「官兵衛、佐吉!」
「「はっ」」
「何とか説得せよ!あの軍才に行政能力!あまりに惜しい!」
「親父様…」
「佐吉、そなたは隆広の家臣も勤めて重用されたじゃろう!助けたくないのか!」
ここは越前丸岡城、ここに水沢隆広は立て篭もった。丸岡城は彼の居城である。前の城主、柴田勝豊は清洲会議で長浜城へと移動し、空いた丸岡城は彼に与えられたのだ。一国一城の主となった隆広だが、幸せは長く続かなかった。間もなく賤ヶ岳の合戦が起こり、主家の柴田家は敗北し滅んだ。北ノ庄の地で主君勝家と共に死ぬ気であった隆広だが、勝家は“妻子のところに帰れ”と彼の家臣である奥村助右衛門と前田慶次に命じ、半ば無理やりに北ノ庄から退去させた。北ノ庄の炎上を見た隆広は羽柴に意地の決戦を挑む事を決めて、軍勢を連れて居城の丸岡へと落ちていった。
彼は常日頃から兵糧も多量に確保してあり、城郭内にも田畑や果樹園も整えてある。水も井戸を数箇所設置している。兵糧攻めは羽柴秀吉の得意技であるが、播磨三木城、因幡鳥取城とは事情が違い、水沢勢は長期にわたり羽柴に対峙出来るほどに篭城の構えを整えていた。
彼の主君の柴田勝家はすでに北ノ庄で妻のお市と共に自刃して果て、茶々と初、江与の三姉妹は秀吉に引き取られた。武将の可児才蔵、毛受勝照、拝郷家嘉、佐々成政、そして佐久間盛政は賤ヶ岳の合戦で討ち死にしていた。前田利家と金森長近は秀吉につき、柴田勝豊は長浜の城ごと秀吉に寝返るが自責の念か、賤ヶ岳の合戦中に病で死んだ。老臣中村文荷斎は主人柴田勝家と共に自刃して果て、もはや柴田家で残るのは水沢隆広のみである。隆広の部隊だけは賤ヶ岳の合戦で羽柴勢を圧倒したが、もはや戦局は覆しようがなかった。
隆広を支え続けた藤林忍軍は秀吉の圧倒的な兵力の前に全滅し、頭領の銅蔵とお清夫婦、柴舟、舞、白、六郎は壮絶な最期を遂げたのであった。若狭水軍も松浪庄三をはじめ全滅して果てた。
商人司、吉村直賢。彼の商才を惜しんだ秀吉は高禄で召抱えようとしたが直賢は拒否し、貧しき人たちに金と米をすべて配り、すでに丸岡城にも入れなくなった彼は、主人隆広より先に自刃して果てた。妻の絹も後を追った。
丸岡城に篭っての水沢勢はすさまじいものがあった。隆広は寡兵を率いて必死の抵抗をした。まず前田利家、金森長近率いる一万二千を退けた。水沢勢は少数で出陣し、そしてすぐに反転した。数を頼りにする前田と金森軍はそれを追撃し城内に乱入したが、狭隘な通路に誘導され、侵入した隊は待ち伏せていた鉄砲隊に的となり壊滅した。かつて柴田家の同僚で隆広とも仲の良かった前田利家と金森長近の軍勢であったが、隆広は容赦しなかった。朋友の前田利長の部隊も蹴散らされた。前田と金森の両将は水沢隆広の智謀知略を知りながら、まんまとその術中に陥り数倍の兵を要しながらも大敗した。
次に三万で羽柴秀長が総大将で向かったが、隆広は夜襲をかけて羽柴の兵糧すべて焼き払い、同士討ちまで誘発させた。羽柴軍の将は『隆広を捕らえよ』と秀吉から命じられていたが、それどころではなかったのである。秀長も敗走を余儀なくされた。
しかし、隆広の軍とて無傷では済まない。隆広は二千の兵の大将であったが、賤ヶ岳の合戦、そして丸岡城にて二度におよぶ羽柴軍との戦いで、もはや三百の兵しかいなかったのである。しかし負ける事を知らない羽柴勢を寡兵で二度も撃破した隆広の武名はまさにこの時こそ近隣に轟いた。
