店の雰囲気も良く料理も美味しくて良い時間を過ごせました。やるな秋刀魚。
泊地が広々としている。
S泊地はソロモン諸島に複数の拠点を構えており、人員を分散させている。
だが、今この泊地本部が閑散としている理由は他にもあった。
「秋刀魚漁……?」
同じ軽空母かつ大鷹型である大鷹から説明を受けて、神鷹は首を傾げた。
北方海域と中部海域で毎年行われている秋刀魚漁に、泊地のメンバーのうち結構な数が出向いているらしい。
「漁業船護衛の一環なの。報酬として獲れた秋刀魚をお裾分けしてもらえるのよ」
先輩として妹分にしっかりと説明する大鷹。
しかし、説明を聞いた神鷹は不思議そうな顔をしていた。
「大鷹姉さん。その――なぜ秋刀魚なの?」
「え?」
神鷹からの思いがけない問いかけに、大鷹は箒を掃く手を止めた。
「漁業船の護衛というのは仕事だから分かるけど、なんで秋刀魚でそこまで盛り上がってるの?」
「……さ、秋刀魚は美味しいから」
「そこは私も否定しないけど、他にもこの時期旬の魚はあるでしょう? なんで秋刀魚に特化してるのかなって」
神鷹の素朴な疑問に、大鷹は大きく心を揺さぶられていた。
言われてみれば、なぜそんなに秋刀魚一点特化なのかは分からない。
泊地の皆が当たり前のように「秋刀魚ヒャッホー!」「秋刀魚ワッショイ!」と言っていたので、その空気に流されていた。
「そもそも北方海域や中部海域って結構行くの大変ですよね。この辺りで獲れる魚って、他になかったんでしょうか」
「うぐぅ!?」
神鷹に悪気はない。
ただ純粋に疑問を抱いているだけだ。
それだけに、神鷹の言葉は大鷹に突き刺さる。
その疑問が「ごもっとも」だからだ。
「た、大鷹姉さん? 大丈夫ですか、急に胸を押さえてうずくまって……医務の先生呼んできましょうか!?」
「い、いいの神鷹さん。これは肉体的ダメージではないから……」
「そうなの?」
ダメージを与えた自覚のない神鷹がオロオロしていると、そこに大きな荷物を抱えた鳳翔と龍驤がやって来た。
荷物は、鳳翔が営む小料理屋で使う食材らしい。新鮮な魚特有の匂いが大鷹と神鷹の鼻腔をくすぐった。
「新鮮な魚……やっぱり、遠い秋刀魚より近場の魚が良いの……?」
「た、大鷹姉さん……!」
「なにしとるん君ら」
珍妙なやり取りを続ける二人に、思わず龍驤が突っ込んだ。
ショックを受ける大鷹に代わって神鷹が事情を説明すると、龍驤は腕組みをして難しい顔を浮かべた。
「うーん、確かに秋刀魚にそこまで拘らないといけない理由は、特にないなあ」
「では私たちは何のために秋刀魚漁に力を入れているのでしょう……?」
「んー、きっかけはよく分からんけど、今となっては皆楽しんでるみたいだし、それが理由ってことでええんちゃう?」
龍驤の回答は簡潔にして明瞭そのものだった。
隣にいた鳳翔もうんうんと頷いている。
「ちゃんとルールを決めて、他の方々の迷惑になっているわけでもなければ、やりたいからやる、というのでも良いと思いますよ」
「そうそう。きっかけだってそんなもんかもしれんよ? 大本営の誰かが秋刀魚食いたい思っただけかもしれん」
「駄目とは言いませんけど、さすがにその理由だとちょっといろいろ複雑な気もします」
「気持ちは分からんでもない」
龍驤は、そう言って神鷹の頭をポンポンと叩いた。
「けど、神鷹は面白いこと考えるなあ」
「そんなに変でしたか?」
「ああ、いや。秋刀魚じゃなくても良いんじゃないかってところや。考えてみればその通りやなーって」
「確かに、北方海域や中部海域の拠点ならともかく、うちがやるのは少々非効率的ですね」
