天地燃ゆ   作:越路遼介

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太閤立志伝3特別篇の主人公が一乗谷に舟橋を架橋するのは原作通りのお話しです。確か、史実では勝家殿が北ノ庄で行ったと聞いています。その時に舟を結んだ鉄鎖が福井市の柴田神社にありまして、しみじみと眺めたものでござる。


舟橋

 水沢隆広の領内視察における報告は主君柴田勝家を十分に満足させた。勝家は隣国に一向衆門徒の脅威があるために、関所すら撤去する『楽市楽座』の導入をためらっていたが、今回の隆広の報告で決断した。彼の本拠地、北ノ庄城は無論のこと、府中三人衆の治める府中の三城、柴田勝豊の丸岡城、そして一乗谷の町、金ヶ崎の町と、すべてに導入した。出店に伴う関税もすべてなくしたのである。

 そして一乗谷にて舟橋を作りあげた事を勝家は褒め、金ヶ崎の塩田導入も許可し、丸岡城と小丸城の刀狩りの実行も布告した。そして府中城と龍門寺城の城下にある雑草地帯に美田を作る計画を勝家は快諾し、資金を出すことを了承した。

 また、隆広が連れ帰った奥村助右衛門を見て、勝家は歓喜した。自分が『沈着にして大胆』と評した武将が隆広に仕えてくれることになったのであるから。

 

 越前の視察から帰る日、それは前もってさえに知らされていたので、さえは城から自宅に戻り、夫の帰りを楽しみにしながら夕餉を作っていた。そして…

「さえ―ッ!」

「帰って来た!」

 味噌汁を作っていた鍋を火から放して、さえは玄関に向かおうとしたら、隆広はもう台所に突入していた。

「会いたかった~ッ!」

「さえも!」

 隆広はさえをギュウと抱きしめ、熱い口付けを交わした。すぐにも営みにと行きたいところであろうが、まだ日は暮れていないので、さえに辞退されてしまった。

「さ、もうすぐで夕餉です。湯につかり旅の疲れを癒してください」

「一緒に入ろう」

「んもう、夜までがまんして下さい」

「がまんできないよ~」

 股間を押さえている隆広。

「だーめ、お預けです」

 

 渋々隆広は湯に入り、疲れを癒した。湯から出ると夕餉の支度は終わっていた。

「美味そうだな、いただきます」

 久しぶりの愛妻の手料理をほおばる隆広。それを嬉しそうに見つめるさえ。新婚らしい夕食である。

「お前さま聞きましたよ、一乗谷の町に橋を架けたそうですね、しかも世にも珍しい『舟橋』とか!」

「耳が早いな。本当は『架橋の必要性あり』と殿に報告するだけのつもりだったけど、何か成り行きで架橋工事に入ってしまった」

「早くも北ノ庄から『舟橋』を見に行く人がいるそうです」

「さえも見たいか?」

「はい!」

「うん、じゃあ明日にでも行こうか。ちょうど主命も受けていないから」

「嬉しい! お前さまの仕事が見られるのですね」

「オレが作ったのじゃない。職人たちとその地の領民が作ったんだ。オレは案を出しただけさ」

 おかわり、と丼をさえに渡した。

「でも、その案がなければ一乗谷の人々は困ったままでした。お前さまがそれを救ったと聞いた時は本当に嬉しくて」

「そうか、そういえば一乗谷は朝倉の本城だった。いわばさえの故郷か」

「はい義景様から父が大野城を拝領するまで、さえは一乗谷におりましたから」

 その大野城は廃城になり、城下町も北ノ庄に移動したので、今はただの新地である。さえがお城のお姫様と呼ばれて過ごした場所はもう無い。

 現在は城が破却されて町が残るだけとは云え一乗谷はさえにとり生まれた土地。久しぶりに故郷の土を踏めるのが嬉しかった。

 