隣国加賀を手中にした上杉家は何とかして隆広を助け、召抱えたいと考えていた。手取川の合戦にて二千の兵で謙信率いる三万を後退させた隆広を戦った相手である上杉家は心から惜しんだ。しかし表立って味方は出来ない。上杉家は羽柴家にすでに恭順している。だから上杉景勝は隆広と幼馴染の直江兼続を派遣して、しばらく上杉家の客将となり、その間に上杉家が外交をもって水沢家の存続を秀吉に認めさせると隆広に申し出た。
だが隆広はそれを丁重に断った。上杉家にそんな迷惑はかけられないと述べたのである。また、たとえ上杉家の客将となっても必ず秀吉は呼び寄せて自分に膝を屈するよう要求する。男の意地として主人勝家を討った秀吉に断じて頭は下げられないと上杉家の申し出を断ったのだった。
そして、ついに秀吉自らが三百の兵しか持たない水沢軍に四万もの大軍で出陣したのである。幾度も降伏勧告をした。重用する、城も与える、など破格の条件を出しても隆広はガンとして首を縦に下ろさなかったのである。
そして、ここは羽柴陣中、秀吉は部下たちの度重なる丸岡城総攻めの意見にも耳を貸さない。何故なら秀吉は何とかして水沢隆広を救いたかったのである。
「…佐吉、権六(勝家)は隆広を養子にすると言っていたそうじゃな」
「はい」
「ならば、降伏すれば柴田家の家督を継がせて畿内に十万石を与えると伝えよ」
これは官兵衛も驚いた。
「とんでもない!そんな事を許せば今我々が丸岡を包囲している戦そのものが意味のない城攻めになってしまいますぞ!」
「意味ならあるわ!亡き半兵衛の軍才を受け継ぐ水沢隆広が儂の家臣になればどんなに今後役立ってくれるか!佐吉、隆広の右腕として働いたその方なら分かるであろう!」
「確かに…隆広様の行政能力あれば急に勢力拡大してしまった羽柴の領内統治に心強いでしょうし、今後に想定される徳川との戦いでも働いてくれるかと」
「そうであろう!儂はあの才能が欲しいんじゃ!軍師であり名宰相の器!しかもまだ二十歳の若者!殺すには惜しいんじゃ!」
秀吉はまるで恋人でも失いたくないように部下へ隆広を幕僚に加えたい事を訴える。加藤清正、福島正則も歳が隆広と変わらず、かつ賤ヶ岳の合戦では隆広の部隊に散々に打ち倒されたから、その才能は認めている。彼らとて隆広の将才は惜しいと思う。だが…
「親父様、この期に及んで降伏を勧めるのは隆広殿に対し、むしろ無礼ではないかと…」
「それがしも清正と同意見です。同じ織田の旗の下で苦楽を共にしたからこそ、堂々戦い雌雄を決するのが隆広殿への礼儀かと」
「ええい正則!そんなこと分かっておる!だが一人でも優秀な人材は欲しいのだ!日本一の勢力になったとはいえ、徳川、北条、毛利、長宗我部と羽柴の情勢はまだ苦しい!武器もいる、金もいる、領内の民にも安心してもらえるような政治をせねばならん!これまで通りの軍団長のような羽柴家ではならぬのだ!こんな戦時下でなければ半兵衛を登用した時と同じく三顧の礼をしたいくらいなのだ!」
城攻めが上手く行かなくことへの苛立ちではない事は一目で分かるほどの秀吉の焦りだった。
「一豊!」
「は、はい」
「そなたは一人娘の命を隆広に助けてもろうたろう!何とかせんか!」
「秀吉様…」
「権兵衛!」
「はい」
「『恩人の隆家様のご養子君、もし何か事あれば権兵衛喜んで犬馬の労を取ろう』と安土の酒場で隆広に言っただろう。何とかせよ!」
「藤吉郎様…」
今まで前田利家と利長親子、石田三成、黒田官兵衛が隆広の元に使者に行っても隆広は降伏をガンとして受け入れなかった。隆広個人と繋がりの深い者が使者で行っても駄目だった。もはや誰が説得しても降伏は無理と考えていた。