なにせ数ある拠点の中でも最南端に位置する泊地である。
北方海域との往復はなかなかに辛い。中部海域は距離こそ近い方だが、好戦的な深海棲艦の勢力が強いので危険度が高い。
「鳳翔、この辺りで獲れそうな魚ってなにがある?」
「やっぱりマグロとカツオね」
「んー、カツオは釣り同好会からしょっちゅうお裾分けしてもらっとるしなあ。マグロ……マグロか……」
龍驤が渋い表情を浮かべて唸り始める。
「マグロだと、何か問題があるんですか?」
「んー、単純に漁が大変っちゅーのもあるけど、乱獲問題やら条約があるやらで、割と取り扱いが面倒なんよ」
「養殖事業を始めてみるとか、どうでしょう」
「発想は面白いけど、うちにそれやる余力があるとは思えんな……」
S泊地の経営状態は基本火の車状態である。
「秋刀魚漁に関してもいろいろな取り決めがなされた上で実施されていますからね。普段より思い切り獲れるので、盛り上がりやすい面があるのかもしれません」
「なるほど。簡単に説明できないものの、盛り上がっているのにはそれ相応の理由があるんですね……」
ふむふむと頷く神鷹。
どうも彼女は、知的好奇心が旺盛な性質らしい。
気になることについては、あれこれと考え込むところがあるようだった。
「そういや神鷹。アンタんとこは魚料理あんま食べないんやっけ?」
「あ、はい。日本やソロモン諸島に比べるとあまり食べないですね」
神鷹は改装空母であり、元々はドイツの客船だったという変わった経歴の持ち主だ。
改装されて初めて大鷹の妹分になったので、感覚的には義理の姉妹というものに近い。
「ドイツは海に面しているところが少ないので、こっちほど盛んではないですね」
「なるほどなるほど。なら興味はあるか?」
「え? あ、はい。そうですね。料理全般、興味あります」
「おー、そうかそうか。……なら、ちと実習してみん?」
そう言って龍驤は抱えていた荷物の蓋を開けた。
中には、先程も話題に上がっていたカツオが沢山入っている。
「さっきちょうど仕入れてきたところでな。ちょっと数が多いから、鳳翔のとこで多めに捌いて皆に振る舞おうと思ってたんよ」
「もし良ければご一緒にどうですか? 見学だけでも構いませんよ」
龍驤と鳳翔からの提案に、神鷹は目を輝かせて頷いた。
「是非。鳳翔さんの腕前、間近で見てみたいです」
「あれ、うちはスルー?」
「あっ、いえ、そういうわけでは……」
「冗談や冗談。ま、うちそんなに料理振る舞ったりせんからなー。できるイメージ全然ないのも仕方ないわ」
からからと笑いながら、龍驤は側でまだショック状態にあった大鷹の背中をつついた。
「大鷹、あんたはどうするん?」
「ハッ――も、勿論ご一緒します! 少しお待ちを!」
大鷹は、自分と神鷹の箒を持って倉庫の方に駆けていく。
その背中を見送りながら、龍驤は少し呆れたような笑みを浮かべた。
「忙しないなあ、あんたの姉ちゃん」
「あはは……。でも、いつも気にかけてくれるんですよ」
「せやなあ。初めて着任した妹分だから、いろいろ気にかけたくなるっちゅーもんやろ」
「私たちに妹分はいないけどね」
鳳翔の捕捉を、龍驤は「アホか」と笑い飛ばす。
「空母の艦娘は、うちからしたら皆妹分みたいなもんや」
「あら、私も?」
「鳳翔は別やな」
「……それはどう捉えれば良いのかしら」
「お好きなようにどーぞ」
そんなやり取りをしているうちに、駆け足で大鷹が戻ってくる。
龍驤に先程の言葉の意味を問い詰めようとする鳳翔。
それを大鷹と神鷹が囲みながら、四人は賑々しく小料理屋へと足を向けるのだった――。