天地燃ゆ   作:越路遼介

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光秀の最期

 ここは姫路城、山内一豊は銭三百貫の入った麻袋を持っていた。

「見よ吉兵衛、秀吉様は姫路城の金蔵と兵糧庫を空にして我ら将兵に分け与えたもうた。もう姫路には戻らぬ気概ぞ」

「殿、これは我らも秀吉様の意気に応え、かつ功名を立てる時にございますぞ。殿は長浜二万石程度で終わる器でござらん!」

「吉兵衛は相変わらず褒めるのが上手い」

 備中にいた羽柴秀吉にも明智光秀の謀反と信長の死は伝えられていた。秀吉は大急ぎで対峙していた毛利と和睦し、驚異的な早さで姫路城へ引き返した。山内一豊も秀吉の家臣としてそこにいる。

「殿、これを大殿の仇討ちの合戦と考えられるな。天下分け目の大いくさにござる」

「そうよな、武士としてかような戦に身を投じられようとは武門の誉れだ。やはりワシは良き主君を得た。千代に感謝せねばな」

「なぜ奥方に? 秀吉様に仕えるよう辞令を出したのは大殿に」

「ヤボを云うな吉兵衛! とにかくワシの千代のおかげなのだ!」

 笑いあう二人。やがて秀吉軍は姫路を出陣して京に向かった。このころになると堀秀政、中川清秀、高山右近らも秀吉に合流し、伊丹城にいた池田恒興、元助、照政(輝政)親子も秀吉についた。やはり変事のあと、すぐに毛利と結び迅速に姫路に引き返してきた事が支持につながっていた。

 主君信長の仇を討つのだと羽柴勢の士気は天を衝かんばかりである。越前から北陸の熊がすさまじい勢いで出てきているとも知らずに。

 

 一方、北陸から怒涛のごとく南下する柴田軍。主君の仇を討つと云う大義名分を掲げるのはやはり強みがあった。味方に付くように要請された蒲生氏郷や九鬼嘉隆は柴田に呼応して挙兵。氏郷も嘉隆も明智に対抗を示しており、かつ柴田の迅速な動きを見て加勢を決めた。

 佐和山城に到着すると、蒲生氏郷と九鬼嘉隆が街道で柴田軍を待っており、丁重に迎えた。休憩所も柴田軍のために作ってあった。強行軍で疲れていた柴田軍には何よりの出迎えだった。気を良くした勝家に両名は加勢を申し出、かつ柴田の信を得ようと人質を出した。二人とも目に入れても痛くない愛娘を人質に出したのだった。しかし“鬼権六”と呼ばれている勝家が二人の姫に優しく微笑み

「おう、めんこい姫じゃ。父上が戦から帰ってくるまで母上と一緒に待っているのじゃぞ」

 そして

「人質はいらぬゆえ、引っ込められよ。両名とワシは共に大殿の下で働いてきた者同士ではないか。水臭い事をいたすでない」

 いかに両名の出迎えで機嫌を良くしていたとは云え、これは破格の事であった。この勝家の計らいに蒲生家と九鬼家は感激し、以後は柴田と陣場を共にする事になる。

 

 一方、明智光秀。彼は安土城で朝廷の勅使を待っていたが、いっこうに来る気配がないので安土城はいったん娘婿の明智秀満に任せて坂本城に帰還し、斉藤利三の報告を受けていた。

「殿、細川親子は我らへの助力を公式に拒否いたしました」

「そうか…」

「大和の筒井順慶殿も居城に篭もり、動こうといたしません」

「…ふむ」

「何故でございましょう。何故我らに誰も味方をいたさぬのでしょう! あの恐怖の魔王を討ったと云うのに…!」

「よせ利三、今の戦力で戦うしかない。羽柴と柴田がこちらに向かっていると云うが二人の不仲を思えば連合して我が軍に向かってくるとは思えん。たとえこちらの方が兵数少なくとも各個撃破すれば勝機は十分にある。羽柴秀吉と柴田勝家を倒しさえすれば世間の我らを見る目も変わろう。歴史は勝者のみが紡ぐ金糸。勝たねばならぬ。今負ければ我らはただの笑い者よ」

