律さんと政宗君   作:bui

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第1話

初めて入った酒落た居酒屋だな。ここは何件目だったかな?

 

自棄酒なんて笑う。

何だか家に帰りたくなくてさ、女と飲んでたような気もするけど今いないな?果れて帰ったか?

 

まあ、どうせ目的は知れてるか・・・。

 

「なあ、知ってるかあんた。友情なんてもろいもんだぜ。恋人が出来たらあっという間にポイだ。恋人なんていくらでも替えがいるのに奴はそれを知らない大馬鹿野郎だ。恋人なんかより友情の方が何倍も素晴らしいのにな。」

 

誰かにそんな風に言ったことだけうっすらと覚えている。

 

友情だけは永遠だと思ってたんだけどな。これならいなくなったあいつとおんなじじやないか・・・。

 

なあ・・・、律・・・。

 

 

 

 

ふわりと意識が浮上して遠くに水音が聞こえる。

 

雨?

 

いや・・・。聞き覚えのある音だ。

 

いつも聞く・・・。

 

ハッと目が覚めて周りを見回すと、そこは全く見覚えのない場所だった。

 

ホテルか?

 

昨日は見た夢が悪くて親友に猫に会いたいと言ったのに、外せない用事があるとあっさり俺は振られた。

 

それが奴の恋人がらみなことは表情を見たらすぐに分かった。

 

 

勝手だってわかってる。

でもあいつが俺をそうやって断るのが初めてで、俺は驚くほどへこんで、だんだんと腹が立って・・・、酒を浴びるほど飲んだ・・・。

 

途中まではどっかの女が引っ付いていたような気がしたけど、それからどうしたんだっけ?

 

重い身体を起すと身体の揺れに頭がガンっと強く痛んだ。

 

 

二日酔いなんて久しぶりだ。

 

掛布がかろうじてかけられているけどどう見ても裸の身体、情事のあとなのかどうかはわからない。

 

やべーな。

 

ひよっとしていよいよデキ婚とかになるか?

それ本当に俺の子なの?なんてこの状態じやあ言い訳もできないな。

 

 

部屋の外からシャワーの音が聞こえるからには相手はそこに居る。

まあ、別にそれならそれでもいいか・・・。

 

色々なことを考えるのが面倒になってもう一度べッドにごろりと寝ころんで、へッドボードの時計を首を伸ばして見るとまだ早朝だった。

 

昔の荒れていた頃を思い出す。

 

一人で寝るといやな夢ばかり見て、かりそめの温かさが欲しくて誰でも良かったから寄ってくる女と寝た。

 

同じ相手も居たかもしれないし居なかったかもしれない。

 

本当に本当に誰でも良かった。俺を撫でてくれるならだれでも・・・。

 

 

あの頃は先の事とかあんまし考えてなかったけど結局俺を最後まで面倒見てくれたのはいつだって横澤だった。

 

酒の勢いであいつを抱いてしまったことだってあいつは赦してくれた。

 

だから一生の親友だと思っていたけど、いや、今だって思っているけどあいつは今家族と言っても良いほど大事なパートナーに巡り合えている。

 

あいつには感謝すれども苦情を言うことなど無い。なのにちよっとうらやましくて拗ねたのだ。

 

 

そうだよな。あいつには誰よりも幸せになって欲しい。

 

そんなことをぐるぐると思っていたらいつの間にかシャワーの音は止まっていて、かちやりと部屋のドアが開いた。

 

ぼんやりとその後展開されるであろうイメージが、まるで画像のように脳内に流れていたのにも関わらず、そこに現れたのは背の高い細身の男だった。

 

「ああ起きてたの?二日酔いは大丈夫?」

 

濡れた色素の薄い髪を拭きながら、朝にお似合いの涼し気な笑顔でその人がそう言った。

 

「あの・・・。」

俺が言葉を詰まらせていると

「あれ?覚えてないの?」

とその人は優しく笑った。

 

「丸川書店 エメラルド編集部 編集長 高野政宗」

 

その人は俺と対峙したまますらすらと俺のパーソナルデータを言うがやはり俺はその人のことを何一つ思い出せなかった。

 

「あなたは誰?」

 

眉間に蹴が寄るのがわかる。

 

女じやなかっただけ良かったのかもしれないけど、それでも男ってなんだ?

夕べ何があった?

