天地燃ゆ   作:越路遼介

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千代と与禰姫

 長浜城主の山内一豊の元に一通の書状が届いた。それは柴田家商人司の吉村直賢からの書だった。

「ふむ、一豊相分かったとお伝えあれ」

「はっ」

 直賢の使いは一豊から色よい返事を持ち、敦賀の町に帰っていった。

「さて、千代、千代はおらんかー」

「はーい」

 山内一豊の妻、千代がやってきた。

「何でございましょう」

「ふむ、明後日に柴田家の水沢隆広殿と吉村直賢殿がやってくる。料理番へ明後日には良い魚と肉を仕入れておくよう伝えよ」

「まあ水沢様が?」

「知っておるのか?」

「はい、伊丹の戦で黒田官兵衛様をお救い下された方にございましょう? また竹中様の義弟とも伺っています」

「そうだ。殿は以前に官兵衛様をお救い下された隆広殿を長浜に招いてもてなしたいと言っておられた。今までお互い多忙で今日まで至ってしまったが、公人で来られるとは申せ良い機会だ。羽柴家の恩義は当家の恩でもある。十分におもてなししなくてはならん」

「承知いたしました。琵琶湖の幸と近江の肉を仕入れてさせておきます」

「ん、頼むぞ」

 一豊は隆広の来訪を知ると、以前に秀吉が言った稚児の話をしてみようと思った。だがすぐに首を振り“それは僭越”と思いやめた。秀吉もそれは望まないだろう。

 しばらくすると台所の方から黄色い声が聞こえてきた。水沢隆広と云えば絶世の美男子としても有名である。それがやってくると言うのだから山内家の女たちの期待が高まった。

(ふん、どーせオレは美男とほど遠いわい)

 むくれた自分自身に苦笑した一豊だった。そして二日後、水沢隆広と吉村直賢がわずかな供を連れて琵琶湖を下り長浜城にやってきた。長浜城の城下町は琵琶湖と隣接している。かつて羽柴秀吉の本拠地として栄えた城下町は一豊の手に渡っても衰えは見せていない。山内家は一豊をはじめ、長浜に到着した隆広一行を丁重に出迎えた。

 

 一豊の予想通り、隆広が長浜城に入るや山内家の女たちは色めきたち頬を染めた。もっとも隆広はまったく気付いていないが。

 隆広と直賢の用向きは、越前敦賀と近江長浜の琵琶湖交易である。敦賀港は今や柴田家の大事な財源として栄えに栄えて日本海屈指の貿易港に変貌している。

 敦賀の地から南下してすぐに琵琶湖はある。羽柴家の城下町として栄えだした長浜との交易は柴田と羽柴双方にも悪い話ではない。しかし柴田勝家と羽柴秀吉は不仲である。今までその利を知りながらも歩み寄ろうとはしなかった。今回の話についても正直勝家は良い顔はしなかった。しかし“柴田家と越前の利になりますれば”と隆広に懇願されて勝家は許した。秀吉もまた、一豊から報告を受けたが秀吉は『城主の良きように』と返事を出している。彼自身が警戒しだしている水沢隆広が柴田の窓口ではあるが、隆広であるがゆえ長浜に多大な利があるだろうと秀吉は見た。案外、敦賀との交易をもっとも望んでいたのは秀吉であったかもしれない。敦賀との交易で得た利益の四分の一を羽柴家に収める事を条件に、秀吉は一豊に敦賀との交易を許した。

 

 長浜城ですぐに水沢隆広、吉村直賢と山内一豊、弟の康豊、山内家家臣の五藤為浄(吉兵衛)、祖父江勘時(新右衛門)と一秀(新一郎)親子、そして長浜城下の主なる商人たちが要談に入った。およそ一刻半(三時間)の要談の結果、ほぼ五分の条件における越前敦賀と近江長浜の琵琶湖交易が成立した。

