S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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ファッションセンスってなんだろう……。


センスが足りない!(卯月・弥生・朝霜・涼風・深雪)

 卯月が部屋に戻ると、弥生がなにやらパソコンをじっと見つめていた。

 普段から仏頂面な弥生だが、今はことのほか表情が硬い。

 まるでフランスパンのようだと思い、卯月は少しお腹が減った。

 

「やっよいー! なにしてるぴょん?」

 

 お腹が鳴らないよう腹に力を入れながら、卯月は弥生の後ろからパソコンの画面を覗き込んだ。

 映し出されていたのは、多種多様な服のリスト。

 弥生が見ていたのは、ファッション系の通販サイトだった。

 

「お給金溜まってきたから……なにか買おうかなって」

「ふーん。弥生なら何着ても似合いそうぴょん。迷う必要ないんじゃない?」

「ん……でも、こういうのは迷うのも含めて楽しいから」

 

 改めて見ると、弥生の表情は確かに硬いが、眉間にしわがよっていない。

 割と弥生は怒ってるとき特徴が出やすいのだ。今は全然怒っていない。ただ真剣なだけなのだろう。

 

「うーちゃんにはよく分からない感覚だぴょん」

「こういうのは、人それぞれだから」

「そういうものぴょん?」

「ん」

 

 しかし、分からなくとも問題ないと言われると、逆に興味が出てくる。

 卯月は弥生の頭越しに画面をしばらく見つめていた。

 

 爽やかな色合いの服、ほんのりとした明るさを感じさせる服、少し大人っぽい感じのする服。

 多種多様な服を弥生が着ている様を思い浮かべながら、卯月はポンと手を叩いた。

 

「そうぴょん! 弥生の服、うーちゃんが選んであげるぴょん!」

「え」

 

 卯月の善意100%の提案に、しかし弥生は苦い反応を示した。

 眉間にしわがよっている。

 

「いいよ」

「遠慮しなくて良いぴょん」

「遠慮じゃなくて……」

「じゃあなんだぴょん?」

 

 卯月に問われ、弥生は若干言い難そうに視線を逸らした。

 しかし、卯月が引かない様子を見せるので、やむなしといった様子で口を開く。

 

「だって卯月――センスないから――」

 

 センスないから――。

 センスないから。

 

 

 

「これ酷いと思うぴょん!?」

 

 それから少し経った頃。

 ソロモン諸島巡回船の甲板上で、卯月はプリプリと怒りを露わにしていた。

 

 話を聞いていたのは、卯月とよくつるんでいる深雪・涼風・朝霜である。

 一通り事情を聞いた三人は、しかし一様に何とも言い難い表情を浮かべていた。

 

「あれ、賛同ゼロぴょん?」

「いや、だってなあ」

 

 頭をかきながら朝霜は躊躇いがちに言った。

 

「実際、お前センスないだろ」

「あ、朝霜よ、お前もか――ぴょん!」

 

 賛意を得られないとは思っていなかったらしく、卯月は割と本気でショックを受けていた。

 

「なあ、卯月」

「なんだぴょん、涼風」

「お前、ときどき着てる文字入りのTシャツ、あれどう思ってるんだ?」

「イカスぴょん」

「駄目だお前センスねえよ」

「なんでだぴょん!」

 

 容赦なく袈裟斬りにかかってきた涼風に、卯月は納得がいかないという風に詰め寄った。

 

「あれをイカスと思ってるのは少数だっての! 一般的にあれはクソダサに分類される代物だ!」

「せめてダサかわいいって言ってやれよ」

「フォローになってないぴょん!」

 

 横合いから声を挟んだ朝霜にも悔しそうな眼差しを向ける卯月。

 そんな彼女の肩に手を置いたのは深雪だった。

 

「諦めろ、卯月。この深雪様、お前の気持ちは分かるぜ――あたしもセンスないからな。悔しいよなあ」

「なんか味方っぽいこと言ってるけど結局うーちゃんのファッションセンスは肯定してくれないぴょん!?」

「まずは自覚することが大事ってことだな」

 

