天地燃ゆ   作:越路遼介

27 / 176
水沢軍の旗印【歩】は言わずもがな、北島三郎さんの歌『歩』を基にしています。好きなんですよねぇ『相手が王将だろうと一歩も引かぬ』と云うところが。


旗印【歩】

 翌日、北ノ庄城の錬兵場。よく晴れた日であった。錬兵場には隆広が最初に登用した三百の兵。伊丹城で隆広の計らいに心を動かされた五百の兵、養父隆家の旧家臣の子弟八十人。そして勝家が最近に行った兵農分離にて徴兵した新兵の一千。辰五郎の工兵隊の四十名。合わせておよそ千九百名。これが隆広が柴田家の侍大将となり、最初に得た兵である。

 千九百の兵は整然と並び、主人の声を待っていた。新兵の千名も隆広の名前は十分に知っていた。若いがかなりの器量を持った武将と聞いている。貧しい農民の三男や四男たちは勝家の兵農分離の公募に応募したが、できれば水沢隆広の元で働きたいとみなが考えていた。そしてそれは見事に叶ったのである。

 結成の鼓舞をするために隆広が乗る中央の台座の左右には奥村助右衛門と前田慶次が控えていた。

 柴田勝家と妻の市も、結成の儀を見届けるため、床机に座り隆広が現れるのを待っていた。前田利家、可児才蔵、金森長近、不破光治も招かれており、同じく床机に座って待っていた。佐久間盛政、佐々成政、柴田勝豊も招いたが、やはり欠席されてしまった。

 しかし柴田家中でその力量を認められた隆広軍団の結成の儀である。勝家の家臣団である毛受勝照、徳山則秀、中村文荷斎、拝郷家嘉などそうそうたる武将たちも出席した。

「そろそろかな…」

 勝家が隆広のいるであろう陣幕の向こうをチラリと見たと同時だった。

 

 バサリ

 

 隆広が陣幕を払い、そして前田慶次と奥村助右衛門の間にある台座に向かった。いつも結っている髪も下ろし、垂らした長髪の先を白帯でまとめてある。

 着ている鎧は初陣の時に勝家がくれたもので少し古いがさえの繕いで新品同様とまではいかないが、隆広の気品に劣るものではない。

 陣羽織はさえとの祝言の日に勝家がくれたもの。勝家同様に赤い陣羽織で、黒一色の鎧にそれが見事に映えた。

 携える脇差は森可成がくれた関の刀工の一品、大刀は父の隆家が元服の時にくれた二振りのうちの一振り『福岡一文字』。

 小野田幸之助が整然と太刀持ちとしてそれを持ち、水沢家家紋の旗『梅の花』を高崎次郎が掲げ、昇竜の前立ての武者兜を松山矩三郎が恭しく両手で持ち同じく歩む。

「ああ…なんと凛々しい若武者ぶり…」

 市は嬉しそうにつぶやいた。

 

 そして最後を歩く石田佐吉。彼も旗を持っていた。白地に隆広の手で書かれた、それは大きな文字であった。一つだけの文字。それゆえ見た瞬間にそれは分かる。それは『歩』と書かれていたのである。誇らしげにそれを持つ佐吉。これが水沢隆広の軍旗『歩の一文字』である。その旗を見て勝家はニッと笑った。

「あやつ…! やはり『歩』を受け継ぐか!」

「あれが有名な『歩の一文字』なのですね?」

「そうとも市! 我ら織田勢は斉藤陣にあの旗が立っていると震え上がったものだ」

「懐かしいですな利家様、『歩の一文字』…。それがしも美濃斉藤家の出ゆえ、味方としてあの旗を眺めていたものですが、どんなに頼もしい旗に見えたか…。そして隆広と歳が同じころに見た隆家様にどんなに憧れたものか…」

「ああ才蔵、逆に我ら織田の者にとっては戦場で一番見たくなかった旗だ…。まさかあの旗が柴田陣に掲げられる日がくるとはな…」

 実はさえもこの軍団結成の儀に来ていた。錬兵場の隅っこでチョコンと立ち、木陰から見ていたのである。

「お前さま…最初が肝心なんだから…! しっかり!」

 

 隆広は台座の上に立った。

「うん、みんないい顔だ。大将として嬉しく思う。改めて名乗る、オレの名前は水沢隆広、十六になったばかりだ。大将なのに、たぶんこの中で一番の年下だろうな。一部にはこんな子供と思うものもいるだろう。だがしばらくはガマンして仕えてくれ。もうじき大人にもなるだろうから」

