艦隊これくしょん―コンコルディアの落日― 作:GF-FleGirAnS
「……はぁ」
「御疲れ様、バタバタする中大変だったね。やっと君の番だ。待たせたね」
本日最後の『患者』に向き合いながら、天羽月彦軍医中尉は軽く笑った。
「なんでこんな時に限って摩耶さんがいないかなぁ……秘書官代理なんてあんまり経験ないのにさー。大宙中佐も無茶言うよぅ」
そうぼやきながら長椅子兼用のベッドに腰掛ける深雪。取り出した白衣に袖を通しながら天羽はそれを笑う。
「他の面々が軒並み損傷を追ってしまったからね。動ける中でこういう時に戦力になるのが君ぐらいだったんだろう」
「でも大変なんだよー、報告書に報告書に報告書! もーやだ。字を見たくないって思ったのに会議に連れていかれてまた字がいっぱいで!」
「軍隊は戦闘組織より前に官僚組織だ。書類があって初めて戦える。活字は武器だし、使い方は覚えておくに越したことはない」
「また難しいことを言う」
深雪はそう言って頬を膨らませた。
「あたしは肉体派なんだい。頭を使うのは他の人に任せていればいいじゃん。司令塔が複数あっても意味がないしさ」
「船頭多くして船山に上るとは言うが、船頭がいない船は路頭に迷うことになるぞ」
「それは……そうかもしれないけど」
「それに、命令を聞くにも頭がいる。どんなに名指揮官でも、部下が理解しなければ使えない」
「むぅ……」
深雪はそう言ったきり、難しい顔をして黙った。
「だからちゃんと書類も戦略も覚えることだ。Верныйが嘆いてたぞ」
「なんであのちんちくりんが出てくるのさ。知り合い?」
「昔ね」
天羽はそう言って肩をすくめた。左手を深雪の頭にのせ、軽く撫でる。
「気概も度胸もあるが、冷静さが足りない、だってさ。心当たりは?」
「……あの子だけには言われたくない」
そう言って深雪は天羽に噛みつかんとする勢いで顔を上げ、自分でセーラー服の裾を引っ張って肩を制服から抜いた。歳と外見の割に筋肉質な肩には大きく色が異なる部分ができていた。
「あのВерныйもВерныйだよ! 見てよほら! しっかりアザになってるし! 熱持ってるし!」
「落ち着きなさい。君の妹分の方がよほどレディーをしているぞ」
名前は出ないものの具体的な人物がはっきり思い出されて、深雪は思わず黙り込む。
「それに怪我をしてるなら早く言ってほしかったかな。そして初期処置でちゃんと冷やせばもっとアザは楽になるんだ……傷の確認と追加の処置をする。気を付けるけど痛かったら言ってくれ」
天羽はそう言うとテキパキと深雪の怪我を診ていく。処置自体は簡単なものだったこともあり、あっという間に終わってしまう。
「これで大丈夫?」
「……大丈夫」
「いじけてないで気分をしっかり切り替えなさい。
そう言って天羽は錠剤の入った袋を渡した後、使い終わった脱脂綿やピンセットを片付けていく。脱脂綿は指定された方法通りに処理することになるし、ピンセット等は徹底的に滅菌しなければならない。艦娘も感染症のリスクは普通の人間と同じなのだ。
「それにしても、今回は大変だったよ。あの子には蹴り飛ばされるし」
「それでも、深雪が一番怪我は軽かった。大変だったかもしれないが、それだけ優秀だったってことではないのかい?」
天羽はそういうと肩を竦めた。白衣を脱ぎつつそう言った彼から、彼女は――――深雪は目を逸らす。治療のために腰掛けたベッドに体重を預け、軽く足を振った。
「そうでもないんだよねー、なんというか、逃げてばっかりというか? 被弾は少ないけどね、戦果も少ないから」
「生きて帰ってくるだけで十分優秀だろう」
そう言って壁のハンガーに白衣をかけた。海軍の濃紺の作業服に揺れるのは中尉の階級章、同時に袖に縫い付けられた特種兵装開発実験団医学実験隊所属を示すワッペンが光った。白い蛍光灯の下でどこか深雪は浮かない顔だ。
「あたしさ、前の時は戦ったことがないみたいだからさ、なんというか、艦娘になってもこんな感じなのかなってさ……まぁ、納得はしてるわけ、さ」
そう言いながらも、軽くシーツを握りこむ。それを天羽は見逃さなかった。彼女の隣に腰掛ける。
