不思議な行事です。
毎年の秋、秋刀魚祭りで盛り上がる泊地だったが、その一方で少しずつ浸透しつつあるもう一つの行事があった。
ハロウィンである。
海外艦を中心に少しずつ広まっていったハロウィンは、秋刀魚祭りほど大々的でこそないものの、ちょっとした集まりができるくらいの認知度になっていた。
今年は少し本格的なイベントにしたい――そんな去年の話を現実のものとするため、その日、何人かの海外艦娘が集まっていた。
「話し合いの前に、一つ良いかしら」
主要メンバーが揃い、これから会議を始めようというときに、イタリア艦娘のローマが手を挙げた。
「どうかしたのか、ローマ」
「ええ。ちょっと良くない話を聞いたものだから。これを見てちょうだい」
そう言ってローマはタブレット端末をテーブルの中央に置いた。
画面に映し出されているのはニュース記事である。
そこには「〇〇駅の惨事! ハロウィンに行われる乱痴気騒ぎ!」と書かれていた。
「こいつは、日本のハロウィンのニュースみたいだな」
「どう思う、ガングート。日本人は、もしかしてハロウィンを暴動か何かと勘違いしているのではないか、という懸念があるのだけど」
「大袈裟に考え過ぎだろう。この騒ぎがおかしいものだと思われてるからニュースになってるんじゃないのか?」
「うーん……」
ガングートの見解にも一理あるが、それでもローマの不安は晴れなかった。
もし日本の艦娘たちがハロウィンについてとんでもない理解の仕方をしていた場合、イベントを開こうとしても問題が起きる可能性がある。
「それなら直接誰かに聞いてみればよかろう。待っていろ、余が連れて来てやる」
煮え切らないローマに業を煮やしたのか、イギリス艦娘であるネルソンがすっと部屋から出て行った。
「なんだ、あいつ乗り気だな」
「ハロウィンは元々アイルランド・イギリスが本家本元だから、愛着があるんじゃないの?」
「そういうものか。私は正直馴染みが薄いから、あまりちゃんとした知識はないな。ちっこいのに『大人が子どもにお菓子を供給する日だよ』と教えられたくらいだが」
「結果のところだけ抽出して説明するとそうなるんでしょうけど、その認識はどうなのかしら……」
「なに、ちっこいのが真顔で冗談を言うのは私も十分理解している。そのまま真に受けているわけではないぞ」
ハッハッハと笑うガングート。
着任当初は近寄りがたい雰囲気を感じることもあったが、仲間に対しては近頃すっかり丸くなった。
そんなやり取りをしているうちに、ネルソンが「待たせたな!」と誰かを脇に抱えて戻ってきた。
「ど、どうも! 朝潮型駆逐艦一番艦の朝潮です!」
「どうだ、真面目一徹の朝潮なら嘘偽りなく答えてくれるだろう」
緊張気味に挨拶する朝潮と得意げなネルソンを交互に見て、ローマは些か不安を覚えたが、話が進まなくなるのでひとまず流しておくことにした。
「――ハロウィンですか。仮装パーティをするものだと荒潮から聞いたことがあります!」
ハロウィンについて尋ねられた朝潮は、ネルソンが期待した通り嘘偽りのなさそうな回答をした。
ローマの期待に半分だけ応えたような回答である。
「……そう。やっぱりハロウィンがどういうものか、泊地全体にきちんと普及させないとダメってことね」
「うむ……。では説明を頼めるかローマ」
「え?」
いきなり話を振られて、ローマは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いや……そこは本家本元のあなたが説明した方が良いんじゃないの? そっちの国が発祥なんでしょ?」
「発祥はそうかもしれないが、我が国はそこまで熱心にやってるわけではないぞ。ガイ・フォークス・ナイトの方が盛り上がっているしな」
「えぇぇ……」
「そんなわけで、ローマ、説明を頼むぞ」
突然梯子を外された格好になったローマは、周囲に助けを求めるような視線を投げかけた。
正直、ローマもそこまで知識に自信があるわけではない。
しかし、なんとなくこの場の空気からすると、間違いが許されなさそうな気がしてしまうのだ。
救いの手はないのかと思われたとき、一人の艦娘がおもむろに腰を上げた。
「お困りのようね、ローマ。なんならミーが説明するけど」
「ア、アイオワ……! あなた説明できるの?」
「モチのロン! 元祖はイギリスでも、本家は今やアメリカ! 本家ハロウィンの担い手としてパーフェクトな説明をしてあげるわ!」
「戦闘以外で初めて頼もしいと思ったわ……。ありがとう、それじゃお願いね」
さり気なく出たローマの本音にアイオワは首を傾げそうになったが、とりあえずスルーしておくことにした。
「ハロウィンというのは、主に子どもたちが仮装をしてあちこちの家を回り『トリック・オア・トリート!』と宣言して、お菓子か悪戯の選択を迫るイベントなのよ。元々はアイルランドの方で年の移り変わりを祝うお祭りだったと聞いているわね。年の境目には死者が出てくるから、その目を誤魔化すために仮装するようになったらしいわ」
スラスラと説明するアイオワに、その場の全員が感嘆の意を示した。
ただ一人、朝潮だけは若干腑に落ちない様子でいる。
「あの、アイオワさん。一つお聞きしても良いでしょうか?」
「なに?」
「それって、家の人からすると凄く迷惑なのではないでしょうか……?」
「なるほど、一理あるな」
朝潮の純朴な疑問にガングートが相槌を打つ。
予想外の問いかけだったのか、アイオワは少し困った顔になった。
「えーっと、それはそういうものだって決まってるから……。確か来られたら困るところは灯りを消しておけばよかったはずよ?」
「回避策があるのですね。合意の上で、ということなら問題なさそうです!」
「余からも質問を良いだろうか、アイオワ」
と、今度はネルソンが手を挙げた。
「なにかしら、ネルソン」
「提供するお菓子は提供する側が自由に選んで良いのか?」
「ブリディッシュなもの以外なら問題ないわ」
「おいなぜそこでうちの国を除外する」
「それは仕方ないでしょ……」
不服そうなネルソンに対し、ローマが心底嫌そうに言った。
この泊地でも少し前、マーマイトというイギリスにまつわる代物が悲しい事件を引き起こしている。
「……他にはないわね?」
「嗚呼、すまんアイオワ。私からも一つだけ」
と、ガングートがニヤリと悪戯っぽい笑みで問いかける。
「その悪戯ってのは、どこまでやっていいんだ?」
数日後のハロウィン当日。
泊地は、仮装をしている艦娘たちだらけになっていた。
海防艦や駆逐艦といった小さい艦娘たちは、仮装して戦艦・空母組を探し出し、トリック・オア・トリートをするようお達しがあったのである。
魔女の格好をしてビシッと決めた朝潮は、同じ朝潮型の姉妹艦と一緒にハロウィンイベントに繰り出そうとしていた。
「それで朝潮。悪戯って、どこまでやっていいの?」
荒潮が、興味津々といった様子で尋ねた。
お菓子よりも悪戯の方をメインと捉えているのかもしれない。
そんな荒潮の質問に、朝潮はキリっとした眼差しで応える。
「艤装の使用は許可されています。実弾を使わなければある程度無茶をしても良いだろう――とのことでした!」
――後日、このイベントを主催した海外艦たちが泊地の司令部にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。