艦隊これくしょん―コンコルディアの落日―   作:GF-FleGirAnS

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アポローンの救済(後篇)

 回れるところは自分の足で回った大宙だが、やがて喧騒な波止場から離れた位置まで辿り着く。

「あとは工廠か……」

 鎚と、熱と、そして妖精によって支配されている工廠。艦娘の指揮官すらこの区画には立ち入らない者も多いが、先程の戦闘で摩耶の艤装の修理を任せていた事をふと思い出す。

「厄介なのが、工廠の技官組。実験艦隊は旗本が横須賀な以上、俺達でも迂闊に手は出せんからな」

 各鎮守府の軍備については、それぞれに一任されることは多い。しかし開発や建造に関する情報は全てが横須賀行に統合され、各部隊に共有されることになっている。技術格差の是正のためと聞くと聞こえはいいが、大宙にとっては佐世保の指示に従う必要のない目の上のたんこぶではある。

 何より、実際に装備を整備するために必要な妖精の問題がある。会話できるもの。姿が見える物。まちまちであるが、そのコンタクトだけにすら人間ごとの個体差が生じる。端から見れば虚無の空間と会話するように見えるために、事情を知らない一般人から見れば目を見張るだろう。

 しかしそのファンタジーな世界に精神的に狂わずにいられるのが、技術士官として必須事項と言うのだから笑えない。大宙からしてみれば、妖精は必要であるが人間の技術力でカバー出来ればこしたことではないと考えている。

 戦場に関わるものについて、不確定な要素は排除して動くべきだ。だからこそ、思い通りにいかない工廠と言う勢力は忌避すべき存在であるさえ思う。といっても、顔を合わせねば、戦えないのも事実。内線電話で伝えるだけでも十分なのだが……丁度工廠に注文したいこともある。大宙はその巨大なトタン屋根の建造物の影へと足を踏み入れた。

 一番工廠の控え室。インターホンを鳴らすと、長袖にエプロン姿のような出で立ち。独特の桃色髪を靡かせるのは、特種兵装実験隊に所属する明石だった。

「あれ、どうされたんです大宙中佐。摩耶さんの艤装の修理って期限はまだですよね」

「伏宮少佐はいるか。用事ついでに実験艦隊に納品される物資について、運び屋から招集がかかっている。出頭するよう伝令しにきた」

「ちょっと待ってください。伏宮少佐ぁ、大宙中佐がお待ちですよ」

 駆け足で工廠の方へ姿を消す明石。横須賀の実験艦隊司令の職務を代行する、伏宮扇少佐が姿を表したのは数分後だった。

「伏宮特務技官、ご苦労様です」

「佐世保の士官様がいらっしゃるなんて、珍しいですよね。伏宮少佐」

 伸びをした明石が、からかう様に伏宮を見る。自分も含めた佐世保所属士官の対応をおおかた皮肉っているのだろう。それを知ってか知らずか、彼は明石の態度を諌める事無く言葉を続ける。

「お世話様です、大宙中佐。こんな恰好で失礼する。しかし、こんな時間にご用件とは珍しい」

 作業着の上から第二種軍装の上衣を羽織った姿。ちぐはぐの衣装だが、不作法だとこちらが非難するいわれもない。案内されたソファに腰掛け、伏宮もそれにならう。早朝の試験航海の報告も含めて、大宙が口火を切る。

「うちの摩耶の艤装ですけど、修理は済んでますかね?」

「直すだけなら一昼夜で出来なくもないですよ。しかし『直す』という行為には『現物と100%同じにはならない』ことをご理解いただきたい。電気信号系の調整と摩耶の再フィッティングを済ませない限り、再出撃は許可できません」

「時間がかかるのはこっちも分かってます。せっかくだからこの期間を利用して、摩耶の対空火器を刷新したいと思ってるんですよ」

 その依頼は、指揮官からの正式な(・・・)依頼ですかと問いたげな表情をする伏宮。諦めの混じった溜息と共に、言葉を返してくる。

「防空巡洋艦としての強化改装……なんでまた。摩耶の二次改装のスペックじゃ事欠かないでしょう」

「それで十分に賄えない可能性が出てきたんですよ。艦隊防空の要である秋月型駆逐艦の配備が遅れているのは、伏宮少佐も知ってますよね?」

「それを俺に言われても困ります。発注先の長崎に訊いてください」

深海棲艦が跳梁跋扈する時代においては、日本本土への侵攻は瀬戸際だと言っても良い。先の空襲で長崎造船所に被害を受けた今、最新鋭艦の配備は時期が遅れているのが現状だ。もちろん、ここ佐世保鎮守府においても深海棲艦の侵攻は例外ではない。