「分かりました」
「一豊…」
「それがしが使者に参ります。さきに殿が言われた『柴田家の家督を継がせて畿内に十万石を与える』を条件にして交渉したいかと」
「あい分かった、行ってまいれ」
「はっ」
そして水沢隆広篭る丸岡城。
「古来、篭城とは援軍をあてにしての戦法。援軍なしの篭城は自害も同じ。我ながら馬鹿な事をやっていると思う」
「良いではござらぬか。我らはそういう隆広様に惚れてここまで一緒にやってきました」
「助右衛門の言う通りにございます。城兵三百五十名でよくまあ四万の羽柴と戦っていると冥府の勝家様も褒めてくれているでしょう」
三百、もはや残すところ兵数は三百であった。だがこの三百こそ、水沢隆広が初陣の時に兵にした北ノ庄一番の問題児軍団である。柴田家はおろか北ノ庄の領民にさえ馬鹿にされ、嫌われていた三百名が柴田家の最後の砦となったのである。
あの時、領内で娘たちに嫌われていた彼らも今では美人の妻も娶り、かわいい子供も出来ている。その妻たちに共通する事が一つある。すべて農民出の娘たちと云うことである。
隆広が数多く拝命された新田開発において、彼らは現地に赴き不毛な地を開墾した。その時にちゃっかり地元の娘たちと恋仲となっていたのである。石田三成が陣頭指揮を執った九頭竜川治水の時にも給仕に来ていた娘と恋に落ちて妻にしたものもいる。全員が好き合っての結婚である。
しかし、すでに妻たちを故郷の農村に子を託して帰らせていた。妻たちは夫と共に果てるつもりであったが、母親として生きて欲しいと夫に諭され泣く泣く子を連れて故郷に帰った。隆広は女たちに『もはや金はいらぬ』とすべて与えてしまったと伝えられている。
そして辰五郎率いる工兵隊五十名も水沢隆広と最期を共にする事を決めていた。惚れた主人と共に散るなら悪くない。あの北ノ庄城壁改修から、ずっと隆広と苦楽を共にしてきた辰五郎一党。職人と云う武士社会の中で軽視される彼らであるが、その魂はサムライそのものであった。
「御大将」
「どうした矩久」
「山内一豊殿が使者として参っております」
「無礼で申し訳ないが、俺に降伏の意思はなしとお返しせよ」
「実は御大将に無断で申し訳なかったのですが、それがし幾度も一豊殿にそう伝えました。ですが一豊殿は帰ろうとせず、城門に座り込んでいます」
「…そうか、ならば会おう。お通しせよ」
山内一豊が使者として訪れた。
「お久しぶりでございますな隆広殿」
「はい」
「ご用の向きは、お察しの通り降伏の使者にございます。主君秀吉は『柴田家の家督を継がせて畿内に十万石を与える』と申しています」
「…そうですか」
「隆広殿、それがしにとって亡き大殿(信長)は父の仇でした。しかし山内家の再興のため、何より我が功名のため大殿に仕え、それから秀吉様の直臣となり今日に至りまする。また黒田官兵衛殿は小寺家から羽柴家に転身いたしました。ですが誰がそれに後ろ指さしていましょう。羽柴は急速に領地が増えました。優秀な行政官が必要なのです。また今後もありうる合戦に、どうしても亡き竹中様の智謀を受け継ぐ隆広殿の力を貸して欲しいと主君秀吉は願っております。かつて隆広殿ご自身が吉村直賢殿を配下にする時に申されたはず。私怨を越えて民のためにと。それがしも同じ事を申し上げます。なにとぞ…」
「羽柴様には優秀な行政官も、戦場の猛将もキラ星のごとく部下においでです。それがしごとき者など必要ございますまい」
