艦隊これくしょん―コンコルディアの落日―   作:GF-FleGirAnS

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マールスの凱旋

 墜落したメリクリウスのヘリは沈没せず浮遊していた。墜落から数秒後、吉井は微睡んだ意識からいち早く覚醒した。

 

「クソ……身体中が痛ぇ……とりあえずは五体満足か……」

 

 吉井はその事実に胸を撫で下ろしつつ、全身打ち身状態の体を労わる。が、直ぐに思い直し、辺りを見渡した。墜落場所は沿岸から大体1キロと言った所であり、吉井は自分の操縦に感謝しつつ、機体の状態を確認し始める。まだ浸水は始まってはいないが、電源は完全に喪失し(ブラックアウト)、レスポンスが全く無い。次に搭乗員を確認する。

 

「おい! お前ら! 死んでるか、生きているかぐらい返事しろ! 生きてなくても返事しろ!」

「うぅ……生きてます。打撲程度で済んでます」

 

 副機長が呻きつつ上体を起こす。次に後ろからも身動きする気配がし、声が上がる。

 

「機長、あんたは頭でも打ったか? 欠損なし」

「右に同じくです。 あっ、出血してました。右腕」

「左腕が脱臼したようだ……誰か嵌めてくれ」

 

 とりあえず後方3人組も大怪我ないようで、声が返ってくる。その事に安心と幸運を喜びつつ吉井は再び指示を出す。

 

「とりあえず、敵は居ない。しかし、いつ沈没するかは分からない。最低限の処置をした後、こいつを放棄し陸に向かう。異論は無いな?」

 

 着水時に首を強く打ったようで思う様に首を振り向かせることが出来ずにいたが、沈黙していたため吉井は話を続ける。

 

「一応、小銃も積んである。それを防水袋に入れて本陣に向かう」

 

 その言葉にメリクリウスの面々は息を飲む。また、わざわざ戦場へと戻る必要は無い筈だ……と言ったように。しかし、誰かが声を上げる前に吉井は再び口を開く。

 

「言いたいことはわかる。だが、俺たちの基地へは遠い。そこでだ、先の偵察で交戦範囲は把握しているだろう? そこを回避し、医務室へ向かう。そこの方が確実に治療を早く受けられる」

 

 そして吉井は目を閉じる。

 

「救護員は肩を嵌めてから応急処置を各員へ。無理はするなよ。手空きは持ち出す物を用意しろ。機密は確実に回収だ」

「了解」

 

 各々が動き始めたのを確認し、吉井は軽く首を回しながら作業を始める。

 

「機長……」

 

 吉井はそう呼ばれてから差し出されたもの……中身が入った黒革のホルスターを受け取る。その中身は制式拳銃に他ならない。

 一度拳銃を引き抜き、昔受けた訓練を思い出しながら使えるかどうかしっかりとチェックする。弾倉に弾薬をセットし拳銃に収める。予備の弾倉も確認し弾倉入れに収める。

 

「さてと……」

 

 ホルスターを差し出された防水袋へと詰める。後方では世話しなく動き始め、小銃や応急セットを取り出し防水袋へと詰めていく。

 頃合いを見計らい、吉井は声を再びかける。

 

「作業進捗、報告」

「応急処置は完了」

「持ち出し品詰め込み完了」

「兵装封印完了」

 

 その報告を聞いた吉井は頷き、立ち上がる。

 

「兵装放棄後、脱出する。陸まで約1km……海軍軍人の力を見せようじゃないか」

「ガラにもない事言いますね」

「まぁな……」

 

 センサー手が茶々を入れつつ、吉井は立ち上がる。全員を見渡し、吉井は口を開く。

 

「兵装放棄」

「兵装放棄します」

 

 撃たずにいた残り1発のヘルファイアが音を立てて海へと落ちる。搭載魚雷も封印した上で投棄する。それらを確認した吉井は再び叫ぶ。

 

「総員、退避!」

 