「お殿様、これで長浜の楽市はいっそう栄えますぞ! 我ら以前から敦賀と販路を結びたいと思っておりました。ようやく念願かないました!」

「そ、そうか」

 商人たちはニコニコして一豊に礼を述べて、要談の間から出て行った。

「殿、城下の商人たちは殿を認めたようにござるぞ」

 と、五藤為浄。

「そ、そうか」

 領主として、城下の商人に認められる認められないでは大変な違いである。敦賀との交易を取り付けた一豊は思わぬ副産物が嬉しかった。

(城持ちとは結構大変だ)

 と思っていると

「一豊殿、先日は手前の嫡子が生まれた祝いの品、かたじけのうございました」

 公の話は終わったので、隆広は私に戻り一豊に礼を述べた。

「いえいえ、大した物もお贈りできず」

「竜之介の産着、あの色とりどりの着物はそれがし惚れ惚れいたしました。竜之介が長じても寸法を直して着物にしていきとうございます」

「家内の作りましたものにございます。手前の女房は日の本一の裁縫上手にございましてな」

 日の本一番の裁縫上手はオレの妻だと反論したかった隆広だがそこは堪えた。

「つきましては、返礼をと思いまして」

「返礼など」

「いえ、大したものにございません。一豊殿は蕎麦好きと聞いていたので…」

 包みと瓢箪を一豊に差し出す隆広。

「越前蕎麦にございます。で、この瓢箪に入っているのが蕎麦つゆにございます」

「これはありがたい! 手前は蕎麦に目がないのでございますよ」

 

 しばらく歓談していたが、吉村直賢が小声で言った。

「殿、そろそろ時間が…」

「あ、そうだったな。では一豊殿、それがしらはこれにて」

 隆広と直賢は一豊に一礼して立ちあがり帰ろうとするが

「ちょ、ちょっと待たれよ!」

「は?」

「それではあまりにつれないではござらぬか。当羽柴家はかつて隆広殿に黒田官兵衛殿を救われた恩義がござる。主君秀吉に代わり本日要談を変えたら歓待するつもりでござったのに用が済んだらさっさと帰るとは!」

「い、いや…別に他意はないのですが…」

「急ぎの用がないのなら、ぜひ本日は長浜にお泊りあれ。当家の女たちも織田家一の美男子に料理を食べてもらおうと励んでおられるゆえ!」

(殿、それがし明日はチト用事が…)

 吉村直賢が隆広に耳打ちするが

(それはオレだって同じだ。でも観念してくれ。せっかく商談が上手くいったのだから!)

(はあ、では北ノ庄に使いを出しておきます)

「何をブツブツ言っておられる?」

「い、いや! こちらの話にございます一豊殿! でもそうですか! それがしらのためにかような準備を! ありがたく馳走になりまする!」

「そうと決まれば、さっそく宴にございます。康豊、千代に宴を始めると伝えよ!」

「ハッ!」

 

 その夜、長浜城では水沢隆広を歓待する宴が開かれた。無論その家臣の吉村直賢や供に来ていた隆広と直賢の部下たちも歓迎を受けた。

 一豊の妻の千代が台所を指揮して料理と酒を運ばせる。城持ちになったとはいえ山内家のフトコロはまだまだ苦しい。だが千代は夫一豊に恥を欠かせまいと家計をやりくりして宴では琵琶湖の幸と近江の鶏肉を用意した。千代の料理は美味だった。愛妻さえ以上の名料理人はいないと思っていた隆広であるが、それが揺らぐほどである。

