明智光秀は逝った。本能寺にて織田信長を討って、わずか十一日後の事である。そしてその光秀の最期を看取る水沢隆広。大将首を上げた大手柄であるのに彼の顔には笑顔などなかった。悲しみのまま泣き、そして自らが切り落とした光秀の首を抱く。斉藤利三は主君の亡骸に平伏し、言った。
「れ、礼を申しますぞ隆広殿。殿は落ち武者狩りではなく…切腹によって果てられた…」
「利三殿…」
「殿より聞いておりました…。美濃で幼き日の隆広殿と出会いし事を…」
十数年前、美濃山中の庵。
「熙子(ひろこ)! すぐに蒲団を!」
光秀がずぶ濡れの小坊主を抱きかかえて帰ってきた。
「お前さま、その童は?」
「山の中に倒れていた。ひどい熱だ、早く蒲団をひけ」
「はい!」
童、その名は竜之介。後年の水沢隆広は養父である正徳寺の高僧長庵の課す厳しい修行に耐えかねて寺を飛び出した。しかし一文もなく、また美濃の山は険しい。すぐに長庵は寺の坊主たちに探させたが見つからなかった。竜之介はやみくもに山中を歩き、迷い、気がついたら川に落ちた。季節は冬、何とか川から這い上がるが体は冷え切り、そして空腹。やがて高熱を発し出し倒れてしまった。
その竜之介をたまたま見つけたのは美濃山中に庵を構えていた当時浪人だった明智光秀だった。光秀の妻の熙子は徹夜で竜之介を看病した。濡れた衣服を脱がせて乾かし、粗末であるが清潔な着物を着せて寝かせ、額に濡れた手拭を置く熙子。
「疲れたであろう熙子。私が変わろう」
「とはいえ…悪寒で震える童が気になり眠れそうに…。あ、そうだ!」
「ん?」
「私が添い寝をしてあげれば寒くないかも」
「そうだな。温めてやるがいい」
「はい」
熙子はそのまま竜之介の眠る蒲団に入った。
「さ、これで寒くない」
そう言いつつ、竜之介を抱き寄せる熙子。
「ああ、いいなあ、私も母上と一緒に寝たいです」
「こらこら、わがまま言うな玉子」
「だって~」
「ははは、玉子は父上と一緒に寝よう」
熙子と竜之介の蒲団の横に、光秀と玉子は横になった。熙子の体温が伝わり出したか、竜之介の悪寒による震えがなくなった。そして…
「う、うん…?」
「気がつきました?」
「こ、ここは…?」
「ここは美濃山中の、明智の庵。さ、まだ熱は下がっていませんよ。おやすみ…」
「は、はい」
安心すると同時に竜之介の眠気が訪れた。そして熙子の胸の中に知るはずもない母を見る竜之介。無意識のうちに熙子にしがみつき、
「母上…」
と、小さい声を出し、静かに眠りに入る。
翌朝、竜之介は元気を取り戻した。熙子の出してくれた朝餉を美味しく食べる竜之介。一菜一汁の粗末なものであるが寺のものに比べれば豪勢である。めったに食べられない麦飯と大根の味噌汁を食べる竜之介。
「さすがは寺で厳しい修行をしているだけはある。一晩寝て回復するとはな」
竜之介の旺盛な食欲に苦笑する光秀。竜之介はこの時に光秀、熙子、玉子が何も食べておらずに白湯だけ飲んでいたのに気付かなかった。当人たちさえめったに食べる事の出来ない麦飯を竜之介に与えていたのである。
「はい、ありがとうございます」
「ふむ、しかしどうしてあんなところに倒れていた?」
「はい、実は…」
竜之介は父の長庵の課す修行に耐えかねて逃げ出した事を包み隠さず話した。
「なるほど」
光秀は包み隠さず自分の恥を話す坊主に好感を抱くのであった。
「ふん、弱虫坊主」
昨日に母を取られた嫉妬のせいか、玉子は隆広を小馬鹿にするように言った。生まれて初めて見る自分と同世代の美少女に竜之介はドギマギしながら言った。
「そんな事言ったって…父上の修行は厳しい事ばかりで…」
「どんな修行をしておるのかな?」
