天地燃ゆ   作:越路遼介

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いよいよ隆広三傑が揃いました。しかし一陪臣の家臣にしては破格の豪華メンバーですよね。


前田慶次

 水沢隆広は兵糧奉行の任務を解かれて再び新田開発の担当となった。隆広指揮の開墾ならば、どんどん越前は石高が上がる。当主柴田勝家からすれば兵糧奉行一つに置いておけない。

 勝家が隆広を兵糧奉行にしたのは、隆広の仕事を兵糧管理の者たちに浸透させるのが狙いだった。それが成され、かつ不正を働いていた者たちを除くという嬉しい副産物もあった。もはや隆広抜きでも兵糧の徴収も管理も問題ない。だから兵糧奉行を解かれ、再び新田開発の担当者となった。本城の北ノ庄にもある不毛な雑草地帯を美田に変えるのが仕事である。利長や角之丞が抜群の成果を上げていると聞く。師匠として負けられない。

 柴田家の開墾は兵たちが中心になって行うが、その地が田畑として実りが期待できるほどになるとすべて民に貸し与えた。柴田家は適切な土地の借用代と一部の収穫品しか取らない。柴田式の兵農分離とも言えるだろう。無論、前田利長、不破角之丞も同じ方法を執った。

 

 また隆広は今回の北ノ庄での仕事と云うのが嬉しかった。毎日家に帰れて、さえと会えるのだから。奥村助右衛門も時にクワを握り汗をかいた。昔では考えられない自分だった。だが田畑を耕していると、カタブツの彼も人はこうあるべきなのかもしれないと思ってもいた。

 そんな隆広たちの開墾の現場に前田利家が陣中見舞いでやってきた。隆広は勝家に呼ばれて現場に留守だったが、側近の助右衛門が出迎え、陣中見舞いの握り飯と水を丁重に受け取った。

「ありがたく頂戴します」

「ああ、遠慮なく受け取ってくれ。しかし、さすがは隆広自らやると違うな。利長の作った美田も見事だがやはりまだ隆広には叶わないな」

「そんな事はございません、若君の作られた水田も我らの田畑に引けはとりませんぞ」

「あっはははは、助右衛門も隆広と云う主君を得て人間的に丸くなったな。野良仕事に汗をかくと同時に近寄りがたいカドが取れたかもしれぬな」

「そ、そうですか?」

「そういえば…そなた慶次には会ったのか?」

「は? あいつ越前にいるのですか?」

「何だ知らなかったのか。府中城下に住んでいるよ。相変わらず変人だが」

「いや、それは存知ませんでした…」

(久しぶりに訪ねてみるか…)

 

 前田慶次、彼こそが『主人利久の明け渡し状がないかぎり城は渡せない』と奥村助右衛門が荒子城に立てこもった時を共にした男である。わずか二人で五百の前田利家勢を相手にしたのである。

 その後に慶次は叔父の前田利家を通して織田家中に籍を置くものの、とにかく変わり者で、どの隊にも敬遠された。主君で叔父の利家、同じく伯父の滝川一益さえ困り果てている。前田利家も若い頃は傾奇者と知られていたが、その範疇さえ凌駕する。

 滝川一益と前田利家が出た戦場によく加わっていたが、気に食わなければ命令も聞かない。

 しかも戦場では『一騎駆け』を好み、三国志の趙雲子龍が主人劉備の子を抱いたまま敵軍の中を一騎で駆け抜けたかのように、慶次も数々の合戦で一騎駆けをやり、しかもほとんど手傷を負っていない。

 彼に憧れる若武者が後をたたず、マネをして討ち取られる事が多々あった。その家族は『前田慶次の責任だ』と言い出したが、慶次本人には怖くて言い出せない。しわ寄せは主人の滝川一益や前田利家に向けられた。