「殿…」

「して、羽柴と柴田。どっちが早いか?」

「とは申せ、今しばらくは時がございましょう」

「そうだな…。兵の徴収を急がせよ」

「はっ」

「申し上げます!」

 伝令兵が駆けて来た。

「どうした」

「柴田勝家軍、安土に迫っております!」

 斉藤利三は絶句した。

「なんだと!」

 さすがの明智光秀も呆然とする。

「バカな…早すぎる! 上杉は何をしていた!」

「それが…柴田軍を追撃するも、上杉軍は越中と加賀の国境で進軍をやめてしまい…」

「なんて事だ!」

 その時、明智光秀の脳裏に一人の若武者の顔が浮かんだ。

「その方、上杉への殿軍は誰が務めたと聞いておるか?」

「水沢隆広と伺っています」

「やはりな…」

 フッと光秀は笑った。

「勝家は安土に攻め入るつもりか?」

「城代の秀満様が探らせたところ、柴田勢は安土近くに迫るも攻める意志なく通過の様子。秀満様は出陣の準備をしておりますが…」

「うむ、柴田勢が安土城前を通過したら追撃に出るよう秀満に指示を出せ。我が隊もすぐに出陣する!」

「ハッ」

 

 安土城を直接攻めず前を通過すると云う策を柴田勝家に進言したのは水沢隆広である。

 柴田勢の向かう先は京、朝廷を味方につけようと動いている光秀は京を取られるのを絶対に阻止しなくてはならない。安土城を預かる秀満にすればこのまま柴田勢を行かせるわけにはいかない。

 いっそ安土城を攻めてくれればと思う秀満であったが、柴田軍は安土城を無視した。安土城を攻めたら、たとえ落とせても時間がかかる。あえて城攻めを放棄したのである。だが隆広には狙いがあった。

 柴田の第一陣が安土を通過しつつある。第二陣もそれに続く。双方とも大軍である。蒲生氏郷や九鬼嘉隆軍も加わり、いまや柴田勢は三万二千の大軍である。そして秀満の預かる軍勢は三千ほどである。しかし柴田勢は長蛇の陣で隊列は伸びきり、弱い横腹を秀満にさらしている。討って出るしかない。秀満は決断した。通過したのを見て軍勢後備に追撃をかける。たとえ勝家や名のある大将を討てずとも時間を稼がなくてはならない。

 

 第二陣大将である水沢隆広。彼の元に伝令が来た。

「申し上げます!」

「うむ」

「第一陣最後尾の隊である、徳山則秀隊が安土を通過し終えました!」

「よし」

 安土城を見上げる馬上の隆広。

(安土の城下ですずとカステラを食べたのが、つい最近のように思えてくる…。敵城として安土城を見る事になるとはな…)

 その安土の城下町はひどい有様だった。信長は安土築城の時、畿内の裕福な領民に城下への移住を下命した。だが、その信長が死に、その領民たちは安土を捨てて元々いた地に急ぎ戻ったのである。城主が死ねば城下町はどうなるか分かったものではない。日本で一番に賑わっていた城下町が数日で捨てられた町と化した。

 光秀が安土城を手に入れて、領民に留まるよう呼びかけたが、誰が領主を殺した謀反人に従うであろうか。光秀は安土の民にも見捨てられたのだ。隆広とすずが仲良くカステラを食べた茶店も、今では誰もいない空き家となっていた。

 

 第二陣も完全に安土城前の通過を終えようとしていた頃、隆広の母衣衆が第二陣を慌しく行き来していた。やがて第二陣最後尾からも安土城が見えなくなった。その時、母衣衆の松山矩久が来た。

「申し上げます!」

「うん」

「安土城代、明智秀満! 討って出てきました!」

「来たか! よし第二陣全軍! 手はずどおり取って返し明智秀満を迎撃する!」

「「オオオッッ!」」

 明智秀満は安土城を出て全軍で柴田軍への追撃に出た。そして隆広率いる柴田軍第二陣は、すぐに陣列を編成して安土城に向きなおし魚鱗の陣を構えた。

 隆広は秀満が追撃に出てくる事を読んでいた。そうせざるを得ないからである。だから隆広は昨夜の軍議で二陣諸将にその作戦を述べ、進軍中には母衣衆を使い、実際に周囲の地形を見たうえで各将兵に指示を伝達していたのである。