と光秀が問う。竜之介は再び包み隠さず述べた。そして驚く。およそ僧侶の修行ではなく武将としての修行内容だったからだ。
「そなたの養父の名前は?」
「長庵です」
「…なるほど」
(合点がいった。どうりでいいツラ構えをしている)
竜之介の養父の水沢隆家と明智光秀は共に斉藤道三の下にいた時期がある。道三亡き後に光秀は斉藤家を去ったが、光秀はどれだけ名将水沢隆家に憧れたか。目の前の童はその男の養子なのである。
「あ、今まで名前を申さず失礼しました。竜之介と申します。よろしければご尊名を」
「名乗るほどの者ではない」
光秀は名乗ろうとしなかった。自分の名前を知れば、竜之介を通じて長庵も知る事になる。長庵にいまだ自分が牢人暮らしと知られたくなかったのもあるが、恩を押し付けたくなかった気持ちもある。
「でも…それでは父に竜之介が叱られます」
「修行から逃げ出したのだ。当たり前であろう」
「そ、そうですけど…」
「でも竜之介殿、お父上がそんな厳しい修行を課すのも竜之介殿を愛すればこそですよ。もう逃げてはいけませんよ」
優しく熙子が笑う。生まれて初めて母親の温もりをくれた女性である。そしてこの言葉もまだ見ぬ母に言われているようだった。竜之介は椀を置いて改めて熙子に深々と頭をさげて
「はい、二度と逃げません!」
「よろしい」
光秀夫婦、玉子、そして竜之介の笑い声が庵を包む。そして光秀は竜之介を正徳寺の近くまで送り届けたのである。玉子も一緒についていった。玉子もめったに同じ年頃の男子と会う事はない。楽しい道のりで寺に向かい、着く頃には『竜之介』『玉子』と呼び捨てで互いを呼んでいた。だがとうとう光秀と熙子の名前は知らないままであった。
竜之介は熙子に約束したように、この日より修行から逃げ出す事はなかった。立派な武士になって、あの夫婦にお礼を言いたい。そうすれば、あの生意気な少女も自分を認めてくれるのではないかと思った。竜之介、つまり隆広の初恋とも言える少女は明智光秀の娘の玉子であったのだから。
だが父の長庵から元服を許され、水沢隆広と名乗った時すでに明智一家はその庵にいなかった。そしてあの伊丹城の戦いの時に再会を果たすのであった。だが二人は昔の事をクチにしなかった。
光秀は柴田勝家に水沢隆広と云う若者が仕えたと聞き、すぐにあの時の小坊主だと悟った。しかし彼は伊丹城で隆広に会った時に『お初にお目にかかる』と述べた。光秀は隆広が立派に成長した姿を見ただけで満足だった。今さら命を助けた事など恩に着せたくなかった。
光秀が初対面と最初に言ったのでは、隆広も『あのおりの小坊主です』とも言えず、以後は歳の離れた戦友として陣場を同じくした。だが隆広は光秀と熙子に命を助けられた恩を今でも忘れていない。よもや自分が明智光秀を討つ事になるとはと…隆広の涙は止まらなかった。
「殿は喜んでおりましたぞ、いつかこの利三に楽しそうに言っておりました。『あの時の坊主がよもやあれほどの武将になるなんて』と! それは嬉しそうに申しておられましたぞ…!」
「光秀様…!」
光秀の首を抱き号泣する隆広。舞と六郎も一緒に泣き、そして藤林忍軍の忍びたちの中からもすすりなく声が聞こえた。
「もはやこれまで。それがしも殿の後を追いまする」
「利三殿…」
「隆広殿、一つだけ貴殿の武士の情けにすがりたい」
「…はい」
「坂本には…それがしの娘がおります。七つになったばかりの娘が…」
「はい」
「未練であるが…一人前の女子になるまで見守って下さらぬか…」
「承知しました。その子の名は?」
「福」(史実における後の春日局)
「それがしの娘として育てます」
「かたじけない…」