「隆広殿!意地を張るのも大概になされよ!御身はまだ二十を過ぎたばかり!なぜそう死に急ぐ!主君秀吉の申し出を受け入れられよ!」
「できません」
「隆広殿!」
「一豊殿…。それがしには、そうしたくてもできない理由があるのです」
「は?」
「それがしは柴田勝家とお市様の、実の息子です」
唖然とする山内一豊だった。
「い、今なんと言われたか?」
「それがしは柴田勝家とお市様の、本当の息子なのです」
「そ、それはまことにござるか?」
言われてみれば、確かにお市の方の面影がある。
「確かでござる山内殿、それがしと慶次の二人は勝家様とお市の方様お二人からそれを聞かされています。お市様が浅井家に嫁ぐ前、ひそかに好きあっていた勝家様と一夜だけ結ばれました。その時に生を受けたのが隆広様です。お市様は生まれた隆広様を水沢隆家殿に託し、養育を願い出たのです」
と、奥村助右衛門。
「なっ、何たる事…!それでは!」
「その通り、養子ならまだしも、羽柴様の立場では柴田勝家の実子を生かしておく事が出来るはずかありません。敵の総大将の嫡男は殺すのが武門の掟。亡き大殿も甥である浅井長政殿の子を殺しております」
「……」
「それに…柴田勝家が実父であるなしにせよ、あの方は孤児となったそれがしを国士として過分に遇してくれたかけがいのない主君。士は己を知る者のために死す、と言います。それがしを助けてもいずれ羽柴様の寝首を掻きますぞ」
「隆広殿……」
ニコリと隆広は笑った。
「今まで羽柴様にはよくしていただいた。それがしの妹たちも大切にして下さるでしょう。隆広心から感謝します。最後に一つだけ伝言をお頼み願えませんか?」
「何でござろう?」
「『約束を守れなくてごめんなさい、おじちゃん』と」
「……?」
「そう伝えて下されれば分かります」
一豊は隆広の最後の言葉が分からないまま、陣に帰った。
「隆広が…権六の実子じゃと!?」
「はい」
「何たる事じゃ!この後に及んでそんな事実が分かろうとは!」
前田利家、金森長近は何故勝家があれだけ隆広を寵愛したのか今になって分かった。実の息子で、しかも最愛のお市との子。かつあれだけ優秀ならば盲愛して当然である。
「それから一つ、それがしには分からなかった言葉なのですが、こう言えば殿は分かると」
「なんじゃ?」
「『約束を守れなくてごめんなさい、おじちゃん』と……」
その言葉を聞くと秀吉の目から大粒の涙がこぼれた。
「「と、殿…!?」」
「みんな出て行け!儂を一人にしてくれ!」
諸将はあわてて本営から出て行った。
「馬鹿者が!家来にしてくれと頼んできたのはお前の方だろうが!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
秀吉に若き頃の記憶が蘇る。
織田家で頭角を現してきた木下藤吉郎。しかしその働きは古参の不快を招き、ついには信長秘蔵の脇差が紛失した時、それを盗んだのは藤吉郎と讒言された。
墨俣の築城などで信長の評価高く、階段を駆け上がるが如く出世していた彼には周囲の妬みが渦巻き、藤吉郎はいいかげん嫌気が差していた。そんな時に盗人呼ばわりである。藤吉郎はヤケになり岐阜城の城下町で酒をあおった。そして酔って発した言葉が
『くそったれ!今に一国一城の主になってやる!』
酒場はドッと笑いに包まれた。藤吉郎はうだつの上がらぬ小男の風体。猿か鼠のような面相。酌婦に至るまで腹抱えて爆笑していた。さらにみじめになった藤吉郎。
(ちくしょう、今に見ておれ!)