 少しの冗談が入った言葉ではあるが、兵士は誰一人笑わない。隆広の眼が笑ってはいないからである。

「まず、これを言っておく。みながオレの兵になる経緯に五通りある。オレが寄騎として戦場に出るために殿からいただいた三百名、先日の伊丹城の戦いで、落城後にオレに仕えると申し出てくれた五百名、養父隆家の旧家臣の子弟たち、殿の兵農分離で新たに北ノ庄に兵士として迎えられた新兵の千名。そして旧知の縁からオレにチカラ添えしてくれることになった工兵四十名。

 以上であるが、よいか、オレは閥を絶対に許さない! 千九百名といっても、大いくさでは小勢の方に入る。しかしこの兵力で最大限のチカラを発揮しなくてはならない! そのためにはまず皆の融和が不可欠なのだ。槍ぶすまで分かるであろう。あれは槍隊が穂先を揃えて一斉に突撃するからこそ人数以上の絶大な攻撃力を生む。閥ができて、味方すら信じられなくなったらその軍勢は終わりだ。閥を作らぬのは、つまりそなたたちのためでもある。戦に勝って、恋しい娘と再び会いたければ、まず隣の者と仲良くするのだ! よいな!」

「「ハハッ!!」」

「そして戦場において、オレの両脇にいる奥村助右衛門と前田慶次の言葉はオレの言葉と同じである。そして内政主命のおりは、旗を持つ石田佐吉と工兵隊長辰五郎の言葉も、オレの言葉と同じである。さよう心得よ!」

「「「ハハッ!」」」

「我らの旗印を見るがいい。見ての通り白地に『歩』。言うまでもなく将棋の駒の『歩』と云う意味である。オレが亡き養父の水沢隆家から水沢の名と共に受け継いだ。父はこう教えてくれた。『歩の気持ちを忘れてはならぬ、人間はチカラを持つと歩の時の気持ちを失う。絶対に歩の心を忘れてはならぬ。ワシは常にそれを戒めるために旗を歩とした』と。

 聞いたのはこれだけだが、オレはさらに二つの意味を加える。集団合戦において、諸兄ら兵士は『歩』である。だが歩のない将棋は必ず負ける。だからオレは諸兄らを大切にする。粗略に使われたと思ったなら、いつでも今持っているヤリをオレに向けよ。士を遇さぬ将には似合いの最期である。つまり将にとり『一番大切にせねばならぬのは戦場の最前線で汗をかき、必死になっている【歩】』、これを自分に常に戒めるための意味だ。そしてもう一つ! これが大事だ、耳の穴かっぽじてよう聞け!」

 勝家さえ、隆広の名調子に引き込まれてしまう。齢十六歳とは思えない口上に隆広の兵士たちもゴクリとツバを飲んだ。

「二つ目の意味は、大将のオレ! 将たち! そして諸兄兵士らが頭に叩き込まねばならぬ意味だ。歩は一歩一歩、前だけに前進する、つまり!『相手が王将だろうと一歩も引かぬ!』さよう心得よ!」

「「「オオオオオオ――ッッ!!」」」

 兵士たちは刀、槍を高々と掲げ、大将隆広の鼓舞に応えた。中には感涙している者さえいた名調子であった。『歩のない将棋は必ず負ける』『相手が王将だろうと一歩も引かぬ』と云う隆広の言葉は自軍の旗である『歩の一文字』を誇りに思わせるに十分な言葉であった。

 特に水沢隆家の旧家臣子弟の面々は幼い頃から父に教えられていた『歩の一文字』の旗の心。もう戦場で見られることはないと思っていた父たちの誇りの旗。涙に歩の文字が揺らぐ。

 隆広の養父、水沢隆家の旧家臣たちの子弟は、高崎次郎や星野鉄介の他にも、その後に仕官者が続出した。隆家両腕と云われた二将の子が再び水沢家に仕える事になったと伝え聞き、帰農していた他の隆家家臣団も『我が息子も若殿に』と思い、隆広の兵となった。

 養父の家臣たちの子とて特別扱いはない。総数八十名集まった隆家家臣団の子弟たちはすべて下っ端からの出発である。だがそれは望むところ。ここからあの若き大将を盛り立て成り上がればいいのだと覇気に溢れていた。そしてその誇りと云うべき軍旗『歩の一文字』はより彼らを感奮させた。

 水沢家滅んでも、彼らの父たちは主君の歩の心を愛し、尊敬していた。そして今からそれは自分たちの誇りの旗となった。

「あの旗の元で生きよう!」

 誰からか、彼らの中で旗を見つめてそう言った。

「「おおッ!」」

 みな同じ気持ちだった。

 

