天地燃ゆ   作:越路遼介

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奥村助右衛門永福

 翌日、そろそろ正午にかかるころでもあった。隆広主従は宿で安土城からの使者を待っていた。その間に隆広は昨日の安土城下で見た楽市楽座の賑わいの様子と、一日も早く楽市楽座の導入をする必要性を書面に書いていた。

 使者から信長の返書を受けたらすぐに越前に戻る。勝家に指示された越前領内の視察を行わなければならない。紀二郎は馬の準備をするため城下町の入り口へと向かっており、矩三郎は宿の入り口に立ち、幸之助は部屋の入り口に座り、警護をしつつも主君隆広の事務を邪魔せぬように待機していた。

 

 隆広は文字をスラスラと書きながら、時々小さな箱を時々手にとっては、また机に置くを繰り返していた。何度も繰り返すので、部屋の入り口にいる幸之助が尋ねた。

「御大将、それは?」

「ん? さえへの土産」

(しまった――ッッ!)

 また水を誘ってしまったと思い、幸之助は凍りついたが今度はノロケ話を話し出さなかった。まだ仕事中だからだろう。ホッと胸を撫で下ろす幸之助。

「んふ、むふ♪」

 筆を進めながら変な笑いを上げている隆広。おそらくは土産を渡したときのさえの喜ぶ顔を思い浮かべているのだろう。

 

「御大将」

 宿の入り口で待機していた矩三郎が隆広の部屋に来た。

「うん」

「大殿のご使者がお見えです」

「通してくれ。二人もオレと共に使者を迎えよ」

「「ハッ」」

「失礼いたす」

(蘭丸自ら来たか)

 友とはいえ、大殿信長の使者である蘭丸。隆広と矩三郎、幸之助は上座に立つ蘭丸に鎮座し頭を垂れた。

「それでは水沢殿、これが大殿から勝家様への返書でございます。道中気をつけて持っていかれよ」

「ハッ」

 隆広は蘭丸の手から両手で大事に信長からの書状を受け取った。

「また大殿から水沢殿個人に贈り物があります。口上は『そなたには戦場にて右腕となる武将がおらぬと聞いた。ワシからの贈り物を受け取るがいい』」

「贈り物…?」

 

「奥村殿」

「はっ」

 廊下に控えていた武将がふすまを開けた。

「奥村助右衛門永福でございます」

 凛々しい美丈夫の武将であった。矩三郎と幸之助は驚愕した。

「お、奥村助右衛門様だって!?」

「勝家様が『沈着にして大胆』と賞賛した武将と聞くぞ!」

「本日付をもって水沢殿の配下になられる奥村助右衛門永福殿です。連れて行かれよ」

 蘭丸の言葉を聞きながら助右衛門を見つめる隆広。当年三十三歳の奥村助右衛門。華々しい手柄に恵まれず身分は足軽組頭であるが、戦場の経験は隆広など比較にならない。その顔は美丈夫であるが、同時に熟練した猛将の印象も受ける顔であった。

 前田利家の兄、前田利久に父の永信と仕え、利久を差し置き前田家の家督を継いだ利家に対して不服を申し立て、利久の居城である『荒子城』を友と二人だけで立てこもったと云う武勇伝もある。当時彼はまだ十六歳であったという。荒子城明け渡し後に出奔したが、その数年後の織田家の朝倉討伐で帰参を果たした。

 以後は信長の直臣として安土にいるが、活躍の場に恵まれなかった。何故なら彼はとても扱いづらい人物であったからである。主筋にあたる前田利家も扱いにくい助右衛門を再登用しなかった。

 寡黙で、さながら求道のごとく武将としての道を歩む彼の性格は気難しく、他者に誤解を受けがちでもあった。用兵にも武勇も抜きん出た能力があり、逆にそれが味方に恐れられた。上司にゴマスリなども絶対にせず誤っていれば毅然と意見を言う男であり、しかも歯に衣着せない。どの武将の隊に行っても煙たがれ手柄を立てても黙殺される事も度々あった。