 

「酔っぱらって管巻いて、飲み代払ってここまで運んできて、熱い夜を過ごした相手に対してつれないですね。」

 

その人は俺の横にギシリと腰かけてそんな意味深な事を言う。

 

コテっとかしげた頭はまるで少女のするしぐさのようなのに少しも不自然ではなかった。

 

「熱い夜?」

 

しかし耳に入って来た言葉は想定内では一番悪くて、近づいてきた深緑の瞳は意味深にきらりと光った。

 

「最後まで言わせたいってことでしようか?」その人は俺の指を掴んで自分の鎖骨あたりに触れさせる。

 

白い肌には赤い花びらのような跡がいくつも挑発的に浮かんでいた。

 

三日月形の唇が淫靡に光ってふふふと息だけで笑うと、つまんでいた俺の指を放した手が類にかかった俺の髪をさらりとさする。

 

「丸川の井坂さんとは以前学校が一緒で旧知の中なんです。こんなところで部下の方と会えるとは思いませんでした。」

 

要するに俺はこいつとタべ同衾したんだな。

 

マジか・・・。

 

「っで、誰なんですか?あなた・・・。」

 

 

ある程度の覚悟と諦めがついた俺は、とりあえず目の前の人物に問うとそいつはまた意味 ありげに笑った。

 

「りつ。」

「え?」

「律さんって呼んでもらおうかな。」

「え?なんで!?」

「だってあなた夕べ俺の事そう呼びましたよ?政宗君」

「!」

「恋人より親友の方が大事なんでしよ?律が親友?」

 

いきなり出てきた名前に驚いて俺がなにも答えられずにいると、

「ま、いいか。とにかく政宗君、君俺の下僕ね。」

 

俺が何も言えないでいるとそいつはなにがうれしいのかまたニコニコと笑った。

その笑顔は不穏な話の内容とは裏腹に涼やかでやっばり締麗だ。

 

「下僕ってなんだ!?」

 

言われた言葉に不快感をあらわに脱み付けてそう言うけど、そいつは全然気にした風でもなく、

「今長期休暇で暇してたんですよ。一人だとごはん食べたりするのも寂しいし昨日の可愛い政宗君の写真を井坂さんに見せてもいいんだけど、そんな不毛なことをするより遊んでもらった方が楽しいから。」

 

そいつは手のひらに掴んでいるスマホをフルフルと揺らして見せる。

昨日の俺の可愛い写真!?なんだそれ!?

 

いい加減イライラとして「ふざけるな!」とそいつの振っているスマホを取り上げようとして掴みかかったのに簡単に体を交わされた俺は、逆に腕を後ろ手にネジ上げられてしまった。

 

稼働領域に反した関節と筋肉の動きは身体にひどい痛みを与え、歯をかみしめうめき声をあげると腕はするりと簡単に解かれた。

 

「護身術に合気道をやってますので力で抵抗しようとしても無理だと思いますよ。」

と俺から離れて、まるで西部劇のガンマンがくるりと銃を回すようにスマホを回してまた笑った。

 

「どっちみちPCと同期してるからこれを取っても意味ないですよ。昨日ラインIDも交換したの覚えてないでしよ?」

 

悪夢のようなそいつは俺を呆然とさせたまま「支払いは済ませておくからごゆっくり。また連絡するから。」とまた涼やかに服を纏って俺の前から去って行った。

 

 

 

 

 

「高野さ〜ん。体調悪い?」

 

朝からあんなことがあったからか、気が入らないままにいつの間にか時間が過ぎてしまっていた。仕事をいい加減にしたつもりはないけどやはり勢いもつかない。

本調子でない事は確かだ。

そのあたりに敏い木佐がさりげなくそう聞いてくるのも致し方がない。

 

「二日酔い。夕べ記憶が飛ぶぐらい酒飲んだ。」

 

正直にそう答えると木佐は「珍しい。」と、三十路には思えないほど可愛らしく顔をくしゃくしゃにして笑った。

 

そう言えば昨日のあいつは井坂さんと同年代ってことか?そうなると木佐以上の奇跡の童顔だと言えるな・・・。

 

井坂さんに聞いてみようか?あいつの事。

いや、なんて聞けばいいんだ?勘のいい井坂さんなら男と寝たことまでに気付かれるだろう。

 

もやっとした気持ちが晴れないままそれ以上深く考えるのをやめて書類を読んでいると「高野さん。小野寺さんって人から外線。」と、俺との話の途中で鳴った電話を取った木佐がいう。

 

小野寺?