 伊丹城の敗残兵の若者たち。心無い者たちから卑怯者村重の兵と笑われた事もある。だが彼らは確信していた。あの大将についていけば間違いないと。

 単に自分たちの命を救ってくれたからではない。偃月の陣の用兵、水攻めと云う電撃的な戦法、彼らは初陣さえ済ませていなかったので出陣が許されず、隆広と直接に対決はしていない。だが敵として対したのは変わらない。水沢隆広がどれだけ恐ろしい男であるかを彼らは知っていた。

 もう荒木の殿のような部下を平気で見捨てる大将はこりごり。我が身省みず、自分たちの命乞いをしてくれたあの方こそ我らの主。命を助けられたのを働いてお返ししようと誰もが思っていた。

 伊丹城の敗残兵たちは隆広のためなら命も要らぬと云う軍団に変わっていたのだ。我らを敗残兵と笑うなら笑え、だが今に見ていろと彼らもまた覇気に溢れていた。

 彼らが主君水沢隆広と共に軍神上杉謙信に挑むのは、これより一年後である。『勇将の下に弱卒なし』、これが戦国後期最強の軍団と言われる事になる水沢隆広軍の強さであった。

 

「ではさっそく訓練に入る! 戦は各々が勝手に武器を振り回し、馬を走らせているだけでは勝てぬ。作戦を練り、将兵がその作戦通りに動いて、初めて勝利に繋がるものである。聞けば、隆広の軍勢は『愚連隊』『敗残兵』『新兵』の寄集めなどと言われているが、それで結構。これから変われば良いのだ。一糸乱れず規律正しく、戦場を縦横に動き、一個師団として精鋭部隊として生まれ変わる。そのつもりで励んでくれ! オレも偉そうに高いところから指示を与えず、そなたたちと共に汗を流して訓練に励む! 頼むぞ!」

「「「ハハッ!」」

 

「では市、行くか」

 満足そうに勝家は床几から立った。

「え? 隆広や兵たちに何もお言葉をおかけにならないのですか?」

「バカを言え、今偉そうにワシがしゃしゃり出たら、あの士気が下がるだけだ。それにワシがいては隆広が遠慮して訓練の妨げにもなろう」

「そうですね」

「利家、才蔵、そなたたちも帰るのだ。先輩面が偉そうに訓練を見ていると若い連中はイヤがるぞ」

「はっ!」

 各将たちが引き上げる時、勝家は中村文荷斎だけ呼び止めた。合戦時において、ほとんど北ノ庄留守居が多い彼であるが、それゆえに勝家からの信認が厚い老将であり、孫のような歳の隆広へもきちんと礼儀と筋目を通す武人である。

「文荷斎、そちはどう見た?」

「先が楽しみでございますな。最初は兵士の裂帛の前に何も言えぬのではないかと思いましたが…いやいや容貌と異なり猛々しさは一個のもののふでござる」

「そうか、文荷斎に認めてもらえる将ならば安心だ」

 この当時、老臣に認めてもらえない若い将はダメ武将と云う印象があった。特に文荷斎はめったに人を褒めない老臣として柴田家中に知れ渡っている。それが絶賛とも言える形で褒めた。これで隆広はほぼ柴田家中で認められた事になる。無論、一部は除いてではあるが。

 木陰でさえは兵士を鼓舞する夫の姿をウットリとして見ていた。

「あああ…なんと凛々しい…(ポッ)」

 しばらくさえはその余韻に浸っていた。

 

 数日もすると、工兵をのぞく千九百名の兵は隆広の合図ひとつで整然と動き、法螺貝や陣太鼓と合図で右に左に一糸乱れずに縦横に動いた。弓隊(盾、射手、矢の渡し手の三人一組で形成される)は『エイ、エイ、オウ』の呼吸で迅速かつ正確に矢を放つに至った。

 実戦経験のない新兵たちも、隆広の統率力でしばらくすれば屈強の兵に変わった。槍兵の槍ぶすまの横から見ると一直線に見えたほどで、騎馬隊は武田騎馬軍団さながらの機動力を発揮し、陣太鼓の音を合図に、時に陣を魚鱗、鶴翼に変えることができるほどの見事な統率を見せたのである。後に勝家もその軍事教練を見ることになるが、感嘆し『なんと見事な』と、隆広の部隊を絶賛したと云う。

 軍団結成から、わずか数ヵ月後で隆広の部隊は柴田家の精鋭とも言っていい軍勢ともなったのである。

 

