今回は割とスローペースで、ようやくE5のゲージ2本目です。沼らないかが不安。
その日、オイゲンは暇を持て余して泊地内を散策していた。
最近、泊地は月一回の有給消化を義務付けるようになった。
それを失念していて、月末に慌てて取得。その結果出来上がったのは、何の予定もない休日だった。
プランも何もないので、誰かを誘って何かをするというのも難しい。
それでやむなく、一人泊地内を当てもなく歩き回っているのだった。
「うーん、流石にそうそう新しい発見はないよねえ」
オイゲンが現在いるのはS泊地の中央支部である。
ショートランド島にある本部と比べると規模も小さく、多少歩けばすぐに一周できてしまう。
小さめの拠点ということもあって、正午前に早くもオイゲンの散策は終わろうとしていた。
どうしたものか――と舎に戻ってきたところで、玄関の脇のところに何かが落ちていることに気づいた。
「なんだろう、これ。日記帳?」
市販の日記帳のようだったが、持ち主の名前は書かれていない。
ただ、新品というには些か使い込まれているようで、少し汚れが見て取れた。
「誰かが落としていったのかな」
とは言え、名前が確認できないのでは届けようがない。
中を見れば誰のものか分かるかもしれないが、勝手に見て怒られないかどうかが気になった。
日記帳を持ったままオイゲンがそわそわしていると、外から誰かが戻ってきた。
「あれ、オイゲン。そんなところで突っ立ってどうしたのよ」
声をかけてきたのは、オイゲンの同期である朝雲だった。妹の山雲も一緒である。
「あ、二人とも。丁度良かった、これ誰のか分かる?」
オイゲンから差し出された日記帳を手に取ると、朝雲は「ああ」と頷いてみせた。
「これ、リレー帳じゃない」
「……リレー帳?」
「そうそう。正式名称はよく知らないけど、皆そう読んでるのよね」
見てみなさいよ、と朝雲は躊躇いなくノートを開いてオイゲンに差し出した。
遠慮がちに中を覗いてみると、そこには様々な内容の記事があった。
普通の日記のように、日々の出来事を綴っているのは由良。
新聞記事のような構成の内容にしているのは、青葉――ではなく衣笠だった。
やたら達筆そうな筆書きなのは、おそらく神通なのだろうが、字が崩してあるので、オイゲンは正確な読み取りができなかった。
イケメン風の長門が描かれているページもあった。秋雲とサインされている。
「いろんな人が書いてるんだ」
「形式も自由。交換日記ならぬリレー日記……といったところね」
「山雲もねー。前に書いたことあるんだよ」
見ると、確かに山雲の名前が書かれたページがあった。
そこには、泊地本部で山雲が育てている野菜の飼育状況が書かれている。
簡単なイラストも描かれていた。どうやら一緒に野菜を育てている艦娘――おそらく萩風辺りを描いているようだった。なんとも微笑ましくなるページである。
「でも、なんでこういうのがあるんだろう?」
「元々はお富士さんが企画したものらしいわよ。泊地もかなり人が増えたから、普段なかなか交流する機会のない人たちもいるだろうし、そういう人たちが交流するキッカケにでもなれば――って」
お富士さんというのは、以前泊地の提督を務めていたお婆さんのことだ。
厳しいことで有名で、オイゲンも何度か雷を落とされたことがある。
ただ、その厳しさは常に相手をより良い方向へ導こうという意思から出ているものだった。
「ねえねえ、これって私が書いても良いのかな」
「別に良いんじゃない? 特に記入者に制限設けるようなルールはないはずだし」
「気が向いたら書いてねー、次に適当な人に渡すんだよ」
随分と緩いルールで運用されているらしかった。
だからこそ、こんなところに置き忘れられていたのだろうが。
「これまで書かれた内容見るだけでも結構時間潰せて面白いわよ。艦娘だけじゃなくて、スタッフの人たちも書いてたりするし」
「へえ。楽しみだなあ。ちょうどやることなくて暇だったんだよ」
「あら、暇だったの?」
そいつは良かった、と朝雲は手を叩いた。
「日記も良いけど、その前にちょっと畑仕事手伝ってくれない?」
「今回種をいくつか持ってきたから、ここの畑を少し広げたいの」
そのときようやくオイゲンは、二人が農作業用の格好をしていることに気づいた。
どうやら作業の途中だったらしい。
「いいよいいよー。情けは人の為ならずってやつだね!」
「正しく覚えているのか偶々合ってたのかどっちかしらね……」
「あ、朝雲酷いなあ! 私だって何年も日本語に触れてるし、そうそう角を違えることはないよ!」
「……お門違いって言いたいの?」
「そう、それ!」
「オイゲンさんの言語学習過程が気になるわね~」
何気に辛辣とも取れそうな発言をする山雲にハテナマークを浮かべながら、オイゲンは準備を整えるべく、リレー帳を片手に部屋へと戻っていくのであった。
オイゲンがリレー帳を拾ってから一週間後。
泊地本部に戻ってきたオイゲンが歩いていると、背後から「ぴゃー」と何者かに抱き着かれた。
「な、何奴でござるぅ!?」
「ふっふっふー、良いではないか良いではないかー」
わざとらしい反応を示すオイゲンに抱き着いているのは、普段からよく一緒にいることが多い酒匂だった。
同じドイツの艦娘を除くと、一番親しい間柄の相手と言えるかもしれない。
「むむ、その手に持っているものは……!」
「ん、酒匂これ知ってるの?」
「――なんだっけ、それ?」
知らなかったらしい。最初のリアクションは特に意味のないものだったようだ。
確かに、酒匂の書いた記事と思しきものは見当たらなかった。酒匂の姉である阿賀野は何やら珍妙なものを書いていたようだが、オイゲンにはそれがなんなのかサッパリ分からなかった。
試しに酒匂にその部分を見せると、やはり分からなかったのか、頭に疑問符を浮かべていた。
「阿賀野お姉ちゃんは、いろいろと独特だからねえ」
それは酒匂も同じじゃないかなあ、と思うオイゲンだったが、あえてツッコミは入れなかった。
割と空気を読むこともあるのである。
「面白そうだし、酒匂も書いてみようかな」
オイゲンから一通りリレー帳の話を聞いて、酒匂も興味を持ったらしい。
「そう? 丁度良かった。次、誰に回そうかで悩んでたんだ」
きっと自分の前の人もそうやって迷った挙句、あそこに置いていったのかもしれない。
自分の前に記事を書いていた艦娘の名前を思い浮かべながら、オイゲンは一人頷いてみせた。
「でも、こういうのも面白いね。秘密じゃないけど、なんだか秘密を共有してるみたいで」
そう言いながらページを開こうとすると酒匂を、オイゲンはそっと制止した。
「酒匂、見るのは部屋に戻ってからでお願い」
「え、なんで?」
「いや……なんか改めて考えると、自分の書いたこと見られるのが、なんか気恥ずかしいというか」
「そういうものなんだ」
リレー帳を抱えて動きを止める酒匂。
オイゲンの警戒心の混じった眼差しが若干緩んだ瞬間、酒匂は素早くノートを開いてみせた。
「あーっ、駄目! 駄目だってばー! 返して!」
「ぴゃー! そう言われると気になるんだもん!」
リレー帳を片手に駆けまわる酒匂と、それを追いかけるオイゲン。
後日。その様子を見ていたとある戦艦によって、その一部始終がリレー帳に書かれることになり、オイゲンが意外と恥ずかしがり屋という情報が泊地に広まることになったのだが――それはまた別の話である。