S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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少し前のことになりますが、八景島シーパラダイスで瑞雲を拝んできました。
しかし凄い賑わいでしたね。ステージとアトラクションの両立は一日では無理でした……。


活気の集う場所

 神奈川県横浜市南東部には、八景島と呼ばれる人工島が存在する。

 今、そこに遥か南の島からの来客が足を踏み入れていた。

 

「や、やっと着きました……」

 

 到着早々、疲れ切った声を出したのは秋月である。

 空港からここまで電車でやって来たのだが、混雑が酷くて、常に押し潰されていたのだ。

 いくら艦娘が人間より高い身体能力を持っていようと、あの密集地獄はきつい。

 

「これだから都会は苦手デース……」

 

 うへえ、とげんなりした顔で秋月の後から出てきたのは金剛だった。

 彼女たちは普段、田舎も田舎の辺境の島に暮らしている。

 こういう大混雑はほとんど経験していないため、耐性がないのだった。

 

「姉さんたち、すっかりダウンしてますね」

「すぐに回復すると思いますよ。二人ともタフですから」

 

 秋月と金剛に続いて駅から出てきたのは、涼月と榛名である。

 今回、S泊地は横須賀鎮守府に招待される形でここまで来た。

 予定が空いている者たちの中から抽選で選ばれたのが、この四人だった。

 

 さすがに駅から出ると人口密度は大幅に緩和される。

 開放感に包まれながら、秋月と金剛は思い切り背を伸ばした。

 

「んー、でも良い場所ネ! できれば貸し切りで来たかったところだけど」

「多分、施設の方に行ったらまた混んでるんでしょうね」

「ははは、そう嫌がらないでよ」

 

 先行きを案じる二人に「やあ」と声をかけてきた者がいる。

 

「――伊勢さん!」

「こうして顔を合わせるのは久しぶりだね、榛名」

 

 S泊地の伊勢とは別の――横須賀鎮守府に所属している伊勢である。

 顔を合わせるのは有事のときくらいだが、榛名とはときどきメールで連絡を取り合う仲だった。

 

「こちらとしては千客万来でホクホクといったところだからね。混雑上等ってわけよ」

「期間限定の施設開放――うん、良い試みだとは思うネ」

 

 金剛が汗を拭きながら、施設に向かって歩いていく人の波を見やった。

 

 八景島には著名なレジャー施設があった。

 しかし、深海棲艦の侵攻が始まって以降、湾岸沿いの設備は襲撃の恐れありということで、あまり人が寄りつかなくなり、当分の間は閉鎖する、というところまで追い込まれてしまったのである。

 

 これを横須賀鎮守府の協力で一時的に復活させよう、というのが今回の試みなのである。

 

「安全さえ確保できれば、あそこはいろいろな設備が整った良い施設だからね。人は集まると思ってたよ」

「伊勢さんたちがかなり力を入れていた、と吹雪さんから聞きました」

「あ、そうなの? 吹雪もお喋りだなあ。秋月、他に何か聞いた?」

「ボルシチがおススメだと」

 

 期待感溢れる眼差しを向けてくる秋月に、伊勢は若干困ったような笑みを浮かべた。

 

「あー。ボルシチね」

「なにか問題が?」

「いや、うん。……まあ、ずっとここにいてもなんだし、とりあえず案内するよ」

 

 歯切れの悪い伊勢に先導され、四人は大橋を渡り、施設へと向かっていった。

 

 

 

「今の待ち時間は、三時間ほどの見込みです」

「えっ……」

 

 スタッフから告げられた無情な言葉に、秋月の瞳から光が消えた。

 

 施設に入って道なりに進んだ場所。

 そこで遭遇した行列――ボルシチ待ちの列を見て「これなんの列ですか」と尋ねたのが、秋月の悲劇の始まりだった。

 

「ここに並んでる人たち、全部ボルシチ待ちなんですか……?」

「そうなりますね」

「えっと、ずっと並んでないと……駄目、ですよね……」

「それは、まあ、はい」

 

 スタッフとのやり取りを終えて金剛たちの元に戻ってきた秋月は、どことなく闇を感じさせる雰囲気をまとっていた。

 

「姉さん、大丈夫?」

「はい。秋月は大丈夫です」

「あの、それ私の台詞……」

「秋月は大丈夫です。行きましょう」

 

 ゆらりと幽鬼のような足取りで進んでいく秋月の背中を見ながら、金剛たちは困ったような表情を浮かべた。

 

「秋月さん、とても楽しみにしてましたからね」

「私もこんなに混雑してるとは思いませんでした」

 

 どこまでも続いてそうな列を眺めながら、涼月が素直な感想をこぼした。

 

「特典つけたのがまずかったかもねえ」

「特典?」

「うちの鎮守府で人気ある子のグッズを少々」

「伊勢さん、商売っ気出し過ぎです」

 

 榛名に突っ込まれて、伊勢は「いやーまいったよ」と実に嬉しそうな顔をしてみせた。

 どう見てもまいっている顔には見えない。

 

「というか、行列だらけですね」

「それだけ、この施設の再開を楽しみにしていた人が多かったんでしょうね」

 

 施設にはアトラクションが沢山あるのだが、どこも人が多く、何に乗るにしても三十分以上は待つことになりそうだった。

 人の多さに圧倒される涼月の肩に、榛名がそっと手を乗せた。

 

「これも横須賀鎮守府の努力の賜物ってことネー?」

「自分で言うのもなんだけど、そうだと思ってるよ。いや、うちだけの働きじゃないけどね」

 

 施設には、老若男女問わず様々な人々の姿があった。

 共通しているのは、皆が楽し気にしているという点である。

 

 延々と続く行列にもめげず、近くにいる人々と談笑している者。

 一人パンフやスマホを見ながら、どう回ろうかと計画を練る者。

 近くの椅子に腰かけて、のんびりとクレープを食べる者。

 

「――平和ネ」

「うん、平和。実のところ、海外の拠点の艦娘を招待したのは、この風景を見てもらいたかったからなんだよね」

 

 海外にいると、どうしても日本国内の状況には疎くなる。

 そんな遠い地の艦娘に、自分たちの活動が人々のためになっていることを知ってもらいたかった、と伊勢は語った。

 

「内地の平和は、そっちの功績だと思うケド」

「私たちだけで維持できる平和じゃないよ。海外の拠点が踏ん張ってくれるからこそ、こういう催しもできたんだ」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」

 

 伊勢の言葉に榛名が笑みを浮かべる。

 

 そこに、ふらふらと先行していた秋月が、幼子を連れて戻ってきた。

 

「姉さん、その子は?」

「それが、どうも迷子みたいで……」

 

 四歳か五歳くらいの子だ。

 どうやら、この混雑の中で親とはぐれてしまったらしい。

 

「どうしましょう、姉様」

「言わずもがなネー。まずはこの子を助けるところから始めマース!」

 

 金剛の宣言に、榛名たちが一斉に頷いた。

 秋月も、瞳に光が戻っている。ボルシチのショックよりも、困った人を見過ごせないという想いの方が強いのだろう。

 

 ……親が見つかったら、スタッフ用のボルシチでもお裾分けしてあげようかな。

 

 手分けして親の捜索に動き出すS泊地の面々を見ながら、伊勢はそんなことを思う。

 

 

 

 束の間の復活を遂げた施設は、大勢の来客に恵まれ、昼夜問わず活況を呈した。

 その結果を受けて、横須賀鎮守府は時折同施設とイベントを開くようになったという。


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