斉藤利三は腹を切り、そして隆広が介錯した。隆広は明智光秀と斉藤利三の首に合掌し、そして丁重に包み、忍びに持たせて柴田本陣へと持たせた。気は進まないものの隆広は立場上光秀と幹部の二将の首を勝家に届けなくてはならない。だからすでに息絶えていた溝尾庄兵衛の首も切った。だが首より下はその必要はない。隆広は棺を用意させて光秀、利三、庄兵衛の亡骸を坂本城に送り届けた。
藤林忍軍の手により柴田本陣に明智光秀、斉藤利三、溝尾庄兵衛の首が届けられた。柴田勝家にとり主君を滅ぼした憎き敵であるが、首を見て勝家は笑み一つ浮かべず黙して合掌した。勝家はこの三名の首をさらす事はせず、坂本城へ送り届けた。勝家ならではの武士の情けと言えるだろう。
「どうして! どうして父の援軍に行ってくれなかったのですか!」
丹後宮津城、細川藤孝の居城。舅の藤孝と夫の忠興を責める光秀の娘の玉姫。すでに瀬田の戦いに敗れ、勝竜寺城が落とされた事も玉の耳に届いていた。
「せめて、坂本城に落ちる父に援軍を! 父は孤立無援です!」
城主の間に座る夫と舅に涙ながらに哀願する玉。藤孝と忠興は何も言わずに玉の哀願を聞いていた。
「その必要はもうございません」
細川家家臣、松井康之が城主の間に入ってきた。
「松井殿! その必要がないとは何事ですか!」
烈火のごとく怒る玉を制しながら、松井は静かに座り、主君忠興に報告した。
「明智日向守殿、討ち取られましてございます」
「……ッ!?」
玉は絶句した。
「坂本を目指し、山科の小栗栖に差し掛かったところ、水沢隆広の待ち伏せに遭い斉藤利三、溝尾庄兵衛と共に日向守、討ち取られたとの事」
「そうか…」
細川藤孝は静かにそう答えた。今は『細川幽斎』と名を変えた彼は剃髪した頭を一度二度撫で、深いため息をついた。
「御首は柴田本陣に運び込まれ、柴田勝家が確認したとの事です」
「う、ううう…!」
玉は泣き崩れた。
「玉…」
忠興は城主の席から降り、妻の肩に触れた。その手を振り払い憎悪のまなざしを夫に向ける玉。
「お恨みいたします! 玉は一生忠興殿と義父殿を許しません!」
「何とでも言うがいい…。細川は微な勢力、味方につく将を誤れば即座に滅亡じゃ」
玉の悔しさを察するかのように舅の幽斎は言った。夫と舅、顔も見たくないと思った玉は城主の間を飛び出した。自分の部屋に駆け込み肩を怒らせて立つ玉。拳を握り爪が手のひらに食い込み血が滴り落ちる。無念のあまり唇を噛んで血が滴る。憎悪の瞳に悔し涙が溢れる。
「許さぬ…ようも父を…! 恩知らずの腐れ坊主め! 断じて玉が許さぬぞ竜之介! 必ずキサマを殺してやるッ!!」
玉は父の光秀の手紙から柴田家に仕えている水沢隆広が、あの時の小坊主である事は知らされていたのである。玉も懐かしさゆえか、今度安土で織田の諸将が集まる事があったなら連れて行ってもらい、久しぶりの再会をしたいと思っていた。美男の呼び声高い隆広に会いたいと思っていた。
父光秀はかつての邂逅の事を隆広に言っていないとの事だったが彼女には関係なかった。何故なら玉にとり、隆広は初恋の少年であったからである。だが運命は残酷であった。玉は初恋の少年を父の仇と憎悪し、隆広は初恋の少女に父の仇と憎悪される結果となった。
そして水沢隆広は坂本城に到着して布陣した。対して城を守るのは安土城を放棄して坂本城へ引き返してきた光秀の娘婿の明智秀満だった。
「殿…。利三殿、庄兵衛殿…」
隆広の陣から、光秀、利三、庄兵衛の亡骸。勝家本陣から同じく三つの首が坂本へ丁重に届けられていた。首と胴は糸で繋ぎ合わされ、三つの骸は城主の間で無言に横たわる。
光秀の遺体に寄り添う熙子。涙はもう枯れるほど流した彼女の目に涙はない。しかし明智家臣たちとその家族たちのすすり泣く声は止む事はない。
「いつまでもこうしても仕方がございません。殿と利三、庄兵衛の亡骸、荼毘に付しましょう」