「……私も艦娘になればさ、軍人さんみたいに強くてかっこよくて、みんなを守れると思ってた。でも……なってみたら、自分の身を守るので精いっぱいでさ……あ、ごめんごめん、天羽先生に話すことじゃなかったよね」
そう言った笑みはどこか乾いていた。
「……話したいなら話していいんだぞ。話したくなければ強制はしないが」
天羽に言える言葉はそれだけだった。深雪はそっと視線を上げる。これ以上踏み込むべきではないと天羽は知りながら、口を開いた。
「私は医官だ。君の上官ではないし、医官として知り得た患者の情報を他に漏らすことはしない」
天羽は『医官』――――正式には『特種兵装専任医系技官』だ。彼の仕事は特種兵装、いわゆる『艦娘』の
「……天羽先生はさ、怖くない? あたしたちのこと」
「怖いというのは?」
「……その答えで怖いと思ってないのは、なんとなく分かった」
深雪は苦笑いだ。そこには、ホッとしたような、なにか恐ろしいものを見たような色が複雑に混じっている。
「深海棲艦をたくさん倒して、時々仲間が殺されて……それでも、明日になったらいつも通り出ていって、倒して、殺されかけて、逃げ帰って……それに慣れてきた自分が、本当に……なんというか、怖いというか、嫌というか……艦娘になり切れていない気がするんだ」
深雪はそう言って、体育座りをするように膝を抱えた。体が少し前のめりになって、その動きでセーラー襟が揺れる。
「今日の
「恐ろしい?」
「……化け物とか、悪魔とか、そんな表現が浮かんじゃった。あたしもさ、ああならなきゃってさ、思うんだけどさ……ああじゃなきゃ守れないって言うのもわかってるんだけどさ……」
抱えた膝の間に穂を垂らすように、深雪は視線を下げる。
「きっとあたしは弱いんだ。それがいやで、怖くて、たまらなくなる。艦娘はもっときれいで、かっこいいものだと思ってた。そんな単純なものじゃないっていうのは言われたし、知ってたつもりだけどさ」
乾いた笑い声が響く。無理にひねり出したような、声。
「わかってなかったんだよ、きっと。あの時の私は、全くわかってなかった。だから、こんなことになってるんだと思う。残念とは思わないけどさ、後悔もしてないんだけどさ。でもすこし悲しいというか、怖いというか、変な感じが消えないんだ」
そういう彼女の肩にそっと触れて、天羽はそのまま抱き込んだ。深雪が驚いたように身じろぎする。その仕草は年相応な反応そのもので、天羽はそれに戸惑う。表には出さないようにしたつもりだが、それでも出てしまっただろうか。
「やめてよ……! 優しくしないでいいよ」
「……怖くていいんだ。それでいいんだ。君は、間違ってない」
「間違ってるとかわかんないよ。でも今のままじゃダメなんだよ。でもあたしは、化け物みたいにはなりたくないよ……!」
そう言って天羽は彼女の髪を梳く。元は濡れ羽黒と言ってよいほど鮮やかな黒であったであろう髪は、潮風と陽光に焼かれ、僅かに色素が抜け斑なこげ茶が混じっている。彼女を傷つけないように優しく、絡んだ髪を解していく。
「……本当なら、君たちに押し付けた国防と人類救済の責務は、男が背負うべきものだ。それを押し付けてしまっているこの世界がおかしいんだ。男でも大人でもそれを恐れないことは無理だ。君の不安は、間違ってない」
「……天羽先生」
「どうした」
「……どうして、あたしだったのかな。どうしてあたしたちじゃなきゃいけなかったのかな……!」
天羽の肩に顔を押し付けるようにして、彼女は言葉を絞り出す。
「憧れていたかったのに、憧れでよかったのに、どうして……どうしてあたしは艦娘になれっちゃったの? どうしてあたしが皆の憧れでいなきゃいけないの……?」
縋るような声に天羽は答えを持ちえない。彼が戦場に出ることは、深海棲艦と対峙し、一矢報いるような状況は、現状発生し得ない。海は彼女たちのものになったからだ。深海棲艦は水兵の居場所を奪い、水兵は皆、それを甘んじて受け入れ、艦娘に立つ瀬を譲り渡したからだ。