大宙もまた、防空巡洋艦として大規模改装された摩耶を運用する対空戦の指揮官だ。機銃と言った対空兵装を積み替えろというのだから、工廠にもまた協力的な姿勢を示して欲しいものなのだが。

「先日、横須賀から取り寄せた兵装の航海データです。カタログスペックで見れば摩耶への搭載には十分でしたけど、今朝の戦闘でやってみて満足な艦隊運動が出来なかったのが不可解なんですがね」

「……それはそうでしょう。机上の空論で勝てるなら、この戦争はとっくに終わっています」

25mm三連装機銃を、アメリカ製のBofors 40mm四連装機関砲に。12.7cm連装高角砲を、アイオワ級に採用された5inch連装砲Mk.28 mod.0に。結果的に鈍重になったウェイトを軽減するために、14号対空電探を21号対空電探改へ換装するなどの配慮はしている。

――――もちろん、端末に投影された数字の話だけであるが。

実戦で得られたデータは確かに貴重である。それでも予定調和の失敗をする、この出撃に関しては必要であったと大宙は考える。とはいえ、その状態で前線に送り込む羽目になるとは微塵にも思っていなかったが。

「大宙中佐。まさか……前回の出撃については、初期運用(・・・・)の段階で全部積んだんですか?」

「まぁ、摩耶の希望もありましたので」

大宙の回答に対して、伏宮からは長い溜息が返ってくる。

「……確かにアメリカ製の装備は優秀です。スペックだけ見れば傑作とも言って良い。しかしそれが、日本製の艦娘に適合できるかは別問題です。特に高角砲に関しては、砲架式から砲塔式に載せ替えただけで十分すぎる重石になります。Bofors 40mm機関砲だって、アメリカの駆逐艦はその分魚雷発射管を撤去した上で運用してます。それを承知で全ての搭載を許可したのは、どう考えても貴方の判断ミスだ」

「口を弁えたまえ、特務技官。たかだか実験艦隊の少佐が戦隊の中佐に意見するとは、良い度胸だな」

 重量超過を分かっていて、GOサインを出すのかと伏宮の視線が問うてくる。当然だ、基本的に武装は使い捨てを考慮する。積むだけ積んで出撃し、必要なものを戦場で取捨選択する。結果を残せる指揮官はその無駄使いは見逃して貰えるし、何より次の結果を出せればさしたる問題ではない。

 相対する伏宮は、少々艤装に対する思い入れが強すぎるように思う。これが妖精が見えるかどうかの違いであるかは、大宙には関係のない話であるが。

「工廠の一技官として言わせて貰えば、せめて高角砲だけは日本製に戻すべきです。ただでさえ摩耶の二次改装は、改装前と比べて主砲を下ろした上での運用が前提。火力を採るか対空を採るかは司令官の塩梅に他ならないが、二兎を追うべきではありません」

「そこをなんとかするのが。前線が求める兵器を造るのが工廠の役目でしょう」

「違います。前線の要望を可能な限り(・・・・・)で再現するのが工廠の役目です」

 役目の話はここではそもそもが関係ない。お互いに命令に従って、深海棲艦を叩く。それだけのはずだ。敵に勝つにはより強い武器を、物量を。

「確かに、艦娘の艤装は只の道具です。しかし、それを扱う艦娘自身は機械ではない。貴方の要望は、艦娘を殺しかねない思想だ。役に立たない兵器を持たし、兵士を送り出して戦死させる。それは指揮官がやってはならない行為だ」

「それでも、抑え込まれている戦況を打破するためには必要な力。そこに妥協をしては、この戦争に負けるのも伏宮少佐なら分かっているでしょう」

 先程の台詞を胸中で反復する。その通りだろう、伏宮少佐。言いたいことは言った。試すような視線を向けると、彼は興味がなくなったかのように先刻の戦闘データに目を通すのだった。

