今回は資源消費量が過去最大だった気がします。
急いで回復に努めないと……。
これは、湿気の酷い夜の話。
「今日はいろいろあって疲れたねえ」
「数日分は動いた気がしますわ……」
最上と三隈は、へとへとになりながらも夕食と入浴を済ませ、やっとの思いで部屋まで戻ってきた。
普段は身だしなみに気を遣う三隈だったが、今はボサボサになった自分の髪を見ても「明日整えますわ」と先送りにするくらい疲れている。
「明日も早いですし、今日はもう寝た方が良いわね」
「そうだねー。……ああ、明日のこと考えたくない。なんで明日は休日じゃないんだぁ」
頭を抱えながらベッドに倒れ伏す最上。
現実は非情なものだ。疲労困憊だろうとなんだろうと、勤務日は遠慮なく容赦なくズカズカと近づいてくる。
「愚痴っても仕方ないですわよ、もがみん。三隈はもう寝ますわ。もがみんも早く寝た方が良いですわよ」
「んー」
いつの間にか夜着に着替えていた三隈は、すっとベッドに入り込んだ。
それから一分も経たないうちに、上品な寝息が聞こえてくる。もう寝たらしい。
「よっぽど疲れてたんだな、三隈」
疲れ、という言葉を口にした途端、最上は凄まじい倦怠感に襲われた。
身体が先程までの数倍は重くなった気がする。
「ボクも人のこと言えないか。さっさと寝よう……」
のろのろと着替え、電気を消してベッドに入り込む。
今はただ、明日に備えて休むことだけを考えよう――。
「おかしい」
思わず疑問が口から出てしまった。
あれから一時間。
相変わらず疲労は残っているのだが、なぜか眠れない。
今日はいつも以上にジメジメしているからだろうか、と汗を拭う。
S泊地があるソロモン諸島は年中高温多湿に見舞われているが、今日は特にひどい気がする。
「ドライでもつけてみるかな……」
三隈と折半で購入したエアコンで、ドライをオンにする。
少しずつだが、湿気のひどさはマシになってきたような気がした。
「よーし、これで寝られるだろ……」
おやすみ、と横になって目を閉じる。
「おかしい」
湿気は改善できたはずなのだが、今度は身体のあちこちがむず痒くなってきた。
それが気になって、どうにも眠れない。
「虫でも入り込んだかなぁ」
暗闇の中を注視してみるが、虫の気配はない。
となると、単純に自分の身体の問題と考えるべきだろう。
「困ったな。なにかで気を紛らわせるか……?」
そこでふと、先日購入したばかりの電子コミックがあることを思い出す。
手持ちのタブレットをベッドの中でつけて、三隈を起こさないよう注意しながらコミックに目を通す。
「あ、これも新刊出てる。電子書籍は予約したのすぐ忘れちゃうんだよね」
最初に思い浮かべていたのは一冊だけだったが、いざ端末を開いてみると、新刊は五つもあった。
それ以前に積んでいたものも四冊くらいある。
「……寝落ちするまで適当に読めばいいかな。うん、読んでるうちに眠くなってくるよね」
そう自分に言い聞かせながら、最上は一冊目の表紙をタップした――。
「うん。そんな気はしてたんだ」
三冊読み終えた辺りで、流石に本を読む手を止めた。
むず痒さは消えた。
そして、脳が活性化した。
端的に言うと、眠気はますます遠のいた。
時刻は既に午前二時。
早めに休もうとベッドに入ったのが十時頃だから、もう四時間経過したことになる。
明日は――というか今日は六時くらいに起きないとまずい。
「よし、もう寝る。寝ることに集中するぞっ」
自分に言い聞かせて、再び目を閉じる。
湿気はない。むず痒さもない。
今なら眠れるはずだった。
「……眠くならないな」
時間を確認する。二時十分。少し焦りが募る。
「いや、余計なことは考えるな最上。今は寝ることだけ考えるんだ……!」
目を閉じて、身体を動かすまいと丸くなる。
無心。余計なことを考えまいと、無の境地を目指す。
聞こえてくるのは、自分の呼吸音くらい。
このままいけば、眠れるはずだった。
「うぅん……ぼ、ボンジョールノォ……」
そのとき、聞こえてしまった。
対面で眠っている、三隈の寝言。
小さな、本当に小さな――よほど耳を澄ませなければ聞き逃してしまうくらいの寝言である。
ただ、最上には聞こえてしまった。
眠るため、己の中から余計なものすべてを削ぎ落そうと集中していたが故に。
(……ボンジョルノって、何語だっけ?)
集中していた風船の如き最上の意識に、三隈の寝言は針のように突き刺さった。
己を無にしていたが故に、外部からの刺激に対する抵抗がなくなってしまっていたのである。
(ボンジョルノって挨拶、よくしてくるのは……あれ、誰だっけ。いや、よく聞いてるんだけど。どれが誰か、出てこない……!)
ボンジョルノ。
グーテンモーゲン。
チャオ。
誰だったか――と必死に考えた結果、一人の艦娘のことを思い出す。
「そうだ、ルイージだ!」
しかし、そこで更なる疑問が最上の意識を侵食する。
「待った。ルイージは各国を渡り歩いてきた艦歴の持ち主だ……だから挨拶はいろんな国の言葉を使う。ボンジョルノもグーテンモーゲンもチャオも別々の国の挨拶だったはず……」
となると、ボンジョルノは結局どこの言葉なのか。
そもそもあの子はどこの国を渡り歩いてきたんだったか――。
「って、これじゃ寝られないよーっ!」
集中が完全に途切れてしまい、頭の中がカオスなことになっていく。
時刻は二時半。
最上は一人、強大な敵を前に、打ちひしがれるのだった――。
翌日。
夜勤上がりの潜水艦隊が朝食を取ろうと間宮に向かっていると、目の下に大きなクマを作った最上と、それを支えながら歩く三隈の姿があった。
「どうしたんでち? 最上すこぶる調子悪そうだけど」
「風邪でも引いたー?」
心配そうに声をかける伊58とルイージを見て、最上は一瞬身体を硬直させた。
「ルイージ……」
「なーに?」
「ボンジョルノって、何語?」
「え、イタリア語だけど……」
突然何を言っているんだろう、と思いつつ、ルイージは最上の疑問に応える。
それを受けて、最上の目から僅かに涙が零れ落ちた。
「そうか――ありがとう」
グッとサムズアップしながら去っていく最上と三隈。
それを見送るルイージたちは、皆訳が分からず首をかしげていた。
「なんだったんだろう?」
「さあ……」
さっぱり理解できない。
ただ、今の最上の後ろ姿を見ていると、心なしか朝日がいつもより重く見える気がするのだった――。