艦隊これくしょん―コンコルディアの落日―   作:GF-FleGirAnS

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ミネルヴァの慙愧(後篇)

「……そのために、この事態を?」

 

 それを聞いた天羽は喉の奥で笑って見せた。

 

「これはただの狼煙に過ぎないのですよ。声なき市民(サイレント・マジョリティ)が私の声を拾い上げ、誰かがこの思いを継いでくれるだろう。顔も声もしらない同志が、私にはたくさんついている」

「革命家にでもなったつもりかしら?」

 

 それを笑って天羽は肩を竦めた。

 

「いいですね。革命家。なれるものならなってみましょうか。もうこの連鎖は止まらない。帰還不能地点(ポイント・オブ・ノーリターン)は遥か彼方の後方だ。皆がそれを望むなら、担ぎ上げられるのも悪くない」

 

 それに戦慄する。今回のテロの仕組みはおそらく既に解明されている。それでも続けるというならば、別の手段によるテロが画策されていることになる。

 

「これ以上続けて何になるというの? 貴方が守りたかった彼女たちを危険地帯に放りこむことに繋がるだけじゃない! 戦場が海だけではなくて、陸にも広がるのよ。それが貴方の望むこと? それで何が変わるの!?」

「変わりますよ」

 天羽は即答。あまりの早さに雅は押し黙る。

「革命が続いた19世紀後半ならいざ知らず、光ファイバーケーブルが蜷局を巻き、通信衛星が言の葉を繋ぐほどに高度な成長を遂げた情報社会なら、変えられる。それでもね、人の思いが並列化され、均一化されるほど、世界は変わってはいないわけです。……誰もが扇動者(アジテーター)となり、誰もが革命家(レボルショナリー)となる。その可能性を淘汰できるほど、この世界は成熟していない。……私の思いは既にネットに託された。私への審判はネットの奥に繋がれた個がそれぞれ下すだろう」

 

 そう言って彼は横にいる影の頭を撫でた。大鯨の体は反応を示さない。まるで人形か何かにでもなってしまったように思えるほどだ。

「彼女たちは革命前夜まで続いた圧政による犠牲者だ。いや、今も犠牲になり続けているという意味ではさらにたちが悪い。搾取され、犠牲になり続ける彼女たちは、救済されねばならない」

「そのために貴方は、今泣いている人たちを切り捨てるの!? 貴方を慕ってくれている子はどうするの。深雪ちゃんは、貴方を信じていたのよ」

 

 深雪の名前が出たその刹那の間だけ、天羽の顔は僅かに曇り、元に戻る。――――その刹那を、雅は見逃さなかった。

「あの子は貴方を好いていた。彼女の居場所を、あなたは奪えるの? あの子の居場所はもうここにしかない! それでも貴方は深雪ちゃんを追い出せるの?」

 いつもおおらかに笑っていた深雪の笑顔を、雅は印象深く覚えていた。そして寡黙でどこか浮いていた天羽のことをずっと気にかけていたことも、艦娘たちの間で天羽が悪く言われる度に、ささやかな反論を毎回していたことも、よく覚えていた。

「艦娘システムを否定することは今の彼女たちのよりどころを奪うことだわ。それでもあなたは彼女を裏切れるの?」

「裏切る? ハ! 面白い冗談です」

 天羽はそう言って醜く口の端をゆがめる。

「では雅軍医大尉、あなたにたとえ話をしましょう。医官でもわかりやすいように病院の現場での話にしましょうか」

 そう言って天羽は手を広げた。

「ここが病院だとしてあなたは小児科医だとします。目の前にインフルエンザの予防接種に来た女の子がいて、あなたは注射できるか否かを決めなければなりません。親が記載した問診票に問題はなく、発熱もなし。それでも注射が嫌いでたまらない女の子は『注射はいやだ』と泣き叫んで抵抗します。あなたはどうするべきでしょうか?」

 簡単ですね? と天羽は笑う。

「注射をするのがベストです。感情に流されてはその子が将来ツケを払う。そんなことを許すなど医師ならやってはならないことでしょう」

 そこまで言えば天羽が何を言い出すのか容易に想像がついた。

「つまりあなたは深雪ちゃんは切り捨てるべきだと言うのね?」

「致し方ないでしょう。遺憾ですが、排除不能な犠牲です」

「なんですって?」

 跳ね返ってきた答えは単純だった。それに耳を疑う。

「排除不能な犠牲? その犠牲になる人を救うために戦うって言ったあなたが、その例外を認めるの?」

「もちろん他の形で補填することにはなるでしょうね。少なくとも私が深雪を見捨てても、周りが深雪を見捨てない。少なくともあなたは見捨てないでしょう。彼女の傷は、誰かがきっと癒す。彼女には人望があるのだから」

 天羽は演技臭く言葉を続ける。

「『変なのに利用されて大変だったね』『泣いていいのよ、泣き止むまでいっしょにいてあげる』『塞ぎ込んでいても仕方ないよ、いっしょにどこか遊びに行こう?』……心からの言葉は彼女を癒す。そこについては心配していませんよ。その上でもし、彼女のことを心から気に掛けるなら、やるべきは彼女たちの命の保護でしょう。もう少女を戦場に立たせる必要などないのだから」