 第二陣は水沢隆広を大将に、可児才蔵、毛受勝照、初陣の前田利長(利家嫡男)、中村文荷斎、そして援軍に加わった蒲生氏郷と九鬼嘉隆の軍勢である。

 隆広の指示で安土城に背を向けていた柴田軍は百八十度向きを変え、かつ陣形を整え秀満軍の迎撃に備えた。隆広とほぼ同年の武将である蒲生氏郷はその手腕に舌を巻いた。

「なるほど…城を通過すると見せかけて横腹をさらして敵を誘い殲滅か…。武田が三方ヶ原で徳川を討った戦法と同じ。武田の兵法に通じていると聞いてはいたが…これほどに見事にやってのけるとはな…。そして一瞬で陣形を整える統率も見事だ」

 九鬼嘉隆も同じ思いである。

「歳はせがれの守隆と同じくらいかのォ。あの若さで大したものじゃ。伊達に柴田の智嚢と呼ばれておらんな」

 明智秀満軍が水沢軍に迫る。その敵影を見る隆広。

「秀満殿の事ゆえ、柴田の打った手が信玄公が三方ヶ原でやった事と同じ事と分かっているはず。それでも討って出るしかないはず。また追撃に出てこず秀満殿が安土をずっと押さえていたとしても、この先で光秀殿が負ければ明智にとって安土城は存在意義がなくなってしまう。秀満殿は坂本か亀山の城に戻らざるを得ない。安土城は労せず柴田の手に落ちる」

 奇襲とも云える追撃だったのに、秀満が駆けてきた時には隆広率いる第二陣は陣形を整え終えていた。第二陣と云うものは単に本隊の後詰ではない。追撃に出てくる敵を食い止めて本隊を守るのも仕事である。

 ちなみに隆広はこの合戦でも例のごとく兵糧奉行を兼務していた。運搬を迅速かつ円滑に行い、かつ二陣の勤めも遂行できる。勝家が隆広を第二陣の大将としたのは良き登用と言えるだろう。

 

 そして秀満の眼前に広がる敵の姿。完全に迎撃態勢をとっていた。

「クッ…!」

 歯軋りする秀満。秀満は三千、隆広は一万二千、もはや結果は見えているが隆広は容赦なく軍配を下ろした。

「蹴散らせ―ッ!」

「「オオオッッ!」」

 四倍の兵力が、戦場に到着したばかりで何の陣形も取っていない秀満軍に襲い掛かった。もはやひとたまりもない。ここで時間を取られるわけにはいかない。隆広にとり個人的には友である明智秀満。本音を言えば隆広とて戦いたくはない。しかしここは戦場である。

「この采配は隆広殿か…。いくさ場で敵味方として会ってしまったか…」

 フッと明智秀満は笑う。

「友なればこそ容赦はしない! それが武人の心、戦場のならい! お覚悟を秀満殿!」

 この戦いは隆広の圧勝に終わった。命からがら明智秀満は安土城に退却した。

「追わずとも良い! 時間がない、すぐに第一陣に追いつくぞ!」

「「ハハッ」」

 

 水沢隆広の仕掛けにはもう一つ狙いがあった。後詰の計である。光秀は秀満の援軍に向かわなければならない。城代とはいえ一つの城を預けて、そこを攻められたら本隊は援軍に向かわなければならないのである。

 だが勝負は一瞬で終わった。光秀はまだ秀満の軍勢が殲滅された事を知らない。柴田の密偵たちが『柴田軍は安土城を包囲して兵糧攻めを始めた』と噂を流したので、光秀には秀満が城外に誘い出されて壊滅したと伝わっていない。