 軍律を乱す事多々にあったが、実際に手柄を立てているので部隊長も何も言えない。眼光だけで敵を射すくめ、素手でも鎧武者を殴り殺すと言われた彼は、非常に上に立つ者に恐れられた。さしもの滝川一益、前田利家も持て余す豪傑。それが前田慶次だった。奥村助右衛門と同じように、優秀すぎて、強すぎて上将に敬遠された武将と言える。

 

 彼は前田利久の実の子ではなく、一説では滝川一益の従兄弟である益氏の子と言われている。益氏の側室に利久が一目惚れして、利久が益氏に頼み込んでもらいうけた。

 だがその時にすでに慶次を宿していたのである。利久はそれを責めることなく、家督も継がせた。だが結局は利家が前田の名跡を継いでいる。周りは『無念の人』なんて言っているが、彼は歯牙にもかけていない。

 今は府中城の利家の下で働いてはいる。風流を愛する教養人ではあるが、政務能力は無きに等しい。だが並外れた胆力と戦闘力を持っている彼は、まさに合戦のためにこの世に生まれてきた武将であった。

 だが、あまりにも利家の言う事を聞かないので、あの加賀大聖寺城の戦いからも外されている。評定にも呼ばれなくなったので、愛馬の松風と共に出奔でもしようかと考えていた。奥村助右衛門が府中城に慶次を訊ねようと訪れたのはそんな時だった。

 

「おお、助右衛門ではないか。久しぶりだな」

「ああ、朝倉攻め以来だな。元気そうで何よりだ」

「元気? まあ体だけは丈夫だからそう見えるかもな」

「なんだ? また利家様とケンカでもしたか?」

 久しぶりの友との再会。二人は酒を酌み交わした。

「ところで、助右衛門は最近、主を見つけたそうだな」

「ああ」

「お前ほどの男が、信長公の直臣と云う身分から陪臣になるのを受け入れた主人とはどんなお方なんだ?」

「正確に言えば陪臣の臣下だ。だから信長公の家来(勝家)の家来(隆広)の、そのまた家来になったわけだ」

「左遷か、そりゃ?」

「とんでもない。あのまま安土城の武家長屋でくすぶっているよりは遥かにマシになった。我が殿には二人しか家来がいないゆえな。毎日忙しい。それに身分は足軽組頭のままだ。別に降格と云うワケでもないぞ」

「なんて主君だ?」

「柴田家足軽大将、水沢隆広様だ。御歳十五になる。いやそろそろ十六かな?」

「じゅっ、十五ォ? お前そんな小僧に? それに水沢って…まさか?」

「そうだ、美濃斉藤家の名将、水沢隆家殿のご養子だ」

「隆家殿の…」

「言っておくが、養父の七光りで足軽大将になったわけではないぞ。武勲も立てているし、何より民を第一に思う行政手腕は素晴らしい。オレはあの方に惚れているのだ」

 慶次はその十五歳の小僧に興味が出てきた。気難しい助右衛門が『惚れた』と言うまでの小僧はどんなものなのだろうかと。

「面白いな、見てみたいぞ。その小僧を」

「小僧と云うな、オレの主だぞ」

「すまんすまん、隆広殿をこの目で見てみたいな」

「隆広様は北ノ庄南東の地域の開墾指導しておいでだ。来てみるか?」

「ああ、どうせヒマだしな」

 

 助右衛門と慶次は隆広が新田開発の指導をしていると云う場所に向かった。だが行き先にだんだん不安を覚えた。城下町をやや外れたその場所は不毛な雑草地帯である。

「おい助右衛門、この先は確か不毛な雑草地帯だぞ。岩もゴロゴロしていたはずだ。そんなヤセ地を開墾しているのか?」

「まあ黙ってついてこい」

 慶次の言う、その不毛な地帯が見えてきた。だがそれは『元』のカンムリをつけるだろう。

「ありゃ?」

 それは整地されて、水を満々と浸した良田が広がる地帯になっていた。

「い、いつのまにこんな…」

「隆広様は本職の農民が舌を巻くほどに農耕の知識があり、用水引水にも長けている。部下たちも働き者だし、なにより働き手の領民たちを使うのが上手でな。この辺の采配はオレも遠く及ばんわ」