たしかにそれには必要性が認められた。そのときはそれ以外の手段を天羽はもちろんのこと、人類の誰も持ち得なかった。だから仕方がなかったというのは容易い。誰もがこれが禁忌だと知りながら、彼女たちを送り出してきたのだ。ーーーーーー自らの役割から、目をそらして。
そんな不甲斐ない男が何を語る資格があるというのだ。
「死にたくない……死にたくないよ。死ぬのは、怖いよ……!」
天羽は視線を落とした。
元来、戦場は男のものだった。妻子を守り、前線に立ち、野蛮に抗い、野に海にうち捨てられる。それは男の特権であり、役割だったはずだ。子を増やすこともできない、ただ生まれただけの役立たずである雄に、雌から授けられた唯一の役割だったはずなのだ。
もし、死地に飛び込むのが私であるならば、笑って行軍できるのに。笑顔でそれに殉ずることができるのに、なぜ。
「……間違ってない、深雪は間違ってない。間違ってないんだ」
彼の腕の中で髪を梳かれながらも尚、彼女はまるでそれが恥であるかのように声を押し殺している。死ぬのが怖いと思い、涙を流しながらも、それでもきっと彼女は明日の朝には海に出て、死地への行軍を続けるのだ。
抱いた思いが間違っているかもしれないと悩み、恐れる。彼女はそれを独り飲み込んで、戦ってきた。
「怖くていい。情けなくていい。それを自分で否定してくれるな」
それを勇敢と言わずになんという。それを崇高と言わずになんという。それを称えずに、何を称えるというのだ。死地を幾度もくぐり抜けてきた彼女が弱いはずがないのだ。
「よくここまで耐えた。よくここまで頑張った。それだけでも君は本当に強い」
その彼女は天羽の前で泣くことを選んだ。泣くことを恥とし、泣いても尚、声を押し殺してしまうとしても、天羽に手を伸ばしたのだ。
たとえ答えを持ち得ないとしても、天羽にはそれに応える義務があった。
「だから、自分を責めなくていいんだ。怖いことは怖い。そこに嘘をつかないでいい。無理して平気なふりをしなくていいんだ」
たとえ言葉が届かないとしても、そう嘯いて撫でるように髪を梳くしかできない自分を呪いながら、天羽はしばらくそうしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
南西諸島とそこに脈々と流れる
「作戦が終わったよ。お疲れ」
埠頭へとたどり着いた艦娘は海面より
「アタシは何もしてないけどねぇ……ま、掃海活動ご苦労様。久しぶりの運動は楽しかったかい?」
「いやぁ助かったよヴェル。もし防げていなかったら
「なに、労働とは喜びさ」
そう言いつつВерныйは意味ありげに笑うと、見せつけるように制帽を深くかぶりなおす。輝くのはやはり赤く星。菊澤はそちらから目を逸らすと、帰投する艦娘たちの様子を見守る海軍中佐の方を見た。
「それにしても大宙中佐、国防が最優先なのはもちろん理解しておりますが、試験段階である装備をテストするВерныйをいきなり戦場に駆り出すのはやめていただきたい。まがりなりにも、我が隊の護衛対象です。いくら伏宮特務技官の許可が下りているとはいえ、傷物にされてはこちらの落度となりますゆえ」
それを言われた大宙中佐は、剣呑な目つきで菊澤を睨む。それから営業用の笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。お恥ずかしながら佐世保鎮守府の戦力だけでは対処しきれないのが現状なのです。今回は陸軍の沿岸への展開が遅れた以上、仮に防衛線の突破を許せば燦々たる光景が長崎中に広がることになります。Верный、ひいては実験艦隊に迷惑をかけているは百も承知でありますが……どうかご理解を」
「別にいいんだ司令官。必要だからやる。それだけさ」
戦力不足は明白で、それこそ深海棲艦は陸地まで迫ってきている。海軍による対処は全く間に合っておらず、陸軍が沿岸に展開することで辛うじて民間への被害を防いでいる。それが事実である以上は、別に菊澤もこれ以上文句を言うつもりなどない。
「では私は先に失礼します。今作戦の報告をしなければなりませんので」
大宙は一礼して去っていく。向かう先の庁舎には、そよ風を受けて力なくたなびく日章旗。陸軍中佐と駆逐艦娘も海に背を向け歩き出す。