「美味しゅうございます。一豊殿の奥方は料理自慢にございますな!」

「そうでござろう。千代は日の本一番の料理上手な女房にござる」

 日の本一番の料理上手はオレの妻だと反論したかった隆広だがそこは堪えた。しかしこうまで妻を自慢する人も珍しいなと自分の事を棚にあげて思う隆広だった。

「いや、かえって恐縮してしまいます。商談に来たのにこんなに歓迎されて」

「なんの、官兵衛殿を救出していただいたのですから羽柴家として当たり前の事にござるよ」

 やがて料理を出すのも落ち着き、千代がやってきた。改めて隆広に礼を示した。

「山内一豊の室、千代にございます」

「水沢隆広にございます。数々の美味、隆広満足いたしております」

「それはようござりました」

 顔をあげて隆広にニコリと微笑む千代。良妻の鏡と伝えられる山内一豊の妻千代は一豊の母親である法秀尼に見込まれて一豊に輿入れした。

 法秀尼は息子の一豊が仕官先を求めて放浪の旅をしていた時、近江宇賀野の土豪長野家に身を寄せていた。その時に近所の娘たちに裁縫を教えていたのだが、その教え子に千代がいたのである。千代は近江飯村の武士である若宮喜助友興の長女として生まれ、長野家のあった宇賀野には女童の足でもすぐに辿り着いた。それで一豊の母の法秀尼に裁縫の手ほどきを受ける事になり、法秀尼は利発で聡明な千代を気に入り“一豊の妻に”と熱望し、やがてそれは実現に至ったのである。

 母親の勧めと云う縁であるが、一豊は幼な妻の千代を大切にし、惚れぬいている。そんな夫の愛情を一身に受けているゆえか、千代の笑顔は眩いばかりに美しいものだった。隆広は

(何て素敵な笑顔をしておられるのだろう)

 そう思わずにはいられなかった。だがすぐに

(まあ、さえには及ばないが)

 と考え直した。そして宴の時、山内一豊の一人娘である与禰姫が舞いを披露した。当年七歳であったが、父母の愛を一身に受け、それは美しい女童だった。

 その舞いのとき、与禰姫は隆広の顔をチラチラと見ていた。七歳の女童でも絶世の美男子と呼ばれる隆広に胸をときめかせていたのであった。舞いが終わると

「なんと見事な」

 拍手する隆広に与禰姫は

「あ、ありがとうございましゅ」

 顔を真っ赤にしてかしずいた。その顔を見て千代は

「あらあら、姫ったら顔を真っ赤にしちゃって。織田家二番目の美男子にかかっては姫もイチコロね」

 と、カラカラと笑った。

「は、母上!」

 母の言葉にますます顔を赤らめる与禰姫。

「千代、隆広殿以上の美男子とは誰なのだ?」

「うふ♪ 一豊様」

「ば、ばか者!」

 ドッと宴の席が笑いの渦に包まれた。最初は緊張していた与禰姫も母の言葉で落ち着き、ちゃっかり隆広の横に座っていた。

 

「あ、そうだ。今の舞いのお礼に…」

 隆広は持ってきていた巾着袋から長方形の包みを取り出した。

「ほら、与禰姫殿。南蛮のお菓子『カステーラ』です」

「南蛮のお菓子?」

「はい、ほら、アーン」

「アーン」

 与禰姫のクチにカステラを入れた。

「……」

「どうですか?」

「お、美味しい! 甘くてふっくら!」

 残りのカステラを包んで

「ほら、あとで母上と一緒に食べるといいでしょう」

「ううん! ぜんぶ姫が食べちゃう!」

「まあまあ、よっぽど気に入ったのですね。そのお菓子が」

 カステラの包みに頬擦りする娘の姿に千代は微笑んだ。

「姫、水沢様大好き!」

 と云う具合で与禰姫はとても隆広になついてしまったのである。隆広自身が子供好きであるからだろうが、とにかく彼は子供に慕われる男だった。特に女童に。

 与禰姫はその夜は水沢様と一緒に寝るとダダをこね出した。当然隆広は遠慮を申し出たし、いかに七歳と云えども自分以外の男の横に蒲団を並べる事を一豊も不愉快だったが与禰はどうしても水沢様と一緒に寝たいとダダをこねる。千代も苦笑し隆広に娘の願いを聞いてくれるよう頼み、不快を顔一杯に出している一豊をうまくなだめた。だが、これが一つの運命との巡り合わせであった。その夜…。

 

 ズズズ…ゴゴゴ…

 

「…?」

 一豊は地から響くような音を感じて、パチと目を開けた。

「…地震か? おい千代、起き…」

 かたわらに眠っている千代を起こそうとした、その瞬間!

 

 ドドドッッッ!

