剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・ 作:rikka
父からは強い男になれ、そして母からは優しい男になれと言われて、ノア=フィメルゲイルは幼少期を過ごした。
長男として育てられたノアは、その両方とも自分に求められている事を早い内から理解していた。
そのせいというわけではないが、家族には出来た息子として、弟や妹には優しくなんでも出来る兄として接した。
自分に魔法に関しての才能があると知ってからは、その腕をひたすら磨いた。
(――だが、結局家は取り潰し。離散。そしてそのまま大陸戦争に……)
結局、戦争でも大きな戦果は上げられず、両親の無事を確保することが出来ただけだった。
妹や弟は行方が分からず、必死に探して――
「ふぅ…………」
ノアは、こっそり取っていた宿の一室のベッドに身体を預け、深く深呼吸をする。
先日の件で、ノアの身辺を嗅ぎまわっている者がいる。言うまでもなく、ゲイリーの周りにいる、彼を特別視する者たち。それと、『ノアが想定していた相手』が。
そういう人間の目をくらませるために、こっそりと街を出て、近くの村で休暇を過ごしていた。――ついでに、少し人に会ったりしていたが……まぁ、ほぼ休暇なのは間違いない。
(……あのバカ、今頃何してんだろうな)
ゲイリー。ある意味で、ノアが最も信頼する生徒。
先日、自分に――自分達の目くらましとして利用させてもらった生徒だ。
もっとも、当初の予定にはなかった、パルフェというとびっきりの才能の持ち主の登場で事態は大きくなり、様々な均衡が崩れ始めている。
(アイツなら大丈夫と思うが……)
ノアの胸に、後悔はない。ゲイリーを巻き込むことは、彼の中で決定事項だった。
――ゲイリーには、事態を動かす義務がある。
そう考えている。能力しかり、
だが、想定以上の重圧があのぐーたら生徒の肩に圧し掛かっている。
普段は見せていないが、陰でこっそり動いていると言う話を仲間の教師から聞いている。
無名だが、そこそこの実力を持つギルドと繋がりを持ち、エマとの間にこっそり繋がりを強め、更に一部教師とも協力体制を作ろうと暗躍している。
(そうだよ。アイツが本気になれば……本気になりさえすれば、そうすれば――)
そっとノアは、肩を押さえながらベッドから身を起こす。
考え事をしすぎた所為か、頭の皮がピリピリするような痛みを覚える。
下のバルで何か口にして、酒でも入れるかと扉を開き――
「――あん? ……おいこら不良教師、てめーこんな所で何やってんだ? 街の中じゃ女買えないからわざわざこんな村まどふぅっ!!!!!!!」
気が付いたら、尖らせた拳を、なぜか目の前にいたぐーたら生徒の顔面に突き立てていた。
「団長、宿屋さんとの手続き終わりました。言われた通り領収書と、クエストにおける使用証明書も――って! なんでいきなり乱闘騒ぎになってるんですか!? ら、ら、ラヴィ副団長! エリーちゃぁぁぁぁんっ!!!!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「んじゃあれか。のどかな休暇が欲しくてこの村まで来たと」
「おう」
「……違法な薬物欲しさとか娼婦買いにじゃなくて?」
「おめぇ俺をなんだと思ってんだぶん殴るぞ!!」
「さっき十分ぶん殴っただろうが!!」
「てめぇも俺を散々蹴りつけただろうが! 挙句に男の急所蹴りあげやがって! 使い物にならなくなったらどうしてくれる」
「んな予定はもう無いだろうから安心しろ不良教師」
「表出ろ貴様ぁぁっ!!」
「あの、二人とも落ち着いてくださいーーっ!」
ゲイリーは、このフォーゲルの村で目立たない、だが割と安くて使いやすい宿の一階の席でノアと向かい合っていた。隣にはパルフェもいる。
「てか、お前なんでフォーゲルにいるんだよ。クエストか?」
「加えて、ラヴィがここの砂糖の今の質を見ておきたいとさ。今まで使ってたホーンズロウの砂糖は、王領地になってしまって入手困難になったから――」
「……なんというか、相変わらずというかさすがだな、あの美食剣士」
「あぁ、ラヴィだからな」
パスタの具のアスパラガスをフォークでつつくノアに、焼き立てのシェパーズパイを齧りながらゲイリーがそう返す。なお、二人とも傍らにビアジョッキを召喚済みである。まだ明るいとかそういう事は一切関係なし。いい生活してるなお前ら。
なお、パルフェは隣で申し訳なさそうにオレンジジュースとフライドポテトをちびちび口にしている。
「んで? 祭り関係のクエストか」
「おう。治安維持連隊のお方とのご依頼だとさ」
「…………なに?」
ビールを飲む手を止め、怪訝な顔をゲイリーに向ける。
「お前が受けたのか?」
「あー、まぁ、そうなるな。儲けは微妙だけど、安全そうだし楽そうだし、ついでに人脈は作っておきたい」
一方ゲイリーは飲む手を止めない。むしろお代わりを考えている。誰だコイツに金を与えた奴は。
「……そうか」
「あ、あの!」
パルフェが身を乗り出して、少し大きい声を出す。
「えっと……団長の先生、なんですよね?」
「ん? あぁ、確かパルフェだったな」
「は、はい! 自己紹介が遅れてすみません、ノア先生!」