 戦上手の光秀に、かつ堅城の坂本城に篭もられては時間がかかり、戦場が柴田軍だけでなく、羽柴軍にも介入されてしまう恐れがある。だから光秀とは野戦で戦い、短期決戦で討ち取る必要があるのだ。

 

 明智光秀は娘婿の明智秀満を救う事と、柴田軍を京の地に入れないために軍勢を進めた。彼の頭にはもう柴田と戦う計算もされていただろう。秀満と柴田軍が交戦中に新手として柴田軍に突撃したかったが、そう上手くは運ばない。

 いよいよ柴田軍に明智軍が捕捉された。安土城と京の中間に位置する瀬田(滋賀県大津市)の地で両軍は対峙した。両軍中央には瀬田川が流れる。瀬田は天武元年(六七二年)に壬申の乱における最大の合戦があった地で、寿永三年(一一八四年)には木曽義仲が源義経と源範頼軍に敗れた地である。

 

 明智軍と柴田軍は瀬田の地、瀬田川を挟んで対峙した。隆広率いる第二陣も布陣を終えている。この合戦では隆広は本陣の勝家の傍らではなく、第二陣の大将として前衛部隊の後ろに控えていた。愛槍『諏訪頼清』を握り、馬上で勝家の号令一喝を待つ隆広。

「静かだ…。行軍中はあんなにやかましかったのに、対峙した途端に耳が痛くなるような沈黙だ」

「それがしはこの雰囲気が好きですな。嵐の前の静けさと言うか、とても心地よい」

 と、同じく馬上の前田慶次。朱槍をかつぎキセルを吸って心底その雰囲気を楽しんでいた。

 

「兵力差、およそ二倍だが柴田は越前からの強行軍で疲れていよう、勝機はある。戦は数ではないわ」

 負ける事を知らない明智軍。その強さの要因は光秀の軍才と統率力、そして各部隊長からの指揮系統能力の高さにある。何より主人が謀反を起こすというのに離脱したものは皆無だったと言われる事から、いかに明智主従の君臣の契りが堅いか察せられる。

 しかし光秀の見た“柴田軍の疲れ”は予想を大きく外れている。柴田軍が南近江の佐和山城周辺に入ったころには自軍の忍びや、蒲生と九鬼の忍びの働きで続々と明智の情報が入ってきていた。柴田軍は安土での合戦に入る頃には、すでに無理な行軍はしておらず、野営地でたっぷり睡眠と食事を取っていた。

 この合戦においても、前日は十分に睡眠を取り、一刻前に食事をしたばかりである。後詰の計を仕掛けた水沢隆広は、安土城で明智秀満と戦う前すでに明智軍との衝突地域を

“瀬田で接触の見込み”

 と断言していた。そして、瀬田に入る前に十分睡眠と食事を取るべきと勝家に進言していた。勝家はその意見を入れて、合戦に急く気持ちを抑えて休息を取った。

 その逆が光秀である。織田信長を葬って以来、ロクに睡眠を取っておらず、かつ前日の雨中での行軍で火薬が濡れて鉄砲が使い物になっていない。家老の斉藤利三は、これでは戦にならないと何度も坂本城に引き上げる事を進言したが光秀は決戦を決断した。疲れが勝敗を分けた戦いである。

 先に動いたのは明智軍だった。まず柴田軍左翼、佐久間盛政の部隊に松田政近、並河掃部の部隊が戦闘を仕掛けてきたのだ。その衝突を合図に柴田勝家は全軍に総攻撃開始を命じた。

 

 この時、天正十年六月十三日午後二時。『柴田勝家対明智光秀』日本史三度目となる瀬田の戦いの火蓋は切って落とされた!