 ゆえに、その器量を認められながらも身分はまだ低かったのである。つまり彼は優秀すぎた。部下の才能を恐れるごときの者は助右衛門を敬遠する。

 隆広は養父隆家から『大将たるもの、怖がるほどの部下がいなければならない。言いなりになる部下ばかり持っているようでは、やがて自分自身に滅ぼされる』と云う言葉を受けていた。隆広は奥村助右衛門を一目見て彼がそれに該当すると読んだ。『オレが怖がる部下になられる方だ』と。

 大殿、織田信長の『この男を使いこなせるか?』と云う言葉が助右衛門の後ろから聞こえてくるようだった。自分の半分も生きていない若武者である隆広に仕えよと信長に命じられたとき、助右衛門はただ『分かりました』と言っただけだと云う。

「なるほど、奥村殿のお話は聞いた事がございます。私とそう歳が変わらぬころ、前田様の手勢五百と二人だけで対したと」

「…そんなこともございました」

「私は貴殿の半分も生きておらず、初陣もつい最近です。さぞや頼りになりそうにない主君と思われるでしょう。しかしそれがしには大殿の云うとおり、配下の兵はいても、配下の将はおりませぬ。チカラを貸していただけませぬか」

「分かりました」

 

「では奥村殿、今日より水沢隆広配下として北ノ庄に赴かれよ」

「はっ」

 蘭丸はそれを最後に、スタスタと隆広の部屋から出て行った。

「奥村殿、いや助右衛門」

「はっ」

「今から越前に戻る。そなたも共にまいれ」

「かしこまいりました」

 奥村助右衛門はこうして隆広の部下となった。隆広十五歳、助右衛門三十三歳のことであった。

「えへへ、それがし御大将の兵で、松山矩三郎と申します」

「同じく、小野田幸之助にございます」

 助右衛門は二人をチラリと見て、プイとそっぽを向いてしまい返事もせず部屋から出て行く隆広の後ろについていった。

「な、なんだよあの態度は!」

「こらえろ矩三郎、あの方にとっては我らなど未熟な小僧にすぎないではないか」

「それを云うなら、御大将はさらに小僧だろ!」

「…それを言うな」

 

 隆広主従は越前に馬を走らせた。しかし、ただ使いをして帰るわけにもいかない。領内の視察と云う任務がある。隆広は最初に金ヶ崎の町に訪れた。

 

 金ヶ崎の町、羽柴秀吉の金ヶ崎の撤退戦で知られる城だが、柴田勝家が越前に入ると城は破却されている。北ノ庄への移民も多かったが、その土地に田畑があり、先祖伝来の土地を離れられない者は多々いた。城は新地になったが城下町は金ヶ崎の町として残ったのである。だが、町には活気がなかった。柴田家に納める税が高いのである。

 隆広はこの町に楽市楽座の導入と、海に面している町だから漁業の強化と塩田を作ることを帳面に記した。

「御大将、塩田て?」

「そんな事も知らないのか矩三郎! 海水から塩を作ることだよ!」

「バカにすんな紀二郎! そこまではオレだって知っているわ! どうやって作るのかって事だよ!」

「そうよな、この辺は風もあるので流下式の塩田がいいかもしれないな」

「流下式とは何ですかな?」

 助右衛門が尋ねた。

「まず海水が地下に染み込まないよう、蒸発層と云う焼いた粘土で防水された緩やかな斜面に流し、水分を蒸発させ、海水濃度を高めるんだ。蒸発層を数回通過した海水を、細い竹枝をまとめてホウキ状にし、いく層にも集めて棚にまとめた枝条架(しじょうか)の上へと散布する。枝条架に付着した海水に風をあてる事で水分を飛ばす。あとは竹枝に付着した塩を収穫するだけだ」

「ほう、隆広様は物知りですな。武将になどならずにそちらで金儲けした方が良かったのでは?」

「オイてめえ!」

 矩三郎が助右衛門の襟首を掴んだ。

「よせ矩三郎」

「だって御大将、こいつ!」

「助右衛門、今さらオレは塩問屋にはなれないさ。だが幸いにして塩田の知識はある。それを民のために使いたいだけだよ。それに…」

「それに?」

「越前が富めば、柴田が儲かる、その武将のオレも儲かる。単なる博愛精神で民のためなんて言っているワケじゃない。ちゃんと先々の儲けを期待しているぞ。それにオレ一人が金持ちになったって妬みを買い誤解を招くだけだ。柴田家と越前の民が徐々に豊かになればいいんだ。そしてオレも禄があがり、恋女房にきれいな着物も買ってやれる」