 その号令と共に後部座席のセンサー手二人と救護員が海へと飛び出し、背囊型防水袋を手にした吉井と副機長も機体を蹴り海へと飛び込む。

 飛び込んだ吉井の体は衝撃で一度沈み込むが、そのまま浮力を使って水面へと顔を出す。すぐ見渡し誰一人と欠けてない事を確認し、陸に向かって海を蹴る。背囊を背負いながらでは上手く泳げなくはあるが、必要な物ではある為しっかりとベルトに固定し泳ぐ。

 

「死にたくなければ、泳げ!」

 

 時より顔を水面から出し、鼓舞し続ける。常に陸との距離、乗員の体力を観測、推察して泳ぎ続ける。腕に怪我を負ったセンサー手の一人が速度が落ちている為、先頭を泳ぐ吉井も自然と速度を落とす必要があり、他乗員の体力の心配もあったが彼には見捨てるという判断は全くもって持ち合わせて居なかった。

 

「弱音は吐くな! 前を見ろ!」

 

 常に彼等の心情を理解し、先回りをするのも彼の役目であった。辛そうな顔を浮かべる乗員がいるならば、そうやって鼓舞する。吉井にはそれしか出来なかった。

 

「よしっ! もうすぐ陸だ! 諦めんな!」

 

 全身で水を掻き出し少しつづ陸への距離を詰める。だんだんと海の色が薄くなり、彼らはついに海底を足で捉える。夢中で走り、砂浜へと辿り着く。誰しもが呼吸が荒く5人全員が砂浜で大の字になり寝転ぶ。

 

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。愛機を奪った仇敵である自律駆動式砲台が、獲物を探す様にと前進してくるのが見える。

 

「あー非常にまずい」

 

 後方の茂みでうごめくのが1つ、右からやってくる小さな影1つ。沖合から向かってくるのが2つ。海辺で小休憩をとっていたクルーへ小さな敵が忍び寄ってきていた。

 

「機長……」

「わかってる。総員、戦闘用意」

 

 吉井はそっと立ち上がり、小声で指示を出す。最接近しているであろう、茂みのほうへ視線を投げる。

 

「しかし、弾薬が十分なのですか?」

「やるだけ、やってみようじゃないか? 犬死は俺は勘弁だ」

 

 吉井はそう言ってケースから弾薬を引っ張り出し、確認する。腰にホルスターを固定させ、そこに拳銃と弾薬ケースをセットする。

 

「けが人は自衛のみにとどめろ。他の奴は小銃を使え。俺は拳銃で構わん」

 

 軽く手首を回し、拳銃を引き抜く。拳銃は海軍に於いては士官の特権である。後は特別な任務を帯びた海軍軍人のみが許されている。

 

「最後にやったのはいつだったか……まぁ、行くぞ。救護員、副機長は左右から挟撃」

 

 歩兵の真髄、散兵戦術である。目標に対し分散配置、正面より突っ込んでくる目標に対し教科書通りの十字砲火(クロスファイヤ)を浴びせようと言うのである。

 

 すると一人が、おずおずと手を上げた。

 

「で、ですが機長。ドアガンでも効果が……」

 

 ヘリ搭載の7.56mmが効かなかったのだ。そして彼らが持っている歩兵小銃の口径は5.56mm……確かに効果があるとは思えない。強いて言うなら吉井の持つ拳銃弾の口径は9mmだが、残念ながら貫徹力は遥かに劣る。

 

「安心しろ、それについては俺に考えがある……無人機(ドローン)との戦いにはセオリーってもんがあるんだ」

「機長は、こういう経験がおありなんですか?」

「こういう経験ねぇ……」

 

 こういう経験というよりか、この深海棲艦との戦いが始まる前を知っている、というべきか。吉井はどこか懐かしむように笑う。

 

 

 現代における先進国の戦いというのは無人機を用いて行われるものであった。遥か遠隔地から衛星を通じて操作され、それにより無慈悲に地と空気を焦がす攻撃が放たれる。今ではそれらは艦娘に取って代わられたわけだが……今吉井たちが対峙せんとしている相手もそれである。違いがあるとすれば友軍に対して発砲していることくらいだ。

 