「「ハハッ」」
坂本城の庭で三名が静かに荼毘に付された。熙子は黙って夫の焼かれる炎を見つめていた。
「お方さま」
熙子の侍女が来た。
「何か」
「敵将の水沢隆広から書状が届いております」
「私あてにですか?」
「はい」
「……」
彼女も夫光秀から水沢隆広と、美濃山中で助けた小坊主竜之介が同一人物である事は聞かされていた。一度会い、立派になった姿を見たいと思っていたが、それは叶わず敵味方として会う事となってしまった。
熙子は隆広からの書状を手に取り読んだ。そこには“あの折の小坊主はそれがしです”と述べ熙子を助けたい事を望む書面だった。隆広からの書だと聞き秀満もその内容を熙子に訊ねた。熙子はそのまま秀満に書を渡した。
「そうですか…。寄せ手の大将は竜之介殿ですか。皮肉なものですね。殿と幼いあの方をお救いした時、風邪をひいていた竜之介殿の体を温めるため私が添い寝をいたしました。当時のあの方は母の愛を知らなかったのでしょう。私にしがみついて離れませんでした。私も愛しく思ったものです。その愛しい童が後に我ら夫婦を滅ぼすなんて…誰が想像できたでしょう。でも少しも恨みに感じません。せめて一日の母として恥ずかしくないよう…堂々と水沢隆広殿の前で滅んでみせましょう」
熙子の悲痛な決意であった。坂本城から煙が上がっているのを見た隆広。馬上にあった隆広は荼毘の煙と察し、鐙(あぶみ)を外して頭を垂れた。馬具の足を置く部位である鐙、それから足を退かせて頭を垂れるのは馬上にある時の最敬礼である。しばらくすると熙子から返書が届いた。返事は拒否である。
『たとえ過去にどんな縁があろうとも、今の私と水沢殿は敵にございます。この期に及んで敵の情けにすがる気はございません』
なかば予想はしていた返書の内容だった。隆広は一つため息をつき、心の中で悲痛に叫んだ。
(オレは…一日の母も…討たねばならないのか…!)
水沢隆広率いる柴田軍が坂本城を包囲して数日が経った。隆広は城主を務める明智秀満に降伏勧告を数度出したが秀満は拒否。斉藤利三の妻子を引き取りたいと使者を出したがこれも拒否。また熙子救出を隆広はどうしてもあきらめきれず、熙子当人には無論、秀満に取り成しを頼む使者を出したが、これも秀満は拒否した。
なぜこうも頑なに隆広の降伏勧告や要望を拒否するのか。それは坂本城に篭る明智勢には主君光秀と、斉藤利三を斬ったのは水沢隆広と伝わっているからである。確かに間違ってはいない。隆広は両人の介錯をしたのであるから。
使者が多勢に無勢で囲んで斬り殺したのではなく、両名切腹をして、主君隆広はその介錯をしただけと述べたが明智の将兵は耳を貸さなかった。
いや、本当はそれが真実と知っていたのである。そんな事は光秀と利三の遺体を見れば子供でも分かる事だった。しかしその事実を受け入れなかった。
明智将兵たちは主君光秀と斉藤利三が水沢隆広と親しかった事は知っているし、安土での信長の酒の強要からも助け舟を出し、富士の宴では信長が光秀を足蹴にした時、信長に『明智様に謝って下さい!』と毅然と意見した事は明智家中の者なら誰でも知っている事である。
ゆえに今回敵味方になった事に運命の皮肉を感じた。幾度も降伏勧告をしてきているのは隆広が本心から明智の家名を何らかの形で残したいと考えているからだろうとは痛いほどに分かっていたのである。
しかし受け入れられない勧告であった。もはや主君光秀は謀反人の汚名を残して逝った。このうえ家臣の自分たちが敵将の情けにすがって生き延びては光秀の名にさらに泥を塗る事になる。もはや華々しく戦って散り、主君の元に旅立つ事こそが残された明智勢の望みだった。
明智家臣団には、あの北条早雲の家臣たちと似た伝承がある。それは九人の仲間たちと