「なるほど」

(こんな程度の挑発では腹も立てぬか、あっははは)

「とにかく、今すぐに塩田作れと言っても無理だしな。とりあえず殿に報告する事として帳面に記載しておこう。よし、次は府中に行くぞ」

「「ハッ」」

 

 前田利家の居城である府中城に向かった。城主の利家には非公式の訪問である。

「よし、本日は府中の城下町に泊まるが、荷物を置いたら早速出かけるぞ。バラバラに情報を集めるよりも、皆で歩き、一つ一つに知りえた情報を一同で玩味したい。共に来てくれ」

「「ハッ!」」

「…あまり情報が多いと頭の中で処理できませんか?」

 助右衛門がまた皮肉混じりに言った。それを聞いた矩三郎が食ってかかり襟首を掴んだ。

「オイてめえ! オレの事を無視や軽視するのはいいが御大将を侮辱するなら許さねえぞ」

「助右衛門、それは少し違うな」

「と言いますと?」

 矩三郎の手を払い、隆広に尋ねた。

「城下をパッと見ただけで、この城下町の抱える問題はすぐに分かる。だがその一つ一つの問題にも優先順位と云うものがある。この府中城の場合はまず民心の掌握をしなくてはならない。民あっての領国だからな。民心の掌握方法は三段階に分かれる。まず与える事、富ませる事、そして教育する事だ。取るのはそれからでないと民心はすぐに離れていってしまう。そして残念な事に一段階目の『まず与える事』が出来ていない事が、パッと見ただけでわかる。活気がないし、清掃も行き届いていない」

「それは城主の前田利家様の責任でしょう」

 前田利家とは確執のある助右衛門。あの男に行政などできるものかと思っている。

「オレは柴田勝家様の直臣。支城の窮状を見過ごしていいものではない。それに利家様とて度重なる門徒との戦いのため、殿に出兵を幾度も要請されている。財政は火の車のはずだ」

「では玩味というのは…」

「そうだ、城下を見て回り、まず与えられそうなものを一つ一つ玩味して探す。それを本城の殿に報告し、殿の手から利家殿に与え、利家殿が領民に与えると言う寸法だ。そんなに難しい成り立ちではないだろう?」

 助右衛門はあっけにとられた。金ヶ崎での塩田の知識といい、本当にこのお方は十五歳なのかと。助右衛門は武人肌で内政事には疎い。自分にない才能をこの若い主人は備えていると見た。

「助右衛門、オレには部下の将がそなたしかいない。槍働きは無論のこと、内政にも色々とチカラを貸してもらう事になるだろう。よろしく頼む」

「承知しました」

(ふふ…怒らせて器量を見ようとしているオレの考えなどお見通しか)

 信長に『子供とて侮らない方がいいぞ』と釘を刺されたのを助右衛門は思い出した。

「よし、では行くぞ」

 

 隆広主従が城下を歩いていると、山のような反物の束を抱えて歩く女と出会った。

 

 ドン

 

「あ、すいません!」

 女は反物を全部落としてしまった。

「いや、こちらも不注意でした」

 隆広主従は反物一つ一つを拾い、女に渡した。

「これはいい反物ですね…。高く売れるでしょう?」

 隆広の言葉に女は悲しそうに笑った。

「高くなど売れませぬ。買い叩かれてしまいますので」

「ええ? それではご自分の店で出せば…」

「自分のお店を出すと、その税が支払いませぬ…」

「そうですか…」

「ならばこれで…」

 そして続けて町を歩くと、自分の商品を買い叩かれてケンカになっている商人たちが何人もいた。

「隆広様…」

「うん助右衛門、これを何とかしなければダメだ。金ヶ崎の町も似た状況だったが、府中も同じらしい。関税があるうちは他国の商人なんて来ない。それどころか、今いる商人さえ府中を見捨てる。安土で見たように関税を撤去しなければならない」