 無人機ほど人的資源の保持に適したものはない。戦場に人間が送られないのだから当然だ。精神衛生上の問題は人が戦地に赴こうが赴きまいが起こるのだから、ならせめて死なないように戦うべきという選択。

 

 逆に言えば、それに付き合わされるのはたまったもんじゃないということ。相手が血を流さないのにこっちだけ血を流すなんて、まったくもって非効率。

 

 まあ要するに無人機との戦いにおけるセオリーというのはこうだ。

 

 見たら逃げろ。

 

 とはいえ、今は逃げられない。全員が背を向けて逃げればめったうちにされるのがオチだ。戦うしかない。

 

「……さあ、どうだろうな」

 

 機械に対しては制圧射撃やらなんやらは通用しない。そもそも制圧射撃とは銃弾の雨を浴びせることで敵の反撃を封じ込める戦術、痛みも恐怖もなくルーチンをこなすだけの無人機(ドローン)に通用するはずがないのである。

 

「さ、頼んだぞお前ら」

「え……?」

 

 吉井はそれだけ言ってその場を離れる。当然困惑する部下たち。

 

「安心しろ、俺が全部倒してやるよ」

 

 走る。草陰から飛び出した吉井。オートマトンが一斉にその銃先を向ける。全力で跳躍、護岸工事のために盛られたコンクリート置き場の裏に飛び込む。発砲、弾除けにされたコンクリートが鈍い音を立てて爆ぜ、破片が吉井の頭にも降りかかる。

 仮置きであることもありコンクリートは決して数が置いてあるわけではないし身を潜めるのは高さがない。半ば伏せるような姿勢になる吉井。

 

 だが相手とて馬鹿ではない。正面からバカスカ撃っても意味がないことは分かるだろう。今頃、こちらを挟撃すべく二手に分かれてこちらに向かってくるはずだ。

 もう一斉射。もう十二分に引き付けた。吉井は部下たちに向かって叫ぶ。

 

「撃てっ!」

 

 指示は届いた。茂みに隠れた部下たちが一斉に5.56㎜弾を叩き込む。

 ドアガンの7.62㎜弾が通用しないのだ。5.56㎜弾では当然アレには無力。

 

 だが、これで連中の脅威判定は部下たちに向くに違いない。俺が撃たれたならそうする。

 

「おうらっ、よっと!」

 

 吉井は伏せの体勢から一瞬で起き、コンクリートを飛び越える。高温高速の弾丸によってひしゃげたカラーコーンの脇に飛び降り、瞬間的に走る。部下たちに反応して撃ち返そうとするオートマトンの一部が吉井に気付くが、もう遅い。

 

「もらった!」

 

 二手に分かれた集団のちょうど中間に滑り込む。拳銃を振りぬき、躊躇いなく引き金を引く。馬鹿にならない反動だが、吉井の照準はブレない。連射。厚い全面装甲を狙ってやる義理はない。恐らくはセンサー類が集中しているであろうオートマトンの頭部――――カメラが二つ付いてて目玉みたいだからこの表現はあながち間違っていない――――へと撃ち込む。

 

「止めろ止めろ! 中尉に当たるぞ!」

 

 慌てて射撃を止める部下たち。オートマトンたちは当然割り込んだ吉井へと銃口を向けるが、同士討ちを警戒してか撃ってこない。

 

 拳銃のスライドが下がったままで固定される。弾倉内に収められた弾丸を全て撃ちつくしてしまったのだ。

 

「おらぁっ!!」

 

 再装填の暇はない。そして距離を詰める必要もない。拳銃は弾をぶっ放すだけが仕事ではない。堅牢な構造設計が売りの拳銃は、文字通りの”拳”になるのだ。

 

 一閃。吉井の拳銃がオートマトンへと激突する。そして吹き飛ぶかと思われたが……それには重量があり過ぎた。少しぐらりとふらつくだけだが、それでも効果はあるはずだ。なんせ機械は、繊細なのだから。

 

 空を切るナニか。同士討ちも恐れず撃ってきやがった。吉井は内心そう毒づきつつ殴る。敵の射線を敵で塞ぐだけの簡単なお仕事、それを二桁相手にやるのだから求められる集中力は半端じゃない。銃口を向けられた順に射線を潰していく。