 

「うあッ!?」

「か、一豊様!」

「い、いかん! こんな激震では城はもたぬ! 急ぎ外に出るのだ!」

「は、はい!」

 この日、長浜はすさまじいほどの地震に襲われた。世に言う『江北大地震』である。城下の建物は倒壊しだし、そして築城の名手羽柴秀吉が建てたこの長浜城も城壁にヒビが入り、屋根の瓦がどんどん落ち出した。

 一豊と千代が起き上がりかけた瞬間だった。天井の梁が真っ逆さまに落ちてきた。

 

 ドドンッ!

 

 辛うじて二人は避けたが、その梁が落ちてきた場所はいつも与禰姫が寝ていた場所だった。戦慄する千代。もし今日ここで与禰姫が寝ていたのなら、確実に圧死していた。畳に深くめり込む梁を見て、しばらく呆然とする千代に一豊は敷き蒲団をかぶせて抱いた。

「外に出た瞬間に瓦が落ちてくるかもしれぬ! 頭を出すでないぞ!」

「は、はい!」

「急ぐぞ!」

「はい!」

 しかし、廊下に出たとたんに天井の柱が落ちてきた。何とか深手を負うような打撲を避けられた一豊と千代だが、気を失ってしまった。

 

 やがて地震はおさまったが、長浜城と城下は全壊状態だった。さきほどの悲鳴がウソのように止み、静寂に包まれていた。

 半刻ほど経ったろうか、ようやく気が付いた一豊と千代。二人はすぐに客間へと駆けた。長浜城の西の丸にある客間。そこが隆広と吉村直賢の寝所である。与禰姫も隆広と一緒にいる。千代は裸足のまま駆けた。

「ハァハァッ!」

「お方様! ご無事でしたか!」

「新右衛門、吉兵衛! 与禰姫は!」

「我々も客間へと走っていたところにございます! さあ!」

 吉兵衛が千代に草履をはかせた。一豊も追いかけてきた。

「与禰は、与禰姫は!」

 一行はたいまつを持ち、客間へと駆けた。そして客間に到着したとき、千代は失神しそうになった。客間は完全に潰れていたのである。一階平屋の西の丸客間。見るかげもなく潰れている。

「さ、さがせ! 与禰を! 与禰姫を探し出すのだ!」

 山内家臣は大急ぎで客間に崩落した倒壊物と落下物を除去しだした。

「ひ、姫―ッ!」

「姫様―ッ!」

「与禰! 与禰ェッ!」

 千代は泣きながら、指先を血で真っ赤にしながらも角材や壁土をどけて娘を捜し求めた。一豊も血相を変えて捜している。

「与禰! 与禰!」

 千代は涙も鼻水も流すに任せて、髪の毛も振り乱して娘を捜した。

(与禰! 与禰ェ!)

 その時だった。騒然とした現場でひときわノンキな言葉が聞こえてきた。

 

「よいしょっと!」

 落下した天井板が勢いよく宙を飛び、下から腕がニョキっと出ていた。

「ふう…やっと軽くなった」

 そこには隆広がやれやれと立っていた。そして腕には

「与禰!」

「千代殿、与禰姫は無事です。ほらこうしてスウスウと眠っています」

 与禰姫は地震があった事など知らなかったかのように、グッスリと眠っていた。

「ああああ…ッ!!」

 千代は感涙して与禰を隆広から取り抱きしめた。

「ああ、せっかく寝ていたのに…」

「与禰…与禰…ッ!!」

「母上、そんなに抱きしめちゃ痛いよ…」

「良かった…良かった…!」

 一豊は娘の無事に体のチカラが抜けたか、ペタと座り込んだ。

「無事だったか…」

「あの一豊殿」

「な、何でござる」

「隣室に部屋を貸していただいた手前の家臣の吉村はまだ埋まっております。助けてはいただけないでしょうか」

「は…?」

 吉村直賢の寝ていた部屋も倒壊していたが、まったく視界に入っていなかった一豊と山内家臣たち。真っ青になった一豊。

「こ、これは申し訳ござらぬ! 急ぎ吉村殿を救助せよ!」

「「ハハッ!」」

「すぐにお助けいたすゆえ! しばしお待ちを!」

「いや、声は聞こえていたので大丈夫に…」

 