 こちらの命令に対しては、釘を刺すような発言がくるのだろうか。内心楽しみにしつつ、大宙は伏宮が語り出すを待つ。

「分かっていて、今回の出撃を組まれてるんでしょう。大宙中佐」

「ん、どうしたんですか? 伏宮少佐」

 お茶汲みを終わらせた明石が、会話に参加する。先程までの喧々した雰囲気をやんわりと絶ち切るだけに、助け船をだした形だろう。そして伏宮が台詞を紡ぐ。

「明らかに総重量の計算が合わない。本当に摩耶は、この艤装を装備して出撃したのかすら怪しいと」

「出撃したも何も、さっきオーバーウェイトが原因で転覆したって言ったのは少佐じゃないですか」

「実際には転覆したんじゃない。転覆しかけた(・・・・)方が重要だ。5inch連装砲の重量に隠れがちで見落としたが、逆算すれば分かる。報告の通りには摩耶に四連装機関砲が搭載されていない(・・・・・・・・)。明らかな超過だが、それでも軽微な方だ」

 さすがに気付いたか。何を装備させるかは、もちろん指揮官の自由だ。四連装が生産される前には、当然単装砲版の開発も見込まれる。そして採用するかの取捨選択は、横須賀の試験艦隊は関与せず各艦隊に委ねられる。

「そもそも今回の機関砲を開発したのはスウェーデンだ。そしてデータで確認したが搬入されてきたのは、マレー半島で引き上げた兵装のコピーレント。そもそも日米交流でのアイオワ級に関する技術提携は、横須賀(ほんぶ)でも試験段階のはずだ。もちろん実用化の目途なんて立っちゃいない」

「でもアイオワ級の装備って、今ではちゃんと日本でも生産されてますよね?」

「表向きには……な」

 5inch連装砲は護衛艦時代のノウハウが残っているからこそ、設計図だけで開発できた。だが機関砲の技術は、日本で進化した訳ではない。立てなきゃいけないメンツ、そしてテーブルの下でどんな折衝が重ねられてきたのは彼が知る必要はない。そして、その交渉が穏便に済んだかなんて話は噂にもならないくらいが丁度良い。

「そして一士官である大宙中佐。貴方個人の要望で、そんな曰く付きな装備が颯爽と配備される訳がない。そもそも横須賀の工廠で、復元させた装備は何だった? 40mm高射単装(・・)機関砲だ」

「北欧製の純正品じゃない……ということは陸軍技術本部ですかっ? どうしてこんな装備を佐世保に寄越したんです!?」

「まぁ、知らない方が吉なのかも知れないが? 二人とも」

 明石の指摘には、はぐらかす様に肯定の意を表す。誘導された改装案と、不可解な開発・搬入経路。何かのコネがあったからこそだと、佐世保一士官であっても工廠を通さない仕入れルートはいくらでもあるというものだ。

「大宙中佐……貴方は一体何を考えているのです?」

横須賀(そと)の人間は、佐世保(うち)の話に首を突っ込まなくて良いだけさ」

 話は終わりだ。寄港した憲兵サマとの会合まであと僅か。伝言を最後に残し、大宙は会議の準備に向け席を立った。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「……と言うわけで、水雷戦力の対空強化に関する武装のアップデートを早急に実施するようにとの要請だ。海さんも陸軍風情の私にこんな案件をもたせるとは物好きだ」

 海軍軍人と違う身なりの女性が、白一色に染まった面子を見て仰々しく口を開く。それを合図に、テーブルに座った各長に対して部下が机上にレジュメを配り始める。

「対空特化といいますと、例の秋月型で本試験に入った自律型兵装ですか」

 そう口を開いたのは、特種兵装専任医系技官を務める天羽月彦軍医中尉だ。どこか野暮ったい丸眼鏡の奥の目が細められる。それを見て面白そうに笑ったのは菊澤だ。

「医系技官としては面白くない提案かな?」

「とんでもないです、中佐。たとえ、面白くないと思っていたとしても、それによって優劣をつけていい問題ではないことは把握しているつもりです」

「結構。とりあえず話を続けようか、お手元の資料をご覧ください」

 菊澤はそう言って余った資料を一部、手に取って振って見せた。

「今回の『第二五八号改装計画実施命令』は比較的大きなアップデートになる。既存の水雷戦隊に配属されている駆逐艦型の特種兵装、通称『駆逐艦娘』に自律駆動式砲台への対応を求めるという内容になります」

