艦隊これくしょん―コンコルディアの落日― 作:GF-FleGirAnS
時は少しばかり遡る。長崎県は佐世保市。奥まった佐世保湾の奥に居座る街の、その一角。
陽光が差し込む廊下。亜麻色の髪をした娘が何やら嬉しそうにしながら歩いている。名を摩耶と言う。執務室の前に行くと扉をノックし返事を待たずに開けた。
「提督! やったぜ! 遂に、ついに......って提督?」
部屋はカーテンが閉まり薄暗いが見えない事はない。視線の先、複数のディスプレイと資料が巧みに積み上がった机には提督――
「おーい、提督ー、起きろー」
摩耶は呼ぶが大宙は起きない。しびれを切らしたのか今度は大宙の耳元で、
「起きろ!」
とバカデカい声で言った。
「ぬお!」
鼓膜が破れるような爆音で大宙は飛び起きた。衝撃で資料の山は崩落してしまった。
「嗚呼、ったくもう......」
呆れた声を上げながら摩耶は資料を拾い上げる。そこには『防空戦闘のすゝめ』。
「今度は何をしていたんだ?」
大宙は浮かない顔で残念そうに答えた。
「少し前にラバウル等数カ所の海軍基地、飛行場が爆撃を受けただろ。その時の重爆撃機を新鋭大型爆撃機、戦闘機を新鋭戦闘機と仮定して基地防空シミュレーションしたんだが、ありったけの雷電と飛燕、高角砲を配備してもかなりの損害を受けたんだよ!泣きたいよ!」
「分かったから黙れ」
大宙は見るからに落ち込んでる。摩耶が何か思い出そうとし思い出した。
「提督、例の物が届いたぞ」
「例の物? なんだっけ」
「お前って奴は......。Bofors 40mm四連装機関砲と5inch連装砲Mk.38 mod.0、21号対空電探改だろう」
思い出した大宙は満面の笑みを浮かべた。
「よし、早速取り付けて試験しよう」
すると摩耶は何か言いたげに首を振り大宙を指さした。
「その前にそのだらしない格好をどうにかしないとな」
お行儀よく机で寝ていたおかげで軍服はしわくちゃになってしまっている。
「ああ、シャワー浴びて着替えてくる」
「ったく、いつになったらちゃんと布団で寝てくれることやら」
摩耶はドアを開け歩きながら愚痴ってきた。大宙は溜息をついてから嫌そうに言った。
「しょうがないだろう、何故かいつも途中で寝てしまうんだ」
「寝不足なだけ。もっと布団で寝ればいいのに」
「司令官が睡眠時間を必要以上に取るのは贅沢じゃないか?」
「最低限度じゃなく提督の場合は最低限度以下なんだよ。せめてあと1時間半多く寝てくれよ」
「然るべき検討をし対処する。決定次第報告を送る」
「お前なぁ」
シャワー室の前まで来ると大宙は足を止め摩耶に手を振った。
「先に行って艤装をつけ指定海域待っててくれ」
「あいよ、さっさと来いよな」
「俺の貧相な体を見たいなら話は別だがな」
すると摩耶は耳まで真っ赤にして怒鳴った。
「ば、バカ野郎!」
「ほれさっさと行ってろ。すぐ行くからな」
摩耶は駆け足で去っていった。工廠で改装された艤装を受け取り装着してさっさと指定海域に向かった。
《摩耶、どうだ。》
摩耶の艤装、艦橋付近の25mm三連装機銃をBofors 40mm四連装機関砲に変更、艦首の高角砲を5inch連装砲Mk.38 mod.0に電探を14号対空電探から21号対空電探改にした。
「若干トップヘビーな気もするが問題ないぞ」
摩耶は艤装の感触を確かめながら答えた。素直な艤装が当たった様だ。
《分かった。では試験を始めてくれ》
通信機を挟んでも伝わってくる大宙の胸の昂ぶりを受け止めながら、
「了解」
と答えた。