「お前にそこまで言わせるとは大したものだな…で、お前の主君はどこに?」

「ん~、お、あそこだ」

 

 隆広は平等な用水配分を主なる農民に指導していた。あまり学問を知らない領民に理解しやすい説明で、傍らにいる石田佐吉も舌を巻いていた。

「いいか、水はみんなのものだ。自分の畑にばかり水をどんどん入れようなんてダメだぞ。そういうずるいことしたヤツにはオレが怒るぞ」

「へい、わかりました」

「ずるいことをするとどんな風に怒られるので」

「怒鳴って怒鳴って怒鳴る。ツバで顔がビッショリになるまで怒鳴る。そして往復ビンタ。以上だ」

「うへえ、そりゃ恐ろしいですね。わかりやした。間違ってもそんなマネはいたしませんし、させません」

「それと先日に行った刀狩りであるが、鉄に戻して鍬や鋤に作り直した。元々はそなたらの持っていたものから作ったものだ。今公平に新品を渡すからな。大事に使ってくれよ」

「おお、そりゃあ助かります!」

 

 農民の娘たちが遠巻きでウットリして隆広を見ている。そして近隣の子供たちなのだろうか、早く隆広にかまってもらいたいのか、彼の用事が済むのを今か今かと待っていた。

「なるほど…女子にも子供にも好かれる特技をお持ちのようだな…それにしてもどこかで見た気が…」

 慶次は隆広の顔に見覚えがあるような気がして、懸命に記憶を辿っていた。

「農民への指示が終わったようだ。行くか慶次」

「いや、どうやら童たちにご主君は取られてしまったようだ。彼が人物と云うのは十分に分かった。ぜひ酒を酌み交わしたいのだが場を取り持ってくれぬか?」

「分かった。今我らは城下の『亀屋』と云う宿に本陣を置いている。今日の夜にでも来てくれ。隆広様に伝えておく」

「北ノ庄でやっている開墾なのに、わざわざ宿屋を陣にしているのか?」

「来てくれれば、その理由が分かるさ」

「あ、ああ分かった…」

(しかし、どこで見たんだ? 覚えがあるぞ…)

 

「おんたいしょー、あっちで戦ごっこしようよ~」

「おんたいしょー」

「おんたいしょー」

「こらこら童ども! 御大将は忙しいのだ。お前らハナタレとの遊びに付き合ってなど」

「うるさいなー、下っ端のりさぶろーには聞いてないよ~」

「な、なんだとぉ! このガキャア!」

 子供たちはサッと隆広の影に隠れた。

 

「ま、まあ矩三郎、子供の言う事だ。怒るなよ」

「そーだそーだ!」

「大人気ないぞ、のりさぶろー」

「だが下っ端はあんまりで…」

「コホン、矩三郎殿の怒りはもっともです。まったく最近の童ときたら下品で」

「うるさいなーイヤミの佐吉~」

「イ、イヤミの佐吉…? 勝手に変な名前をつけるんじゃない!」

「キャー」

「おんたいしょー怖いよ~」

「おいおい二人揃って大人気ないぞ」

 慶次は感じた。あんな風に童が心から慕う将がこの日の本にどれだけいるだろうかと。

「子供の目はごまかせぬ…。本物だな」

(しかし…どこかで見たんだよな~あの隆広殿を)

 