「しかし現実…利家様にそれを実行できようはずが。金がなければ勝家様の出兵に応じられないのですから」

「だがせめて減らす努力をしなければならない。府中城は何も持っていない。だから元々民たちが持っている金を与えるしかない」

「そうですね…」

 

 そのまま城下を見て回ると、隆広一行は不毛な雑草生い茂る地域を見つけた。近くには九頭竜川の支流も流れている。

「何とももったいない。少し手を加えればここは水を満々とひたした美田となろうに…」

「開墾する金がないのでしょう。これほど広い地域に美田を作るとなると、ゆうに四、五千貫はかかるでしょうから」

「四、五千か、しかし助右衛門、それを渋っていては、この地はいつになっても雑草しか生やさない。時には思い切った先行投資が必要だ。前田家で出せないのなら、柴田で出せばいいが…」

 隆広は一つ思案した。

「よし、領民に出させよう」

「は?」

「最初二千貫程度を柴田で出して、それで開墾をある程度進める。この雑草地帯が美田に移り変わる様子を領民に見せる。そしてその後で民に、ここが美田に変わればいかに自分たちの暮らしが楽になるか教える。前田家の手で作り、やがて出資した民に公平に美田を分け与えると呼びかける。その上で少しずつ銭を集めて、より作り上げられる美田に愛着を持たせる。つまり資金の半額を領民に出させるのだ。領主の前田家におんぶに抱っこではなく、自分たちの町を自分たちで開墾する喜びを教えるんだ」

 助右衛門はポカンとして隆広を見た。

(何て事を考え付くのだ…。一つの開墾で『与え、富ませ、教育を、取る』いっぺんに行うなんて…!)

「よし、宝の土地を見つけたぞ。府中城における『与える物』はこれだ。測量をはじめる」

「「ハハッ」」

 さすがに九頭竜川沿岸を隆広と共に開墾した矩三郎、幸之助、紀二郎、手際よく道具を用意し、段取りよく測量を始めた。

(ほう、堂に入ったものだ)

 単なる生意気な小僧たちじゃないと助右衛門は感心した。広範囲だが馬を使い測量したので一刻(二時間)ほどで測量は終わった。

「いかがでしたか?」

「ああ、助右衛門。この地が美田になれば三万三千石の府中が六万石になるぞ」

「に、二万七千石も上昇するのですか?」

「そうだ、これなら殿も資金を出してくれるだろう。前田家が富めば、殿にも大いに頼りになるのだろうから」

 隆広は嬉々として測量した図面を懐中に入れた。

「どうだい? 大したものだろ我らの御大将は?」

 勝ち誇って矩三郎が云うと、助右衛門は苦笑し

「そうだな」

 と返した。

 

 翌日に隆広主従は不破光治の治める龍門寺城に行ったが、やはり状況は府中と似ていた。

 織田信長は柴田勝家を越前一国の支配者として越前八郡を与えて北ノ庄城に置き、前田利家、佐々成政、不破光治に『府中辺二郡』の十万石をあてがっている。

 こうしたことから前田、佐々、不破の三人は一般に『府中三人衆』と称されており、織田信長は、この越前の国割に際し、府中三人衆は勝家の与力として軍事指揮下に入れ、また、勝家の行動を監視するといった目付としての役割も担わせ、ともに競合して領内の支配に当たることを命じている。

 

 城と城主が違うとはいえ、やはり同じ越前府中であるから、そう変化がないのも無理はない。隆広は龍門寺城でも不毛な雑草地帯を見つけた。そこの測量も済ませて帳面に記録して、次の日に一乗谷に向かった。

 かつて越前朝倉家の本城であった一乗谷城。城は廃却されたが、この地に田畑を持つ民はいまだ多く、かつての城下町は栄えて小京都と呼ばれた姿を誇っており『一乗谷の町』として残っていた。隆広一行が町を訪れると町内を流れる九頭竜川沿いに人が集まっていた。

 