「必要などない?」

「自律駆動型連装砲、これによって戦闘形態は著しく変貌します。最初の命令だけ下して、意識をほぼ失っている状態の大鯨でも十分に『戦果』を挙げている自律性能の高さ、それに伴う艦娘が乗っ取られた場合の脆弱性は、たった今私が証明した」

 天羽は人差し指を立ててそう指摘した。

 

「一番怖いのは深海棲艦に制御を乗っ取られることでしょう。現状において、やつらと接触するのは戦闘が行なわれる海上に限られる。乗っ取られないためにはどうしたらいいか。答えは単純、コントロールする管理者を地上に置けばいい」

 天羽がそう言って笑う。

「そのうち艦娘システムは自律駆動型の兵装群に取って代わる。元空母を戦艦に改装した事例もある。自律駆動型連装砲を応用した主砲は難なく駆動しているそうだ。艦娘自体が必要なくなる日も近い。……それでも、居場所作りのために幼子を戦場に送ると?」

 その問いは反語だ。雅は下唇を噛み、それに耐える。

「深雪も変革を望んでいた。……艦娘に志願する子たちがどのような経歴を辿ってくるか、知らないあなたではないはずだ。何せあなたはそれに関わっていたはずだ、雅柚穂軍医大尉。いや、元特種兵装開発実験団医学実験部部長、雅柚穂少将と呼ぶべきですか」

 

 天羽はそう言って僅かに笑みを深めた。

 

「プロパガンダのせいだけではないし、志願者となるまで過程の問題もある。貧困や虐待、教育に思想、様々に根の深い問題も絡んでいる。だから、あなただけのせいではないでしょう。それでもあなたはそれを推し進めた人間に違いない。甘言を嘯き、幼子に銃を持たせ、戦場に送り出した」

 

 そういう彼の目はどこか寂しげで、そこに自嘲が含まれることを知る。

「明日死ぬかもしれない恐怖、さっきまで話していた友達が数時間後には死亡報告書に置き換えられる恐怖……それに震え、泣き、狂う。それでも世論は彼女たちが純然たる戦巫女(ワルキューレ)であることを強い、毅然と戦い、散ることを強要する。そんなシステムを組み上げたのは、悪魔の所業としか言いようがない」

 雅がわずかに間を置いて口を開いた。声が震えるのを押さえ込む。

 

「……そうよ。私が推し進め、子どもを艦娘に変えていった。地獄行きなど百も承知。貴方に言われるまでもなく、煉獄に焼かれる程度では生ぬるい程の罪を犯していることはとっくに知っているわ。それでもね、天羽君」

 そう言って前に、一歩。

 

「貴方がしたことは間違っている。この世界は壊れているかもしれない。狂っているかもしれない。それでも、我々は、ここに生きる我々は、生き残らねばならないのよ。そして、それを脅かす全てに否と言い続けなければならない。時にその戒律を自ら侵すとしても、それに恥じ入り悔やんだとしても、我々は生き延び、生き、共存の路を探さねばならない」

 

 矛盾しているかもしれない。夢物語かもしれない。そうだとしても、雅はそれに縋る。

 

「貴方の想いはきっと間違っていない。私なんかよりもよっぽど優秀で立派な思想家であり人格者であり、軍人だと思う。だとしても、私は貴方の行動を肯定することは許せないのよ。守るべきと説いた相手さえ傷つけて、目の前で泣いている子すら見捨てて、革命を騙る貴方の行動を誰が容認できるの。きっと艦娘のみんなも、そこの大鯨も深雪ちゃんもこんなことを望んでなかった」

「当然です。そもそも私はあなたたちに認められたくてやっているわけじゃない。あなた程度に理解されてたまるか」

 

 天羽はそう言って、そっと立ち上がる。

 

「あともう一つあなたは勘違いしている。私は深雪たちの安寧だけを願って起こしたわけではないし、彼女らの隣に立つつもりも到底ない。私もまた艦娘システムに加担した大悪人の一人だ。……たとえ深雪が望んだとしても、そんな糞野郎はあの子の隣に立つべきではない」

「……貴方は」

 

 一瞬だけ、影が過った気がした。その僅かな違和も刹那の間に飛び去り、もとの笑みに戻る。

「雅大尉、私にはあなたを理解できない。どうしてそこまで鈍感でいられる。目の前に自らの手で地獄に叩き込んだ少女達がいるのに、なぜあなたは何事もないかのように振る舞える? どうしてあなたは彼女たちの味方であるかのような仮面を被り、隣に居座っていられるのです?」

「大鯨がそれを許したからよ。そうすることを私に求めたからよ」

 そう言って雅は彼を見据える。

「そこにいる大鯨はね、昔は龍鳳と呼ばれた航空母艦だった。私もまた指揮官だった。指揮官について初めて、自分のしてきたことの意味を知ったわ。絶望だってしたし、彼女たちに征けと命ずることも出来なくなったときもある。それでもよ、天羽君。それでも私は前に進まねばならなかった」