 ドサッ

 

「隆広殿?」

 隆広は倒れた。一豊が隆広を見ると背中からおびただしい出血をしていた。

「こ、これはいかん! すぐに医者だ!」

 隆広と与禰姫はさすがに同じ蒲団ではないが、隣り合わせた蒲団で部屋の中にいた。眠る前に与禰姫は隆広にお話をしてほしいと要望されたので、かぐや姫や鶴の恩返しなどの話を聞かせていたが、やがてスウスウと眠ってしまった。隆広もそれを見て眠ったが突如の大地震に襲われた。

「いかん、この城郭は持たない!」

 さっきまでスヤスヤ幸せそうに眠っていた与禰姫も起きて

「み、水沢様、姫怖い!」

「大丈夫です。さ、外へと…」

 

 ドドッ

 

 屋根が倒壊してきた。

「ちっ!」

 隆広は与禰を抱きかかえて倒壊物に背を向けた。

 

 ドドッ

 

「ぐあっ!」

 天井の重みを隆広は一身で受けた。

「ぐぐ…」

「水沢様!」

「だ、大丈夫ですよ。必ず外に連れ出して差し上げますから…」

 隣室の客間に寝ている吉村直賢を呼んだ。

「な、直賢! 無事か!?」

「はい、上手い具合に倒壊した壁と天井の隙間にございます」

「そうか。すまんが今そちらを助けにはいけぬ。オレも天井の板と梁の下敷きになっている」

「殿、大丈夫にございますか?」

「ああ、幸いに頭には何もぶつからなかった。打った衝撃は背にあるが手足も無事だ」

「良かった…」

「一豊殿と千代殿は無事だろうか…」

「分かりませぬ。ここは城の中心から外れた城郭の客間ゆえ一階平屋ですが、もし城が崩れていたら…」

「朝を待って徐々に抜け出しを図ろう。夜ゆえ何も見えない。朝の光をたよりに障害物をどけながら何とか脱出するんだ。今は動かず朝を待て」

「承知しました」

 暗闇に目が慣れてきた隆広が与禰を見ると、与禰はガタガタと恐怖で震えていた。

「そうだ、さきほどはかぐや姫と鶴の恩返しのお話をしましたね。これから金太郎と牛若丸のお話をお聞かせいたしましょう」

「水沢様…」

「昔、昔…ある村にそれは相撲の強い男の子がいました。その子の名は…」

 と、怯える与禰にずっと童話を聞かせた。するとだんだん与禰から恐怖は消えうせ、隆広の腕の中でスウスウと眠り出した。

「ホ…」

 隣にいる吉村直賢が

「はっははは、相変わらず殿は子供に好かれる名人ですな」

 と、女童をかばう主君に気遣い述べた。

「ありがとう、しかし重いな。…ん?」

「殿、助けが来たようにございますぞ」

『与禰―ッ! 与禰姫―ッ!』

『与禰! 与禰ェッ!』

「一豊殿と千代殿の声だ。無事だったか…」

 そして与禰、隆広、直賢は無事に救助された。他の部屋に通されていた隆広や直賢の部下たちもケガ人は出たが、何とか全員無事だった。隆広は被害のなかった城郭へ運ばれ、丁重な治療を受けた。そして朝に目覚めた。

 

「う、う…」

「お目覚めですか、水沢様」

「千代殿」

 千代は娘の命の恩人に何かあってはと、その後は一睡もせず隆広についていた。

「アイタタ」

「まだ起きては…」

「…それがしの負傷はいかがなものでした? 下敷きになっている時にはさほど感じなかったのですが…」

「はい、骨や臓器には異状なしとの事ですが、裂傷しておりまして出血がおびただしかったのです。倒れたのは貧血が原因と医師が…」

「そうですか…」

「血肉になる鶏肉を調理させておりますので、しばらくお待ちを」

「申し訳ございません、ご迷惑を」

「とんでもない」

 千代は隆広へ丁重に頭を垂れた。

「千代殿?」

「娘の無事、すべて水沢様のおかげです。何かの運命だったのでしょう、いつもあの子が寝ている場所には大きな梁が落ちてきまして、昨夜水沢様と一緒でなければ娘は死んでいました。また崩れた建物の中で娘を守って下されたばかりか不安から解放するために色々なお話を聞かせてくだされたとか。おかげであの子には昨日の地震による心の傷はなく元気そのもの。山内家は水沢様にお礼の言葉すらございません」