 

聞き覚えのない名字に首をかしげたまま電話に出ると「あ、政宗君?今日ごはん食べましよう。」

と間延びした今朝の優男の声が耳に届いた。

俺の都合も聞かずに話を始めるそいつに「はあ?!なに言ってんだあんた!仕事があるんだよ。あんたみたいに暇じやない。」と不快感たっぶりに言うと「さっきの方がエメラルドは校了が済んだって言っていたけど仕事回せないぐらい愚図なの?」と今度は毒たつぶりの言葉が聞こえた。

 

 

編集長ともなれば色々あるんだと言いたかったけど、実は今日はそれほど急ぎの仕事はない。

 

しかし今朝の事をがあったので今日は家に帰ってゆっくり休みたい気持ちでいっばいだったのだ。

 

「そこの定時って何時ですか?」

 

なし崩しに進む話にもはや抵抗を試みる気も起きず「6時には・・・。」と答えて俺は電話を終えた。

 

とりあえず承認の必要なものは片付けなければならないと再びPCに目を向けると、昨日俺を振った横澤が様子を伺うような顔つきでやって来た。

 

急ぎでもなさそうな書類をぼすりと机の端に置いて「昨日は済まなかったな。どうしても外せない約束があって。」と言った。横澤が謝る必要などないのに、横澤のこういう気づかいが素晴らしいことは分かっている。

気を使われるのに慣れきっていて、本来は持たねばいけない相手の気配りのないのは俺の方なのだから。

 

「お前が悪いわけでもないのに別に気にしなくていい。お前だって都合があるんだから。」

 

昨日拗ねていた自分を隠してすっきりとした自分を見せたくて、言葉にも態度にも精一杯の虚勢を張る。きっと横澤にはそんなことは全部お見通しだろうとも思わなくもないが、俺にできることがほかにある わけでもない。

 

猫に会いたいと俺が言う時、どんな精神状態なのかを知っているこいつは、会社でなければとりあえず慰める言葉を告げたのだろうけど、さすがにここではそうもいかず、それ以上何も言わなかった。

 

「今日なら大丈夫なんだが。」

 

言葉に申し訳なさそうな気配がして気遣われる自分が少し嫌だった。

 

「ああ・・・、今日はいい。」

 

素っ気なくそう言うと横澤は意外そうに「え?なんで?」と言った。

俺の中にはまだモヤっとしたものが残っている。それは半分は自己嫌悪で半分は嫉妬だ。

その上今日はあの「律さん」と出かけるのだ。

 

「先約があって。悪いな。」

 

納得しかねる顔つきの横澤に、俺はそう告げたのだった。

 

 

 

 

 

仕事を何とか定時で終えて社屋から出ていくとそこには朝と同じ茶色い髪の優男が車止めのバリカーに凭れていた。

 

「美味しいと評判のスイーツのお店に行きたかったんです。食事はそのあとで。」

律さんは東京ガイドマップと書かれたカラフルな本を手に、目当ての記事を指差してうれしそうに笑っている。

 

「そこ女性ばかりの店だけど?」男二人で行くのかと思うと益々うんざりしてため息をつくと「スーツ着て来ましたからリサーチみたいに見えます。」と律さんがドヤ顔をして見せる。

やっばり井坂さんと同じ年には見えないな。笑えるほど童顔だ。まず目がでかい。それから細身で背も高くて顔が小さいのにほっペたから顎のラインが女のように細い。

しげしげと顔を見ると既視感がある。

 

「律さん。アンタ俺とどこかで会ったことあるか?」

 

そう聞くと律さんは「ありますよ。」と言う。

その言葉にどきりとして続きを待つと「昨日。」と律さんは本音の見えない顔で肩透かしの言葉を吐く。

 

その笑顔は優しそうに見えて実は酷く冷たくも思える。

 

本当にこいつ何考えてるんだ・・・。

 

そうだ、この律さんは、昔俺を蹴倒してそれっきり行方不明になった恋人リツに似ているのだ。

だからきっと酔っ払って俺はこいつをそう呼んだのだ。 年齢も性格も声も体格も全く違うのに瞳の色と顎のラインが同じなのだ。

 

濃い緑茶のような翡翠色の瞳・・・。

 

