柴田明家の刑場荒らし以降、秀吉は茶々を疑い会おうとしなかったが、三成の懸案を採用し明家に本能寺の変の再現を仕掛けると決めた。自分が信長となり、明家が光秀の立場となる。明家の謀反が本物であるのなら確実に死ぬ。だがその死を覚悟した策が秀吉をある時間にまで戻した。自分より強い者がいた当時の木下藤吉郎・羽柴秀吉のころに。気持ちが高ぶる。こんな気持ちは久しぶりだ。今日は茶々を抱いてくれるとその寝所へと向かった。秀吉の寝所、そこに死に装束を着た茶々姫がいた。
「おお、どうしたのじゃ茶々、そんな格好で」
「殿下、なにとぞ兄をお許し下さい。お願いいたします」
秀吉に平伏する茶々。
「…かような振る舞いは無用じゃ。許すことにしたわ」
「ほ、本当に!」
顔を上げた茶々は気づいた。自分のうえに乗りだらしなく快楽に酔っていた男でなくなっている。何かが違う。だが覚えがある。小谷落城のときに茶々姫は秀吉に背負われて脱出した。あのころに見た秀吉の顔だ。
「だが、ただで許すわけにはいかん。豊臣の威厳そのままで許さねばならん。中々その匙加減が難しくてな」
「ただで…とは」
「今は教えられぬ。だが覚悟はしておけ」
「か、覚悟?」
「越前が本気で謀反をするのなら確実に成功する。儂は討たれるであろう。しかし主殺しに風は吹かない。明智光秀と同じ運命が兄に訪れると思え」
「え…?」
「言うことはそれだけだ。死に装束を脱いで今日はもう休むがいい」
秀吉は寝所を出て行った。違う女に今日の血のたぎりを沈めてもらうつもりのようだ。
「どういうことであろう…」
数日後、秀吉はねねと三成を連れて但馬本性寺へと向かった。
◆ ◆ ◆
さて柴田明家、船中で重臣たちと話していた。
「太閤殿下も思い切ったことをしてきましたな…」
と、前田慶次。
「…正直申せば、よしんば殿が豊臣と争うことになっても味方につく大名もいると思いましたが…この状況で太閤殿下を討っても明智が末路と同じになる。公然とした合戦ならば太閤殿下を討ったとて大義名分はどのようにもつけられる。しかしこれではただの主殺しとなる」
苦笑する山中鹿介。
「殿、どうなさるおつもりか」
「どうするとは?助右衛門」
「太閤殿下に取って代わるならば、これは千載一遇の好機。鹿介の申すとおり主殺しとなりましょうが、足利尊氏のように天皇に攻め入っても結果天下を取った者はおりまする。現在太閤は無謀な外征をして諸大名に苦難を強いて人心も離れつつありまする。討った後に舵取りを誤らなければ十分に天下を狙えますぞ」
「奥村殿…?」
鹿介は驚いた。普段冷静な助右衛門が明家をけしかけている。
「天下を取らせようと思えばこその…忠義でござる」
「ならば…俺は応えてやることは無理そうだ」
「殿…」
「反乱は反乱に過ぎない。我らの方針は『謀反はするが殿下にそれを許させる』である。その行程のなか、たまたま予期せぬ好機があったとはいえ、むやみにそれを変えてはならない」
「しかし好機あらば迅速にそれに対応するのも将の心得でござる」
「確かにな助右衛門。しかしこの好機、勝ちが確定している甘い果実であるが、同時に猛毒入りであることは明白だ。俺は食わない。豊臣秀吉を討つことはしない」
「やはり、そう選択されますか…」
「おいおい助右衛門、やはり、とはけしかけておきながら予想していたのか?」
「まあな。慶次、天下を取れる機会などそうないではないか。結果はどうなるかは知らんが賭けてみたいと思ってな。しかしなるほど反乱は反乱に過ぎないか、その通りだ」
「とにかく但馬に上陸と同時に本性寺に使いを出せ。馬揃えに参ると」
「「ははっ」」
すでに本性寺に到着している秀吉、正室のねねも一緒に来ていた。
「のう、ねね」
「はい」
「越前が本当に謀反をするなら、儂はここで死ぬことになる」
「おやまあ、抜け目ないお前さまのことゆえ抜け道でも作らせてあると思いましたのに」
