S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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若干最終回っぽい雰囲気になりましたが最終回ではございません。
ただ、過去のネタと被らない日常ネタを週一で考えるのに限界がきつつあるので、当面は不定期更新にさせていただきたく。
何か思いつけば都度更新していきますので、今後ともよろしくお願いいたします!


日々は続いていく(鬼怒・由良・コロラド・陽炎)

 ここ最近、S泊地のあちこちで工事の音が響いている。

 二〇一四年に再建してから早五年。限られた条件の中で建てられた建築物は、ところどころ傷んできていた。

 そのため、泊地全体をリフォームしようという話になったのである。

 

「しっかしもう五年も経つのか。早いねえ」

「泊地ができたのは更に一年前。六年間――あっという間ね」

 

 雨風の影響でぐらついた柱を補強・交換しながら、鬼怒と由良は往時のことを思い返していた。

 二〇一三年に創設されたこの泊地は、二〇一四年に一度壊滅しかけた。

 大部分の建物が深海棲艦の襲撃で破壊され、その後艦娘やスタッフが一丸となって再建に勤しんだのである。

 

「その頃は今みたいにネットが十分に繋がっていたわけでもないんでしょう?」

 

 トンカチで釘を打ち付けながら、コロラドが問いかけてきた。

 

「ケーブルがこの辺りの海まで来てなかったからね。それに、パソコンやテレビだってほとんどおじゃんだったし」

「今にして思うと、あの頃って軽いサバイバル生活してたわよね。私たち……」

 

 当時の苦労を思い、由良がげんなりとした表情を浮かべる。

 

「あれはあれで結構楽しかったけどなー」

「鬼怒はタフな艦娘なのね」

「いやー、それほどでも」

 

 付け替えた柱の安定感を確認しながら、鬼怒は照れ臭そうに笑った。

 

「六年となると、赤ん坊は小学生に、小学生は中学生に、中学生は大学生になるくらい経ってるってことかー」

「鬼怒。そういう具体的な例え出されると地味に心が痛むんだけど」

「いいじゃん、私ら年取らないんだし」

「それはそうなんだけど……」

 

 理屈と感情は別物ということなのだろう。

 由良に同調するかのようにコロラドも頷いた。

 

「女性に年齢のことを聞いてはいけません。艦娘にはもっと聞いてはいけません。そういう諺があると聞いたことがあるわ」

「それ、誰から聞いたの?」

「オイゲンだけど」

「日本語の解釈ミスだけでなくアレンジまで始めたか……」

 

 鬼怒と由良の脳裏に、海外艦の間で妙な影響力を持つドイツ重巡の「てへっ」という笑顔が浮かび上がる。

 

「私たちは年取らないですけど、まわりの人たち見ると月日が経ったなーと思うことはありますね」

 

 会話に加わって来たのは、近くで別の柱の補強をしていた陽炎だった。

 陽炎は、この島で暮らす人々のところによく顔を出している。だからか、島中に顔見知りがいるのだった。

 

「実際、赤ん坊だった子がもううちの学び舎に来るようになったりとか、私たちと同じくらいの年だった子が結婚したりとかっていうのも見かけますよ」

「結婚……え、結婚……?」

「私はまだそういうの意識したことないですけど、さすがに自分と同年代だった子からそれ聞かされたときは時間の流れを感じましたねー。近いうちに子ども見せられる可能性もあるわけで」

「それは、さすがにちょっと複雑な気持ちになるわね」

 

 人間と艦娘の時間の流れの違いを、否が応でも感じてしまう。

 祝福するにしても、なんだか妙な感覚を抱いてしまうだろう。

 

「このまま深海棲艦との戦いが何十年も続いたら、自分と同年代だった子の孫とかにも年齢追いつかれる可能性があるわけね」

 

 コロラドの言葉に、一同はその光景を想像して、なんとも言えない気分に陥った。

 