「……なるほど」

 どこか皮肉めいた声でそう言って手を上げたのは、特種兵装開発実験団佐世保方面分遣隊司令補佐を務める伏宮扇少佐だ。

「その命令を遂行するにあたり確認をしたいのですが、よろしいですか?」

「どうぞ」

「いわゆる自律駆動型の艤装は、あぁ見えて命令装置に演算リソースのかなりを占めることになります。伴って現在先行して試験運用されている島風型。及び陽炎型の一部艦娘に関しては、火器管制容量の削減のためウェポンベイ自体の撤去を要しています。それに対して個艦の戦闘能力の低下を招く事態について、上層部はどうお考えでしょうか」

「資料に含みきれない内容かと思うが、それに関しては兵装自体の圧縮。及び戦闘能力を低下させてでも、防空能力の向上に寄与して欲しいとの要望だ」

 涼しい顔でまるで用意した原稿を読むかのように答える菊澤。この反応を伏宮も予期していたのか、間髪入れずに続ける。

「では、技官としての意見を一つ申し上げたい。資料にある戦力強化についてのプランニングですが、艦娘の浮力力場に支障をきたさない程度の砲火力。及び魚雷の搭載数の増加を要望されているように思います。菊澤中佐、この解釈で問題ないでしょうか」

「私一個人の意見では申し上げられないため、回答を控えさせていただく。資料通りの内容であります」

「では、先の発言通りであるとの仮定で申し上げます。主に駆逐艦娘に搭載されている連装砲について、高射装置付きの高角砲への更新は有意義なものと判断します。しかし、知っての通り、主流の10cm高角砲は砲身の寿命が短いことが短所です。明石、頼む」

 彼の指示で、控えていた桃色髪の女性は端末を操作する。会議室前面のスクリーンには、直近まで行われていた駆逐艦娘の開発記録が投影される。

 小口径主砲のスタンダードであった、12.7cm連装砲。しかし敵勢力の変遷により、対航空戦力に対しての高角砲の開発が急務であった。そこで手持ちの兵装としての交換は進みつつあるが、役割が違う分どうしても使用者からの違和について報告が多数あった。そこで手持ちに拘らない、島風型のような自律型艤装を用いてはどうかと開発されたのが秋月型である。

 そもそも秋月型は、主兵装が自律駆動砲台であり艦娘自体は支援係なのである。加熱した砲身を戦地で交換する役割とはいえ、駆逐艦娘としての最低限の雷装は残しているようではあるが。

 それを踏まえて、開発についての疑問点を議題へ乗せる。

「現場の意見を尊重し、秋月型には予備砲身の搭載が常態されている為に雷装の削減が実施されているのは、モニターに掲示した通りです。秋月型現行の改装プランである六連装酸素魚雷の開発。これは今回の特型改装計画にも適用されうるものでしょうか」

「艦娘という自律駆動型砲台のプラットフォームがどの艦娘であるかは、問題ではない。同様に適応されうるとの回答でよろしいか。伏宮少佐」

「承知致しました。では『第二五八号改装計画実施命令』について、特種兵装実験隊佐世保方面分遣隊司令補佐官として発言させて頂きます。現行第六七期軍事補正予算案に、秋月型艤装と同等の六連装酸素魚雷搭載に関する開発予算計上を要望いたします」

「その件については、統合幕僚部に持ち帰り次第の回答をさせて頂く。しかし高角砲による負担を減らすための研究資料として、横須賀の特種兵装実験本隊へ陸軍技術本部による技術提供は検討しよう」

「……以上、発言を終わります」

 予算のやり取りを妥協点に落とし込んだのか、伏宮は着席する。次に口を開いたのは、医官として招集された天羽月彦中尉だった。

「発言をよろしいでしょうか。菊澤憲兵中佐」

 その発言で座っていた天羽に注目が集まる。几帳面に眼鏡の位置を直しながら口を開く天羽。

「医系技官としては艦娘の身体への物理的な負荷が減るのは歓迎しますし、反対する理由はないかと。……最も、現行の艦娘がそのシステムに合致できれば、という条件が付きますが」