 

 同時に背後で破裂音。飛び散る破片を見るまでもない、目論通り同士討ちが起きたのだ。吉井は内心ほくそ笑む。

 

 だが、それでオートマトンたちの動きが止まった。それこそピタリと止まった。

 

「中尉……?」

 

 不審げに顔を出す部下の一人。吉井が叫ぶのとロボット特有のモーター駆動音、それは同時に起こった。

 

「馬鹿野郎! 伏せろ!」

 

 機械仕掛けの殺意が一斉に茂みへと指向される。慌てて首を引っ込めようとした部下は逆に空中に飛び上がる。吉井の周囲に硝煙が舞う。

 

「しまっ……!」

 

 続けて放たれる凶弾。対深海棲艦(バケモノ)を想定した兵装は動物を殺すのには高威力すぎる。ましてやこちらは防弾ベストの代わりにライフベストを装備する部隊。制圧は容易に過ぎた。

 

「この野郎っ! 待ちやがれ!!」

 

 吉井は自分に背を向けたオートマトンを殴る。だが、今度は揺らぎもしない。虚しく金属のぶつかり合う音が響く。

 

「俺を狙いやがれよっ!!」

 

 再び殴る。がオートマトンは微動だにせず、主砲からゆるゆると煙が上がるのみ。砲身から湯気が立ち上り、今は冷却中なのだと思い知る。間もなく、第二射が放たれんとしているのだ。

 

「やらせないっ!」

 

 その言葉と共に影が飛び込む――――大きな盾を抱えた小さな戦士。その防弾盾で全ての弾丸を防ぎぬく。吉井たちと連装砲の間に割って入ったその背中、吉井は見覚えがあった。

 

「深雪……っ!」

 

 驚くのも無理はない。艦娘の姿がなかったとは言え、今この瞬間まで艦娘の艤装に襲われていたのである。そして驚いたという点では連装砲も同じだ。新たに現れた標的(かんむす)相手に全ての砲先が向けられた。

 しかし深雪は怯まない。

 

「明石さん!」

「こういう風にっ、使うモノじゃあないんですけどぉっ……とりゃあぁ!」

 

 かけ声が聞こえ、次の瞬間なにか黒いモノが転がり落ちる。

 

「なんだ、あれ……」

「皆、伏せてっ!」

 

 盾を構えたままの深雪が叫び、言われるがままに身を伏せる吉井達。

 

 刹那、空気が膨張し鼓膜を叩く。加熱される空に飛び散る遅れてやってくる爆音を聞くほどの余裕はなく、最後に残された火薬特有の刺激臭だけが鼻に残る。

 

「いやぁ流石は天下の海軍46cm。弾頭だけでもよく爆発するものだ」

 

 と、盛り土から滑り降りてくる影。深緑一色の制服に「憲兵」と書かれた腕章。陸軍軍人だ。

 

「深雪、ご苦労だったね。怪我人は何人だ?」

 

 吉井は顔をしかめる。今は暴れ狂う殺戮兵器に占拠されてしまっているが、ここは海軍の敷地だ。

 

「……なんで中佐殿が艦娘を指揮されてるんで?」

「必要が認められたのでね中尉。即席な統合任務部隊だと思って貰えればいい」

 

 周囲を見渡しながら聞く菊沢。吉井は押し黙ったままだ。遅れてきた伏宮が明石と共に倒れている部下たちを手当てしようと駆け寄っていく。

 

「お前ら……なんでやられたんだよ」

「中尉、人間に音速飛翔する弾丸は避けられない。よく囮に使えたものね」

 

 囮と言う言葉に吉井は菊澤を睨むが、睨んだところでどうしようもない。

 

「何があったのか報告して貰っていいかな、中尉」

「……今のやつらにヘリが落とされたのです。仕方がないので泳いできたのです。その後襲撃を受け、迎撃しました」

 

 その言葉に菊澤は一瞬眉を顰める。

 

「指揮官が最初に死にに行くなら、説教から始める所だったよ。海さんはどんな教育をしてるんだい。自分勝手に指揮系統を放棄した責任は重い。なおさら死んでいった部下は、浮かばれないだろうにってね」