 ケラケラと笑う朝霜は、結構なお洒落さんである。

 爽やかで動きやすそうな方向性に偏りがちではあるが、朝霜の私服はなんというかサマになっているのだ。

 

「朝霜は結構センスあるよなあ。見習いたいもんだぜ」

「お前だって結構良い感じの私服多いじゃん」

「いや、うちは村雨の姉貴とか海風の姉貴がそういうのうるさいからな……」

 

 涼風も割と私服のセンスは良い。

 姉たちの影響だと本人は言っているが、そんな姉の指導を受けた結果、彼女自身のセンスもかなり鍛えられている。

 

「うちはお洒落に無頓着な姉妹多いんだよな」

 

 はあ、と深雪がため息をつく。

 吹雪型の面々は、ファッションへの関心が薄かったり、倹約家で服をあまり持っていなかったり、別の趣味にお金をかけるタイプが多い。そのため、姉妹艦の会話でファッションが取り上げられることはほとんどなかった。

 

「くっ、この面子に賛同が得られなかったばかりか明暗がくっきり分かれるとは――なんか屈辱だぴょん」

「お前今やけに小難しい言い回ししたな……」

 

 妙なところに感心する涼風をスルーし、卯月は巡回船の行く先を見据えた。

 彼方には、ソロモン諸島の首都・ホニアラが見える。

 何度も深海棲艦に侵攻され、陥落しては復活することから、不死鳥都市という良いのか悪いのか判断に困るような渾名がつけられている都市である。

 

 ソロモン諸島の中では、群を抜いて都会でもある。

 S泊地のメンバーにとっての都会とは、即ちホニアラのことだった。

 

「あそこでうーちゃんのセンスを見せてやるぴょん……」

「おい意地張るなよ」

「服買うならあたいらが見てやるって」

「袂を分かった連中のアドバイスは受けないぴょん!」

 

 ふんす、と鼻息を荒げる卯月に、朝霜と涼風はお手上げのポーズを取った。

 

「なあ、卯月よ」

 

 そんな卯月に待ったをかけたのは深雪だった。

 

「別にファッションセンスなんかなくても良いじゃねーか。あたしもないけど、そこまで気にしてないぞ?」

「……」

「卯月だって、今までは別に気にした素振り見せてなかっただろ?」

 

 深雪にそう言われて、卯月は拗ねたように踵を蹴った。

 

「――別にうーちゃんだって、そこまでファッションセンスが欲しいわけじゃないぴょん」

「なら、なんでそんな怒ってるんだ?」

「……弥生に服買ってあげようとしただけなのに、あんな反応されたら納得いかないぴょん」

 

 ああ、と三人の中で腑に落ちるものがあった。

 結局のところ、卯月は弥生の反応に不貞腐れていただけなのだ。

 ファッションセンスは、そのきっかけに過ぎない。

 

「だったらさ、朝霜たちのアドバイスでも何でも借りて、弥生があっと驚くようなものお土産に買っていってやろうぜ」

「それじゃ意味ないぴょん」

「あるある。アドバイス聞いてでもなんでも、最後に卯月が判断したなら、そりゃ卯月の決めたものだ」

 

 深雪にそう諭されて、ようやく卯月は不承不承頷くのだった。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 

 弥生へのお土産を買って戻った卯月を待っていたのは、「うづき」と大きくプリントされたTシャツを手にした弥生だった。

 

「――弥生、これは何ぴょん?」

「……この前の、悪かったと思って。ああいうのは、自分が良いと思ったものを着れば良いから。……だから、卯月が好きそうなの作っておいた」

 

 プレゼント交換をして、無事仲直りをする二人。

 それを遠くで見守りながら、やれやれと肩を竦める三人組。

 

 更に後日、交換し合った服を着て仲良く出かける二人の姿があったとか。


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