「それ、天然なのか?」 つい口をついて出た言葉は唐突で、律さんはなにを言われているか分からなかったようだ。

 

「目の色と髪の色・・・。」

 

そう言うとああ、と律さんは二度首をコクコクと上下させた。

 

「祖母がね。日本人ではないのです。ダカラワタシニホンゴワカリマセン~。」とおどける。

 

「ふざけて・・・。」

 

そう言うも律さんは気にしたそぶりもなくまたニコニコと笑っているだけだった。

 

 

真剣に相手をするだけ損だ・・・。

 

俺はそう悟ってとにかくさっさと今日のミッションを終えるべく歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「美味しいですね!」

 

律さんは、たっぶりの蜜とアイスとフルーツの乗った顔より大きなレイヤーになったパンケーキを満面の笑顔でパクパクと食べていた。

 

匂いをかいだだけでもすでにうんざりしていた俺は、目の前の定食並みの値段のそれと敗戦覚悟で格闘し続けていた。

 

しかし・・・。

 

いよいよ甘さにやられてつつくぐらいしか出来なくなった頃、「政宗君食べないんですか?」と律さんが自分の皿の最後のチョコシロップまで舐めるようにペろりと平らげそう言った。

 

「こんなでかいくて甘いもん食い切れねーよ・・・。」

 

さすがにえらそうにも出来ず弱々しくそう言うと「じゃあ俺が。」と律さんはさっさと俺の皿と自分の皿を交換して、またうれしそうに冷めたパンケーキを頬張った。

 

 

そう言えば律さんはお酒は飲まないと言っていたから甘いものはいける方なんだろう。

 

 

ヤレヤレ幸せそうなこって・・・。

 

とても市場をリサーチをしているビジネスマンには見えないな。

 

ボールスミスが泣くぜ . . . 。

 

 

口を洗うように濃いコーヒーを飲みながら頬杖をついてその顔を見つめるけど、やはりリツに以ている。

 

だけどやっぱり違うんだな・・・。

 

 

 

なんとも複雑な気持ちのまま俺は窓の外を眺めて、胸焼けしそうな腹をさすった。

 

 

 

 

 

 

 

「政宗君、週末はお休みですか?」

 

律さんが何日目かの食事のあとそう聞くので、不本意ながら「まあ、休みです。」と俺は乗り気ではないけど仕方がないと正直に答えた。

 

嘘をついたりするのもフェアではない気持ちがするのは意地に近いものなのかもしれない。

 

「政宗君は甘いものが好きではないみたいなので、明日のお休みのディナーはお肉を食べましようか?」

 

 

今日はケーキバイキングに付き合わされた。

 

小ぶりで色の綺麗なケーキや和菓子が長いテーブルにずらりと並んでいて、ついでにアイスやチョコレートファウンテンまで楽しめるという、甘いもの好きだったらまさにヨダレものの催しだだった。

 

しかし俺は食傷気味で、フルーツのタルトや酸味の強いシャーベットを食べて何とか場をしのいだのだった。

 

わんこそば攻めの方がましだ。本当に、絶対にましだ・・・。

 

 

先日のパンケーキも、その後のレストランも帰りの俺の車代までもいつも律さんが払う。

 

翌日は目の前で握ってくれる寿司を、回転寿司の話をすればその翌日は回転寿司を律さんは食べたがって評判の店に行った。

 

握ってもらって食べる寿司はもとより、評判の回転ずしの店もうまかった。

 

どこで情報を仕入れてくるのか律さんの嗅覚は素晴らしいものだ。

 

 

 

普段はどこでなにをしている人なのかといぶかしく思ったのだけど、「忙しくてランチもディナーも自分の食べたい物なんて少しも食べに行けなかったんです。」と律さんは苦笑した。

 

そう言えば寿司屋に行った日に着ていたスーツは若草色にステッチの効いたバーバリーだった。

 

律さんのバックグランドがうっすらと見えるような気がする。

 

要するにこんなところでぶらぶらしているのは金持ちの道楽ってことだろうな・・・。

 

そんな風に思ったらすこししらけた気持ちになって・・・、でも結局俺は律さんに週末もつきあって過ごすことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

遊園地並みの広さのゲームセンターで実際に走ったり身体を揺らしたりしながら体感できるゲームをやり、そこにあるハンバーガー店で山ほどのトッピングをのせたパンを食べて、夕刻にはグリルのお店でA5ランクの舌の上で溶けるような霜降り牛肉を食べた。

