S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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作者は無印と64世代でした。
64は友達の家で集まって4人でワイワイやっていた思い出。


艦娘カート(矢矧・陸奥・愛宕・佐渡・若葉・あきつ丸)

 S泊地から少し離れたところで、辺境に似つかわしくない駆動音が鳴り響いていた。

 音は五つ。いずれもゴーカートのエンジンによるものだ。

 

 先頭を行くのは陸奥の愛機『悪路王』。

 名前のせいで初見は勘違いされやすいが、性能は他のメンバーの愛機と同じである。

 ただ、乗り手の陸奥自身はオフロードでの走りも得意としていた。

 

「――やるわね!」

「負けないわよー」

 

 その陸奥の背後にピッタリとついているのは、愛機『普賢』を駆る愛宕だ。

 陸奥を風除けに使って、ゴール寸前で追い抜こうという算段なのだろう。

 二番手ながら焦りは見えず、むしろ余裕を感じさせる走りだった。

 

 次いで佐渡・若葉・あきつ丸が続く。

 後続集団三名は抜きつ抜かれつのデッドヒートだ。

 実力は伯仲しており、勝負がどう転がるか見ていてもまったく読めない。

 

「ゴーカート部は、こんな感じ」

「結構皆楽しそうにやってるのね。コースもなんだか本格的」

 

 そんなレースを見ているのは、ゴーカート部顧問を務める小野小道と、ふらりとサーキットを訪れていた矢矧だった。

 

 今日、矢矧は非番だった。

 姉妹との予定もなかったので、ときどきやっている島の探索に乗り出していたところ、ゴーカート部の活動を目にしたのである。

 

「存在は知ってたし、このコースも前から知ってはいたけど、活動を見るのは初めてなのよね」

「皆ある程度予定組んで活動するから……そこまで活動日数は多くないのよ」

 

 そう説明する小道は、泊地のスタッフの一人だ。

 普段は美容室を開いているのだが、どちらかというと内向的な性格で、普段の挙動も緩慢な方だ。

 あまりゴーカートと縁があるようには見えないが、紛うことなきゴーカート部顧問である。

 

「興味があるなら……試走してみる?」

「そうね、面白そうだし。でもカートはあるの?」

「来客用のカート……『無銘』がちゃんとあるわ」

 

 もしかしてゴーカート部では必ずカートに名前をつける習わしでもあるのだろうか。

 そんなことを考えながら、矢矧は小道に案内されてカートが格納されているエリアに足を踏み入れた。

 

 カートを整備するためのものなのだろう。様々な機器があちこちに設置されている。

 ちょっとした工廠のようだった。

 

「思ってたより充実してそうね。大淀が許可したの?」

「ええ。大半は……部員の自費とか、工廠のおやっさんの伝手とかで」

「なるほど。泊地からはそこまでお金出してないのね」

 

 貧乏泊地の予算管理担当である大淀が許可するくらいだ。

 資金面についてはほぼ部独自でやっているのかもしれない。

 

 来客用のカートは奥の方にあった。

 しっかりと手入れはされているようで、見た目はかなり綺麗だった。

 

 そこに、レースを終えた陸奥たちが戻ってくる。

 

「おっ、矢矧の姐さんじゃんか」

「見学か?」

 

 佐渡と若葉がカートに乗ったまま声をかけてきた。

 二人のカートは陸奥たちのものに比べると一回り小さい。

 体格に合わせてサイズを変えているのだろう。さすがに陸奥と佐渡が同サイズというのは無理がある。

 

「おっ、試走されるのでありますか」

「ええ、そうしようと思ってたところ」

「なら、私がエスコートしてあげよっか?」

 

 そう申し出たのは愛宕だった。

 佐渡や若葉から「愛宕だけズルい」という声があがるが、そちらは陸奥が宥めている。

 さすがに試走するのに何人も併走するのは厳しい。一人か二人くらいが限界だろう。

 

「じゃあ……愛宕とあきつ丸でお願い。先導上手そうだから」

「えー、そりゃないぜ監督!」

「我々ももう少し走りたいぞ」

「二人はすぐ勝負に走るから駄目」

「あらあら。私は?」

「陸奥も愛宕とセットだとすぐ熱くなるからNG」

 

 意外ときっちり監督をやっている。

 普段とは違う小道の姿に、矢矧は少しばかり新鮮なものを覚えた。

 

 

 

 シートに腰を下ろし、アクセルとブレーキの位置を確認。

 ハンドルを手にすると、今まで感じたことのない高揚感が一瞬湧き上がってくるのを感じた。

 

「ふっふっふ、良いでしょう」

 

 矢矧の変化に気づいたのか、愛宕がニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「場所柄もあって我々は普段車を使わないでありますからな! こういう機会でもないと、アクセルを踏み込んだり、ハンドルを回したりする感覚は味わえないであります」