『この中で一番早く大名になった者へ皆で仕えよう』
と誓い合った。そして光秀が織田信長に取り立てられ大名となった。仲間たちは約束どおり光秀の家臣となり光秀を支えた。九人のうち、すでに五人が病死、三人が瀬田の戦いで討ち死に、残る一人は光秀のあとを追って腹を切った。この九人の他に斉藤利三、明智秀満を初めとする五宿老と呼ばれる忠臣がいる。後世に謀反人と呼ばれる明智光秀であるが家臣団の優れは羽柴や柴田にも劣るものではない。
「もはや…オレ自身が使者に行くしかないのか…」
奥村助右衛門と前田利長がそれを止める。
「とんでもない! 総大将自らが使者に行き殺されたら終わりですぞ。軽はずみな行動をおとりになるな!」
「奥村殿の申すとおりです。いかなる縁が水沢殿と明智家にあったかは存じませんが備大将として断じて水沢殿を敵城に行かせるわけにはまいりません!」
「しかし…総攻めにかかれば福殿を助けられない。どうすればいいのだ…」
「ならば福殿とその母上を渡すよう、もう一度使者を出されては…。総攻めする意を伝えれば秀満殿もあるいは…」
「それしかないか…」
「は、ですがご正室様の救出はお諦めになられて下さい。熙子殿もこの後に及んで生を選ぶ方ではございません。熙子殿は光秀殿の糟糠の妻。疱瘡にかかり、あばた顔になった自分を妻に迎え、かつ光秀殿は大名になっても側室も持たずに熙子殿だけを愛し続けました。そんな夫が亡くなった今、どうして敵将の情けにすがり生きる事を選びますか」
「助右衛門…」
「一日の母をお助けしたい気持ち、痛いほどに助右衛門分かります。しかし、なればこそ、いらぬ情けをかけてお母上に恥をかかせてはなりませぬ」
ギュッと拳を握る隆広。助右衛門の言葉が胸に刺さる。
「分かった…。だが福殿の事は利三殿との約束だ。何としても助け、オレの娘として育てる」
「分かりました。それがしが使者に…」
と、助右衛門が述べた時だった。
「申し上げます」
隆広の元に、部下の高橋紀茂が来た。
「どうした紀茂」
「坂本城主、明智秀満殿が軍使としてこちらに向かっているとの事」
「なに?」
「いかがなさいますか?」
「丁重に出迎えろ!」
「ハッ!」
隆広は陣の前に立ち、秀満を待った。秀満は大きい荷車を三つ引かせ、かつ幼い女童を連れていた。
「秀満殿…」
「息災でござるか、隆広殿」
「はい」
「こたびの用向きは、受け取っていただきたいものがあるからでございます」
「は?」
秀満は荷車に載せた品々の目録を渡した。
「これは…」
「明智の家宝にございます。我らの元に置いていては灰になりますからな…」
「灰に…」
光秀は倹約家であったが、一流の文化人でもあったので城内には名物茶器や、名のある絵や書物、刀剣なども多々あったのである。それを秀満は敵将の隆広に届けたのであった。
「いずれ劣らぬ明智の家宝、そして日本の宝にございます。これを隆広殿に託します」
「秀満殿…」
「そして…」
女童の背中を押して隆広の前に立たせた。
「この子が福にございます」
「この子が…」
「利三殿の妻の安(あん)殿は城と共に運命を共にすると決めてございます。ですが福はまだ七つ、死なせるには哀れ。奥方は隆広殿の要望を受け夫の利三殿の意を尊重し、掌中の珠の福を託すと申しておりました」
「そうでしたか…」
「さ、福。今日からこの方がそちの父ぞ」
「いや!」
福はさっきから隆広を憎しみ込めて見ていた。
「こいつは父上を殺した憎い敵です。どうして福がこいつに!」
「そうか…。オレが憎いか…」
隆広は福の視線に腰を下ろした。
「そなたの父上は、それは立派な武人だった。そしてそなたはその血を継いでいる。オレが仇と憎いのならチカラを持て。オレを殺しに来い。それが出来るまで、オレはお前を実の娘と思い、大事に育てるから」