「治部はそのつもりであったらしいが、ならぬと伝えた。それでは未練と思ってな。最近、儂は寝小便もするほどに耄碌している。枯れ木のようになって死ぬより信長様と同じ最期で死ぬ方が良いわ。なんというかのう、本能寺にて炎の中で死んでいった信長様の最期の姿を思い浮かべると、まさに戦国の覇者の死に様と…変な話であるが、少し憧れていた。美しかったと思うのじゃ…」
「道連れになる私のことも考えて欲しいわねぇ」
「最期はそなたと一緒にいたいと思い連れてきた。勝手な亭主ですまん。いよいよとなったらおぬしは逃げよ、越前は女子を大事にするゆえ、絶対に殺さぬ」
「でしょうね、でもそれは未練。一緒に参ります」
「そうか、嬉しいわい」
「それよりお前さま、もし越前殿が攻めかかってきた時には信長様と同じく自身で弓と槍を持って戦わなければ。足腰大丈夫なの?」
「いざ戦が始まればしっかりとするわい。最期の最期に惚れ直させてやるわ」
別室にいた三成とそれに仕える渡辺新之丞。三成が新之丞に言った。
「殿下にきつく止められてはいたが、抜け道は作ってある」
「はっ」
「柴田勢到着と同時に殿下を脱出させ、本性寺に火をかける」
「は…?」
「柴田に叛意なく馬揃えをする気でも、こちらで明智が役を押し付ける」
「殿…!」
「どうであれ太閤殿下に弓を引いた者は俺が許さん」
「では…殿の真意は本能寺ならぬ『本性寺の変』の柴田の不首尾と?」
「そうだ。つまり越前殿には太閤殿下を取り逃がしたうえ、本当の謀反をしでかしたと云う結果だけが残る。そうなれば越前殿は笑いものとなる。諸大名に対して求心力を一気に失うであろう。そうなればこっちのもの。豊臣で討てる」
「しかし旧主をかような悪辣な姦計にかけるとは…!」
「確かに越前殿は我が旧主、そして友である。しかし俺とて十九万石の大名、かように利用されて黙っていられようか」
「利用…」
「そう、越前殿はこたびの謀反の免罪を殿下にさせるため、俺を利用したのだ。元々豊臣政権下で柴田と石田は持ちつ持たれつやってきた。豊臣政権のための助力なら犬馬の労も厭わないが今回はどうか。下手すれば豊臣政権の滅亡の危機であった。これで越前殿の走狗となったような今回の我らの動き。俺は殿下の家臣か越前殿の家臣か分からなくなるではないか」
「仰せのとおりに」
「それに、こたびのことで旧主越前の恐ろしさを肌身で感じた。彼は豊臣を滅ぼせる力を持っている。この機会に除く」
三成の使い番が来た。
「申し上げます」
「何だ」
「柴田越前守様、但馬の軍港に上陸し、当方に馬揃えに参られると使いがございました」
「分かった下がれ」
「いよいよ来ましたな…」
「うむ、殿下に伝えてまいる」
三成は秀吉とねねのいる部屋に行った。
「申し上げます」
「入れ」
ねねの膝枕を気持ち良さそうに堪能している秀吉。
「なんじゃ」
「殿下、越前殿が但馬に上陸しました。馬揃えに参ると申しております」
「分かった」
「では出迎えの準備をして…」
「佐吉」
むくりと起き上がった秀吉。
「はっ」
「越前を甘く見るでない。ひとたび蜂起したら最後、蟻の這い出る隙間もないわ」
秀吉は知ってか知らずか、かつて本能寺で明智光秀に包囲されたときの織田信長と同じことを言った。
「……!?」
三成が内密で抜け道を作っていたことを秀吉はすでに知っていた。
「越前が攻めてきたら儂は自ら弓と槍を持ち戦い、そして死ぬ。邪魔をするでないぞ。分かったな」
「…はっ!」
「では出て行け。夫婦の時間を邪魔するな」
「はっ」
立ち去った三成、そして静かに秀吉のいる部屋に振り向いた。
(間違いない、殿下はむしろ越前殿に討たれたがっている。それは死にたいのではなく、肉体の衰えを感じ己が身に死が迫っていると思い、病で枯れ木のごとく朽ち果てるより信長公と同じ最期で滅びたいのであろう…。だがそれだけは佐吉がさせませぬ。たとえ親父様に首を刎ねられようとも柴田軍到着と同時に脱出させまする。たとえ旧主水沢隆広を姦計で死に追いやったと云う悪名を歴史に残そうとも)
明家は二度も使いを出して本性寺に攻め入る気はないことを暗に示した。しかし三成の心は
(そんなことをしても無駄ですぞ。門前に柴田勢が集結したその時、貴方は明智光秀となる!)