「その運用面に関しては、運用してみないとわからないところもありますからねぇ」

 どこか呑気に答えたのは佐世保で艦娘を最前線で運用している佐世保鎮守府 第301戦隊司令官の大宙哲也中佐だ。そのまま大宙は真横に目を移す。

「深雪」

「ひゃっ!」

 いきなり声をかけられると思ってなかったのか。肩を跳ね上げる深雪。

「現在の現場における対空戦闘をどう考える? 個人の私見でいいから、発言を頼む」

「うぇっ!? えっと……今だと、主砲から対空砲に持ち変えたり、徹甲弾から三式弾に詰め替えたりがあるから……あるので、えっとー、対空専用でいつでも撃てる武器があるなら助かるかな……と思います」

 たどたどしく、かちんこちんに緊張した返答を返す深雪。それを受けて肩を竦めた大宙が口を開いた。

「聞いてのとおり、対空対艦同時戦闘は現状困難を極めています。現場を統括するものとして言わせてもらえれば、対空専任の艦娘を配備する余裕もない現状においては諸手を上げて歓迎したいと思いますよ」

 大宙のその言葉に、菊澤は満足気に頷いた。それから部屋全体を見渡す。

「なるほど。他に何かありますでしょうか?」

 沈黙。

「では以上のこと、報告させて頂きます」

 それだけいうと資料をさっさと纏め始める菊澤。ひとしきり片付けると、そのまま部屋を出て行ってしまう。会議室に置かれる大半の席を埋める海軍軍人たちは無言で見送った。会議室の木製の扉が閉じられる。

「……大宙中佐。ひとつお聞きしても?」

「なにかな?」

「なぜ陸軍の方がこちらに?」

 艦娘の艤装を運用するのは海軍だ。開発するのも海軍だ。建造は民間にやらせることもあるが、それでも陸軍がやってくるのはお門違いにもほどがあるというもの。

「あっ、それ私も思った!」

 深雪もそう声を上げる。上げてしまってから、周りを見回して「ご、ごめんなさい……」と小さく言って縮こまってしまう。大宙はいやいやと手を振った。

「別に深雪の謝ることじゃない。実際、私も詳しいことは聞かされてないんだ。分かっているのは、実験艦隊の正式な書類付きで送り込まれてきた木箱が、第五倉庫に積まれていることだけ」

 その言葉に、天羽中尉は首を傾げる。

「では、その木箱は開封もされてないんですか?」

「そうだ、憲兵を名乗る陸軍軍人たちが直接見張りを立てたがっているが、そこは佐世保(ウチ)の防備隊にやらせている」

 これは面子の問題だ。大宙のその言葉に同調するように何人かの士官が頷く。陸軍憎しとまではいかずとも、まあ自分らの縄張りを犯されて気分がいいわけないのである。

「何か問題でもあるのか、天羽中尉?」

「いえ、問題というほどでもないのですが……少し気になりまして」

「しかし、中尉は実験開発団(よこすか)じゃないか。別に佐世保の事情に口を出さなくても、構わないじゃないか。責任がそちらに飛ぶものでもないだろう」

 天羽中尉も工廠組の伏宮と同様、指揮系統を辿れば中央(よこすか)に行きつく。大宙が皮肉気にそう言えば、天羽はわずかに視線を逸らした。

「……佐世保分室なんて横須賀とは縁も所縁もありませんよ」

「それでも貴官が知らないとは思わなかったよ、実験団が装備を開発して実験艦隊に回すんだろう?」

「私はあくまで医科歯科幹部ですので」

「……そうかい」

 まあ、いくら中央から来ているとはいえ医務室の新人。歳を食っている割には階級も低いし、そんなものなのかもしれない。大宙は歩き始める。すると天羽は彼についてきた。

「ところで中佐。総監から、この件について何か聞いていないのですか?」

「何も聞いてやいないよ。何か知ってるのは間違いないんだろうが……まったく、本当に何を考えているんだ。実験が名目のクセに演習海域の使用許可申請だって提出する気配がない」

「……ちょっと待ってください。申請も来てないんですか?」

 天羽が怪訝な顔をする。

「そうだよ、申請のしの字もない。倉庫だって無限に容量があるわけじゃないんだ、まったく……」

「……なるほど」

 それだけ言って腕を組む。話は終わりだと、大宙は立ち上がると全体に向かって言った。

「ともかく今日はお開きだ。皆忙しい中すまなかったな。仕事に戻ってくれ!」

 大宙はようやく肩の荷が下りたと、ブツクサ言いながら歩いていく。その場に残された天羽はしばし思考を巡らせるように佇んでいた。

 

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