そして福を抱きしめた。
「は、はなせ! お前なんか嫌いだ!」
幼い握り拳が隆広の背中をポンポンと叩く。そして『嫌いだ』と云う声は徐々に涙声にもなっていった。
「隆広殿、それがしも貴殿の武士の情けにすがりたいと思う」
「それがしの出来ることならば」
荷車には赤子も乗っていた。スヤスヤと眠っている。
「手前の倅、左馬介にござる」(史実では秀満の子は後の三宅藤兵衛重利であるが本作では秀満の通称左馬介を幼名とした別人とする)
「ならば…明智様の孫に…?」
「いかにも。利三殿が隆広殿に遺児を託す気持ち、よう分かりもうす。それがしも隆広殿に倅を託したい。我らは殿に殉じて城と運命を共にいたしますが、倅には生きてもらいたい」
「承知しました」
そして秀満は両腕の篭手を外して
「これは殿より拝領の『鬼篭手』、左馬介元服のおり、お渡し願いたい」
荷台に乗る息子の横に篭手を置く秀満。
「しかと、承りました」
後日談になるが、この赤子は明智家の嫡流でないとしても光秀の孫の男子にあたるため、いかに隆広でも勝家の手前しばらくは養子に出来ず、藤林家に預け、これより五年後に正式に養子と迎え秀満と同じ明智左馬介を名乗らせた。左馬介は隆広嫡子の竜之介の小姓となり、やがて名補佐役として成長する事になる。
「それでは、明日の戦場で」
秀満は隆広の陣から去っていった。明日の戦場、そう秀満は残して言った。つまり坂本城の兵糧はもう底をついていると隆広が察するに時間はかからなかった。
明日に総攻めでかかってこられよ、兵糧がなくなり、あとは飢え死にするしかない我ら。せめて戦って散らせて欲しい。そう察した隆広はもう一度秀満を呼び止めた。
「秀満殿」
「なにか?」
「明日、総攻めをいたし申す。その前に、城内の女子供を逃がされよ。丹波では今だ明智様の仁政を慕う民は多うございますゆえ、明智家臣の女子供といえば無体な扱いもされますまい。本日いただきました明智、いや日本の宝のせめてもの返礼として丹波の豪族や豪農にそれらを礼遇するよう柴田から一筆送りつけ、かつ当方の物資の一部をお譲りいたします。いかがか」
あぜんとする明智秀満。敵の将兵は無論、女子供まで掃討と云うのが戦国時代の城取りと云うものである。まして明智は主家に謀反した家である。それを考えても隆広の申し出は異例な事である。隆広は落城前に明智の家宝、そして福と左馬介を自分に託した秀満に至誠で応えた。
「かたじけない…! お頼み申す!」
隆広に深々と頭を垂れる秀満。『甘すぎる大将』隆広はよくこう言われる。しかしこの計らいが生き残った明智遺臣の心を掴み、後に山崎長徳と云った明智の将が隆広に仕え、その他にも多くの明智遺臣が後に隆広を支える事となる。
『精強の明智を味方につけた水沢隆広』は皮肉にも光秀死後に実現されるのだった。その場は甘いと周りが感じても、結果を見れば味方を増やして戦力にしている隆広。
また明智の女子供を逃がした隆広の計らいに丹波の民たちは感動して、豪農や豪族たちは明智の女子供を礼遇する事を約束している。すべて計算してやっている事ではない。だから水沢隆広には人がついてくるだろう。
翌日の城攻めの前、坂本城内の女子供を丹波に落ちさせる事を取り決め、明智秀満は城に戻って行った。
「甘いかな慶次」
苦笑している隆広。
「さあて、それは結果を見てみなくては分かりませんな。その女子供の中から後に隆広様を苦しめる者がいれば甘かった。良き味方になれば英断だった。それだけにござる」
「確かに。隆広様は今、大殿とまったく逆の事をしました。そして大殿は討たれた。さりとて今の仕儀が正しいのかは誰も分からない。どんなに善行したとて、恨まれる時は恨まれ、殺される時は殺されまする」