基地から飛んできた標的機群の内最も高度が高い一機に狙いを定めた。2基の高角砲が仰角を目一杯上げながら回転する。レーダーの情報を高角砲内部の高射装置に入力し照準を絞る。
「第一射撃てぇ!」
放たれた4つの砲弾は迷いもなく一点に飛翔した。音速を超えた砲弾は標的機の周囲で爆発した。爆薬が炸裂し機体を襲った。一発が右翼を叩き折り衝撃で燃料に引火、一瞬で火に包まれた。
《初弾命中か。素晴らしい。》
照れ隠しにか摩耶は次の標的機に向けて砲撃していた。
「目標乙一から乙三まで撃墜!」
摩耶が声を張り上げた。標的機群が二つに別れ、一隊が急降下爆撃をしてきた。回避機動を取り高角砲と半数の機銃を差し向けた。二種の高角砲が落とさんとばかりに撃つ。
Bofors40mm四連装機関砲はその口径を活かして追い払うではなく、撃ち落とす。空を染め上げるほどの砲火をあげる摩耶は爆撃を避けるべく面舵を深くきった。だが体がいつも以上に倒れる。
「うぉ」
思わず声を出す。左腕はほぼ海に使っている。慌てて舵を逆にきる。すると今度は右に大きく傾いた。
「クソがぁぁ!」
こんな事で転覆してたまるかと言いたげに手を振り盛大に白波をたてながらなんとか持ち直す。直後、大宙から通信が入る。
《摩耶どうした》
標的機が頭上で旋回しているのを確認し、止まって答えた。
「あー、危険レベルまで傾いた。新装備のせいでトップヘビー気味かな。バルジをつければ安定しそうだが速度が落ちるのはちょっと嫌だな」
沈黙の後返答が来た。
《わかった。うーん、もう少し旋回や速度のデータが欲しい。30分後から速力試験を……》
突如として深海棲艦の接近を示すアラームが回線上に鳴り響いた。タイミングの悪さに摩耶は舌打ちをした。
《こんなタイミングの悪い時に来やがって。場所は何処だ……ここか。警報通り深海棲艦が接近中。水雷戦隊規模みたいだ。摩耶、試験中止、直ちにに帰投しろ。補給後再出撃する。》
摩耶は大きなため息を付き大きな声で答える。
「了解。ってことはぁ、試験装備のまま出撃か?」
《そうなるな。なかなか面倒だが幸いな事に多分この出撃のおかげで試験をやらなくて済む。》
「ったくこっちの苦労も考えろよな。何で行くんだ?」
《おそらくヘリで行くことになる。支援艦隊も向かう。楽しいフライトをお楽しみに》
「機関にあまり負荷をかけない程度の速度でいくぜ」
摩耶にスルーされてややダメージを負ったのか大宙は少し声のトーンを落として言い返した。
《お前のその言葉は全く信用できないんだが》
港の艦娘受け入れ口から上がった摩耶は整備兵に艤装を託し、体勢を整えるべく多くの兵が走り回っている中を縫うように走り指揮所に向かった。
「提督、帰投したぜ」
摩耶は息を切らしながら突入した。勢いよく開けた内開きドアが何かに当たり跳ね返ってきた。うめき声がし部屋に入り見てみると大宙が鼻を抑えていた。
「あ、すまん」
「い、いいんだ。迎えに行く手間が省けたから。すぐにブリーティングを」
そう言ってティッシュで鼻を抑えながら司令席に座り要綱をメインスクリーンに映した。
「先に言った通り補給が完了しだい、ヘリに乗ってくれ。随伴艦として深雪を連れていく。彼女は既にヘリで待機している。深海棲艦は軽巡と駆逐艦の水雷戦隊だが大半がエリートかフラグシップの面倒な編成だ。それを深雪、そこまで運んだヘリ、現在急行中の空母を含む支援艦隊と共闘し撃破してくれ。何か質問は?」
摩耶は唸りながら画面を指さした。
「旧済州国際空港から敵機が来る可能性はどうなんだ?」