 

「かかれぇ―ッッ!」

 さすがに多少の疲れはあっても戦上手の明智光秀、多少の兵力の少なさを補い、一進一退を繰り返す。だが水沢隆広率いる柴田軍第二陣が瀬田川を渡り、蜂矢の陣で明智軍の側面を急襲したのである。

「蹴散らせ―ッッ!」

 水沢隆広の号令一喝、前田慶次の朱槍、奥村助右衛門と可児才蔵の剛槍がうなりをあげて明智軍に迫る。こうなると数の少ない明智軍は形勢不利である。柴田軍は明智軍の二倍の兵力である。地形的にも結果的に不利な場所で戦わざるをえなくなった。

 河川が間にあるとはいえ、ほぼ平野部での戦いでは数の大小がものを言う。いかに精強を誇る明智軍でも、柴田軍は織田家最強と呼ばれた軍勢である。それに蒲生氏郷、九鬼嘉隆の軍勢が加わっているので極めて優勢だった。

 兵数は柴田三万二千、明智一万六千、二倍である。柴田の入京を阻止するため、そして水沢隆広の後詰計により、まんまと光秀は野戦に誘われた。

 織田家一の名将と呼ばれた彼が何故こうもあっけなく柴田の術中に陥ったのか。柴田に神算鬼謀の若者がいたからであろうか? いや、後の歴史小説ではこの時の水沢隆広を唐土の諸葛孔明、張子房のように表現している作品もあるが、それは後世の歴史小説家のひいき目にすぎない。光秀のこのあっけなさは隆広の智略だけではない。光秀自身が極限までに疲れ切っており、信長が『智慧の詰まりしキンカン頭』と評した時の彼とほど遠い状態であったからではなかろうか。おおよそ疲労ほど人の判断を鈍らせるものはない。

 また、変事の前には斉藤利三と明智秀満の忠言はよく耳を傾け、聞き入れていた彼なのに変事後はすべて自分の考えで物事に当たった。主君信長を殺したあと、光秀の精神状態に何らかの変化、いや異常が生じたのではないか。そうでなければ光秀ほどの将が死地に来るであろうか。二十一歳の若者の術中になど陥るであろうか。この明智光秀のあまりのあっけなさは後の歴史家をずいぶん悩ませる事になり、そしてどうして謀反に及んだ事は今もって謎とされている。

 

 圧倒的な劣勢により、末端の部隊はどんどん戦線離脱していった。明智軍は午後四時頃には総崩れとなり総大将の光秀も勝竜寺城に退却した。わずか二時間の攻防戦となったのである。

 瀬田の合戦後、柴田勢は三隊に分かれた。柴田勝家が勝竜寺城、光秀のもう一つの居城である亀山城に前田利家、そして光秀の本来の居城である坂本城に水沢隆広が総大将で向かった。

 隆広の軍勢から蒲生隊と九鬼隊が抜けたが、柴田本隊から不破光治隊が補充され、隆広は可児才蔵、毛受勝照、前田利長、中村文荷斎、そして不破光治を備大将にして瀬田から坂本へと向かった。ふと隆広は勝竜寺城の方角に向いた。

(光秀様…。恩を仇で返し竜之介…。冥府でいかようにもお詫びいたします…)

 明智討伐は水沢隆広にとって武田攻めに比肩するほど気の重い合戦だった。これからの坂本城攻めも同様である。しかし自分は主君より任命された坂本城攻めの大将。戸惑いを見せるわけには行かない。すうっと一つ深呼吸をした隆広。

「では水沢軍、坂本城に向けて出陣いたす!」

「「オオッ!」」

 

 ちょうど同じ頃、播磨(兵庫県)と摂津(大阪府)の国境付近。尼崎にいた丹羽長秀と織田信孝の軍勢と合流して光秀の元を目指す羽柴軍。驚異的な速さで備中高松城から引き上げてきて、姫路城の兵糧黄金もすべて部下たちに与えて士気をあげて進軍した羽柴秀吉の元に戦慄の報告が来た。

「申し上げます!」

「なんじゃ」

「明智光秀と柴田勝家が瀬田の地で激突!」

「なんじゃと!」

「殿…」

 黒田官兵衛の声も届かない。愕然とする秀吉。驚きのあまり馬から落ちた。そしてフラフラと立ち、

「バカな、早すぎる! 権六(勝家)がこうも手際よく越中から戦陣を離脱して、これほど迅速に瀬田になぞ来られるはずが!」

 勝家の性格なら、まずは取った領地を無事に治めてから出陣してくると秀吉は見ていた。しかし勝家は取った領地すべて放棄して越前に引き返した。ハッと秀吉の脳裏に一人の若武者の姿が映った。