「そうだな助右衛門。正しいと思った事がすべて最良の事ならば世の中に苦労はない。さて…」
隆広は全軍に指令を出した。
「明朝、坂本城を総攻めだ!」
「「ハハッ!」」
明朝、坂本城から明智家の女子供が出て、石田三成と隆広の手勢が護衛して丹波へと向かった。一行が完全に戦火から影響のない地まで行くのを見届けると、隆広の軍配が上がった。法螺貝が吹かれ陣太鼓が轟いた。その響きは坂本城の将兵に届いた。明智秀満が将兵を鼓舞した。
「来るぞ! 水沢隆広何するものぞ! ここが我らの死に場所じゃあ!」
「「オオオ―ッッ!」」
隆広もただ坂本の城を囲んでいたわけではない。坂本の城は穴太衆(あのうしゅう)という石垣積みの名人集団も築城に関わっているので堅城であるが、隆広も築城の名手と呼ばれている。攻めるに向く箇所はすでに見極めており、かつ城の防御も藤林忍軍を用いて下げておいた。
そして一万の大軍が一挙に攻め入った。坂本の城の将兵は六百。城門が破壊されたら勝負にはならなかった。坂本の城は炎上し出した。
「秀満殿、もはやこれまでです」
「義母上様…」
熙子は静かに目を閉じて合掌した。
(殿…今度また生まれてくる時も熙子を見つけて下さい。そして私はまた殿の妻となります…)
走馬灯のように熙子の脳裏に去来する夫との思い出。光秀への輿入れ直前に疱瘡にかかり、女の命と云うべき顔があばた顔になってしまった。もはや自分を愛してくれる殿方など現れないと泣いた。熙子の父は熙子と顔がそっくりの妹娘を替え玉にして光秀に嫁がせた。だが光秀はそれをあっさり見破り、
「容貌など歳月や病気でどうにでも変わるもの、ただ変わらぬものは心の美しさよ」
と妹娘を訓戒して送り帰し、約束どおり熙子を妻として迎えた。こんなに嬉しい事はなかった。だからどんな貧乏でも耐えられた。仲間との会を主宰する光秀が、その資金がなく頭を抱えるのを見かねて女の命とも云える髪を売るのにもためらわなかった。
織田信長の軍団長となり、五十万石の大名の大身になっても光秀は側室を持とうとせずに自分だけを愛してくれた。その愛する夫はもういない。そんな世に彼女は未練などなかった。
この坂本城攻防戦の最初の軍議も、光秀の娘婿明智秀満を中心に篭城か出撃か、城を放棄し再起を図るか、結果の出ない評定が繰り返されていた。長々と続く軍議に熈子が終止符を打った。
「当家の時運も、もはやこれまで。我ら一族がこの城で果てる事は、かねてより覚悟の上の事。各々方、早々にご決意下されよ」
毅然と言い切る熙子に感奮し、敵将の水沢隆広に意地の決戦を挑む決意を固めたのである。
炎に包まれる坂本城の城主の間、隆広はそれを見続けていた。
「熙子様…!」
隆広の手には熙子からの書があった。福と左馬介を引き取ってくれた事と明智の女子供を落ちさせる隆広の計らいに礼を述べている書である。美濃山中での邂逅については一切触れていなかった。
だが一緒に熙子が大事に使っていた櫛が同封されていた。熙子が隆広に贈れる物はもはやそれしかなかったのだろう。その櫛を握り、胸に抱く隆広。生まれて初めて自分に母の温もりをくれた人を死に至らせざるを得なかった自分への怒り、そして戦国の世を呪った。総大将が涙を見せられない。ただ無念に握るその拳だけが泣いていた。
秀満は刀を振りかざした。
「義母上、秀満もすぐに参ります」
合掌して死を待つ熙子。
(殿…。熙子が参ります)
明智光秀の妻、熙子。享年五十三歳。秀満もそのまま自刃して果てた。後年、ある歌人がこの坂本の地を訪れ、明智光秀の妻の最期を聞いてこう詠んだと云う。
『月さびよ明智が妻の話せん…』