「どうしたのですか?」

「どうもこうもないよ! また橋が流されちまったんだ!」

「大雨のたびにこれでは困るわ…」

「これじゃわしらの商売も上がったりだよ」

「橋か…確かに九頭竜川が通る一乗谷の町では不可欠だな…」

「ですが、橋を作る架橋工事は軍備がかさみます。とうてい今に着手はできますまい」

「確かにな助右衛門。しかし、一日遅れれば一日越前領内一部の流通が止まる。となると逆転の発想で何か考えて、すぐに実行しなければならない」

「逆転の発想?」

「大雨でも流れず、今すぐに着工でき、そして金もかからない橋」

「そんな夢のような橋が…」

「ある」

「え?」

「舟橋だ」

「ふ、ふなはし? 何ですか、それは?」

「重りを載せた船を鉄鎖でつなぎ、その船一つ一つに台と転落防止の欄干を作る。増水時は片岸においておけば激流で流されることもない。使用の時には向こう岸に先端の船をこいで、向こう岸に渡り強固に固定する。和歌にも『いつ見てか、つげずは知らん東路と、聞きこそわたれ佐野の舟橋』とある。大雨で流れず、舟は廃舟を利用すればいいし、安価な工事で済む。何より風流だ。いけるかもしれないぞ!」

 助右衛門は気付いた。隆広が自分に熱を込めて話している事を川沿いにいた町民たちがあっけにとられて聞いていたのである。

「にいちゃん、あんた天才か!?」

「すごくいい智恵よそれ!」

「今すぐにでも作業にかかれるのじゃないか、その橋!」

 隆広は一乗谷の町民に囲まれた。

「まあまあ、みなさん。一応北ノ庄から職人を派遣しますので、彼らの指揮の元に作られるがいいと思います」

「「やったぁ―ッ!」」

「珍しい橋と、旅人も増えそうね! ウチの宿屋も繁盛するかも!」

「矩三郎、幸之助、紀二郎、急ぎ北ノ庄に戻り、辰五郎殿に城郭増築の作業をいったん中断してもらい、こちら一乗谷の九頭竜川架橋を要請してくれ」

「「ハッ!」」

「このまま立ち去るのも無責任だな。職人衆が到着するまで待つとしよう」

「そうですね」

「しかし困った、職人を雇っても給金が出せないぞ。かといって素人の人たちだけでやらせては危険だしなあ…出世払いでやってもらうしかないか…」

「お任せ下さい。それがしが勝家様から給金と工事資金をいただいてきます」

「すまぬ、助右衛門。恩に着る」

「北ノ庄に行くのはそれがし一人で十分ですから、矩三郎たちを使い架橋工事の準備を進めておいで下さい。頼むぞ三人とも!」

「「は、はい!」」

 助右衛門は隆広を自分が全力で補佐するに足る人物と確信した。やっと巡り合えた、我の主人をと、助右衛門は歓喜に震えて町の入り口に繋げてある愛馬まで駆けた。

 

 翌日、奥村助右衛門に連れられて北ノ庄の職人衆の辰五郎一党がやってきた。隆広の指示で北ノ庄城の城郭に出丸を築いていた彼らだが、『舟橋』と云う世にも珍しい架橋工事を始めると聞いて城郭工事を中断し、喜び勇んでやってきた。

「水沢様、お待たせしました」

「辰五郎殿、急な仕事をすみませぬ。道中で助右衛門から工事の内容は聞いておりますね」

「はい! 越前の名物になるかもしれぬと勝家様も大変喜んでおりました。我らも全身全霊で作らせてもらいますよ、舟橋を!」

 これが世に有名な、『水沢隆広の舟橋』である。工事期間わずか三日という驚異的な速さであったが、けして壊れず、大雨の激流も静かに受け流す舟橋は、さながら隆広の軍勢のごとしと賞賛され、後に『隆広舟橋』と命名され、現在の橋は鉄筋コンクリートとなっているものの、名はそのまま受け継がれている。

 

 舟橋の工事が終わった翌日に、隆広主従は佐々成政の治める府中小丸城の視察に赴いた。しかし、この時に農民たちは戦闘の訓練をしていた。柴田勝豊の治める丸岡城でも同じ光景を見た。一向宗門徒の脅威が越前から払拭されるのはまだ遠い先のようだった。隆広は楽市楽座の導入と同時に『刀狩りの実行』と帳面に記し、北ノ庄城へと帰っていった。


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