 そして同時に行政官も担当している隆広である。訓練の合間に佐吉と辰五郎と共に北ノ庄の町づくりに励んでいた。楽市楽座の導入で町はだいぶ繁栄を見せ始めていたので、隆広は勝家に城下町の水運導入を進言した。つまり『堀割』である。当時の都市で掘割運河による高瀬舟の水運は欠かせないものであった。

 多少工事に金はかかるが、完成した場合その水運から生まれる利益は軽視できないものがある。高瀬舟水運について、隆広は町民に分かりやすく説明した。小型の舟であるが船体が高いので積載量十分な舟を城下町と近隣の村々の年貢米、木炭、薪、塩、海産物、日用品等を水路で流通させる。楽市楽座を導入した今、その水運によりどれだけ町が潤うか察するに容易だった。

 隆広御用商人の源吾郎は惜しみなく資金を提供し、他の楽市楽座商人も水沢様の仕事ならばと、進んで資金を出した。彼らとて掘割が完成したら、その恩恵に与る事は必定である。勝家から許された資金を合わせれば十分に完成に至れる資金となった。

 また、隆広は兵士や工兵、雇った人足に無理をさせなかった。訓練も内政主命の作業も、その日その日夕刻になるとピタリと止めさせていた。当時としてはほとんど異例であるが、その無理をさせない待遇が、より素晴らしい成果を生み出したと後の歴史家も見るところである。

 兵士の松山矩三郎が『我らを夕刻で帰せば、御大将も夕刻に帰られる。つまり御大将はかわいい奥さんと毎日会いたいからでしょう』と冗談で言うと、隆広は胸を張って『そうだ』と言ったと云う笑い話もある。

 

 そして、そんな隆広の姿をずっと観察していた男がいた。北ノ庄城下町の楽市楽座を取り仕切る源吾郎である。掘割資金を提供したように、彼はずっと隆広に商人として接していた。彼の息子である白も同じである。

 藤林一族の上忍でもある源吾郎は伊丹城の合戦、兵士の訓練、図抜けた行政手腕を見て、ついに彼は一つの決断に至った。

「本物だな、まさにお父上を思わせる…。いやそれ以上か。隆広殿は藤林一族が全力で補佐するに足る器だ」

 彼は息子の白に里へ使者として出向かせた。父の源吾郎、忍者名柴舟の書状に目を通す棟梁の銅蔵。

「なるほど、辛口家の柴舟が褒めちぎっておる。里が首を縦に下ろさなければ、自分と息子だけでも隆広殿に仕えるとまで言っておるわ。で、白」

「はい」

「お前は北ノ庄の領民として隆広殿の仕事を手伝った事はないのか?」

「ございます。『掘割』の作業で人手が足らないと云うので隆広様が城下町で人足を公募しましたので応募しました。隆広様は私に気付いたようですが、普通に仕事を割り当てられました」

「ふむ、それで?」

「はい、とにかく人の使い方が上手で驚きました。貧しい者たちにもちゃんと声をかけられ、休息と食事も十分に与え、そして掘割が完成したら、どれだけ暮らしが楽になるかをつぶさに、かつ無学の農民たちにも分かりやすく説明しておりました。怠けるものもなく、皆が生き生きと働いており、そして十分な賃金を支払いました。それも人足一人一人に自分の手で渡されておいででした。あれならば水沢様のためならばと思う民も多いでしょう。若い娘に人気があるのは容貌が美男と云うだけではございませぬ」

「なるほど行政官としては一流と言っていいな。では戦場ではどうか?」

「伊丹城攻めの時には私も兵に紛れ込んでいました。偃月の陣による野戦での勝利、敵の伏兵を見抜く眼力。何よりあの電撃的な水攻め。さしもの佐久間と佐々も認めざるを得ない働き。また遡れば大聖寺城での門徒との戦いでは声一つで敵を退かせ、鉄砲もついでにいただいてしまうと云う働き。この才能は評価に値すると思います」

「そうか、白、お前も隆広殿のために働きたいと考えておるか?」

「無論です」

「さすがは私の乳を吸った男児!」

 銅蔵の妻のお清は、また自分の乳房を誇らしげに叩いた。

「お前さん、すでに太郎さんや大介さんの子らも隆広殿に仕えているし、私らだけもったいぶって動かないのは隆家様に申し訳ないよ!」

「そうだな。よし、腹は決まった! 舞! すず!」

「ハッ」「ハッ!」

「お前たち、白と共に北ノ庄に赴け。そして隆広殿に伝えよ、藤林一族は水沢隆広殿にお仕えすると!」

「「ハッ!」」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。