 

そのありえないほどのうまさには、さすがに頬が緩んでしまってハッとして律さんを見ると、やっぱり嬉しそうにニコニコと笑って「美味しいですね。」 と言った。

 

そう、この笑顔と皮肉の混じった問答に翻弄されて、面倒だと思っていることも結局なし崩しにやることになってしまう。

 

 

そしてそこには初めて会ったあの日のちよっと艶っぽい律さんではなく、子どものようにはしゃいでいる律さんだけがいた。

 

 

どっちが本当の律さんなんだろう。

 

いやいや人にはいくつもの顔がある。

 

どれもきっと律さんなんだ。

 

 

だから絆されてはだめだ。人を脅迫するようなやつなのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだかんだとつき合っているうちに、エメラルドは校了近くになって俺が律さんと遊んでいる時間がなくなった。

 

さすがに律さんもそれは承知しているのか、強引に誘うようなこともなくなった。

 

 

 

そしてある日、

 

「政宗君、お付き合いありがとうございました。とても楽しい休暇でした。」

 

律さんは三日ぶりにあった俺に差し入れと称してフライドチキンの店の大きな袋を渡してくれながらそう言って頭を下げた。

 

 

長く振り回され続けた俺は、律さんの休暇が明けることでやっと怒涛の日々から開放されるのかと思って、少しうれしくなった。

 

「やっとお役ごめんか。ホッとしたぜ。」 嫌味っぽくそう言うと律さんがまた優しくにっこりと笑った。

 

「では政宗君、恋人より大事な親友と仲良くしてくださいね。」

 

そう言う律さんがちよっと寂しそうに見えたのは気のせいだろうか?

親友?なに言ってんだ?そう言えばそんなのすっかり忘れてたぜ・・・。

 

律さんに振り回されすぎて、意固地になってぐるぐるする時間など全くなかった。

 

そう言えばと、恥かしい写真とやらのことを思い出して、

「写真ってどうするつもりだ。」と聞くと「ああ、そんなことありましたね。じゃあ削除しますよ。」とすっかり忘れていたらしい律さんがスマホの画面を操作して、件の写真を俺の目の前にグイっと押し付けるように見せた。

 

 

気持ちよさそうにスヤスヤと寝ている俺の半裸の写真は、ある意味恥ずかしい写真だったかもしれない。

しかしこんなモンで俺は脅かされてたのかと思うとまた少し腹が立って「とにかく消して」と律さんをギっと脱みつけたのだった。

 

 

「PCに同期しているって話は嘘ですから安心してください。」

 

律さんは指で削除ボタンを押しながらなんのてらいもなくそんなことを言う。

 

こいつはそうやって口で俺を丸め込んで翻弄し続けたのだと再び小さい怒りが湧いてきた。

 

「じゃあこれありがとサン。」

 

貰った差し入れを掲げるように上げてお礼とは思えないほど不快そうな声でそう言うと、律さんは「じゃ、お仕事頑張ってくださいね。」といつもと同じようにバイバイと手を振って駅のホームに消えて行った。

 

全く人騒がせな人だ。

 

特大の重たい肩の荷をどっかりと床に降ろした後のような軽い感じがして、やっとこれで家でのんびりと眠れると深呼吸をした。

 

 

 

 

 

今回も相変わらずひどい入稿だった。

 

きっと漫画家は体内時計のつくりが俺たちと異なるのだろう。一日が24時間ではないらしいし、一時間は60分ではないのだ。

 

 

バサバサと余計ごとを掻き分けるような溺れそうな毎日を過ごす間も、ふとした瞬間律さんの顔が脳裏をよぎる。

 

あのニコニコとした笑顔をみなくなってどれぐらい経つだろう?