 その夜を慶次は心待ちにしていた。男に会うのにこれだけ胸ときめくのは初めてである。そして夜になり、隆広一行が本陣にしている宿屋に向かった。

 しかし慶次は面食らった。サシで隆広と飲みたいと思っていたのに、亀屋は隆広一行を慕う町民農民でごった返していた。

 開墾当初は本陣を構えたりはしなかったが、隆広の私宅に隆広やその部下たちを慕う者の来客が頻繁に訪れるので、接客だけでさえは目を回してしまう。仕方なく隆広は今回の開墾中は、さびれていた城下の宿屋を本陣にした。赤字続きで頭を抱えていた亀屋の主や女将が歓喜したのは言うまでもない。

(なるほど、こういうことか。よほど人に好かれる特技をお持ちらしい…。しかし困った。落ち着いて隆広殿と飲めぬではないか)

「前田様ですね?」

「あ、ああそうだが」

「手前は水沢隆広配下、石田佐吉です。主君隆広が心待ちにしています。こちらへ」

「あ、ああどうも」

 慶次は佐吉に宿屋の離れに連れて行かれた。

「こちらです。助右衛門様もお待ちですのでごゆるりと」

「かたじけない」

 佐吉は宿の広間に戻っていった。どうやら客の歓待を任されているらしい。

「コホン、前田慶次でございます」

「どうぞ」

 慶次が戸をあけると、隆広が下座で慶次を待っていた。助右衛門はその傍らにいた。

「お待ちしていました。本来ならばそれがしが出迎えに行くべきですが民たちに捕まってしまいますので臣下の佐吉を迎えに出しました。お許し下さい」

 丁寧に礼儀を示して慶次を迎えた隆広。思わず恐縮してしまう慶次。

「い、いえ」

 隆広は下げていた頭を上げた。すると…

「あああッッ!」

 慶次の顔を見るなり隆広は驚きの声をあげた。

「いっ?」

 自分の顔見て驚く隆広に慶次も驚いた。

「うッ?」

 助右衛門は飲んでいた酒を吹き出した。隆広は立ち上がって、慶次の手を両手で握った。

「今日はなんと嬉しい日だ! あなたと再会できるなんて!」

「や、やっぱりお会いした事があるのですな?」

「? やっぱりって事は慶次も会った事があると思っていたのか?」

「ああ、だが申し訳ないことにどこで会ったかと思い出せずにいてな…」

「石投げ合戦です」

「ああ! そうだ!」

 慶次は拳で手を打った。やっと思い出したのだ。

 

 今から五年前、慶次は森可成が治める美濃金山城下で隆広に会っている。あの森蘭丸をヘコませた石投げ合戦の日であった。

 木曽川の川原で二十六対四の戦いが始まろうとしていた。隆広はそれを土手に座り眺めていた。当時十歳の竜之介である。慶次が松風に乗ってそこを通りかかった。

「石投げ合戦か…おい、坊主。おまえどちらが勝つと思う?」

 土手に座る坊主頭の少年に慶次は馬上から聞いた。少年は答えない。

「聞こえないのか? 坊主」

 少年は慶次に静かに振り向いて言った。

「…人にものを尋ねるのなら、まず馬を降りるのが礼儀ではないのですか?」

 慶次は面食らった。六尺五寸(197センチ)はある自分の体躯を見ても、少年は毅然として馬を降りてから聞けと言ってきたからである。

「いや、これはすまなかった。許されよ」

 素直に慶次は松風を降りた。

「それがしは前田慶次と申しますが、ご貴殿は?」

「美濃正徳寺の坊主で、竜之介と言います」

「ほう、勇ましい名前ですな。で、竜之介殿はどちらが勝つと?」

「数の少ない方が勝ちます」

「それは何故でございますか?」

「数が多い方は、数に頼り油断します。少ない方は少ない分だけ一致団結しますし、そして必死になるからです」

 歳からして九歳か十歳くらいの坊主がずいぶんと大人びた見解をするものだと慶次は感心した。

「なるほど、しかしそれだけでは勝つ理由にはなりませんぞ」

「今に分かります」

「面白い、では何か賭けませぬか?」

「いいですよ。では竜之介が勝ったらその馬に乗せて下さい」

「ま、松風に?」

「はい」

「まあいいでしょう、それがしと共に乗れば危険もございませんし」

「いえ、竜之介一人に乗せてください」

「え、ええ?」

 慶次は困った。松風は自分以外の者に背中を委ねるのを極端に嫌う。こんな少年が乗ったら派手に落馬し命すら危ない。いつもなら拒絶する賭けであろうが、慶次はこの少年に興味も出てきたので、賭けを受けた。