と、あくまで明家に光秀の役を押し付けることに気持ちは変わらない。しばらくして本性寺の門前より
「開門!柴田越前守明家、馬揃えに参上しました!」
明家が門前で名乗りをあげた。三成は驚いた。軍勢が来たにしては静かすぎる。軍勢の甲冑の音や馬のいななきがまるで聞こえない。急ぎ開門して三成が見た光景。
「越前殿…!」
なんと柴田明家はたった一騎でやってきたのである。
「治部、そなた自ら出迎えとは嬉しい」
「…なぜ、一騎で!?」
「それを聞くなら軍勢はどうした?ではないのか治部」
その返答で三成は悟った。読まれていたのである。最初の使い番が明家に報告へ戻り、石田三成も本性寺にいると云うことを明家は知った。すぐに明家は続けて二度使い番を派遣して本性寺に襲撃する意図はないことを徹底して伝えた。進軍も止めて幹部を集めた。
「ここから本性寺に俺一騎で行く。そなたらは俺の疾駆に調子を合わせて四半刻(三十分)後に本性寺に到着するように進軍せよ」
家臣たちは明家の言っている意味が分からない。助右衛門が訊ねた。
「殿、それはどういうお考えによるものでござるか」
「このまま軍勢が本性寺に着けば、こちらが馬揃えを受ける気であっても治部が我らに謀反をふっかける。そして殿下をあらかじめ用意しておいた抜け道で脱出させる」
「な…!」
絶句する助右衛門。三成の弟子である勝秀が言った。
「父上、それはいささか疑いすぎであるかと。治部殿は父上の元家臣ではございませぬか」
「あいつはもう俺の家臣ではない。豊臣秀吉のためなら鬼になる男だ。一度殿下に弓を引いた俺を許すとは思えない。たとえ殿下が許したとしても治部が俺を許さない」
「馬鹿な、それでは太閤を取り逃がしたうえ、ただ謀反をしただけと云う事実だけが残るではないか」
と、山中鹿介。
「かような顛末となれば殿は笑いもの。諸大名も離れていき豊臣だけで討てる。いやぁ治部もやるものだ」
苦笑する前田慶次。そして何よりそれを見抜いた明家がすごい。勝家時代には水魚の君臣であった明家と三成。それが命がけの知恵比べを繰り広げている。
「だから最初に俺だけ行く。そして俺の目の前に太閤殿下に御出でいただく。俺の前に殿下が来れば抜け道も使いようがない。そのあとにそなたらが到着し馬揃えと云うわけだ。俺が何とかそこまで運んでおく」
「得心いたした殿」
と、助右衛門。
「よし、では俺は一足先に行く。あとは頼むぞ助右衛門」
「承知いたしました」
本性寺門前で見つめあう明家と三成。
「…見抜いておられたか越前殿」
「長い付き合いだからな」
そしてその時、
「来たか越前」
秀吉がやってきて、明家と相対した。ここで三成の『柴田に明智の役をふっかける』と云う策は頓挫した。
「なんぞ小細工をしたようだな佐吉」
「は…」
「まあよい、儂を案じてのことだ」
そして下馬してかしずく明家のところに歩いた。
「面をあげよ」
「はっ」
「なぜ儂を討たなかった」
「恐れながら殿下に挑むなら堂々戦場でまみえます」
「ふっははは、又佐と同じことを言いおって」
一寸して柴田の馬印『金の御幣』が見え始め、明家の旗印である『歩の一文字』の旗が見えてきた。
「佐吉、用意した櫓を用意せよ」
「はっ!」
三成はこの馬揃えのため秀吉が作らせた高さ五間(七メートル)ほどの高さの櫓を用意した。柴田軍は本性寺の門前に集結。秀吉はねねも呼んで一緒に櫓へ上がる。
「越前、采配せよ!」
「承知しました!」
明家は馬に乗り軍勢に返し、
「柴田軍、これより太閤殿下の御前にて馬揃えを開始いたす!我が采配のもと、整然と陣を構えよ!」
「「オオオッ!!」」
「鶴翼の陣!」
柴田軍は明家の采配一つで鶴翼の陣を布陣した。
「鶴翼を魚鱗に改める!かかれ!」
備えと備えが衝突することもなく、迅速に陣替えが行われる。
「おお、なんちゅう美しさだ…」
秀吉は惚けて見つめた。三成も見とれてしまった。高所から見るとよく分かる。柴田の陣立てはかくも美しい。
「美しいのう…。さすがは賤ヶ岳で儂を震え上がらせた柴田勢じゃ。権六殿もあの世でさぞ自慢しておろうな」