「再三による爆撃で可能性は低いだろうがなんとも言えない。護衛機をつけたいが……基地航空隊の損耗が激しくて今は無理だ。間に合えば支援艦隊がカバーしてくれる」
「それまでは防空巡洋艦の本領発揮というところだな。やってやるぞ」
補給完了の報を受け摩耶は艤装を取りに行き装着した。きちんと補給され新装備以外は馴染んでいることをしっかりと確かめ問題がないことを整備員と大宙に通信で報告した。大宙の命令に従いヘリポートに向かうとぽつんと一機のヘリが待機しているのが見えた。中にいた深雪が気付いて手を降ってきた。摩耶は手を振り返し搭乗員の手を借りて乗機した。
「機長の吉井翼中尉だ。よろしく頼む」
「重巡洋艦摩耶だ。よろしくな」
吉井と摩耶が握手し摩耶が着席しハーネスを締めたことを確認するとヘリは大空へと舞った。
「作戦前の再確認。主任務はヘリコプターを用いた空中機動作戦……ヘリボーンだな。だが、必要に応じ俺たちも応戦することを考えておけよ。それと本隊の支援艦隊が遅れ気味だ、支援艦隊より先に現場に到着する可能性がある、あと他はブリーフィングに変更はない」
洋上へと飛び出していたヘリの眼下にはただ青い海面が広がるばかりである。母なる海とはよく言った物だと見慣れた水平線を見ながら回想する———勿論目視による哨戒は怠らないが———今や、海は母なる海でもなんでもない人類に牙を剥く海でしか無くなった。はたと考えてみれば我が物顔で人類が海を使い荒らしていた今までが間違えだったのではとも思う。人類は自然を貪りすぎた結果の地球の怒りではないか……いや、そんな事を考えてはいけない。国に仕える者としては失格だろうと吉井は思い直し、どこの特撮かと心の中で自嘲してから気合いを入れ直す。
佐世保鎮守府分遣航空隊の
本来であれば、艦娘の出撃の際にはプラットフォームとなる大型艦艇が文字通りに運搬作業を行う。しかし稼働可能な艦艇が無い場合には、単独での航行。あるいは、空輸による作戦海域への
そのため、事が起きた時には非番や演習に回っていた艦娘と指揮官を招集する様な状況で佐世保は出払っていたために、
「司令部もこき扱いやがるよなぁ。なぁ、大宙提督」
《試験中止の上に、直ちに帰還しての再出撃か......嫌になるのも分かるが、気を引き締めておけよ》
無線の先、
《……摩耶、試験装備で悪いけどいけるか?》
「やるしかないんだろ? ここでアタシらが踏ん張らなきゃ誰がやるんだよ、けどここまで近づかれたのはなんでだ? 提督」
何でも、定期輸送スケジュール外で半島からの船団が出港していたらしい。その目標が佐世保鎮守府だったらしいから、こうして救助に向かっている訳だが。
「愚痴なら、オフレコにしておけよ。いくらお偉いさんの目が届かないからって、駄弁られたら俺らの士気にも関わる」
「いつも、無駄口叩いているのは吉井中尉じゃなかったでしたっけ?」
「確かに……」
摩耶に同意をしつつも、職場は職場。この
緊張感が漂い始めた機内の空気を裂く様に、突如レッドアラートが共通回線で鳴った。
《佐世保鎮守府司令部より各所。旧済州国際空港より敵機多数。推定進路に輸送船がいる。至急迎撃せよ》
「Mercurius1, roger.」
輸送船……摩耶の僚艦である深雪が代弁したかのように訝しげに呟く。
「なんでこんなタイミングに航路にいるんだよ。先月の難民船の二の舞いになりたいのか?」
「でも、やるしかないんじゃねぇ? あたしらの仕事は深海棲艦の撃破。そこにTPOは関係ないぜ」