菊澤中佐とВерный。この奇妙なコンビが佐世保に来てから早くも数日が経過した。こうして哨戒任務になど駆り出されるのが常であるが、もともとは実験艦隊所属艦。そして菊澤自身は、大本営の命令で半島からВерныйの護送を任された士官だ。さも当然の様に、艦隊のシフトに組み込まれているのは違和感を感じる者も多いはずだ。
「そういやぁ、憲兵さんはいつまでここにいるんだ? シフト明けが被ったら、呑みにでもどうだいってね」
桟橋に腰掛け、耳元の無線機をいじる隼鷹。どうやら航空隊との交代のために待機中らしい。彼女の疑問も当然だろう。なにせ、今の菊澤たちには役割がない。憲兵隊が監査でもないのに居座り続けている方が、可笑しいのもまた事実であった。
「我々憲兵隊にも、ちゃんと命令が出ているさ。でなきゃ、血税を貪る木偶の坊と一緒さ。現場の混乱が収束するまで待機。それに、先日の戦闘で関門海峡から駐留部隊の撤退ときたものだ。控えていた光作戦だって、七尾湾までの輸送ルートが遠回りだ。陸軍の沿岸警備隊が九州方面に出張って、潜水艦による輸送作戦が進行中とも聞く」
「つまり、あちこちに人が持ってかれた感じか」
「残念ながら、私の部下も散り散りだ。だから、全員が揃って熊本に帰れるまでここで待機。隊長は前線に出れないのが辛いところだ」
今は何してるのさと聞く隼鷹に、デスクワークと簡潔に返す菊澤。手持無沙汰になったВерныйが湾内に駆けだすのを眺めつつ、言葉を続ける。
「私が言うことじゃないけどさ。実際、艤装以外の攻撃って通じるものかい? 憲兵さん」
「まぁ、効かない訳じゃないと言った方が正しいかな。残念ながら、深海棲艦の機動力に対抗できるのは艦娘の足しかない。我々憲兵隊も機動艇に乗って出撃する事も多いが、もちろん急旋回急発進の芸当など出来る訳がない。その分犠牲も多くなる」
「艦娘だけが対抗できるって自惚れちゃいないよ。でも、あんたの指揮で何人が殉職したんだ?」
隼鷹の問いには、目深に軍帽を被り直す菊澤。やや間があって、低い声が響く。
「……そうだね。数えきれない程の部下が逝ったよ。中には国に命を捧げれたと笑顔で見送った部下もいた」
「ボートに乗って、機関銃を振り回す。一昔前なら、そんな戦場が当たり前だったのかい」
「あぁ、そうだ。君たちが艤装を背負えるようになるまで、多くの軍人が逝った。まぁあまり大きな声で言えないが。君の艤装を整備してる伏宮少佐だって、元は深海棲艦を狩る側の軍人だぞ」
「うへぇ。あの人、見かけによらず戦闘員かい」
感嘆した隼鷹が、件の軍人に整備されている巻物を人撫でする。そろそろかの呟きと共に、組んだ指を一閃。勅令の文字が飛びまわり式神が宙を舞う。
「そろそろ時間だな。たまにはこうやって、陸も海も関係なしに話したいよなぁ憲兵さん」
「そうだな。また機会があればよろしく頼む」
その声を見送りの言葉とし、隼鷹の脚部艤装が唸る。海上を駈けだした後に、速力を上げる頃には丘から遥かに離れた位置にくる。
「ほんじゃまぁ、一仕事と往きますか」
にぃと口角を上げると、艦載機を展開。更に上空を飛行するヘリと相対しつつ。無電が音を拾う。
《佐世保分遣隊飛行隊司令部、メルクリウス1。敵影なし、哨戒飛行終了する》
「あちゃぁ、吉井機長とは入れ替わりかぁ。また呑みの面子を集め直さなきゃならないかねぇ」
勝利の美酒に浸って、一日を終えたいものだ。気持ちを切り替えて、真っ青な水平線に身を構えた。
はじめましての方ははじめまして、そうでない方はお久しぶりです。自分が拠出したキャラクターが似非インテリ野郎になることに開き直り始めたオーバードライヴと申します。
陰謀渦巻く佐世保鎮守府、きな臭い人たちがどったんばったん大騒ぎな今回のコンコルディアの落日、サブタイトルが尚更きな臭さを演出しているかと思います。今回のサブタイトル、実は作品内の人間&艦娘に対応しています。さて、今回のユーノーはどの子なんでしょうね……?
物語はまもなく中盤、この先もお付き合いいただけるなら、一作家としてこれほどうれしいことはありません。