涙ぐみながら秀吉は柴田軍の陣立てを見つめた。
「越前が我が息子であったらのう…。儂などとうに隠居して息子の脛をかじり、息子に頭の上がらぬ駄目親父でおられたのに…」
「お前さま…」
息子を生んであげることが出来なかった申し訳なさよりも、豊臣が一代で終わることを誰よりも理解している良人秀吉の無念がねねに伝わった。
「佐吉よ…」
「はっ」
「彼奴は豊臣を倒せる力がある。倒せる力があると云うことは救う力もあると云うこと。儂亡き後は何かと頼りとせよ…。よいな」
「はい…!」
(その通りだ…。俺の謀略などまったく通じない。敵ではなく味方につけるべきだったのだ。今になってそんなことが分かるとは…)
一通りの馬揃えを終え、秀吉は櫓をおり、柴田軍の隊列の間を閲兵するように歩いた。後ろにはねね、明家、三成が続いて歩く。今日の消防や警察である『通常点検』と呼ばれる部隊礼式と似ている閲兵方法である。秀吉は一人の若武者を見つけ、その者の前に歩いた。
「その方、名前は?」
「は、はい!柴田明家の次男、藤林隆茂と申します!」
「ほう…。では丸岡で馬に足を縛り付けて戦っていた越前の側室の…」
「はい、息子です!」
「藤林と云うことは…越前の諜報を担う家であるな」
「は、はい!一応…頭領でございます」
「初陣か?」
「はい!」
「そなたの母御は強かったぞ。とても足腰の利かぬくノ一とは思えなかった。両の手で必殺の苦無を投げるわ弓を射るわで、我ら羽柴は散々にやられたわ。その母御の武勇に父上の智慧、それを受け継ぐならば、きっと良き頭領となろう。父上と兄上をしっかりと補佐するのだぞ」
「はい!」
隆茂の覇気ある返事に秀吉は微笑み、肩を力強く握った。再び櫓に戻った秀吉。そして、かつてあった覇気のごとく大喝をした。
「先日の三条河原の件であるが、これにて水に流す!」
「「……!」」
「本日、先の挙兵が野心あっての謀反ではないことがよう分かった!そなたらの大将の柴田越前は関白秀次の参謀を務めたことがあるゆえ、義によって助けたのであろう。儂に逆らってまで我が甥への義を貫いたこと天晴れである。罪は罪であるが、越前とそなたらの今までの多々の武勲に免じて許す。よいか!」
「「ハハッ!」」
「また先の挙兵において柴田勝秀は初陣ながら祖父修理亮(勝家)さながらの武勇であったと聞く!褒めてとらす!」
「はっ!」
そしてさらに大きく響く声で言った。
「柴田が馬揃え、まこと見事じゃ!朝鮮の地に『歩の一文字』の旗を立てよ!」
「「ハハッ!!」」
「大義であった!」
「「ハハッ!!」」
馬揃えは終わり、秀吉は本性寺の中に入っていった。そして部屋に戻り、
「ふう~」
やれやれと腰を下ろした。
「お疲れ、お前さま」
「うん、良い汗をかいたわ」
額ににじむ良人の汗を拭いてやるねね。
「ねえ、お前さま」
「ん?」
「お前さまは今日ここで死にたかったのね?」
「…そうじゃ」
「でも…越前殿はその誘いに乗らなかった」
「…そうじゃの、半分は安堵、半分は残念と云うところだ」
「安堵、それは命が助かったことではなく、越前殿を日向殿(光秀)と同じ末路を歩ませずに済んだ、と云う安堵ね?」
「まあ、そうじゃな。しかし死すべき時に死ねぬはつらきものよ」
「ここが死すべきところではないからじゃないの?」
「何を言うか、もう儂にやり残したことなどない。老醜さらして死ぬだけよ」
「その『老醜さらして死ぬ』ことそのものが、お前さまが最期にすべき仕事なのかもしれませぬよ」
「なぬ?」
「お前さまの最期が無様であればあるほど『儂はこんな死に方はしたくない』と…後に続く者が励むでしょうから」
「はっははは、さすが儂のおかかよ、良いことを言うわ」
「当然」
「ありがとうよ、ねね」
「また、ここまでやってきたのは無駄骨ではございません。ここ最近のお前さまは感情を抑えきれておりませんでした。そんなお前さまが持つ権力と云う凶器。秀次殿はそれに伴い死んだようなものでしょう」
「うむ…」
