S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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ようやくイベント完走しました。
今回は資源消費量が過去最大だった気がします。
急いで回復に努めないと……。


そろそろ寝ないと(最上・三隈・ルイージ・伊58)

 これは、湿気の酷い夜の話。

 

「今日はいろいろあって疲れたねえ」

「数日分は動いた気がしますわ……」

 

 最上と三隈は、へとへとになりながらも夕食と入浴を済ませ、やっとの思いで部屋まで戻ってきた。

 普段は身だしなみに気を遣う三隈だったが、今はボサボサになった自分の髪を見ても「明日整えますわ」と先送りにするくらい疲れている。

 

「明日も早いですし、今日はもう寝た方が良いわね」

「そうだねー。……ああ、明日のこと考えたくない。なんで明日は休日じゃないんだぁ」

 

 頭を抱えながらベッドに倒れ伏す最上。

 現実は非情なものだ。疲労困憊だろうとなんだろうと、勤務日は遠慮なく容赦なくズカズカと近づいてくる。

 

「愚痴っても仕方ないですわよ、もがみん。三隈はもう寝ますわ。もがみんも早く寝た方が良いですわよ」

「んー」

 

 いつの間にか夜着に着替えていた三隈は、すっとベッドに入り込んだ。

 それから一分も経たないうちに、上品な寝息が聞こえてくる。もう寝たらしい。

 

「よっぽど疲れてたんだな、三隈」

 

 疲れ、という言葉を口にした途端、最上は凄まじい倦怠感に襲われた。

 身体が先程までの数倍は重くなった気がする。

 

「ボクも人のこと言えないか。さっさと寝よう……」

 

 のろのろと着替え、電気を消してベッドに入り込む。

 今はただ、明日に備えて休むことだけを考えよう――。

 

 

 

「おかしい」

 

 思わず疑問が口から出てしまった。

 

 あれから一時間。

 相変わらず疲労は残っているのだが、なぜか眠れない。

 

 今日はいつも以上にジメジメしているからだろうか、と汗を拭う。

 S泊地があるソロモン諸島は年中高温多湿に見舞われているが、今日は特にひどい気がする。

 

「ドライでもつけてみるかな……」

 

 三隈と折半で購入したエアコンで、ドライをオンにする。

 少しずつだが、湿気のひどさはマシになってきたような気がした。

 

「よーし、これで寝られるだろ……」

 

 おやすみ、と横になって目を閉じる。

 

 

 

「おかしい」

 

 湿気は改善できたはずなのだが、今度は身体のあちこちがむず痒くなってきた。

 それが気になって、どうにも眠れない。

 

「虫でも入り込んだかなぁ」

 

 暗闇の中を注視してみるが、虫の気配はない。

 となると、単純に自分の身体の問題と考えるべきだろう。

 

「困ったな。なにかで気を紛らわせるか……?」

 

 そこでふと、先日購入したばかりの電子コミックがあることを思い出す。

 手持ちのタブレットをベッドの中でつけて、三隈を起こさないよう注意しながらコミックに目を通す。

 

「あ、これも新刊出てる。電子書籍は予約したのすぐ忘れちゃうんだよね」

 

 最初に思い浮かべていたのは一冊だけだったが、いざ端末を開いてみると、新刊は五つもあった。

 それ以前に積んでいたものも四冊くらいある。

 

「……寝落ちするまで適当に読めばいいかな。うん、読んでるうちに眠くなってくるよね」

 

 そう自分に言い聞かせながら、最上は一冊目の表紙をタップした――。

 

 

 

「うん。そんな気はしてたんだ」

 

 三冊読み終えた辺りで、流石に本を読む手を止めた。

 

 むず痒さは消えた。

 そして、脳が活性化した。

 

 端的に言うと、眠気はますます遠のいた。

 

 時刻は既に午前二時。

 早めに休もうとベッドに入ったのが十時頃だから、もう四時間経過したことになる。

 

 明日は――というか今日は六時くらいに起きないとまずい。

 

「よし、もう寝る。寝ることに集中するぞっ」

 

 自分に言い聞かせて、再び目を閉じる。

 

 湿気はない。むず痒さもない。

 今なら眠れるはずだった。

 

「……眠くならないな」

 

 時間を確認する。二時十分。少し焦りが募る。

 

「いや、余計なことは考えるな最上。今は寝ることだけ考えるんだ……!」

 

 目を閉じて、身体を動かすまいと丸くなる。

 無心。余計なことを考えまいと、無の境地を目指す。

 

 聞こえてくるのは、自分の呼吸音くらい。

 このままいけば、眠れるはずだった。

 

「うぅん……ぼ、ボンジョールノォ……」

 

 そのとき、聞こえてしまった。

 対面で眠っている、三隈の寝言。

 

 小さな、本当に小さな――よほど耳を澄ませなければ聞き逃してしまうくらいの寝言である。

 

 ただ、最上には聞こえてしまった。

 眠るため、己の中から余計なものすべてを削ぎ落そうと集中していたが故に。

 

(……ボンジョルノって、何語だっけ?)

 

 集中していた風船の如き最上の意識に、三隈の寝言は針のように突き刺さった。

 己を無にしていたが故に、外部からの刺激に対する抵抗がなくなってしまっていたのである。

 

(ボンジョルノって挨拶、よくしてくるのは……あれ、誰だっけ。いや、よく聞いてるんだけど。どれが誰か、出てこない……!)

 

 ボンジョルノ。

 グーテンモーゲン。

 チャオ。

 

 誰だったか――と必死に考えた結果、一人の艦娘のことを思い出す。

 

「そうだ、ルイージだ!」

 

 しかし、そこで更なる疑問が最上の意識を侵食する。

 

「待った。ルイージは各国を渡り歩いてきた艦歴の持ち主だ……だから挨拶はいろんな国の言葉を使う。ボンジョルノもグーテンモーゲンもチャオも別々の国の挨拶だったはず……」

 

 となると、ボンジョルノは結局どこの言葉なのか。

 そもそもあの子はどこの国を渡り歩いてきたんだったか――。

 

「って、これじゃ寝られないよーっ!」

 

 集中が完全に途切れてしまい、頭の中がカオスなことになっていく。

 

 時刻は二時半。

 最上は一人、強大な敵を前に、打ちひしがれるのだった――。

 

 

 

 翌日。

 夜勤上がりの潜水艦隊が朝食を取ろうと間宮に向かっていると、目の下に大きなクマを作った最上と、それを支えながら歩く三隈の姿があった。

 

「どうしたんでち? 最上すこぶる調子悪そうだけど」

「風邪でも引いたー?」

 

 心配そうに声をかける伊58とルイージを見て、最上は一瞬身体を硬直させた。

 

「ルイージ……」

「なーに?」

「ボンジョルノって、何語?」

「え、イタリア語だけど……」

 

 突然何を言っているんだろう、と思いつつ、ルイージは最上の疑問に応える。

 それを受けて、最上の目から僅かに涙が零れ落ちた。

 

「そうか――ありがとう」

 

 グッとサムズアップしながら去っていく最上と三隈。

 それを見送るルイージたちは、皆訳が分からず首をかしげていた。

 

「なんだったんだろう?」

「さあ……」

 

 さっぱり理解できない。

 ただ、今の最上の後ろ姿を見ていると、心なしか朝日がいつもより重く見える気がするのだった――。


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