「分かりました。ではそれがしは多勢の方に賭けますが、私が勝ったら竜之介殿は何をくれますか?」

「竜之介は何も持っていません。何も差し上げられませんから約束だけします」

「約束?」

「竜之介は後に武士になるため、父に寺にて養育されています。大きくなって武士になり一角の大将になれたなら、あなたを側近として召抱えます」

「は、はあ?」

 この小僧はいったい何を言っているのかと、さすがの慶次もあっけにとられた。

「さ、始まりますよ」

 

 石投げ合戦が始まった。一定の距離を保ち、塹壕に隠れながらお互いに石を投げあう。戦闘不能になるか、お互いの塹壕に掲げてある旗を取られたら負けである。

 多勢の二十六人の少年たちは武家生まれゆえに父親から刀や槍の訓練も受けているので体も大きく、チカラもある。反面小勢の四人の方は町民の子なので、チカラはなく、体も小さい。誰が見ても四人に勝ちはないと思える。

 だが結果を見てみれば、乱法師(後の森蘭丸)率いる二十六人は小勢の四人に負けてしまった。小勢は実質四人ではなく五人だったのである。土手で見物していた竜之介が小勢側の大将であり、竜之介の考えた作戦と道具に翻弄され続けた。前面に集中しすぎた乱法師一党の背後に竜之介は静かに回りこみ、乱法師の旗を取ってしまったのである。乱法師は歯軋りするが後の祭りである。

「きったねえぞ! 一人だけ分かれて見物のふりしているなんて!」

「チカラのないものは智恵で。多勢に小勢で対するときは作戦をもって! それが工夫と云うものですよ、乱法師殿」

 小勢の四人は竜之介に駆け寄った。

「やったやった―ッ! 侍の子に勝ったぞ―ッッ!」

「さすがはオレたちの見込んだ大将だ!」

 

「はっははははッ! まさか竜之介殿が小勢の大将だったとは。この慶次、してやられましたな」

「では、その馬に少し乗せてもらいますが、よろしいですか?」

「どうぞ」

(面白い小僧だ…本当に松風に乗れるかもしれぬ…)

「少し高いな…」

 竜之介は松風の横腹をポンポンと軽く叩いた。すると松風は四本の足を折り曲げた。つまり竜之介が乗りやすいように馬体を低くしたのである。これは慶次もあぜんとした。こんなしおらしい松風を見た事なかったからである。自分と初めて会ったときは手のつけられない暴れ馬だった松風がすすんで背中を委ねたのである。

「よしよし…」

 竜之介は松風に乗った。そして走り出した。慶次が落馬の心配をしたのがバカらしくなるほどに竜之介の馬術は巧みだった。

「あの小僧、面白い!」

 

 そしてそれから五年、竜之介は水沢隆広となり前田慶次との再会を果たした。隆広十五歳、慶次二十五歳であった。

 