「しかし、この本性寺に来てお前さまは死を覚悟し、それが逆に心を落ち着かせるようになったと思います。お前さまは天下を取って後、陰険頑固な権力の亡者ともなりましたが、ここではかつてねねが大好きであった木下藤吉郎の顔があります」
「そうか」
「穏やかな水面のような気持ちである今、とことん越前殿と話された方が良いと思いますよ」
「とことん話すと申しても越前はもう但馬の軍港に戻るであろうが」
「いいえ、私が治部にお招きするよう伝えておきました。秀吉が茶を手向けたいと」
「でかした」
「でしょう」
柴田軍は但馬の軍港に引き返しだした。
「ずるいぞ鈴之介(隆茂)だけ言葉をかけてもらえるなんて」
「兄上こそ殿下に初陣をみんなの前で褒めてもらえたではないですか」
「うん、まあな」
明家の長男と次男はまだ顔を紅潮させている。よほど嬉しかったようだ。
「勝秀、隆茂、よかったな。二人とも今日の感動を忘れるなよ」
「「はい!」」
「それにしても…太閤殿下がすずのことまで知っていたとはなあ…。まあ確かに丸岡では凄まじかったからなァすずは」
「母上が褒められて嬉しかった!」
「すずに良い土産話が出来た。さて、そなたらはそろそろ港へ行く準備をせよ」
「父上は?」
と、勝秀。
「太閤殿下と治部に挨拶をしてから参る。そなたらは先に港へ行け」
「「はい!」」
勝秀と隆茂は自分の部隊へと走っていった。本性寺に入ろうとした明家の元に三成が歩いてきた。
「越前殿」
「治部」
つい先刻まで食うか食われるかの知恵比べをしていた両雄であるが、ごく自然に接する。
「いや、それがしの負けにございます」
「なんの、久しぶりに薄氷を踏む思いの知恵比べが出来て嬉しい」
笑いあう二人。
「大きい声では言えませぬが…感謝してございます」
「え?」
「もうお気づきでしょうが殿下は戻りました。中国大返しのころに」
「確かにこの頃の殿下とは別人だったな」
「突如、自分より強い男が現れた。だから殿下は戦人に戻れました」
「俺も子供のころに『おじちゃん』と呼んだ方に出会えて良かった。あの時のおじちゃんだったよ」
明家と三成は再び笑いあった。
「そして、関白殿下の妻子をよくぞ救出してくれました。それがし外道にならずに済みましてございます」
秀次妻子の処刑を反対したのに三成はその執行官に任命されてしまった。もし処刑が敢行されていたら秀吉も三成も人鬼と呼ばれていただろう。三成は個人的には明家に感謝していたのだ。
「おりを見て、丹後(勝秀)も褒めてやってくれないか。師匠に言ってもらえれば嬉しいだろう」
「承知いたしました。さて、越前殿」
「ん?」
「殿下が茶を手向けたいとお待ちです」
「そうか。ではいただこう」
「はい、茶室で待っておられます。ごゆるりと」
秀吉は今日、明家に討たれるならそれも良いと思っていた。今さら死んだとて天下をまくらの野垂れ死に。老いさらばえた秀吉は信長の最期に憧憬を抱いていた。枯れ木のように朽ち果て死んでいくのなら、武将らしく思いっきり暴れて、それから炎の中で死ぬ。そんな最期ならむしろ望むところだった。
そして明家が自分を討たなければ、確実に討てる機会がありながら、そうしなかったと諸侯に思わせることが出来る。秀吉はこれによって諸侯が納得できる許し方が出来るのである。
「殿下、柴田越前守様が参られました」
「通せ」
「はい」
「越前、参りましてございます」
「ふむ」
茶室の中、二人だけである。せまい空間に行灯の灯りが心地よい。秀吉は茶を点てた。そして差し出す。明家は毒茶の心配などしないように飲んだ。
「毒入りだぞ」
「どうりで美味いはずです」
「こやつめ」
秀吉と明家は笑いあった。
「しかし一時は肝をつぶした。儂が天下をとって以来、初めての反逆であったからのう」
「そうなります」
「だが治部の機知で事なきを得て良かったわ。お前に大坂へ攻め込まれたら悔しいが勝負にならなかった」
「勝負は時の運、そんなことはそれがしとて分かりませぬ」
