正直ずっと書きたかったところ。
先輩に実家への帰省を促したのは私。
ただそれは、あくまでダメ元といった意味合いが強かった。別に先輩のことを低く見ていた訳では無いけれど、本当に里帰りを決意するとは思ってもみなかった。
「先輩?私、切符を間違えて2つ買っててですね…。もし、良ければ買い取ってくれませんか?」
そんなことは真っ赤な嘘で、これは私が先輩の分として買っておいた物だ。本当に行くとは思ってもみなかったってのは嘘ですね。
何を間違えたら同じ切符を2枚買うのかよく分からないのだけど、不思議ななことに先輩はその点に関しては何も言ってこなかった。
「ああ、丁度いいしな、買わせてもらう。…ありがとな」
あまりにも小さくて聴き逃しそうになるけれど、先輩は今微かにお礼を述べた。
その小さな小さな感謝で私の疑問はどこかへ飛んで行ってしまった。
「それじゃ先輩行きましょう?」
「ああ…」
改札口前で少し立ち止まる先輩に後ろの人は怪訝そうな顔をして追い越して行った。
若干というか、かなり不安そうなその顔を見ると胸が締め付けられる。
こんな思いをさせるくらいなら先輩に里帰りなんて勧めなければ…。なんて考えが一瞬頭をよぎるが、それは甘やかしというものな気がする。だからと言って厳しくすればいいというものでは無いけど。
先輩の手を引いて改札を通りたいところではあるのだけれど…、それをしては先輩のためにならない。
先輩が1人で一歩踏み出すことが大事だと思うから。
だけど。
「先輩、大丈夫です。私がついてますから。」
そう言って軽く先輩の手を握った。
手を引きはしない。けれど手を握り、応援するくらいなら、まぁいいでしょう。
「ああ、ありがとな」
改札口を通り抜け、駅を待っている間も先輩はずっと青い顔をしていた。
手も微かに震えているようだ。
私はそれに気がつく度に先輩の手を握る。
その度に先輩はハッとして深呼吸する。
そして私にもう大丈夫だと言って手を離す。
でもすぐにまた震え出す。
大丈夫、私が傍に居ます。
先輩は1人じゃないです。
普段なら全然見られないほどに怯えている。
やはり千葉は先輩にとってトラウマなのだろう。
「先輩、体調が悪いなら…」
あまりにも見てられなくて思わずそんなことを言おうとしてしまう。里帰りを促したのは私の癖に。
「大丈夫だ。」
精一杯格好付けるように私を遮った。
その手はまだ震えていたけど、それでも。
「なんてことはない。ただ…」
そこで先輩はバツが悪そうに言葉を区切った。
「まだ手握っててくれるか?」
少し面食らった。先輩がそんなことを言うなんて思いもしなかった。
「ええ、先輩さえ良ければ握っておきますね」
これは恋人同士が手を繋ぐような甘い行為ではない。
でも、これはこれでまた信頼の証なのである。
暫くして電車が流れてくる。帰省シーズンだけあって結構な人数がいたため残念ながら座ることは出来なかった。
私の左手はつり革を
先輩の右手もつり革を
そして空いた方の手で私たちは繋がっていた。
最早、先輩が震えることも無くなってきた。
それでも私も先輩もその手を離さない。
先輩には申し訳ないけれど、私は電車の中で 本物 と呼べる確かな何かを感じた気がした。
⭐⭐⭐
電車に揺られて暫くすると千葉に着いた。
人混みの多さに辟易としながら電車を降りようとするも、人が多すぎて小柄な私はなかなか降りれない。
先輩は私との手を繋いだまま私を引っ張るように人混みの中に突っ込んでいった。
グイと引かれるその右手を驚きながら見ているうちに駅の改札までを通り過ぎてしまっていた。
改札を通り抜けた先輩は息を切らして少し立ち止まった。
「大丈夫ですか?お水買ってきましょうか?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと人の多さに充てられただけだから。それよりちょっとこのまま待ってもらえるか」
先輩は目を瞑り5分ほど黙っていた。
私も口を出さずにそれを待っていた。
「ああ、もう大丈夫だ。ありがとな」
そう言って先輩は手を離した。
名残惜しいと言えば嘘になる。でも先輩が私の手を離したことが何故か誇らしかった。
「…変なの」
「あ?どうかしたか?」
ボソッと呟いた一言は幸いにも先輩には聞かれなかったようで
「何でもないですよ、行きましょう先輩。」
私はそう言って誤魔化した。
駅を出るとなんとなく懐かしい雰囲気を感じた。
大学卒業後に帰ってきてたんだけど…
これが独り立ちしたということなんだろうか。
隣の先輩を見るとなんとも言えぬ表情で棒立ちしていた。
「先輩、どうされます?」
「ああ、家に帰っても誰も居ないしな…、小町が帰ってくるまで適当に時間を潰すつもりだ。」
「えっと、それは…」
「ああ、気にするな。ちょっとその辺ブラブラするだけだしな。ここまでありがとな一色」
そう言って笑う先輩はどこか儚げで。
すぐにでも折れてしまいそうな空気だった。
「…私も」
「あ?」
「今帰っても私の両親も居ないんですよね。暇のでご一緒してもいいですか?」
嘘だ、家に帰ればお母さんがいるだろう。
でもなんとなく先輩の傍に居たかった。
好きだとかそういうの抜きに、今の先輩を支えてあげたかった。
「…そうか、暇なら仕方ないな」
「ええ、仕方ありません」
「ありがとな」
今日何度目かわからない感謝の言葉。
それを聞こえなかったフリをして先輩に尋ねた。
「どこに行きましょうか?」
「俺はどこでもいいよ。」
そんな風に言う先輩にいつものめんどくさがりとは違う感情を見つけた。
素直じゃないですね、本当に。
「そうですね、少し疲れたのでどこかカフェにでも入りましょうか」
「任せるよ」
先輩は何も言わずについてきた。
私は昔の記憶を頼りにフラフラと歩いていく。
果たしてその店は昔と変わらずそこにあった。
「…ここは」
「覚えてました?初デートの時に来たところです」
まぁ厳密に言うとデート練習なんだけど。
久々に入ったそのお店は昔と何も変わらなくて。
まだ、写真撮るシステムも続いていた。
昔と変わらぬ店内で昔とは違う私達はどのように写真に写ったのか。
それを知るのは少し怖かったけれど、見てみれば何のことは無い。そのまま少し大きくなった私達が写っているだけだった。
先輩と顔を見合わせて少し笑う。
変化なんてこんなものかと。
大したことは無いじゃないかと。
やっとイチャイチャさせられた…。
さて軽くイチャイチャさせたところで次かその次辺りで八幡には地獄のように苦しい目にあってもらいましょう。
折角地元帰ってきたのに何のイベントもないわけねぇべ