「そうなったらそうなったで仕方ない気もするけど、なるべく早めに戦いを終わらせたいところね」

「年を取るようになった自分かー。あんまり想像つかないな」

「そうですか? 鬼怒さんは割と想像つきやすい方だと思いますけど」

 

 陽炎の言葉に、鬼怒は「えー、そう?」と首を傾げたが、由良は力強く頷いていた。

 

「鬼怒はなんとなく保育士さんとかやってそうなイメージあるわ」

「保育士? 別に嫌じゃないけど、なんで?」

「賑やかそうな場所の中心にいるイメージがあるのよね」

「そういうイメージかー」

 

 雑談を交えながら、柱のチェックを終えると、鬼怒は腰を下ろして水筒に手を付けた。

 

「おー、休憩中か?」

 

 そこに、手提げ袋を片手に一人の男が入ってきた。

 泊地のスタッフ、板部である。

 

「あら、ミスター板部、どうかしたの?」

「昼飯食いに行ったら間宮から配達を頼まれてな。今、あちこちにこいつを配ってるところだ」

 

 板部が四人に差し出したのは、小さな銀のカップ。

 中身は、プルっとした白いもの――牛乳プリンである。

 

「村の方から牛乳の差し入れがあったらしくてな。最近皆働き詰めだろうからと、間宮と伊良湖で作ってみたんだそうだ」

「マミーヤ特製のプリン! 私、まだここに来てから食べたことないのよ」

「そうかそうか。なら是非食ってみな。絶品だぞ」

 

 板部から受け取った牛乳プリンを少しだけすくい、口に差し込む。

 次の瞬間、コロラドの表情は歓喜の色に染まった。

 

「冷たくて、甘さもちょうどよくて、とても美味しいわ。この食感もたまらないわね!」

「今度間宮たちに会ったらその感想を直接言ってやるといい。喜ぶぞ」

 

 鬼怒たちも、待ちきれないといった感じでプリンを口に運ぶ。

 肉体労働の後のご褒美としては、これ以上ないもののように思えた。

 

 その間、板部は修復が進んだ室内の様子を見て感慨深そうに息を漏らした。

 

「結構進んだんだな。どうだ、大分良くなってきたか」

「うん。これならまた何年かは戦えると思うよ」

「……何年かは戦える、か」

 

 板部は四人の姿を見て、柔和な笑みを浮かべた。

 

「そんなになる前に、この戦いが終わると良いんだけどな」

「お、板部さんもそう思う?」

「当たり前だろ。今だって悪いことばかりじゃないが――常日頃からお前たちは戦場と隣り合わせの生活だからな」

 

 鬼怒たちも、泊地のリフォームに専心しているわけではない。

 

 深海棲艦たちの脅威は、すぐそこにある。

 だから、いつも海に出る。身命を賭して、この海の平和を勝ち取ろうとしているのだ。

 

「俺が生きてるうちに、お前たちが戦いのない日常を過ごす光景を見てみたいもんだ。……よろしく頼むぞ?」

 

 そう言って、板部はひらひらと手を振って出ていった。

 おそらく、まだまだ回らなければならないところが沢山あるのだろう。

 

「……頑張らないといけないわね」

 

 板部の背中を見送りながら、由良が言った。

 鬼怒・陽炎・コロラドも頷き、立ち上がった。

 

「さーて、それじゃあとひと踏ん張り! ここの工事もあとちょっと! 気張って行こー!」

「おーっ!」

 

 

 

 泊地の日常は、特別なことがあるわけでもなく、同じようなことの繰り返しである。

 絶賛する程素晴らしいものでもないし、忌み嫌うほど悪いものでもない。

 

 ただ、少しずつ進んでいく。変わっていくものがある。

 いつかは――終わりがくるのだろう。

 

 だからこそ、彼女たちは今日という日を力いっぱい過ごしていく。

 より良い明日に繋げていくために。

 

 それが、南の彼方、南端泊地であるS泊地の日常風景である。


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