 夕食をとりながら、隆広は安土での事や視察で見た事を話した。信長と初めて会った時の感想や、羽柴秀吉や仙石秀久と酒を酌み交わし、義兄の竹中半兵衛と再会をした事。幼馴染の森蘭丸とも再会した事、奥村助右衛門が部下になってくれた事と色々である。さえはそれを楽しそうに聞いていた。

「あ、そうそう。さえに土産があるんだ」

「え?」

「さえの日本一きれいな髪のために」

「まあ…」

 隆広は漆塗りのくしを渡した。赤い光沢の美しい作りで、今まで安価な竹くしを使っていたさえには何よりの贈り物である。渡されたくしを胸に抱くさえ。

「ありがとうございます。私一生大切にします」

「オレはさえを一生大切にするよ」

「んもう、お前さまったら…(ポッ)」

 そして夕餉の後に、隆広待望の閨の時間が訪れた。またさえに灯を消してくれと言われた。最初は贈り物をくれた日だから、夫の望みに応えて明るい部屋での閨に挑戦したが、やっぱりダメだった。別に体に火傷もケガの跡もない真っ白い肌なのであるが、どうやら生来の恥ずかしがりやらしい。

 

 翌朝、隆広は愛馬のト金にさえを乗せて、一乗谷へと駆けた。昼には到着し、さえは懐かしい一乗谷へとやってきた。

 九頭竜川沿岸に行くと人だかりが出来ていたので、一瞬隆広はまた流されたのかと思ったがそうではなかった。人々は九頭竜川の川面を穏やかにゆらゆら揺れる舟橋に見入っていたのである。中には歌人もいて、舟橋を題材に和歌を詠んでいたりもした。

「きれい…」

 さえも見入った。

「あんなに人が渡ってもビクともしていないですね」

「ああ、辰五郎殿がずいぶんと設計にこだわっていたからな。架橋は初めてだと言っていたが、どうしてどうして良い仕事だ」

 

「おや、御大将じゃない」

 川沿い近くの宿屋の女将であった。流された橋を見て『大雨のたびにこれでは困るわ』と言っていた女で、隆広の舟橋案に『すごくいい智恵』と絶賛したのも彼女だ。

 彼女は町の女たちに呼びかけ、職人や工事に携わる男たちに積極的に給仕をしていた。橋が完成すれば町の名物になり、経営する宿屋が繁盛するかもと思い工事中は彼女も懸命に働いていたのである。隆広の部下たちが『御大将、御大将』と隆広を呼んでいたので、自然彼女もそう呼んだ。

「あら、かわいい奥さん、御大将もスミに置けないわねえ」

「そうでしょう、自慢の妻なんです」

「んもう、お前さまったら」

「見てよ御大将、この賑わい! ウチの宿屋なんてお客さんでごった返しているわ」

「そのようですね」

「これも御大将のおかげよ。もう少し私も若かったら床の上でお礼したいくらいね!」

 さえの顔から一瞬笑顔が消えた。

「あら怖い怖い! それじゃ邪魔者は退散しますね! あははは!」

 

「さえ」

「はい」

「オレは舟橋の完成より、こうして一つの名物によりたくさんの旅人が領内に来てくれる事の方が嬉しいよ。あの宿の賑わい。歌人が風流にひたれる町。今は一乗谷のほんの一角だけかもしれないけれど、これを越前全体に及ぼしたいんだ」

「はい、さえも素晴しい事と思います」

「お、さえ、そろそろ渡れそうだぞ! 行こう!」

「はい!」

 舟橋を歩き、川面からの風を気持ちよさそうに受けるさえ。美しい髪を流す姿に隆広は思わず見とれてしまう。水しぶきを避ける仕草さえ愛しくてたまらない。

 何度もさえは橋を横断した。それは自分の故郷の窮状を救った夫の仕事が心から嬉しかったからだった。

 その日のうちに、隆広とさえは北ノ庄の自宅に帰った。前日の夕食は隆広が饒舌になったが、今日はさえの方が饒舌になった。舟橋と、なつかしい一乗谷に行ったことがそうさせたのだろう。閨のあとの寝物語でも、二人はお互いの息がかかるくらいに顔を寄せて語り合ったのだった。

