猛暑である。
南国に位置するS泊地は年中高温多湿の環境にあるが、今日はまた格段に暑い。
「そんなわけで涼しくなるよう怖い話をしようと思う」
厳めしい表情でか細く告げたのは鈴谷だった。
両隣には沖波と高波、正面には熊野と長波・朝霜がいる。
「怪談って言えば夏の風物詩だからねえ」
「で、でも私は特に話せるようなことないかも、です……」
「ああ、いいよいいよ。怪談しようっていうの思いつきだし。ネタある人だけで全然オッケー」
恐縮する高波に、鈴谷は「気にするな」と手をひらひら振ってみせた。
そんな中、真っ先に手を挙げたのは朝霜だった。
「んじゃ、あたいからいってみようかね」
「ノリノリですわね。何か自信のあるネタでも持っているの?」
「まーな。と言ってもあたい自身が見聞きしたネタじゃあないんだけど」
それは、朝霜がこの泊地に来る前にいた鎮守府での話らしい――。
あたいが元々いた鎮守府は、いろいろあって急遽設立した曰く付きの鎮守府さ。
最初の頃は廃校を営舎として利用していたらしい。あたいが着任した頃も残ってたっけ。今はどうだろうな。
廃校。ベタだろう?
表向きは近くの別の学校と合併して、生徒はそっちの方に移ったって言われてたみたいだけど――まあ、実際はどうもそういう単純な話だけじゃなさそうだって噂があってさ。
その学校、呪われてたらしいんだよ。
阿呆くさいと思うかい?
でもさ、艦娘なんてのがこの世にいるんだから、幽霊だとか呪いだとかだって十分あり得ると思わないか?
深海棲艦だって、ある意味一種のお化けみたいなもんだろう?
まあ、それを言ったら艦娘も似たり寄ったりなんだろうけど――。
話を戻そう。
呪いとやらが具体的に何を指し示すのかは誰も知らなかった。
ただ、その学校では不審死を遂げる教員や生徒が出ていたらしくて、そういうところから広まった噂なんだろう、と鎮守府の皆は言っていた。
で、物好きな、その不審死について調べてた奴もいてさ。うん、新聞にも残っていたそうだぜ。
地方紙の隅っこに、一度きり。そういうパターンが多かったんだそうだ。
妙な話だよな。人が死んでるのに、なんか「あまり騒ぎ立てるな」みたいな扱いされてる。
とは言えそれ以上は調べることもできない。
興味本位で警察とかに当時のことを聞くわけにもいかなかったし。
当然、廃校になったときに、当時の学校の資料なんかは全部処分されてたからな。
お手上げってやつさ。
けど、妙な縁というのはあるもんでね。
鎮守府のスタッフに、当時のことを知ってる人がいたんだよ。
地元暮らしで採用されたスタッフ。廃校の元生徒だったらしい。
その人が言うには、呪いだなんだってのは噂に尾ひれがついて回っただけだろうって。
廃校になったのは普通に統合された結果で、廃校になるまでは生徒も教員も普通に通ってた――ありふれた学校だったらしい。
ただ、不審死を遂げた人がいたのは事実で、当時はちょっとした騒ぎだったそうだ。
なんでも、死んだ人たちには一つの共通項があったらしい。
なんだと思う?
……ああ、なんかここまで来て話すべきか少し悩んじまうな。
もったいぶるなって?
うーん、なら言うけど、あとで文句言わないでくれよ?
不審死を遂げた人たちは、夜間に集まって怪談をしていたらしいんだ。
……嫌そうな顔すんなよな。だから言ったんだよ。もうやめないからな?
怪談倶楽部っていう、同好会みたいなのがあって、そのメンバーと友達と、顧問の先生。
結構賑やかそうだよな。実際、結構盛り上がったらしいぜ?