インカムから、指揮官の指示を聞き終わったのだろう。第302航空戦隊所属の隼鷹が、毒突いた摩耶を諌めるように声をかける。
《今回の編成でまともな迎撃ができるのは......摩耶だけか。済まないが摩耶》
「それでも、あたしらに暴れて来い……って言いたいんだろ」
挑発するような口調で言う。
《本当に大丈夫なのか? 今の状態では厳しいぞ》
この心配性がと罵るかのように摩耶は答えた。
「あたしは摩耶様だぜ。対空戦なら任せろ!」
《そうか......分かった。では指示を出す。展開予定時刻はマルロクヒトマル。海域投下後には機関がいつでも全速を出せるように、火を入れておけ。使用武器はなんでも構わん》
いつもの愉快な口調から、冷静な口調に変わった。『防空の秀才』とも言われるだけあって指示は的確だ。そんな提督の下で戦える事に感謝した。
「よし……御嬢さんたちの打ち合わせは済んだようだな。では作戦通りに頼む、降下管制員は着水点と投下後の離脱航路の算出。他搭乗員は監視を。副機長は通信と俺の補佐を頼む」
「Roger, Bacchus」
と、TACネーム———ローマ神話で酒の神とされる女神バックスの英語読みが元ネタである———に敬意を込めて返す者、TACネームだけで返す者。機長呼びで返す副機長。十人十色に指示を承諾する。
吉井が計器に目を戻すと目標海域まであとちょっとの所であった。
「Sasebo Fleet Command,Mercurius1」
《Mercurius……Sasebo…Fleet Command……》
どうやら航空管制なんて慣れてないらしく男声のタドタドの英語が返ってくる。
「あー佐世保艦隊司令部。メリクリウス1。非常時につき以後の交信を日本語で行う。支援艦隊は今何処にいるか、それだけまず確認したい」
新人であろう管制員は安心したのか声色から若干の緊張が抜ける。吉井はフランクに問いかけるが、結果は芳しくないものだった。
《佐世保鎮守府所属艦は他方面へ展開中のため、遠征帰投中の呉第202航空戦隊と舞鶴の第403水雷戦隊に救援を求めました。海域到着予定時刻はマルナナフタゴーです》
それを聞き、吉井は時計に目を落としてから無線に載せないように舌打ちをする。
「マズイな、最低でも一時間以上は持たせろってことか」
吉井がそんな事を確認した矢先であった。搭乗員からの報告が飛ぶ。
「水上レーダーコンタクト。
「機長……」
副機長が、いや全搭乗員が吉井を見ていた。その視線に応えるように、吉井は笑い飛ばす。
「司令部! 支援艦隊はまだかかるだろう?」
《はい……》
管制員は少し疑問を抱きつつ答えた。吉井は一度息を吐いてから再びマイクに向け吹き込む。
「オブジェクトの撤退ルート上に合流できるように頼む。具体的な場所は打電する。これより我が機は敵艦隊と接敵しオブジェクトの支援並びに艦娘の降下を行う」
《メリクリウス1!? 勝手な戦闘行動は……》
「降下は予定通り、火器使用は自衛と緊急避難の場合認められるのはブリーフィングで確認済みだ! また、敵戦力に航空戦力が確認されている。そのためこれより無線封鎖を行う! 通信終わり!」
吉井は言いたいことだけを一方的に捲したて司令部との通信を切る。対空レーダーには遥か遠方から敵航空隊が迫っているのをしっかりと確認しながら、エンジン出力最大まで捻りこむ。そしてやるだけやるさと口角を上げた。
「よっしゃ、久し振りにヒーロー登場と洒落込んで大暴れするか! 副機長、可能なチャンネルで輸送船に呼びかけてくれ。白馬の王子様が来たってな!」