「そうか…! あやつか…! 権六にはあの小僧がおった! 不覚じゃ、無念じゃ! あやつの智謀を知っていながらワシの何たる油断! 口惜しや水沢隆広!」

 地団太を踏む秀吉。そしてしばらくすると瀬田の戦いで明智軍が柴田軍に倒された報を受けた。

「すべて終わったわ…。権六の得意顔が浮かぶわ!」

 それを伝え聞いた山内一豊、仙石秀久もあぜんとした。そして誰が柴田勝家を勝たせたのかも悟った。

「何たる事だ…。山内家最高の友が、山内家最大の敵になってしもうた…」

 無念に膝を地に付ける山内一豊。すぐ隣にいた仙石秀久も呆然として立ち尽くした。

「お蝶…。そなたの恩人の子と…戦う事になりそうだ…」

 

 瀬田から坂本城まで進軍する水沢軍。翌日の昼には坂本城に到着できる見込みである。このまま進軍して一気に攻め入ろうと云う意見も出たが、隆広は将兵に無理をさせず野営を命じて休ませた。そして自分の寝所に向かっていると…。

「隆広様」

 陣幕がヒラリと揺れた。

「白か」

「はっ」

「勝竜寺城が落ちたのか?」

「御意、ですが…」

「ですが?」

「日向守の姿はなく、逃げおおせたかと」

「逃げたと?」

「隆広様」

 続いて柴舟が現れた。

「いかがした」

「日向守を見つけたと報告が入りました。坂本城を目指してわずかな手勢で間道を伝い落ち延びているそうにございます。討ち取りますか?」

「……」

「隆広様」

「そうだな、日向守殿に坂本城に入られては城攻めが数倍困難になる」

「ならば藤林の手で討ち取り、首をお持ちします」

 と、柴舟が去ろうとした時だった。

「待て」

「は?」

「オレも行く」

「隆広様…」

「頼む」

「…分かりました。白、陣中に隆広様不在が知れると面倒だ。隆広様の陣屋で影武者として留守をしていよ」

「承知しました」

「すまん白…」

「いえ、日向守殿と今生の別れを済ませてきて下さい。悔いのなきよう…」

「分かった」

 急ぎ隆広は馬に乗り、水沢の陣から柴舟と共に光秀の元へと向かって走った。間道で待機していた六郎と舞、そして他の藤林忍軍も合流し、明智光秀に迫った。

 

「無念だ…」

 光秀は疲労の極地にあった。髪は幽鬼のようにほつれ、目の下はクマ。辛うじて馬に乗っていられる状態である。クツワを取る斉藤利三も瀬田の合戦で受けた負傷で足を引きずっていた。続く兵も一人逃げ二人逃げ、ついに光秀の周りには斉藤利三、溝尾庄兵衛だけになってしまった。そして山科の小栗栖に差し掛かった。

「殿、まだ負けたわけではございませんぞ。坂本に戻れば秀満もおりまする。まだ再起の道も」

 と、斉藤利三。

「三国志の曹操は赤壁の戦いで惨敗しましたが見事に再起を果たしました。殿もその故事にならいませ。坂本にはまだ兵もおりますし、秀満も安土を捨てて我らの城に戻っているはずです」

「利三の申すとおりです。殿しっかりされよ。一度の敗北など次の勝利で晴らせば良いのです」

「すまぬ…利三、庄兵衛…」

 と、家臣の言葉に励まされ光秀が少しの笑顔を浮かべたときだった。

 

 ドスッ

 

「ぐあっ!」

 溝尾庄兵衛の背中に竹やりが刺さっていた。

「ぐああッッ!」

「庄兵衛!」

「殿…! お逃げに…! 落ち武者狩り…に」

「庄兵衛殿! クソ…! こいつら…!」

 斉藤利三と明智光秀の周りには竹やりを持った土民たちが囲んでいた。

「こいつらだ。こいつら殺せば柴田のお殿様からゼニたっぷりもらえるぞ」

「殺せ、殺せ!」

「もはや…これまで…」

 落ち武者狩りに殺されるくらいならと、光秀は脇差を抜いて首に当てた。

「殿…!」

「利三、至らぬ主君であったが今までよく尽くしてくれた。礼を申すぞ…」

「と、殿…!」

 利三の目から無念の涙が浮かぶ。だがその時だった。

 

 ダーン!