と、大杯で酒をあおる藤吉郎。だが一つの視線に気付いた。父親の酒を買いにきたのだろうか、四歳か五歳くらいの坊主頭の小さな僧侶が目を輝かせて自分を見ていた。
『……?』
その小坊主は藤吉郎に駆けてきて、目をランランと輝かせて言った。
『すごいや、おじちゃん!その時は家来にしてよ!』
本気で言っている顔だった。逆に面食らった藤吉郎。そして嬉しくなった。
『おお!家来にしてやるぞ!』
『やったあーッ!』
小坊主が気に入った藤吉郎は自分の卓に座らせた。腹が空いていたのか小坊主は藤吉郎の懐事情など無視して飯を美味しそうに食べる。
(いい食いっぷりだ…。賢そうだし、俺にこんな息子がおればなあ…)
しばらくして藤吉郎はその小坊主に愚痴を垂れだした。我ながら少し情けない。酔って愚痴を言える相手が初対面の小坊主とは。だが小坊主は嫌がらずに聞いた。
『というワケでな、俺は周りの無能者たちに妬まれて、信長様秘蔵の脇差を盗んだ犯人にされてしまったんだ!ああ悔しい…!』
『おじちゃん、その脇差ってお金になるの?』
頬に麦飯の粒一杯につけながら小坊主が訊ねた。
『ん?そうだな、売れば五十貫にはなるかもしれんな』
『だったらさ!この町の武器屋さんにその脇差を売りに来た奴がいたら俺に教えてくれと頼んでみればいいじゃないか!それでおじちゃんに悪い事を押し付けた奴が捕まえられるよ!』
藤吉郎は持っていたお猪口を落とした。
『お、お前天才か?』
『やったあ褒められた!岩魚注文していい?』
『ああ、どんどん食え!あっはははは!おっとまだ名前を聞いてなかったな。俺は木下藤吉郎だ』
『俺は竜之介!』
『ほう、勇ましい名前だな!あっははは!』
軍机に拳を叩きつける秀吉。
「なぜ、秀吉の子として生まれてくれなかった!なぜ権六の子として生まれた!」
秀吉は一人、涙にくれた。
羽柴秀長を丸岡城から撃退した翌日、隆広は城内の女子供を城から退去させたが四人の女たちだけガンとして動かなかった。前田慶次の妻の加奈、奥村助右衛門の妻の津禰、そして水沢隆広の正室さえに側室すずである。
さえの侍女の八重と家令の監物は、隆広の嫡子竜之介を連れて城から出ている。主君から預かった子を僧門に託し、安全を確保すると二人は安心したのか息子吉村直賢の墓前で眠るように死んだ。
隆広は、妻のさえと側室すずと会っていた。
「今日、最後の戦いを挑む。もう意地の一戦だ」
「はい」
「すまんな、さえ、すず。俺がもうちょっと要領よく振る舞い、羽柴か上杉の誘いに乗っていれば、お前たちの華の命を散らせる事もないのに」
「いいえ、私はそんな殿が大好きです。私は日本一幸せな妻です。あの日、北ノ庄の粗末な屋敷で夫婦になってから今に至るまで」
「ありがとう、さえ」
そしてすずの手を握り
「すず、すまん。せっかくそなたが足の自由を失っても助けてくれたこの命を粗末に使って」
「もう…殿は最近さえ様や私に謝ってばかりです」
「あ、すまん」
「もう、また!」
「あ!あっははははは」
「でも殿、あの時に殿をかばい、結果こうして満足に歩けなくなっても後悔した事は一度もございません。そして、その要領の良い事をしない殿が…さえ様と同じく私も大好きです」
「ありがとう…」
「殿」
「なんださえ」
「すずと決めていました。今日の出陣の前に殿に…」
すずとさえは立ち上がり、同時に隆広の左右の頬に口づけをした。
「「おまじない」」
「……ありがとう、武運なかったが天下の美女二人を妻にした俺だ。考えてみればこれ以上望むのは罰当たりってものだ」
「「殿……」」
「じゃ行ってくる。今日は三人で寝ようか」
さえとすずは顔を見合わせ、頬染めてうなずいた。
城門前に結集した水沢勢。
「門を明けよ!」
水沢隆広を先頭に、両腕に前田慶次、奥村助右衛門。そして隆広三百騎が付き従った。
「辰五郎」
「は!」
「手はずどおり頼むぞ」
「承知いたしました!」
「いくぞみな、至らぬ主君であったがよく尽くしてくれた。よう今まで不運な俺を見捨てずについてきてくれた。礼を申すぞ」
「「隆広様!」」
「「御大将!」」
「俺と共に死ね!」
「「オオオオオオッッ!」」
羽柴勢四万に水沢勢三百が突撃した。この時、水沢隆広二十一歳の誕生日の時であった。
後編に続く!