「もしお前が立てば、前田利家や山内一豊がつく。お前に恩義のある最上や九戸もつくだろう。戦況によっては金森長近、長宗我部、伊達、十河、立花、大友、島津もつく。そうなったら儂にはもう手に負えん…」
「殿下…」
「お前に公然とした野戦に持ち込まれたら終わりであった。儂が負けて討ち死にするのはよい。だが豊臣が二つに分かれて戦をすれば、またこの国は乱世に逆戻りじゃ。だから今回、見ての通り一か八かの賭けに出たのだ。佐吉が抜け道を作ったのを見てみぬ振りをしていたのは儂以外の者を逃がすため。儂はここでお前に討たれて死ぬつもりだった。何より信長様と同じ形で討たれるのならそれも良いと思ってな」
「もし討ったとしても、それがしに日向殿(光秀)と同じ運命が待っていたのは明らかでした」
「お前が光秀になったとしたら、討つ儂の立場になるのは誰かのう」
「徳川殿でしょう」
「ふふ、同感じゃ。越前、儂が死んだら誰が天下人になるであろうかな」
「それも徳川殿と存じます」
『秀頼様』なんてお追従を言う男ではない。秀吉は気持ちが良いくらいだ。
「して、明家」
「はい」
官位名で呼ばないことに個人的な用件に切り替わったことが分かる。
「ついでに儂がどうして唐入りに固執するか言おうと思う」
「はっ」
「最近のお前が見るように、儂はここのところ感情もうまく抑えられず老醜をさらしている。秀次はその犠牲になったものじゃ、今でも申し訳なさでいっぱいじゃ…。じゃが今日は…何か死を覚悟したゆえか気持ちがとても落ち着いている。だからお前と語り合いたい。長くなるぞ」
「お付き合いいたします」
「明家、お前は自身で交易もして経済に明るい。交易をもって朝鮮や明と親交を結び、向こうの文化と利を得ようという考え、儂もそれは間違っていないと思う。だが合戦しか知らぬ大名たちがそんな発想を受け入れられると思うか?」
「しかし、それではいつまで経っても合戦はなくなりません」
「それよ」
「は?」
「その方の見識で気づいていないとは言わさんぞ。現在の日本経済の根元は何か?」
「それは…」
「言え。言わぬは卑怯」
「合戦経済です」
「そうだ、日本中が合戦によって経済を成り立たせている」
「応仁の乱から唐入りまで百三十余年経っています。すでにこの国は合戦によって経済を成り立たせています。米の生産高は応仁の乱当時より三倍になっています。これも兵糧の備蓄や、前線への補給のため開墾に励んだがゆえかと」
「かつ鉄砲鍛冶などの専門職人も増えて、甲冑や刀剣の製作で生活を成り立たせている者も多い。戦が無くなれば一斉にそやつらは仕事を失う。各大名が集めた家臣や兵も必要なくなり解雇される。日本中に失業者が出て、結果税も年貢も入らない。失業して腹を空かせた者が何をする?そして…なにゆえ天下統一後に佐吉たち吏僚派と虎や市松たち武断派が深刻なまでに対立したと思う?答えよ明家」
「…おそれながら、もはや合戦の機会がなくなり、殿下が主計頭(清正)らを用いる意味が消え失せ申した。行政に富んだ治部少たちの方が国造りに役立ち申す。自然治部少らを重用する傾向となるでしょう。活躍の場がない主計頭たち武断派が治部少たち吏僚派を嫌うのは当然。『なぜあんな男がのさばる世の中になってしまったか』そればかり考えているのではないでしょうか」
「その通りじゃ。儂がもう少し冷酷な主君であったら遠ざけるか、粛清させたやもしれんな。お前は良かったのォ。政事も上手くて」
「……」
「合戦の無い平和な世の中が到来すると、佐吉やお前のような人物が台頭し、清正や正則のような者は遠ざけられる。これが世の流れ。時流に乗り遅れた者は食うに困る。統治者もすべてを面倒見切れん。切り捨てるしかない」
「しかし…唐入りを行い武断派に舞台を与えても結局はそれの先延ばしでは?」
扇子を額に当てて秀吉は苦笑した。
「痛いところをつくのう…。しかしお前は戦をなくすと言うが、それに伴い何が発生するか、今までそこまで考えて儂に唐入りをやめよと言ったか?やめよというのなら然るべき代案を示さねば出兵を差し止めるわけにはいかぬ。儂は唐入りにより合戦経済を続けなければならぬ。儂にはそれしか出来なかった。それが儂の限界であった。平和経済に至らすことができなかった」