 雅がすらりと背を伸ばす。

「それは龍鳳が私を信じると言ったからなの。私の言の葉を、背中を、あり方を、信じると言ってくれたあの子を見捨てることは守りたかったなにかを捨てることになった」

 子供じみた意地であることなど百も承知だ。それでもそのために雅は汚くてもみっともなくても生き残らねばならなかった。だからこそ、血の海を渡り、泥を啜りながらも前に進んできたのだ。

「それは呪いかもしれない。それは希望かもしれない。それでもそれを信じてここまで来た。――――もう貴方も気がついているんじゃないのかしら? 貴方もまた、それをすでに背負っているはずよ」

 それを聞いた天羽は鼻で笑い飛ばした。懐に右手を突っ込み何かを漁った。

「あなたは、甘すぎる」

 その右手が真横に差し出される。夕陽は彼とその機械を等しく照らしだした。その機械を見て、雅はとっさにポケットから銀色の拳銃を取り出した。

 

「止めなさいっ! 今更手を下してなんになるの?」

「何をいっているんです? これを認めれば今すぐこの事態は止まるのに」

 夕日に照らされる拳銃を天羽は笑って見下ろした。照星の向こうに大鯨の頭を捕らえ、笑ってみせた。

「あなたはただの優等生でしかなかったようですね。周りもそういう人しかいなかったのでしょう。愛されることしか知らない。愛することしか知らない。だからあなたは目の前の感情を愛することしか知らない――――そんな人間に誰かを守れるはずもない」

 天羽の瞳が一段と冷え込んだ。

「信頼や愛情を否定はしない。それでもそれに拘泥しては判断を誤る。だからあなたは私を止められなかった。天羽月彦という怪物を止められなかった。――――最初から私を撃ち殺していればこんなことにならなかったのかもしれないのに、残念です」

 セーフティが外れるのが見える。

「私は好かれたいとも思っていない。愛されたいとも思っていない。だからあなたに私は止められない。情を超えられず、目の前の命に拘泥し、切り捨てられ、嫌われることを恐れたあなたには、私は絶対に止められない」

 

 そう言って引き金に人差し指を当てがい、勝ち誇ったように笑って見せた。彼の背後で何かがきらりと光る。窓の向こう、ビルの屋上で何かが光った。

 

「それに私はあなたの罪滅ぼしに付き合う義理もない」

 

 引き金を引けばそれで終わる、と雅は念ずる。それを嘲うかのように天羽は高らかに笑った。

「――――私の勝ちだ、雅柚穂元少将」

「待ちなさ――――っ!」

 

 最後の瞬間も彼は笑っていた。直後、ガラスにひびが入る。彼の胸板に赤い花弁が散る。ゆっくりと膝をつき、直後、その頭が吹き飛んだ。

 

 半ば呆然としたまま、雅は彼のそばに寄る。脳漿が床に散らばり、その隙間を埋めるように赤黒い液体が飛び散る。

「――――っ、大鯨!」

 大鯨は彼から流れ出た血潮の海で膝をぬらしながら、何事もなかったかのように座っている。駆け寄ってその肩を叩いた。ぼんやりとしたまま反応はない。バイタル確認、呼吸と脈もある。異常な体温の変動も震えもない。ただぼんやりと眠っているような反応だ。拘束を解く。長時間縛られていたならその先の血流が心配だ。

「大丈夫。まだ、大丈夫ね……」

 広がっていく浅い血の海の中で大鯨の頭を震える手で抱きしめる。暖かい体があることに安堵する。彼の右腕もまた、その薄い水たまりに沈もうとしていた。その腕から見た目からすればあまりにも軽いそれを引き抜いた。マガジンキャッチを押し込んで、弾倉を取り外す。空っぽだった。

 

 ハッとしてデスクに置きっぱなしのバックに飛びつき、開ける。中には通信装置に括り付けられたビデオカメラ。残された録画時間を示すカウントダウンは刻一刻と減っている。そのビデオカメラの録画停止ボタンを押し込んだ。

 

「……本当にやってくれるわね、天羽君。最後の最後まで、ホントに」

 

 飲んだ唾液が苦い。血の海に沈む彼の頭だったものの欠片が、まるで微笑んでいるように見えた。

 過去のすべてを否定して、ひっくり返していくなんて。

「ひどいことをしてくれるわ」

 血の海の中で満足げな彼は答えることなどなかった。

 








やめて! 自律駆動式砲台の機動戦力で、ベース・オブ・サセボを焼き払われたら、テロリズムでモンスターと繋がってる天羽の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで天羽! あんたが今ここで倒れたら、深雪との約束はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、お偉いさんに勝てるんだから!

次回、「天羽、死す」。デュエルスタンバイ!


……という予告を前回の更新分に挟むか悩んだオーバードライヴです。お久しぶりです。

さて、今回はいろいろ波乱がありましたが、結構やりたい放題した結果がこの原稿です。本当にどうしてこうなった。

物語も既に終盤、もう少しだけお付き合いくださいませ。
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