動く石像。トイレの花子さん。追いかけてくる人体模型。人を喰らう体育倉庫。人を呼ぶ自殺スポット。音楽室の生きた肖像画。
そんなよくある怪談話で、ひとしきり盛り上がったんだそうだ。
そのとき語られたのは六つの怪談。これは生徒たちが語ったんだそうだ。先生たちはただ聞いてるだけだったそうだよ。
で、あと一つあれば七不思議になるのにな――って誰かが言い出したらしい。
そんなの別にこだわらなくても良さそうなもんだけど、参加してた生徒たちはすっかり盛り上がっちまってな。
その場で、七番目の怪奇を創作しちまったんだ。
しかも、その内容がまたえらく物騒なもんでな。
夜に学校で怪奇を語る者は、怪奇に成り果てるであろう――ってな。
で、その場は何事もなく解散。
生徒たちはその夜のことを楽しい思い出にして、翌日から再び学生生活に戻った。
けど、一週間くらいした頃だったかな。
そのときの一人が、いなくなったんだよ。
親御さんから学校に連絡があって、教員は一生懸命捜索したらしい。
で、学校の中庭に石像があったらしいんだけど、その石像の下の地面が少しおかしいって誰かが気づいた。
どうも、何か掘り返して埋めたように見えるってな。
しかも石像の手元は、なんだか分からないが赤黒いものが付着している。
気味悪いなぁと思いながら皆がそこを掘り返すと――出てきたわけだ。そいつが。
勿論、生きちゃいない。けど、地面の下に埋められたせいで死んだわけでもなさそうだった。
頭部を硬い何かで殴られたのが致命傷だったそうだぜ。
それを皮切りに、被害者は少しずつ増えていった。
二人目はトイレで。三人目は廊下で。四人目は体育倉庫で。五人目は飛び降りだ。
長波姉は気づいたみたいだな。
そうそう。この人たちの死因、怪談話で出てきたものばかりなんだよ。
残った一人も気づいた。自分が語った音楽室には決して近づくまいと誓ったそうだぜ。
音楽の授業はサボった。先生に怒られようと家族に叱られようと、決して行かなかった徹底ぶりだ。
その甲斐があったと言うべきなのか――六人目の犠牲者は、そいつじゃなくて、怪談話のときに立ち会った顧問の先生だった。
その先生は別に音楽担当ってわけじゃなかったらしいんだが、音楽室で、突然心臓麻痺を起こして亡くなったらしい。
そうして一人生き残ったそいつは、罪を告白するように、あたいらにこの話を聞かせた――ってわけさ。
そこで朝霜の話は終わった。
話をじっと聞き入っていた周囲の面々は、すっかり表情を青くしている。
「それって、本当の話なんですの?」
「怪談話をしてた連中が不審死を遂げた……ってのはマジだぜ。少なくともそいつはそう言ってた」
「怪談話の怪談というのは想像してなかったよ……。朝霜ってば、恐ろしい隠し玉いきなりぶっこんで来るんだから」
「……で、続ける?」
長波の問いに、頷く者はいなかった。
「じゅ、十分冷えたかもです……」
「そうだねえ。これ以上話すと私たちも不審死を遂げかねないし、今日はこれくらいにしておこっか」
自然と解散ムードになる鈴谷たち。
その中にあって、一人黙りこくっていた沖波が、朝霜の側に寄ってきてコッソリと尋ねた。
「……ねえ、朝霜」
「ん?」
「結局、現実のものになったのは六つだけだったの?」
沖波の問いかけに、朝霜は表情を硬直させた。
その反応を見て、沖波はもう一歩踏み込む。
「その人、呪いの噂を否定してたのよね。でも、さっきの話を聞く限りだと、不審死は呪いそのものに見える。……七つ目って、なかったの? その話って、本当にさっきので――」
「沖波姉」
そこで、朝霜は沖波の口に人差し指を押し当てた。
「この話は、ここで終わりさ」
朝霜が元々いた鎮守府は、既にない。
事の顛末を語ったというスタッフが今どうなったかを確認する術も、既に失われている。
「それとも――続けたいのかい?」
猛暑の中、いやに冷たい風が、沖波の頬を撫でた。