思うわ。でもね、艦娘システムが確立した時、7年前には、こうでもしなければ生き残れなかった。間違っていたとしても、それで須く報いを受くと知っていても、私たちは種を後に残さねばならなかった」
「――――だから、幼子を犠牲にしてでも守らねばならなかった、と?」
天羽の笑みは軽薄なままだったが、その声色は一変していた。
「私たち、私たちね……その『私たち』の中には誰が内包される? そこに含まれるのは、何処のどいつだ」
天羽はそういって、雅を真正面から見据えた。
「あなたのその中には自分の知っている人しか含まれていないでしょう。名も知らない誰かが、名も付けられていないどこかで、その『私たち』が創った秩序の為に生きたまますり潰されている。それを知りながら見ようとしていない貴方が、このシステムは間違っていると断罪する? クーラーの効いた安全圏しか知らないあなたらしい冗談です。……ほんと、笑わせてくれる」
天羽はそういうと、わざとらしく微笑んで見せた。
「……私が勝手に師匠と仰いでいる先生がいましてね、その人はこんなことを仰っています」
天羽の声は朗々とその部屋に響いた。
「――――There is no such a thing as disabled person, there is only physically disable technology」
「障碍を持つ人間などなく、ただ、技術に障碍があるだけである……ね。どこかの大学教授の言葉だったかしら?」
「マサチューセッツ工科大学のハー・ヒュー教授のものですよ。眼鏡という文明の利器により、弱視は障碍としては致命的ではなくなってきた。同じように、人間の体の不都合はテクノロジーによって補完され、誰もが安全で平和な世界を享受することが可能になる」
素晴らしいとは思いませんか? と言って両手を広げる天羽はどこか皮肉げだ。
「だが、現実はそう簡単ではなかったわけです。技術の障碍によって発生した損益は必ず誰かにしわ寄せを送る。それは概して社会的弱者に押し付けられてきた。それこそ、国家単位での策略によってそうされ、見えなくされてきた」
天羽の声を雅はただ聞いている。それをいいことに天羽は言葉を発し続けた。夕焼けの執務室に響くその声が反響する。遠くに響く爆発音を背景に彼は浪々と語りかけた。
「その損益は技術の失敗か? 人の失敗を技術が補完するのなら、技術の失敗は誰が補完すればいい? ……神か? 世界か? はたまた社会か?」
天羽の声は問いかけの形をとっていたが、答えを雅には求めていなかった。
「どれにしてもくだらない。誰も、何も救おうとしない。そのくせ他人に助けることを強要し、それを美徳と定義した。……無責任な正義だ。それを強制するナニカは破壊せねばならない。人間の手によって作られた秩序であり、価値観であるならば、そのシステムを壊さねばならない」
数話ぶりですね、プレリュードです。前のあとがきを担当したOD氏がたいへんに興味深いものをあげられていたのでそれに負けじとなにかおもしろいものを書こうとしましたが、うまくいきませんでした。ちくせう。
前回のコンコルディア・サンシャイン! とかでいいですかね? 元ネタわかる人が少なすぎるだろうなあ……
紆余曲折を経てきたこの合作企画でしたが、ようやくエピローグが近づいてまいりました。ずいぶんと時間がかかったなー、という感じですね。投稿前の土壇場もここまでくるといい思い出のようです。ははっ(乾いた笑い)
さて、これで私のあとがき回はラストです。なのでもうこうして書くことはないでしょうからいくつか。
まずはこの合作企画に招待していただき、そして参加させていただいた合作企画メンバーの仲間たちに多大なる感謝を。そしてコンコルディアの落日を読んでいただいている読者の皆様。読者あってこその小説。こうして読んでいただいたからこそ、コンコルディアの落日は小説として成り立っています。まもなく大団円。もうしばし、お付き合いをお願いすると共にこの小説が少しでも皆様の有意義な暇つぶしになってくれることを祈りつつ、私は筆を置こうと思います。
それではあと数話。どうぞお楽しみください!