「殿下…」
「お前の言うとおり、次の天下人は家康であろう。家康なら平和経済の世に出来るかもしれぬ。じゃが…おそらく儂は臨終の時に見苦しいほどに家康に『秀頼を頼む、秀頼を頼む』と言うじゃろう。それほど儂の耄碌は著しい。今日の落ち着きようが奇跡と思えるほどにな。安心してあの世に逝けぬ身がそうさせる…」
「……」
「明家、因果は巡るものじゃな。信長様が光秀の謀反で非業の最期を遂げたように、儂にもみじめな死が迫るのが分かる。儂は人を殺すことが嫌いと美辞を言い、兵糧攻めで城を落とした。しかしそれはある意味、力攻めで落とすより残酷なことであった。何千何万を餓死に追いやった儂は天魔外道よ。天下統一するためにまた人命を多く奪った。朝鮮では儂を呪いながら異郷の土となった者も多かろう…。こんな儂が笑って死ねる最期を迎えられようはずがない。こんな死に方はしたくないと誰もが思うような様であろう。だがそれもまたよし。ねねも言っておった。後に続く者が『こんな死に方はしたくない』と励むだろう。それが貴方の最後の仕事だと。儂も腹を括ったわ」
「……」
「ふっ、思わず愚痴ったな…。小一郎亡き今…愚痴が言えるのはもうお前だけとなった」
「それがしで良ければ」
「お前のような息子がおれば儂も安心して死ねるのにの…。岐阜城下で初めて会うた時、こんな童が俺の子ならと思ったものだ。今もそれは変わらん」
「殿下…」
「親父の権六殿、母のお市様を殺し、妹の茶々を側室として取り上げた儂だ。憎んでおったろう。そんな儂によう尽くしてくれた。何も残してやれんが…」
秀吉は傍らに置いていた名刀『吉光骨喰』を明家に差し出した。
「かような名刀!と、とんでもござらん!」
「いいから取っておけ。もう儂に『小利を貪り、大利を欲せず者』を演じる必要はない」
「ご、ご存知だったのですか…!?」
明家は顔が赤くなった。秀吉は静かに笑って答えた。
「最初からな。ずっと騙されていてやったわ」
「殿下…」
明家は『吉光骨喰』を両の手で受け取った。だが秀吉がずっと騙され続けてくれたおかげで豊臣家中にいらぬ疑惑を持たれずに明家は働けたのだ。
「その用心深さも捨てるでないぞ。敵は味方にこそおる。『もったいない越前』は続けよ」
「ハハッ!」
「…あまり話して、また喉が乾いたな。茶を一服点ててくれぬか?」
「はい」
明家の点てた茶を飲む秀吉。
「明家、先の話と矛盾するが儂の死後も唐入りが続いていたら日本軍を撤退させて和議に持ち込んで欲しい」
「殿下…!」
秀吉の言うとおり、まったく矛盾した言い草だった。ならば今、唐入りを取り消せば良いではないかと思う。しかし事態はもう秀吉にも収拾がつかないところまで至っている。
「治部に儂が死んだらすぐに引き揚げの船を釜山に向かわせよと密命を出してある。同じくそなたは朝鮮と明に和議を持ちかけ全軍を撤退させよ。かようなことは不識庵殿(上杉謙信)や安房(真田昌幸)から一兵も失わずに逃げ切ったお前にしか出来ぬ」
「お言葉、しかと受けました」
「すまぬ…最後まで苦労をかけるな」
「もったいなきお言葉」
「天下人とは不便なものよ…」
先の矛盾の答えが今の秀吉のぼやきにあるように思えた明家だった。そしてこれが明家と秀吉の今生の別れであった。
明家は九州の名護屋城を経て朝鮮に向かった。戦況は不利、先に到着した日本軍の総大将は秀吉の養子だった小早川秀秋であるが非戦闘員の女子供を殺した罪で日本に送還され、今は総大将が不在の状態であった。
劣勢の日本軍は先の文禄の外征で見事な采配を執った明家の到着を一日千秋の思いで待っていた。到着するや明家は全軍の指揮を執って欲しいと要望された。豊臣家の大老でもある明家なので身分的には支障はない。何より刑場荒らしは少なからず諸将にとって痛快だった。よくやったと思っていた。最初は固辞した明家であるが、最終的には引き受けた。日本軍の総大将となった明家はまず失地されていた現地の日本軍拠点を奪い返し、そして大量の兵糧を奪取することに成功した。