 

迷惑だと思っていたはずなのに、ほんのすこしだけ前のことなのに・・・。

 

そうだな、きっと食った料理がみんなうまかったからに違いない。

だから気持ちはともかく胃袋は残念ながらすっかり飼いならされたのだ。

 

 

喫煙室でそんなことを考えていたら横澤と偶然一緒になった。

 

いや、横澤の営業部は階が違う。偶然ではなくわざわざ奴がここに来なければ会うことはないのだ・・・。

 

こいつと話をするのは久しぶりだと思ったら横澤もそう思っていたらしく「なんだかおまえ忙しそうだったけど元気そうで良かった。」とニカッと笑った。

 

横澤の幸せがうらやましかった。そして親友を取られたような気がして寂しかった。

 

だけどバタバタし過ぎて忘れていた。

 

 

「桐嶋さんとはうまくいってるみたいで良かったな。」

 

男同士の恋愛をしている横澤に祝福というのも変な話だがそれでもきちんと一度言っておきたいと思ってそう告げると、横澤は「えっ?」とびっくりしたような顔をした。

 

「お前、桐島さんのこと、気に入らないのかと思ってた。」

 

呟くように言う言葉には俺にうまく告げられなかった理由を含んでいた。

 

そうか、こいつは俺が親友を取られたような気がして嫉妬していたのをそう取っていたのか。

 

やはり俺はだめだめだな・・・。

 

 

「桐島さんのことは何にも思ってないし、俺はおまえが幸せならそれでいい。」

 

紫煙をくゆらせながらそう言うと横澤も「そうか。」とタバコの煙をフウっと勢い良く吐いた。

 

多くを語る必要はない。

お互いを親友として大事に思っているということが分かればいい。

 

そう感じてくれればそれでいいのだ・・・。

 

 

親友とのゆったりとした時間が心地よくて、横澤が誰と何をどうしようがやはり横澤だったと思える。

イライラして決定的な大喧嘩をすることなく済んで良かった。

 

そう思える自分がうれしかった。

 

 

 

そうだな・・・。校了も済んだし、久しぶりに律さんにうまいもん食わせてもらおう。

 

 

あんなにうざいと思っていたのに逢いたいなんて思うのは胃袋のせいだ。

 

律さんがサラリーマンには不似合いなうまいもんばかり食わせるから悪いんだ。

 

そう言って今度は俺が律さんを振り回してやる。

 

そう思って律さんのラインにメッセージを送るけどいつまで経っても既読にならなかった。そう言えば俺はライン以外の連絡方法を知らない。

 

電話だって部署にかかって来たことはあったけど俺からかけることもなくて、ラインがあったからメールも送ったことがなかった。

 

 

俺は自分から律さんにアクションを起こすことは一度もなかった。

 

名字は小野寺だったよな?電話の時に木佐がそう言ったのをかろうじて覚えている。

そうだ、俺は律さんの本当の名前さえ知らない。

 

 

急にその事実を知って焦った俺は、社屋の最上階にあるその部屋にアポイントもなく突撃することにしたのだった。

 

 

 

 

 

慇懃無礼とはこのことだろう。

しかし今の俺はそんなことをかまっている余裕はなかった。

 

何だか大事なものをまた失ってしまうという焦燥感に駆られて、居ても立っても居られなかったのだ。

 

 

 

「ああ?小野寺?小野寺出版の御曹司か。」井坂さんの言葉は軽かったけど内容は重くて絶句した。

 

小野寺出版?!

 

道理で羽振りがいいわけだ。

 

「その・・・、井坂さんとは同級生と聞きましたけど・・・。」

 

「ああ?同級生?違うぞ。イギリスのビジネススクールで一緒だったことはあるけど、確か10歳ぐらい下だったんじやないか?」

 

井坂さんが眉を顰めて変なことを聞くなという顔をする。

 

イギリスのビジネススクール!?学校ってそこか?!10歳もって、まさか俺よりも年下?

 

「えっと、偶然知り合いになりまして・・・。あの、連絡取りたいんですけど・・・。」

 

俺がどうしていいかわからずにそれでもそう申し出をすると、「確か小野寺の会長が亡くなって少しの間日本に来てたけど、高校生のときからずっとイギリスの学校に行ってて、あっちに住んでるからもう戻ったんじゃないか?オノデラインターナショナルブックスの専務だからな。さすがに日本からではアポは簡単には取れないだろ。」

 

諦めろと言わんばかりに井坂さんが手をフルフルと顔の前で振って「葬儀のときに見かけたけどあり得ないぐらい焦燥してたから心配してたんだけどな。」と言った。

 

 

 

 

「葬儀っていつでした?」

 

そう言えばお酒は飲まないと言っていたのにはじめてあったのは飲み屋だったはずだ。

 

「あれは・・・。いつだったっけ?」

 

井坂さんが朝比奈さんに調べさせると手帳を見た朝比奈さんが日にちを言う。

 

 

そう、その日は俺が律さんとあったあの日だったのだ・・・。

 

 

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