 

 鉄砲の音が竹やぶに響いた。

「退け! 退かねば今度は空に向けずそなたらに撃つ!」

「隆広殿…」

 まさに光秀の自決直前に隆広と忍者たちはたどり着いた。土民たちを今度は藤林忍軍が囲んだ。藤林の忍者は隆広と同じで落ち武者狩りをする者が大嫌いである。殺気を込めて土民たちを睨む。

「ひ、ひぇぇぇッ!」

 土民たちは竹やりを放り投げて我先にと逃げ出した。鉄砲を柴舟に渡し、隆広は光秀と利三の元に歩んだ。

「明智様…」

「ふ、とうとう見つかってしまいましたか」

「明智様…どうして…」

「…もう何も聞かれますな」

 悲しく笑う光秀。

「それがしはもう…疲れました」

「明智様…!」

「さあ、お斬りなされ」

「…お逃げを」

「…なに?」

「ですが坂本城に向かってももはや無駄にございます。野に下り名を変えて僧になられよ。それがしの忍びが安全な場所までお連れいたすゆえ…」

「…それがしにこれ以上の生き恥をさらせと言われるか…?」

「生き恥が何でござるか! 生きてさえいれば!」

「生きてさえいれば…何でござる?」

「恥を雪ぐ事もできましょう!」

 光秀は黙って首を振った。

「死すべき時に死なぬは恥さらしなだけ。是非に及ばず」

 奇しくも光秀は自ら討ち取った織田信長と同じ事を言った。

「最後の願いにござる。介錯を…」

「明智様…!」

 

 ドスッ

 

  明智光秀は甲冑を脱ぐや、脇差を腹に突き刺し、横一文字に切った。

「明智様!」

 切腹する光秀に駆け寄る隆広。その隆広に微笑む光秀。

「夢は終わり申した…。だが楽しい夢でござった…。ほんの数日だがワシは天下人だった…」

「明智様…!」

「立派な男となったな…竜之介…」

「……ッ!」

 光秀はこの時はじめて、隆広に『忘れてはいなかったぞ』と明かした。最期の最期で。

「そなたに討たれるのも…運命であったのかもしれぬな…」

「不孝を…お許しください…ッ!」

「何が不孝か…。竜之介よ…」

「はい!」

「ワシの屍を越え…肥やしとし…さらに大きな男となれ。織田信長よりも大きな男となれ…!」

「光秀様…!」

「さあ、斬れ…」

 刀の柄を握る隆広。眼からは涙がポロポロ出てきている。光秀は脇差を腹から抜き、再び刺して縦に切り裂く。十文字に腹を切った。

「さらばじゃ竜之介…!」

「はい…!」

(さらばじゃ…熙子…)

 薄れる意識の中で、光秀は最愛の妻の名を呼び、別れを告げた。そして隆広の白刃が光秀の首に降り下ろされた。

 

 ズバッ

 

 明智光秀の首が地に落ちた。隆広はそれを拾い抱いて泣いた。斉藤利三もまた光秀の亡骸に平伏し号泣した。明智光秀、享年五十五歳。

 辞世『心知らぬ人は何とも言わば謂え 身をも惜しまじ名をも惜しまじ』

 

 坂本城の留守を預かる明智光秀の妻の熙子(ひろこ)は何かを察したか、城の中庭の縁側に座り月を眺め、頬に涙を垂らしていた。夫の死が離れていても彼女に伝わったのだろう。

 熙子はこの縁側で夫と静かに月を見るのが好きだった。月明かりに見る夫の優しい笑顔が大好きだった。しかし、その夫はもうこの世にいない。熙子の涙が止まる事はなかった。

「殿…。熙子もじきに参ります」

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