「ははは、童を守るのは大人の仕事にございます。礼には及びませんよ。顔をお上げ下さい」

「水沢様…」

 

 隆広が気付いたと聞き、一豊と与禰姫、そして吉村直賢もやってきた。

「直賢、無事だったか」

「はい、殿も大事にいたらずホッとしております。国許に使いを出してしばらく長浜に留まり快癒を図る事は知らせてありますので」

「そうか」

「隆広殿」

「はい」

 一豊もまた隆広へ丁重に頭を垂れた。

「一豊殿…」

「ありがとう、山内家にとり隆広殿は最大の恩人だ…」

「いや、そんな…」

「水沢様、またお話を聞かせて下さいね。とっても面白かった!」

「ええ、それがしのお話で良ければ!」

「姫、水沢様大好き!」

 無邪気に隆広へ抱きつく与禰姫。そんな娘を見て微笑む一豊と千代。しかし水沢隆広と山内一豊、千代、与禰の運命は残酷だった。千代と与禰はこの時に想像もしていないだろう。後に夫が、父が、水沢隆広と戦う事になろうとは。

 隆広が長浜で養生中に山内一豊は羽柴秀吉の出陣命令を受け、手勢を連れ西に向かった。隆広はその数日後に快癒して北ノ庄に帰っている。千代と与禰に見送られ元気に帰っていった。これが水沢隆広と山内家が味方として会った最後の時である。

 

 さて、このころの織田の情勢であるが、羽柴秀吉は毛利に対するため中国へ出陣していて、明智光秀は丹波の平定を完了し亀山城を信長に与えられ、丹波の統治を任されていた。

 織田信長の命令を受けた羽柴秀吉は毛利家を討伐するための西国侵攻作戦を畿内に接する播磨の平定から着手した。同国の黒田官兵衛の姫路城を修築して西征の本拠地に定めると、別所長治の三木城を兵糧攻めで落とし、これを攻略して播磨の大部分と但馬一国の平定が成るや因幡と伯耆に兵を進め、吉川経家の守る鳥取城を攻めてこれを干殺しで攻略した。

 秀吉は『兵糧攻め』を得意としていた。敵兵には刀か槍で殺された方がマシの攻城方法であるが、味方の兵を死なせない点においてはこれほど有効な手段もない。しかし兵糧攻めは金のかかる城攻めであるが、秀吉は織田の軍団長の中で一番の金持ちであったと言われている。柴田家も水沢隆広や吉村直賢の才幹で国庫は潤っているが使用用途が異なった。柴田は領内の政事に、羽柴は軍事にと云うわけである。秀吉は“人たらし”と言われるだけあり、家臣にも優秀なのが多い。

 羽柴秀長、蜂須賀正勝、前野長康、竹中半兵衛、山内一豊、仙石秀久、福島正則、加藤清正、加藤嘉明、黒田官兵衛、大谷吉継と綺羅星のごとくである。

 また秀吉軍は堺や播磨の商人を味方につけて、小西行長などの商才に長けた者も配下に置いた。人も揃い、金もある。また織田信長の四男である於次丸を養子に迎え信長の信頼も厚い。

 そんな秀吉が西の地で縦横に活躍しているころ、柴田家、そして水沢隆広にも再び出陣命令が下命されるのであった。いよいよ石山本願寺の拠点加賀の国。この地の一向宗門徒掃討作戦が実行される時が来たのだった。日本史の中で屈指の大量虐殺と言える加賀攻め。石山本願寺総本山の息の根を止めるには加賀を制圧する必要がある。信長は柴田勝家を総大将として加賀攻めを決断したのであった。




与禰姫は『【アイドルマスター×天地燃ゆ】社長 水沢政勝』で、結構重要なヒロインであったりします。

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