パルフェは、椅子から立ちあがって深く頭を下げる。どうやら、あの大人げない乱闘や先ほどまでの口論を見ても、教師という立場は尊敬すべきだという考えを持っているらしい。捨ててしまえ。
「パルフェ~、頭下げる必要ねぇぞ~。基本コイツは不良教師だから。ちょっと前に本屋でエロ本並べてどっちを買うか悩んでるの見たから」
一方、ゲイリーは迷わず煽りに入る。それはもう挨拶代わりに全力で煽る。
そしてすぐに来るだろう罵声か反撃に備えて、近くのトレイをさりげなく引きよせる。
だが、一拍二拍と置いても反応がない事に少し首をかしげて、改めてノアを見る。
ノアは、ただ真っ直ぐパルフェを――正確には、そこから少し目線を落としていた。
口元が僅かに動き始めたのを確認して、ゲイリーは耳をすませる。
聞こえて来たのは、小さな呟きだった。
「先生、か……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「不満。やっぱり質が落ちてる」
「いやぁ、多分それが分かるのラヴィ先輩くらいですって」
祭りに向けて準備は始まっている。ラヴィ達は普段よりも活気づいている村を歩きまわり、昔は大変賑わっていた交易店に立ち寄り、砂糖の出来を確かめに来ていた。エリーは当然、高額のために様々な店の見学である。
「んー。砂糖の良質品って正直良く分からなくて……。前に、海を挟んだ南の国から来た黒砂糖っていうの見たんですけどああいうのですか?」
「肯定。ただし、黒糖みたいな精製されていない砂糖は甘さのパンチが薄くて料理に使いづらい」
「ですよね。一度舐めた時、独特の甘さでちょっと……それを混ぜて作ったパンはすっごい美味しかったですけど、お茶とかには使えないなーって思ってました」
「正解。エーちゃん、良い舌をしている」
もっとも、砂糖が悪かったからと言ってただで転ぶ二人ではなかった。その他に取り扱っていた食材の中からラヴィが見極め厳選し、それをエリーが値切って安く大量に仕入れていた。
ラヴィもエリーも互いに大きな紙袋を抱えて宿へと戻っている所だ。
「砂糖は奥が深い。様々な場面で使えて、それぞれに最適な砂糖が存在する。だから交易品としてもある程度出回る」
「……価格が他のよりも、ある程度上下するって事ですか?」
「肯定。保存も効くし、ワインのように流行り廃りがある。より甘い物が流行ったり、逆に落ち着いた物が流行ったりする。ただし、ワインのように寝かせる事での価格上昇はない」
どちらかというと、砂糖を使って作ったジャム等の食品の方が注目されるとラヴィが説明を締めると、エリーはふんふんと納得したように頷く。
「でもそうか……ジャムとか砂糖漬け、それにパンもあったか。露店の商品、どうしましょう?」
「……不明。私も正直悩んでる。自分の好みで燻製が作れるのはいいけど……」
一応、今回のクエストが終われば燻製小屋が手に入る――というか、特別にもう作ってもらっている。
今回の仕事は、治安維持連隊との連携をアピールする事であって、実質引き受けた時点で半分は達成されたような物なのだ。
「……不覚。やはり石窯を先にするべきだった」
「先輩、最後の最後まで滅茶苦茶悩んでいたよね」
「チーズや卵、海鮮物も、上手く燻製すれば料理にも商品にも使えると思った」
割と本気で後悔しているのか、珍しく顔を苦悶に歪めるラヴィ。
「んー、アタシは燻製小屋で良かったと思うけどなぁ。ある程度だけど、保存が効く物ってやっぱり需要は大きいですし、ラヴィ先輩ならレベル高いの作ってくれますし」
「…………ん。当然。任せて」
それに対して、エリーは全く心配していなかった。ある程度の方向性を自分やゲイリーが絞れば、ラヴィという美食剣士は、最良の結果を出してくれると確信している。
それを口にされたのが嬉しかったのか照れくさかったのか、間を置いてラヴィは少ない言葉で礼を言う。
そんな時だった。二人が声をかけられたのは。
「ん? あぁ、すまない。ひょっとして『グレイ・マター』の学生かな?」
声をかけて来たのは、何か長い物を布で包んで背中に背負った、スーツ姿の女性だった。
年の頃は20代中頃……いや、前半かもしれない。
無造作なウェーブがかかった長い栗色の髪をした、結構美人な女性だ。ただし、寝不足なのか目の周りに濃い隈が出来ており、それがどこか病的とも、儚げとも取れる妙な雰囲気を出している。
「悪いが、クルラコーンという宿屋を知らないか? なに、仕事で初めてこの街に来たのだが、場所の把握がいまいち分からなくてね。上司に地図を要求していたのだが、現場は見て覚えろと突っぱねられてしまって……まったく、ああいう輩を見ると、爪先に縫い針を一本一本撃ち込んでやりたくなるんだが君たちはどう思う?」
いきなり一歩的にまくしたてる女性に、ラヴィとエリーは思わず顔を見合わせ、
「えぇと……上司さんとか縫い針の話はともかく……」
「クルラコーンは私達が止まっている宿」
ラヴィが一歩前にでて、女性に問いかける。
「提案。私達も戻るところだから、案内できるが?」
「ほう、そうだったか。――それは助かる」
女性は、隈のかかった目を細めて、嬉しそうにラヴィの提案に乗った。