 

 菊澤は冷めた瞳で、手当を受ける吉井の部下たちを見下ろしている。まさに指揮官として、戦場を俯瞰するように。

 

 言葉を返さない吉井に興味がなくなったのか、菊澤は連装砲を目視しようと周囲に視線を奔らせる。爆発で吹き飛んだのだろうか、土煙がもうもうと舞うだけで、何かが動く気配はなかった。

 

「守るべきものがある、それは結構。仇を討つ、それも結構。だが、隊長としての立場を忘れるな。生きている部下を帰すのが貴官の本望だろう、吉井中尉。ともかく状況は把握した。深雪、航空隊の司令部に通信は繋げるかい?」

「待って……繋がった!」

「あっちの方は無事だったわけだ。それは結構。中尉、ウチの無線で無事を報告しておきなさい」

 

 そして差し出される受話器。吉井はそれを受け取る。

 

「それにしても……ヘリを撃ち落とすとはね。秋月型がすごいというのは聞いてたけど、ホントにすごいのね」

 

 まったく、憲兵は支援兵科だってのに。今更嘆いても仕様がない。サイレンばかりはけたたましいが、機銃の掃射音や組織的抵抗の気配はない。十中八九防備隊と司令部は壊滅、貴重な艦艇群に被害が及んでないことを願うばかりだが……とにもかくにも、この場で組織的戦闘が可能なのは彼らだけだろう。

 

「で、伏宮君。何人?」

「三人だ。後は残念だが」

「判定は壊滅以上か……中尉、熊本憲兵隊はこれより状況の鎮圧を行う。生憎人員が足りていなくてね、佐世保航空隊にもご助力いただきたい」

「俺に弔い合戦をしろってか?」

 

 そう言う吉井。菊澤は不思議そうな顔をする。

 

「中尉は状況を把握していないようだな。今回の事件の首謀者は既に制圧された。後は問題の艦娘艤装を制圧するだけ……おっと」

 

 そう言いながら、菊澤もベルトから拳銃を取り出した。

 

「お客さんだ。招かれざる客(クレーマー)じゃなければいんだが」

 

 神様は非情にも、幕を下ろしてくれない。土煙の中より影が揺らめく。まだ連装砲を倒し切れていなかったのだ。今は爆発による土煙が残っているが、それもいずれは晴れる。終わらせるためには、人の手で切り落とすしかない。

 

「……やっぱり砲丸(ばくだん)投げじゃ倒せないか」

「無理があるに決まってるじゃないですか! そもそも私のクレーンで砲弾を投げるとか正気の沙汰じゃないですよ!」

「それは伏宮クンの提案じゃない?」

「一番威力の高い爆弾を持ってこいと言ったのはお前だろうが!」

 

 風が吹き、煙が晴れる。生き残った連装砲が駆動し、開けた場所にいた菊澤たちを目指して疾走する。その様を見て、体勢を立て直しきれていないメリクリウスの搭乗員たちが叫ぶ。

 

「憲兵殿っ。貴官も威勢は良いが、具体的にはどうするんで!?」

「歯を食いしばって耐えろ。後は万事どうにでもなる」

「殺生です、中佐殿ぉ!」

 

 その悲痛な叫びを掻き消す様に、砲弾が降る。爆音が埋め尽くし、鼓膜を叩く。収まった後に、吉井が身を起こした際に自問する――――まだ生きていると。

 

 大地を耕す様に銃弾が抉ったのは、菊澤たちのいる場所ではなく連装砲たちのいた場所だった。翼端を陽光に煌めかせ、胴体に二本の赤帯を巻いた機体が翔け抜ける。続いて爆撃機による飽和攻撃が始まる。

 

 数々の航空戦を見てきた吉井にとっても、感嘆するような光景だった。ゆうに100機近い航空機が、目の前の空を埋め尽くす。そしてただ作戦行動をするだけでなく、編隊を組み統率の執れた動きでヒットアンドアウェイを繰り返す。

 