 

 数日後、隆広は勝家から与えられた資金を持ち、府中城の前田利家を訪ねた。

「あの地帯を美田に? そんなの可能なのか?」

「はい、しかし資金はそれがしの見積もりの半分である二千貫しか殿より調達できませんでした」

「四千貫もかかるのか…」

 柴田勝家からの使者である。前田家の重臣一同も揃っていた。残る二千貫の負担はできるかと利家は家臣たちに目で尋ねたが首を振られた。

「ですが前田様、あの地を開墾すれば三万三千石が六万石になるのでございますよ」

「まことか!?」

 家臣たちも顔を見合わせた。

「はい、この測量図を見て下さい!」

 隆広は図面を見せて、その上に用水路をしいた完成予定を描いた薄い紙を重ねた。利家は食い入るように見つめ、家臣たちも詰め寄って見た。

「九頭竜川の支流から水を引き田に入れれば、たちまち美田です。また府中城の九頭竜川支流は氾濫した歴史がない。四千貫の投資は二年もあれば戻るでしょうし、何より美田を与えられた民たちの民心が上がるのは大きいと思います」

「だがな隆広。勝家様にはそなたがおろうが、当家にはあまり土木の指揮に長けた者がおらんのだ。戦場の猛将ならたくさんおるのだが…かといって、新たに召抱えたとしても新参者に多大な国費を与えてそんな事業を任せるのものォ…。またそなたに頼むも、それでは前田家に人なしと笑われるだけじゃ」

「では一人、数日それがしにお預け下さいませんか。現場に赴いて具体的な方法や、資金の割り当てを僭越ながらご教授させていただきまする」

「かまわんぞ、誰にする?」

 隆広はもう決めていたように、その男を指名した。

「利長殿、貴殿だ」

「オ、オレ?」

 前田利長、前田利家の嫡男である。隆広より二つ年下で、現在十三歳。

「隆広、息子はまだ子供だ、荷が重い」

 利家は武勇があまり優れない利長を評価していなかった。

「いえ、大丈夫です。失礼ながら利長殿の事は調べさせてもらいました。利長殿は北ノ庄城の文庫(図書館)から、貞観政要や孔孟の書を借りておられた。武芸が苦手なら智の技でとお考えだったのでしょう。そして爪の間にある墨の跡。書き写して内容を習得しようと思った証にございます。違いますかな利長殿」

「い、いや、そんな…」

 父の前田利家は息子がそんな書を読んでいたと初めて知った。

「また十三歳のお若さなら、知識の吸収も早い。お預け願いたい」

「分かった、息子を頼む」

「では利長殿、ご一緒に参りましょう」

「は、はい!」

 隆広は利長を連れて城主の間から出て行った。

「ふっはははは」

 利家は突然笑い出した。

「どうされた殿?」

 と、前田家臣の村井長頼。

「だって可笑しいだろう、親父のワシが知らぬ息子の得意分野を隆広は見抜いていたのだぞ。参ったのォ、ふっはははは」

 隆広は、現場を歩いて利長につきっきりで開墾の方法を教えた。やはり隆広が見込んだだけあり利長はどんどん新田開発に伴う土木の知識を真綿が水を吸収するかのように学び取った。

 資金の分配から、人の使い方など後に君主としても役立つ知識を隆広より教えられた。この縁からか、利長は隆広を兄のように慕い、この後共に柴田家を支えていくことになるのである。

 そして五日もたてば、隆広が任せられると思うほどに知識を得た。それを利家に披露させた隆広。

「…と云うわけでございまして、当初柴田家から与えられた二千貫を用いて開墾の様子を民たちに見せ、その間に民たちに徹底してこの地に出来る美田がどれだけ自分たちを豊かにするか教えます。そして少しずつ銭を出させるのです。自分たちの投資した銭が美田に変わる。無論、その美田に愛着も湧きます。そして同時に民たちは前田家から農耕や用水の知識を得ますから、強力な味方になるかと!」