「いや~まさかあの時の小坊主殿が水沢隆広殿とは驚きましたな」

「私もあの時にお会いした武人が前田慶次殿とは知りませんでした」

 慶次は隆広が自分の事を覚えていてくれたのが嬉しかった。そして立派な若武者に成長していた事が。

「生意気な坊主だと思ったでしょうね」

「ええ、そりゃあそうです。初めてでしたよ、人にものを尋ねるのなら馬を降りてから聞けと言われたのは。それに…」

「それに?」

「『何も差し上げられないから約束します。一角の大将になったらあなたを召抱える』なんて言われたのも」

「確かに申しました。不愉快に感じたでしょうね、申し訳…」

「とんでもない」

 慶次は手を出して首を振った。

「男はあのくらいハナッぱしらが強くてちょうどいい。しかし嬉しい、もしかするとこの日が来ることをお互いに分かっていたのかもしれませぬな」

「え?」

「隆広殿、一つお聞きしていいかな?」

「はい」

「もし…あなたが天下人となったのなら…この日の本をどうしたいですか?」

「それがしが天下を取ったなら…ですか?」

 傍らで助右衛門も黙って聞いていた。主君がこの質問にどう答えるか彼も興味ある。

「そうですね…とにかく戦のない世の中を作りたいと思います。それがしの養父も戦に巻き込まれて死にましたから…。そして民百姓が笑って暮らせる政治をしたいです。産業も興して海の向こうの国と交易などもできたらと思います。その基盤を作ったなら、さっさと次に席をゆずって妻とのんびり暮らしたいですね」

「そうですか、なら私ですが天下人になったら、と云う話ではなく『夢』を」

「『夢』ですか」

「はい、それがしの夢はこの世で一番の漢になることです」

「一番の漢?」

 志ない者は笑い飛ばすような夢。隆広は笑わなかった。助右衛門も。

「しかし…どうしたらなれるか具体的な方法が分かりませぬな。だけど一つだけ今分かりました。それは仕えがいのある日の本一の大将の元で一番の槍働きをすることがそれがしの夢への道ではないかと悟りました」

「前田殿…」

「あの時の賭けは隆広殿の勝ちでございますが、こうして再会して酒を酌み交わしたのも何かの縁でございます。約束を果たしていただけませぬか?」

「え…それはつまり…」

 慶次は立ち上がり、ヒョイと隆広を軽く持ち上げて上座に座らせた。そして自分は下座に座り、隆広に深々と頭を下げた。

「この前田慶次郎利益、あなたの家臣となりましょう」

「そ、それは本当ですか!? 貴方ほどの武人がそれがしのような若輩者に!?」

「優れた若き主君を盛り立てていく。これは武人として中々やりがいのある事でございます。そして何より…」

 慶次は杯を隆広の前にズイッと出した。

「楽しい酒をずっと隆広殿と飲みたいのです」

 慶次からの杯を受けて一気に飲み干す隆広。隆広もまた慶次に杯を返す。慶次もまた一気に飲み干した。

「今日はなんて素晴らしい日だろう。慶次殿と再会できたばかりか、それがしの家臣になってくれるだなんて。ではさっそく利家様に許しを得ないと」

「それは心配無用です」

 と、助右衛門。

「え?」

「それがしの方で利家様に許しはもらっておきました。利家様も『あの暴れ馬を優男の隆広がどう乗りこなすか見てみたい』と言っていました」

 隆広と慶次はあっけに取られた。

「じゃ助右衛門、オレが隆広殿の家臣になると云う事を…」

「長い付き合いだからな。それよりこれからはオレとお前は隆広様の両翼だ。唐土の劉備に仕えた関羽と張飛のごとき働きを見せようぞ!」

「おう!」

「では慶次殿、いや慶次。そして助右衛門、君臣の杯をかわそう。二人ともこの隆広が間違った事をしそうな時は遠慮なく叱ってくれ。頼むぞ!」

「「ハハッ!」」

 こうして、戦国時代最大の傾奇者、前田慶次は水沢隆広に仕える事になった。奥村助右衛門と前田慶次は後の世に『隆広の関張』と呼ばれ、まさに三国志の関羽と張飛のごとく若き主君を支える忠臣となるのである。




原作ゲームでは利家が隆広に『あいつを使ってやってくれ』で、苦も無く慶次が隆広の家臣となりますが、やはりそれでは面白くないのでご覧のとおりとなっております。連載中は、とにかく慶次をカッコよく書こう!と心がけておりました。

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