 秋月型の射程や砲の旋回速度を理解しているのか、その合間を縫うように点制圧を続ける航空隊。まるで曲芸飛行だと目を疑うが、戦果を上げ続ける艦載機たち。普段の隼鷹はこんな動きで扱わない。目の前の操縦スキルは、練度だけ見れば全盛期の第一航空戦隊レベルではないか。

 

 攪乱され動きを止めた連装砲たちに対して、今度は火砲が着弾する。

 

 手元の端末に、周辺で交戦中の艦娘たちの情報が更新される。背後を振り返ると、逆光の中で嗤う白髪の艦娘の姿が見える。

 

Мы поступью твердой идем(たいれつをくんでたたかうのだ).」

 

 前触れもなく、オートマトンが()()()。どんなに殴ってもビクともしなかった奴らが、爆ぜた。

 

 それは一瞬の出来事で、動く間も与えないほど。だが、まだ一基だけ。敵はまだいくつも残されている。残された八基十六門の信管に電気が流し込まれ、施条(ライフリング)に従って角速度を与えられた直径10㎝の悪意が迸る。

 

Родная столица за нами(われらのあいするくにのため),」

 

 吉井の隣に大柄な殻を背負った影が降り立つ。瞬時にオートマトンがまた吹き飛ぶ。

 

Рубеж наш назначен Вождем(めいれいにしたがいたたかうのだ).」

 

 国家の維持という国家の最大利益を追求し開発され、不幸にもその防人に手を出した凶器たちが次々と乱暴に解体されていく。至近距離から艦娘の砲撃を食らったのだ。いとも簡単にねじが飛び、基盤が砕け散る。

 

 数瞬も数えぬ間に、たちまちオートマトンは鎮圧された。吉井は緊張の糸が切れたように息を継ぐ。

 

「……驚いた、一体お嬢さんは何者だい?」

「Верныйだ。遠距離から確認してたけど、よくもまあ小銃だけで挑もうとしたね」

 

 どこか冷めた眼のВерный。吉井はどうにか呼吸を整えると、ゆっくり吐き出すように言った。

 

「……は、はは。こちとらそれしか知らなくてね」

 

 ぎこちなく答える吉井には目もくれず。Верныйは状況報告と、無線機の送話器に手をかけた。

 

「しかし、お嬢さん。戦艦の艤装を持ち出すとは驚いた」

「正式ロールアウト前の艤装を使えるとは、私も感慨深い。そして、我が同朋(Гангут)の血肉だ。これほど馴染むものは他にはないね」

 

 小柄な体には無理がある重量だろう。それでもВерныйは、苦ともせぬように仁王立ちで砲撃を続ける。四基の大口径主砲が旋回し、照準を定め発砲。瞬く間に連装砲を窮地へ追いやる。追い打ちの様に続く航空隊。息する間を与えぬような迫撃で、視界を爆炎で包み込む

 

「さすがは、横須賀一と名高い航空隊だ。戦艦にしておくには、まったく惜しいものだね」

「そんな事言わないでおきな。あの子だって、ツ級がいなきゃ今まで通りに空母だったのだろうにさ」

 

 Верныйの呟きに応えながらも、菊澤は端末からの無電に溜息をついた。その口から告げる。

 

「突入班が大鯨を確保したようだ。各員、警戒を怠るな。もう終わりにしよう、こんな無意味な(いくさ)など」

 

 その真意を吉井は知らない。だが電源が落ちたかのように、生き残った連装砲が動き出すことがなかったのだけは事実だった。

 

 




こんにちは。帝都造営です。
最終話も間近となって参りました。本当に長かった。読者の皆様、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

気付けば連載も20話の大台を超え、合計文字数も15万字を突破しました。……いえ、してしまいました。前回企画である「抜錨!戦艦加賀」の二倍の文字数に迫りつつあるという訳です。
一人当たりの担当原稿文字数も増え、それに従って編集作業も膨大なものとなりました。それでもここまで進めることが出来たのは参加者の皆さんのおかげです。参加してくださった皆様には、この場を借りて感謝を伝えたいと思います。


ではまた、どこかでお会いしましょう。
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