島津義弘は秀吉の九州攻めで明家と対峙するが、実際には戦っていない。明家は戸次川の戦いにおいて劣勢に陥った四国勢を救出したら、さっさと退却してしまった。目的を成したら未練残さず退却した柴田明家を島津義弘は高く評価していたのである。そして評価していた通り、明家の総大将ぶりは惚れ惚れする采配、義弘は思わず『楠木正成のごとき御仁じゃ』と褒め称えた。
ここから日本軍はたぐい稀な頭脳を持つ指揮官をいただき、巻き返しに至る。特に島津軍は朝鮮軍と明軍から『鬼石曼子(おにしまづ)」』と恐れられ、柴田軍の『歩の一文字』の軍旗を見ると『歩来々』と恐れたと言われている。また明家は軍律も厳しくした。非戦闘員への乱暴狼藉は固く禁じたのである。日本軍は一枚岩となり、明・朝鮮軍と戦った。
明家はたとえ朝鮮軍を討ち破ったとしても日本の領地にすることは不可能であると悟っており、むやみな合戦の拡大は避けて、終始勝つためではなく、負けない合戦の采配に徹した。敵軍の拠点に攻め入っても兵糧だけ奪い占拠はせず引き返したと云われている。日本軍を侮らせず、後に和議を持ち込んだ時に朝鮮と明に受け入れさせるためである。和議のために戦う。本末転倒とも云えるが、それしか明家の執る手段はなかった。
その明家が朝鮮在陣中にやっていたことがある。明と朝鮮の書物の収集である。とにかく集めた。文禄の役の時もしているが、今回もまた金を惜しまず書物を集めた。歴史ある中国の書物は知識の宝庫である。朝鮮と明は地続きゆえ、当然日本より中国の書物は充実している。無論、朝鮮の書物も貪欲に集めた。この書物の収集だけは『もったいない越前』ではなかった。
明家は漢文が読めたし、前田慶次に至っては即座に日本語で読めて講釈できたと云う。柴田軍の陣屋、戦の合間を縫って翻訳や注釈をしていく二人。
「こんな役得でもないとなァ…」
苦笑する明家。
「確かに」
同じく苦笑の慶次。
「しかし唐土の歴史たるや、やはりすごいものですな」
「ああ、特に今回、日本じゃ入手困難な孟子の書物が手に入ったのが嬉しい。何故か知らんが孟子の書を乗せた船は沈むと言うからな」
「『国は民を尊しと為し、社稷これに次ぎ、君を軽しと為す』ですかな」
国においては民が第一で、社稷(土地神と穀物神、転じて地域社会)がその次で君主は末だと云う意味である。今日では当然な言葉であるが古代中国で発せられていたのは驚くべきことだ。君主は民を治める機関にすぎず、国の主体はあくまで民だと云う説で、民を省みない暴虐の君主は放伐しても良いと孟子は力説している。ひどい政治をすれば君主として認めないと言っているのだ。
当然、この説には後の君主たちは不満であった。現在明家たち日本軍が戦っている明王朝。その太祖である朱元璋などは『この老いぼれめ。生きていたら、ただでは済まさなかったろう』と孟子の位牌を憎々しげに地面に叩きつけたと云う。
同じく昔の日本もこの思想は受け入れられるものではない。孟子の書物を乗せた船は日本に辿り付く前に沈没したと云われたものである。明家が孟子の書物を何点も手に入れたと聞き、日本軍諸将は『帰りの船が沈むぞ』と本気で危惧した。だから慶次は孟子の書物すべて日本語に翻訳して、後に名乗ろうと思っている『ひょっとこ斎』と云う号を書物の表紙に書いて『俺の書いた本だ。孟子じゃない』と言い張り、諸将を爆笑させたと云う。
そしてこの時、明家と慶次の元に日本から使者が来た。
「申し上げます。石田治部少輔殿から文が参っております」
それを聞いて明家と慶次は目を合わせた。直感だが内容が分かった。
『太閤秀吉、没す』
伏見城で徳川家康や前田利家に『重ね重ね、秀頼の事をお頼み申す』と繰り返す、哀れな最期であったと聞いた明家。柴田明家謀反の時、昔の自分に戻れた秀吉。しかしほんのわずかな時間であったようだ。歴史家は言う。豊臣秀吉は本性寺で柴田明家に討たれた方が幸せだったであろうと。
辞世『つゆと落ち つゆと消えにし我が身かな 浪花のことも夢のまた夢』