 ポカンとして息子利長の意見を聞く利家。重臣たちも頼りない若君と思っていた印象が一変してしまった。

「利長、今まで教えたのは机上のこと、それを現場で生かせるかはそなたの器量次第だ。主家の行政官として期待している」

「お任せください!」

 いつの間にか、隆広は利長を呼び捨てで呼んでいた。親しみの表れである。

「では前田様、それがし龍門寺城の不破様にも同様の用件がございますれば、この辺で」

「あ、ああ…気をつけてな、何なら当家で龍門寺城まで護衛するが…」

「いえ、城下の宿屋に部下を待機させています。大丈夫ですよ!」

「そうか」

 隆広が府中城を出てしばらくすると

「隆広―ッ!」

 利家が追いかけてきた。彼の妻まつも一緒だった。

「前田様?」

「城主の間では家臣たちの手前言えなかったが、礼を言うぞ、利長はまるで別人のように凛々しくなりよったわ!」

 母のまつもわずか数日の隆広の薫陶で息子が凛々しくなったと感じ、利家の前で言った意見を伝え聞いて舌を巻いていた。

「母として本当にお礼を申し上げます。僭越ながら知識だけ与えてもああは変わらないはず、隆広殿は利長に何を言ったのですか?」

「大したことは言っていません。『お前に任せる、頼りにしているぞ』だけです」

「『お前に任せる』…」

「そうですまつ様、利長は叱咤して化ける男じゃない、認めて、褒めて化けさせたのです」

「隆広殿…」

「それではこれにて」

 歩き去る隆広の背を見ている利家とまつ。

「母親失格ですね…。今まで頼りなく書ばかり読んで部屋に閉じこもっている利長を叱ってばかりの母親でしたから…『褒めて化けさせる』なんて考えもしなかった…」

「前田家は隆広に返しつくせない恩義を受けた…。次期当主の利長を一人前にしてくれたのだから。あの地域が美田に変わり石高が上がるよりもオレは嬉しい」

「殿…」

「これから利長を認めて褒めてやればいい。そうでないと利長が隆広に取られてしまうぞ!」

「くすっ…。そうですね」

 

 隆広は龍門寺城の不破光治を尋ねた。だが不破家もまた土木の指揮に長けた者がいなかった。今度は当主の子を指名しなかった。隆広は不破家の家老である不破助之丞の息子の角之丞を責任者に指名した。

 父親の不破助之丞自身が、この子の代で我が家は潰えるとまで言うほどの頼りない息子で、隆広より一つ年下の十四歳。まだ寝小便の悪癖が治らない少年だった。角之丞を指名した時、当然の事ながら光治も助之丞も無理だと言った。

 だが隆広はこの角之丞も化けさせてしまったのである。六日の間隆広に新田開発と引水、資金の分配、人の使い方を教え込まれた。この六日間、彼は一度も寝小便をしなかった。

 六日後に主君光治に堂々と開墾の主旨と実行方法を述べたときは光治と助之丞はポカンとまるでキツネに化かされたような顔をしていた。

 利長の時と同様に、隆広は府中城と龍門寺城に来る前に、北ノ庄の文庫を訪れ、前田と不破の子弟で貞観政要などの政治書を何冊も借りている者をあらかじめ調べておいた。それに該当したのが前田利長と不破角之丞であったのである。

 息子を見事なまでに生まれ変わらせてくれた隆広に不破助之丞は涙を流して感謝し、年頃の娘もいた彼は『側室にどうでござろう』と勧めるほどだった。不破角之丞は後に隆広と義兄弟の契りを交わし、不破光重を名乗り、隆広と共に柴田家を支える武将になる。

 

 隆広は二つの城の開墾を自分の知識を分け与えた若者二人に任せて、あとはたまに主家の行政官として視察に来る程度だった。二人は隆広の期待に十分に応え、見事に不毛な雑草地帯を美田に作り変えたのだった。

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