「そうそう。横須賀とか呉だったらまた違ったんでしょうけど、ここ島だし、車道という車道もないものねえ」

「……なるほど。随分力を入れていると思ったけど、少しその理由が分かった気がするわ」

「なんの。まだこれからであります」

 

 フッと笑うあきつ丸。

 そんな三人の側に立った小道が、手に小さな旗を持っていた。

 

「それじゃ……これ降ろしたらスタートね」

「フライングはご法度だから気を付けてね」

「最初は気楽にやるでありますよ」

 

 それじゃスタート、と気の抜けた声と共に小道が旗を降ろす。

 

 アクセルを踏み込むと、拍子抜けするくらいアッサリとカートは動き出した。

 思った以上に少し踏むだけで良いらしい。矢矧を乗せた『無銘』は、徐々に加速していった。

 

「最初は安全運転を心掛けた方が良いわよ~」

 

 矢矧の少し前を行く愛宕とあきつ丸が、手本を見せるかのようにコーナーを曲がる。

 矢矧もそれに続く形で、ブレーキを踏みつつハンドルを切った。

 

「お、おお。なんかこの感覚――いいわね!」

 

 定められたコースで綺麗にコーナーを曲がる。

 言葉にすると単純だが、実際にそれが上手くと妙にテンションが上がる。

 

 そこからはしばらくストレートに道が伸びる。

 アクセルを思い切って踏み込むと、『無銘』は矢矧の意思に応えるかのように加速していった。

 

 そんな調子で一周、二周、三周と周回を続けるうちに、矢矧もおおよその感覚は掴めてきた。

 実際に走ってみることで、コースを身体で覚えたのである。

 

「ここは――こうね!」

 

 慣れてくると欲が出てくるもので、コーナーをより内側で、より速く曲がりたくなってくる。

 ストレートの道も、ギリギリまで速度を落とさず行きたくなる。

 

 そんな矢矧の変化を見て、愛宕とあきつ丸は互いに視線を交わして頷いた。

 

「それじゃ、少し本気でいってみましょうか?」

「ええ、是非とも!」

 

 ノリノリになってきた矢矧は、愛宕たちの提案に一も二もなく頷いた。

 今なら結構良い勝負ができる気がする。

 そんな予感に胸を躍らせながら。

 

 

 

「あ、甘かった……」

 

 試走を終えた矢矧は、『無銘』に乗りながら天を仰いだ。

 結果は惨敗。目立ったミスはしていなかったと思うのだが、愛宕やあきつ丸には徐々に引き離され、その差を埋めきれないままゴールを迎えることになってしまった。

 

「流石に経験値の差が大きかったというところね」

 

 観戦していた陸奥がタオルとドリンクを持ってきてくれた。

 矢矧自身気づいていなかったが、いつの間にか結構な汗をかいていたらしい。

 もらったドリンクを飲むのがやめられず、一口で全部飲み切ってしまった。

 

「車体性能は基本同じなはずなのに……」

「だからこそ経験の差が出てくるのよ。むしろ初めてにしては上出来だったと思うわ」

「そうそう。佐渡様なんて最初の頃はコースアウトもザラだったからな!」

「あれは、見ている側が不安だったな……」

 

 乗り始めたばかりの頃の佐渡のことを思い出したのか、若葉やあきつ丸が苦い表情を浮かべる。

 どうやら相当危なっかしかったらしい。

 

「それで……どうだった……?」

 

 カートを降りた矢矧に、小道がボソボソと尋ねてくる。

 

「ええ、面白かったわ。またときどき乗りたいくらい」

 

 そう言った瞬間、矢矧を囲む空気が微妙にギラついたものになった。

 具体的に言うと――獲物を逃がすまいとする狩猟者の雰囲気になった。

 

「あら、あらあら。それなら入部するのはどうかしら?」

「そうね。矢矧も来て六人体制になれば、ほら、二人乗りカート三チームでの対抗戦とかもできるかもしれないもの」

「そうでありますな。最近は予算繰りも厳しくマンネリ気味になっていたので、新しいメンバーは大歓迎であります!」

「そうだな。金がないんだ、この部は……」

「なーなー矢矧の姐さん、入ろうぜー!」

 

 純粋に誘ってくる者。

 いろいろと正直に内情をぶちまける者。

 様々なスタイルで取り囲んでくる一同に囲まれて、矢矧は「もしかして迂闊なこと言ったかな」と自分の言葉を振り返るのだった――。

 

 

 

「でも……普通に入部してくれたのね」

「お金の使い道ないので。ここ……」

 

 入部届を小道に渡しつつ、矢矧は若干物寂しげな眼差しを遠くに向けたという。


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